激戦のアムリッツァを生き残ったナデシコと私たち

 同盟では政権交代と軍の再編が進んでいきました

 私たちは鋭気を養うと同時に

 あらたに発生した問題にも取り組みました


 もちろん、それは反対側の勢力でも同じこと……

 相転移砲とエステバリス

 この二つのオーバーテクノロジーを知った帝国軍が

 黙って見過ごすはずがありません


 できれな見逃してもらいところですが 

 厄介な人たちが真剣に対策を話し合うわけで……

 どれだけ厄介かといわれると困りますが

 少なくとも木星蜥蜴の暑苦しい人たちより

 50倍は固いかと……

 それ以上、厄介になるのやめませんか?



 ──ホシノ・ルリ──






 闇が深くなる夜明けの前に

機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説


第二部 第八章(前編・其の一)


『帝国の追究』




T

 ローエングラム伯ラインハルト率いる帝国軍が侵攻した同盟軍を一掃してからおよそ一ヵ月後、帝都オーディンの中心部のやや外れにある広い屋敷を一人の男が訪れようとしていた。

 「ふう、どれくらいぶりの我が家かな?」

 帝国軍准将の軍服を身にまとい、中ほどのアタッシュケース持った人物の名前をヴェルター・エアハルト・ベルトマンという。短く整えた金髪と青紫色の瞳を有する29歳の青年提督である。イゼルローン失陥時に残存兵力をまとめて帰還した手腕がラインハルトの目に止まって彼の盟友ジーク・フリードキルヒアイスの麾下の提督となり、同盟軍を迎撃した戦いでは抜群の戦術眼で友軍の危機を救い、ラインハルトにもその能力を高く評価されていた。

 ベルトマンの母親は子爵家の三女だったが、ほとんど借金の肩に商人のもとに嫁ぎ、三番目に生を受けたのがヴェルター・エアハルトという男児だった。

 彼は、上の兄二人が店を継ぐなら自分が無理に商人になる必要もないし、特に財産も残らないようだし、何よりも己の能力を試してみたいと家族の反対を押し切って士官学校に入学した。

 しかし、士官学校卒業後、ベルトマンはなかなか昇進の機会を掴めないでいた。前線勤務になって意気揚々としていた矢先に後方勤務に突然変更されるなど、奇妙な事態が幾度か続いたからである。

 それが子爵家の三女である母親の仕業だと判明したのは大尉に昇進したときだった。正規艦隊の副官を拝命したはずが首都防衛司令部に変更になったとき、辞令を渡した担当官が母親(レインヴェルト家)の横槍だとうっかりしゃべってしまったのである。

 ベルトマンは、そのことについて母親に抗議するような愚を犯さなかったので、それを逆手にとって前線勤務配属となり功績を挙げて昇進したが、イゼルローン失陥後に母親が自分の行動を全て見抜いていたことを知ったのである。

 母親にもどれだけ励まされたことか……

 「お礼は言っておくべきだろうな」

 前線勤務になってから母親とは直接会っていない。なにかと心配をかけたことは明白なので、いろいろな意味で感謝の気持を伝えるべきだと思っていた。

 「降参の気持にならないといいがな……」

 ベルトマンは気の利いた言葉を考えつつ、その角を曲がれば正門という直前で慌てて物陰に隠れることになった。

 「あれは……」

 正門の前には黒塗りの高級地上車があり、漆黒のセミロングの髪を有する貴婦人が乗車しようという直前だった。

 「あれはヴェストパーレ男爵夫人ではないか?」

 ベルトマンは軽く舌打ちした。社交界や文化界では有名な男爵夫人である。ラインハルトの姉グリューネワルト伯爵夫人と親交があることでも有名だ。ベルトマンより2歳年下だが知性と行動力に富み交友関係も広く、漆黒の髪とブルーの瞳が見事に調和した美貌の持ち主だった。

 「才色兼備」とは彼女に相応しい表現だろう。

 だが、ベルトマンの反応はあまりよろしくない。控えめと言ってよい。男爵夫人を毛嫌いしているわけではなく、彼にとっては苦手な部類に入る女性だからである。

 以前、母親に付き合わされた社交の場で何度か夫人と顔を合わせたことがあるものの、会うたびにこんな頭のいい女性もいるものなのか、と恐れ入ったものだった。

 ただ、ベルトマンが彼女を苦手とするのはその知性ではなく、迷惑な「おてんば」に何度か付き合わされたことだった。

 「あまり想い出したくないんだが……」

 6年前、復刻された往年の名車に乗せられて帝都中を激走したことなどは「俺は死ぬかも」などと本気で覚悟を決めたくらい怖い体験の一つだった。

 「あら、ベルトマン准将ではなくて?」

 ベルトマンが驚きのあまり記憶のほとりから蹴り出されると、目の前には地上車に乗車したはずのヴェストパーレ男爵夫人が凛々しいまでにたたずんでいた。思わず上の空を決め込もうとしたものの当然ながら成功するはずがない。ややぎこちなくベルトマンは一礼した。男爵夫人もドレスの裾を少し上げて挨拶を返す。肩の露出したドレスがより夫人を妖艶にみせていた。

 「わたくし、あなたに嫌われるようなことしたかしら?」

 率直かつ冗談と意地悪が半々といったところだろう。敵の大艦隊を目前にしてもひるむことのない帝国軍人の上半身が微妙にのけぞる。

 「……いえ、男爵夫人におかれましてはご機嫌麗しく、大変ご無沙汰しております」

 精一杯、平静を演出する。

 「どういたしまして。アムリッツァでのご活躍はうかがっておりますわ。ローエングラム候もキルヒアイス提督もあなたを高く評価されているそうですね。少将にも昇進確実だとか」

 うふふ、と愉しそうに笑う男爵夫人とは違い、ベルトマンはいかにこのピンチをきり抜けるべきか本気で考え込んでいた。

 そのままさっさと去るべきなのだろうが、母親の友人でもある夫人に失礼な態度をとるのもどうかと思うのである。それににべもなく立ち去ったら後でどうなるか、想像しただけでも身震いがする。

 「もしかした休暇かしら?」

 幸運なことに夫人のほうから話題を変えてきた。ベルトマンをからかうのもかわいそうだと思ったのかもしれない。

 「──はい。叛乱勢力一掃後の事後処理もほぼ落ち着きましたので休暇をいただけました」

 「そうねぇ、今後何かと多忙になるでしょうからね」

 その言葉からベルトマンは男爵夫人がベルトマン家を訪れた理由を即座に理解した。

 「あなたのおばさんが当主である子爵家に対して今後の対応を働きかけていただこうかと思って訪問したのだけど、さすがにあなたのお母様だわ。わたくしがわざわざお節介するまでもなかったようね」

 なるほど、とベルトマンは納得すると同時にヴェストパーレ男爵夫人が母親の能力を以前から見抜いていたことを初めて知った。

 「ちょうどあなたが帰っていらしたなら今夜あたりご家族で会議があることでしょう。たぶんもう気づいているかと思うけど、お互いに属する陣営は決まってるから単純に報告だけになるかもね」

 夫人の瞳が煌めき、ベルトマンの瞳も同時に光を帯びる。

 「さすがは男爵夫人、ご賢明な判断です」

 「ありがとう。あなたもローエングラム候の陣営に早くから属して正解だったわね」

 「ええ、まあ。イゼルローンを陥されましたが、おかげさまでようやく活躍の場を得られました」

 これは冗談ではない。イゼルローン失陥という辛酸を舐めさせられた代わりに新興のラインハルト勢力に属することができたのはベルトマンが門閥貴族連中の不興を買ったのも一因だった。もしそうでなければ停滞どころか衰退一方になる側に取り込まれたまま、彼は破滅の道を歩まざる得なかった可能性もあった。

 頃あいを見計らって途中で抜け出すことも可能かもしれないが、ローエングラム候の気質を考えればそれは正解ではない。それなら「勝つ側」に最初から属しているほうが遥かに将来設計は立てやすいだろう。

 「せっかく面白い時代に生きているんですもの、今後世の中がどう変化していくのかお互いに長生きしたいものねぇ」

 「仰るとおりです」

 ベルトマンは笑ったが、急に門の向こうに視線を移したのは、二人のやりとりを見止めたらしいベルトマンの母親が玄関の前に立っていたからだ。

 「あらあら、長話になるのもわるいわね。せっかくのご休暇なのにごめんあそばせ。わたくしはこれで失礼させていただくわ」

 これでようやく解放されると安堵したベルトマンに向って男爵夫人は図ったように質問した。

 「ところでご休暇はどれくらいなのかしら?」

 ベルトマンはとっさに答えられない。

 「……4日ほどです。といっても昨日はやぼ用を片付けるために使ってしまったので実質3日というところでしょう」

 「そう。でしたら最終日でかまわないのでわたくしの屋敷に遊びにいらしてほしいわ。いろいろお聞きしたいこともあることですしねっ♪」

 ベルトマンは内心で困惑しつつ、やんわりと断ろうとしたが、「わたくしの招待を断るなんて許さなくてよ」と青い瞳が強烈なほど主張していたので安全策で承諾した。

 「あらあら、快く受けてくださって嬉しい限りですわ。それでは3日後にお会いいたしましょう」

 ベルトマンは内心で「にゃろ」と思いつつ一礼して男爵夫人の乗る地上車を見送ると、息子のヘタレっぷりにくすくす笑う母親にぎこちなく手を振ったのだった。



◆◆◆

 「予定より早かったわね」

 ベルトマンの母親がコーヒーを運んできたとき、その息子はリビングのソファーに深々とよりかかってくつろいでいた。

 「まあね、やぼ用が意外と早く終わったんだよ」

 そう言ってベルトマンはコーヒーカップを手にとった。母親も向かいのソファーに腰を下ろし、コーヒーにたっぷりミルクを注いで一口飲んだ。

 (相変わらずブラックは苦手らしいな……)

 母親のごく平和そうな顔を見ていると、とても鋭い洞察を示した姿と重ならないのである。

 ラウラ・エアハルト・ベルトマン(フォン・レインヴェルト)──(旧姓はラウラ・フォン・レインヴェルト)

 それが母親の名前である。年齢は50代半ば、ブラウン色のウエーブのかかった短めの頭髪と息子とおなじ青紫色の瞳を有した小柄な女性である。特別な美貌を有しているわけではないが、年齢より5〜7歳くらい若く見られることが多い。

 「ところで……」

 ベルトマンは一息ついてから母親にその話をあえて切り出した。もちろん男爵夫人と交わした内容についてである。

 「もう、わかっているでしょう?」

 母親の返答は簡潔だった。だがそれで終わりでもなかった。

 「男爵夫人とはあなたが想像していることを話し合いました。いずれ来るべき有事に際し、レインヴェルト家を説得してほしいと頼まれたのです」

 ベルトマンは頷いたが、男爵夫人が示唆した「訪問するまでもなかった」という言葉の意味を図りかねていた。

 ──図りかねていたら、

 「姉とはすでに話し合いました。私たちはあなたが属する陣営にはせ参じるでしょう。ですから心配は無用です」

 とまるで見透かしたように答える。

 「なんとも見事だな……」

 感心したような恐れ入ったような──両方である。

 「あなたが帰ってくるというので今夜は家族会議になるかと思うけど、先刻も行ったとおり私たちのとるべき選択は決定しています。今夜はただの確認だけになりそうね──コーヒーまだ飲むかしら?」

 息子は母親のありがたい申し出に甘えつつ、久しぶりに帰郷した生家でくつろぎの時間を堪能するのだった。




U

 ナイトハルト・ミュラー少将とベルトマン准将が情報交換のための場を設けたのは、ベルトマンが軍務に戻ってから3日後のことである。

 情報交換はミュラーの司令部で行われた。

 趣旨はただ一つ。彼ら二人が関わることになった第14艦隊の旗艦「戦艦ナデシコ」および「人型機動兵器」についてだった。会戦後、二人は首都星オーディン帰還に際し、ラインハルト直々にそれぞれが関わった「ナデシコ」についての報告書作成を求められた。期限は「有事終了後」である。

 「ほほう、これが例の機動兵器ですか。単機で防御スクリーンを展開できるとはあらためて驚きです」

 ベルトマンは、端末に映し出された人型機動兵器と黒十字架戦隊との宙戦記録に目を丸くした。第2次ティアマト会戦以降に創設された最強の宙戦部隊と互角以上に戦い、最後はワルキューレ部隊が数で圧倒したとはいえ、戦隊の不敗神話に終止符を打たせるだけの性能に驚かされたのだ。

 「オペレーターの解析から防御スクリーンの種類がつかめたので黒十字架戦隊をぶつけたのですが、そのスクリーンは戦隊のレールガンをもってしても遠方からでは貫通が困難なほど強力でした」

 「たしかに。ここまでの接近戦を挑んだ戦隊も凄いが、そのレールガンを受け止めて善戦した敵の機動兵器もたいしたものですね」

 「ええ、性能面ばかりか腕の立つパイロットが操っているようです。ですが重力系兵器を
搭載するワルキューレを投入することで機動兵器の優位性を阻み、なんとか制宙権を確保することができました。とはいえ、7機以上存在していたらその制宙権も我々にあったか怪しいところです」

 戦闘中、ミュラーや彼の幕僚たちは同盟軍の人型機動兵器の数からそれが試験運用機ではないかと推察した。

 なぜなら、もし他にも機体が存在するならば不利な状況下に必ず投入されるはずなのだ。また、他艦隊との情報交換によって機体が7機以上確認されなかったこともミュラーたちの推察を裏付ける結果になっている。

 「しかしながら、ローエングラム候も驚くようにまさか同盟がこれほど完成された人型機動兵器を実戦投入してこようとは、これはここ一世紀の中でも最も技術的な革新といえるのではないでしょうか」

 「ミュラー提督のご意見に小官も賛同いたします。不要なものを搭載しないことが宇宙兵器たる一つの定義でありましょうからな」

 ゆえに、数百年も前に開発されたパワードスーツがその後兵器として発展しなかったのだ。人類は西暦の1900年以降、空想や小説、映画はては実際の科学技術の発展過程の中で人間と同じような動きが可能な巨大人型兵器の実現を夢見ては失敗していたはずだった。

 「それを「兵器」として完成した段階で実戦に投入してくるとは同盟の技術も侮れないではないか──」

 ベルトマンがオーベルシュタインの一言から謎を追っていなければ、そう感想を述べたとしても不思議ではないだろう。

 もちろん、今では二つの存在が単純な経過の産物ではないことを彼は知っている。

 知ってはいるが、オーベルシュタインが念を押すようにとても口に出せる事実ではない。
人型機動兵器の対応策については、各部署で若干の協議が行われているが、目前に控える有事もあり、本格的な話し合いは当面先送りとなる予定だ。

 それは第14艦隊旗艦より放たれた、帝国軍を震撼させた面制圧兵器も同様だった。ラインハルト直属の技術陣によって解析された恐るべき威力の攻撃は、その正体がおおよそ判明するとともに麾下の提督たちの背筋を凍りつかせることになった。

 「まさか、あのエネルギーの内側に存在する全ての物質そのものを消滅させてしまう兵器とは……」

 映像に見入るミュラーはあらためて固唾を飲み込んだ。それほど衝撃的だったのである。

 「一体どういう理論なのか?」

 報告の際、その場にいた提督たちは血相を変えて技術陣に詰め寄ったが、技術スタッフも困惑を隠せないでいた。

 なぜなら、あくまでも解析結果からの推察だが、放たれた兵器は20世紀代に提唱されていた「インフレーション理論」に基づいた物理現象そのものである「相転移」を利用したものではないかというのだった。

 もちろん説明を受けた提督たちは一斉に眉を細め、睨まれた技術陣たちは青ざめたものだが、敵の攻撃がかなり高度な理論を実現した兵器であることを大筋で理解したのであった。

 もっとも大きな問題は、現在のあらゆる防御機能を用いても「絶対に防御不可能」という理不尽なまでの事実だった。

 船体を覆う防御スクリーンはあってもエネルギーの中に捕らわれてしまったら空間ごと消滅させられてしまうのだから手の打ちようがない。

 門閥貴族連中との有事を目の前に大いなる頭痛の種だが、そんな提督たちの不安をラインハルトは払拭したものだった。

 「兵器とは所詮、人が操るものだ。もし殲滅兵器が最強ならばトゥール・ハンマーを擁したイゼルローン要塞は絶対に陥落しなかった。どんなに強力でもかならず攻略の糸口があるはずだ。怖るるにたりぬ」

 ラインハルトが自信を持って断言するには理由があった。彼はナデシコが相転移砲(まだ帝国ではそう呼ばれていない)を使用する前後の状況から何らかの制限があることをすでに掴んでいたのだ。諸将たちもラインハルトに触発されて考え、二つの糸口を導くに至った。

 一つ 砲撃回数の制限

 一つ 射程距離の制限

 前者は、ミュラー戦およびビッテンフェルト戦では使用されていないこと、アムリッツァの終盤になって使用されたことが一つの根拠になっている。兵器そのものが汎用ではなく、極めて限定された環境下または条件下でのみ使用可能であると推測したわけである。

 それは事実ではあるが、ラインハルトが察した条件とは違っている。

 実は使用する側の感情(判断)に左右される兵器であることだった。あまりにも強力であるがためユリカやナデシコクルーは殺戮兵器として使用を躊躇する代物だったのである。これはトゥール・ハンマーの使用を嫌うヤンと同じ心情だ。

 後者は、さすがにラインハルトというべきだろう。短時間のうちにその兵器の問題点を把握したのだ。もっとも、ラインハルトによらず状況を分析した者ならばおおよそ推論に到達するだろう。もし長距離の射程能力があるならばミュラー戦における戦闘開始直後に先制攻撃として使用されているだろうし、アムリッツァやその他の戦場でも同様に使用されてもおかしくない。

 当然、「切り札」という面は否めない。

 ベルトマンがヴァンフリートにおいてナデシコと遭遇したときもそれは切迫した最終局面だったように、アムリッツァでも使用されたのは帝国軍の厚い防御網を無理やり一転突破で脱出するという最終局面だった。事前の攻撃ではなく、あくまでも包囲網に近づきつつ至近による攻撃である。

 二つの使用環境と状況を考慮し、ラインハルトの技術陣が算定した予想最大射程距離は30万キロを越えない程度とされた。

 「たしかに脅威ではないと言われれば候の仰るとおりですが……」

 ミュラーの発言の切れの悪さはラインハルトの自信に疑問をもったというよりも、まだ完全に推定の域を出ないために「断定」を避けたというところだろう。加えて、射程距離が短いとはいえ、兵器を使用する指揮官によっては絶大な威力を発揮しかねない。

 それは他の諸将よりインフレーション理論を利用した兵器について、より多くを知っているはずのベルトマンも同じである。

 当然、「ナデシコ」という存在が超兵器と切っても切れない繋がりを有しているからに他ならない。

 オーベルシュタインが掘り起こした歴史の知られざる一ページに触れることができている者は、総参謀長以外ではベルトマンだけなのだから。

 「しかし、なぜ?」

 それは暗がりにある黒いなにかを探すことと同じに思えた。少しづつ謎が見えかけているが、余計に深まったといってもよい。それとも単なる偶然なのか? 1000年以上も昔にその存在を歴史から抹殺された「戦艦ナデシコ」──

 果たして「真実」とはなにか? 名前は偶然であり、同盟にある「ナデシコ」は埋もれた科学技術を掘り起こし、それを実現させた同盟の新型艦なのだろうか?

 ここ一世紀以上、同盟と帝国の技術差はないといわれている。フェザーン経由の情報と鹵獲した同盟艦艇を調査した報告書を読んでも同レベルの水準にあり、個々の部分によっては差があるかもしれないが大きい隔たりはない。

 「ベルトマン准将?」

 思考のジャングルから悩めるベルトマンを目覚めさせたのはミュラーだった。ずっと神妙そうに考え込んでいる准将にどう声を掛けるかタイミングを計っていたのだ。もちろん情報交換する項目がまだあるからである。

 「いや、申し訳ない。ミュラー提督、続けてください」

 ミュラーは頷き、端末に別の映像を流す。

 「これは?」

 ベルトマンが見る画面には帝国軍の巡航艦が奇妙なねじれ状態で爆発する光景が映っていた。

 「はい、これは第14艦隊と戦闘状態に入った直後の記録映像です。ほんの一部を写しただけですが、この黒い稲光のような攻撃は重力波エネルギーと思われるのです」

 「なっ!? 重力波ですと?」

 「ええ、驚くべきことですがこの重力波砲も例のナデシコから放たれた攻撃ではないかと思われます。准将は重力波による攻撃は受けられなかったのですか?」

 「直接の攻撃は受けていません。最終局面において何らかの反撃を意図していたと思われますが、その直前に隕石を消滅させた超兵器による反撃だとばかり思っていたのですが……」

 まさか重力波砲まで搭載していたとは!

 もしそれがわかっていたら、ベルトマンもあれほど大胆な戦術をとれなかったかもしれない。当時、ナデシコの兵装が不明だったとはいえギリギリの幸運というべきだった。

 もちろん、ベルトマンは反撃させないために先制の攻撃を加え、ナデシコの機動力を奪うためにアステロイド帯に誘い込んだのだが……

 「いずれにせよ、重力波砲の実現は双方の勢力とも研究段階のはずでした。もしナデシコに搭載された重力波砲が完成をみたものならば、今後、同盟艦艇に装備されれば我が軍としても艦隊の防御について抜本的な見直しを迫られるかもしれません」

 同盟・帝国とも重力波を兵器として活用する研究はかなり以前から行われていた。今日では重力制御はほぼ完成の領域に達して信頼性と安定性は極めて高いが「重力そのもの」を収束して「弾体」として発射することは依然として難しく、ミュラーが言うようにまだ研究が続けられている段階だった。

 しかし、それが同盟で完成し大きな戦果を挙げたのだとしたら、今後は生産される戦艦に標準装備される確率は極めて高く、技術的な問題が解決していれば既存の艦艇に兵装転換される可能性がある。

 そのときに疑問になるのが超兵器にしろ重力波砲にしろ莫大な重力エネルギーが必要だということである。ナデシコはまさにそれらを可能としたパワープラントを搭載していると想像できるが、それだけのエネルギーを発生させる機関を巡航艦クラスに可能なのだろうか?

 この疑問に答えたのはミュラーだった。

 「おそらく、いえ極めて高い確率でナデシコの機関は先のインフレーション理論を採用した機関と推測されるそうです」

 ベルトマンは驚いたというよりも納得した。あれだけのエネルギーを得るには出力を極限まで高めると同時に常時膨大な重力を発生させる必要がある。

 それは既存の重力発生装置ではとても不可能であるらしい。技術陣が推論したように機関そのものが「理論」によって莫大な重力エネルギーを作りだすならば十分重力波砲も可能であるし、ナデシコの防御スクリーンたる空間歪曲磁場の存在も納得できるのである。

 ──しかし、わからないのは総参謀長がなぜナデシコを過去の遺物と主張するのか……

 これまでの話から一転し、ベルトマンはナデシコはやはり失われた技術を復活させた存在なのではないか、と思わなくもない。

 「いやいや……」

 ベルトマンは危ういところで思考の螺旋を振り払った。「ナデシコ」という存在の核心近くに触れているとはいえ、これほど頭痛の種になるとは想像していなかったのだ。それに座乗しているのが「魔女」ならばよけいに問題が拡大する。

 そう、だから今は目前に迫る有事に集中しよう。ナデシコの件を忘れるわけではないがまずは我々が起こりうる有事に勝利することが先決だ。悩むのはそれからだろう。

 「ミュラー提督、次の議題に移りましょう」

 いくつかの情報交換を経て協議は終了した。

 「ミュラー提督、ご多忙のところを本当にありがとうございました」

 「いえいえ、小官も准将とこうして話をできたことを嬉しく思います。小官ひとりでは対策も心もとないですからね」

 二人は「戦艦ナデシコ」という共通の謎によって友人関係を高めていくことになるのだが、一方はその存在が抱く真相を知らず、一方は謎が抱える真実性の是非を測りかねていた。




V
 
 ミュラーの司令部を退出したベルトマンは、その途中旧知の人物と廊下ですれ違った。

 「ベルトマン准将、久しぶりだな」

 気軽というにはいささいか色気のある声だったろう。ラインハルト陣営の提督たちの中でもミッターマイヤーと並んでその手腕を特に高く評価されている29歳のオスカー・フォン・ロイエンタール中将だった。彼は「金銀妖瞳」をかつての友人に向けた。

 「ロインエンタール提督に声を掛けていただけるとは恐縮の極みです」
 
 ベルトマンの返答は二階級も上の提督に対して無礼な言い方ではあるが、ミッターマイヤーほどではないがそう言っていいだけの関係が二人には存在した。

 「貴官も壮健でなによりだ。同じ陣営に属するのに奇妙な会話だがな」

 「たしかに。だがまともに話をするのは帝国士官学校以来か?」

 二人は同年である。士官学校も同期だった。つながりの始めといえばロイエンタールの父親が下級貴族でありながら商売で財を成した人物であること、子爵家の三女を妻に迎えて同じように商売で財を成した家との共通性のようなものだった。

 そして二人ともやや浮いた存在だった。大商人の三男坊としての安定より波乱を好んだヴェルター少年。幼い頃のトラウマが原因で女性に対しての偏見と相反する愛情をもとめるオスカー少年。

 しかし、二人は生涯の親友たるになりえなかった。

 士官学校を卒業したロイエンタールは前線へ、ベルトマンは首都星オーディンに留め置かれ、二人の関係が疎遠になったのが原因だった。

 いや、長い年月を経た今でもお互いを気楽に呼べるのだからつながりが絶たれたわけではないだろう。

 それでも10年以上も友人関係を続けているミッターマイヤーほどにはなりえなかった。

 「貴官と疎遠になったことは実に惜しいことをした。今頃、まだ共に前線にあればミッターマイヤーともども最強トリオを組んでいられただろにな」

 「貴官とミッターマイヤー提督の仲間に入れていただけるとは恐縮せざる得ないが、そうだな、大いに悪くないだろう」

 意地悪とも皮肉とも取れる会話だが、二人とも顔には懐かしさがにじみ出ていた。

 「「ふん、どうやらあまり変わっていないようだな」」

 二人の素直な感想だった。お互いの視線が交差し「認識」の握手を交わしたようだった。

 「ところでロインエンタール提督、貴官はかのミスマル・ユリカと戦ってみたいそうだが事実か?」

 「事実だ」

 とロイエンタールの返答は短い。「金銀妖瞳」が不敵すぎるほど煌めいた瞬間をベルトマンは見逃さなかった。

 「なるほど。だが、かの『叛徒の白き魔女』は周知の通り手強いぞ。たった半個艦隊で緒戦からアムリッツァまでを戦い抜いたのだからな」

 「ふふふ、十分承知しているさ。かのヤン・ウェンリーと共に最前線を支え、我ら帝国軍を瞠目させ、帝国の用兵功労者をことごとく驚嘆せしめた女性司令官だということくらいな。俺はかならずミスマル・ユリカと戦ってみせる」

 ロインエンタールは私生活については全くと言っていいほど周囲に語らない男だった。おそらくロイエンタール提督が女性ネタを告白する人物が存在するとすれば、それはミッターマイヤーと次にベルトマンくらいだろう。

 「やれやれ……」

 知人以上親友未満の准将は肩をすくめ、「大いに貴官らしい」と思いつつも二人の対決は自分が対決する以上に興味が湧いた。

 ラインハルトが一目置く帝国軍きっての用兵家と今や帝国軍では「奇蹟のヤン」と並ぶほどの知名度がある「叛徒の白き魔女」または「アムリッツァの魔女」ことミスマル・ユリカが正面きって戦ったとしたら──

 「おそらく勝つのはロイエンタールだろう」

 ひいき目ではない。アムリッツァでの一連の戦闘を踏まえてベルトマンが分析した現在までの推定評価を総合すると旧知の人物が「勝つ」と客観的に予想できるのである。第14艦隊が帝国軍に敗北しかけた中盤以降を考慮すれば、終始艦隊を整然と統制し、敵艦隊の猛攻を冷静な手腕で相殺したロイエンタールに分がある。

 しかし、それも今後はわからない。ファンベルグ星域とアムリッツァ星域で二度も対決したナイトハルト・ミュラーの印象によれば

 「第14艦隊は緒戦よりもアムリッツァのほうが数段手強くなっていました」

 ──ということだった。

 ミュラーが二つの戦場で対決した第14艦隊司令官は別人だったのだろうか?

 否、もちろん同一人物だ。ただファンベルグに比べるとアムリッツァでは統制・機動・火力の集中・粘りがいずれも緒戦をはるかに凌駕していたという。

 「ミュラー提督の鑑定眼は確かだろう。魔女に相応しい実力を期待したいところだ。でなければ楽しめん」

 どうやら小耳に挟んだ「海鷲」での発言は「本気」だなと思う。士官学校時代から女性の影がチラホラしていた旧友は今では帝国軍内では知らぬ者が存在しないほどの「漁色家」であり、ミスマル・ユリカという魔女を「用兵」という手段で口説き落とそうというのだ。

 「残念だが、魔女との対決は俺も狙っている。貴官がいくら色男の戦士でもそう簡単に舞台を譲るわけにはいかないな」

 「そうか。聞いた噂だとミュラーやビッテンフェルトも参戦希望らしいが?」

 「そのようだな。納得できるといえばそうだ」

 「いっそ四人で声を掛けてみるか?」

 「魔女が賢明なら身を引くだろうな。逆に惑わされる可能性もあるがな」

 「ふっ、ならばなるべく緩急を用いた口撃でお互いに協力して口説くとするか」

 二人の会話はそこで止った。双方の進行すべき方向から士官たちが現れたからだった。

 「じゃあなロイエンタール提督。あまりミッターマイヤー提督を困らせるなよ」

 「貴官もな。せっかく機会をくれたお母上に心配をかけるものではない」

 二人は最後に視線で挨拶を交わすと、それぞれの目的に向って歩き出していた。

 ヴェルター・エアハルト・ベルトマンは「少将」となって銀河帝国最大の内戦に挑むことになる。


 彼が握る未来とともに……





 ……TO BE CONTINUED

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 あとがき

 八章前編(其の一)をお届けしました。第二部が始まりましたが、どの場面から書くかずい分悩んでいました。

 今回は少し時間軸が戻った内戦前の帝国軍の描写です。で、容量がでかくなったのでよりによって二分しました(大汗

  そしてそして、ヴェストパーレ男爵婦人。女性キャラの中ではけっこう好きなキャラなんですが、第一期のみの登場が残念なところです。

 たぶん、原作よりは出番が多いと思われます。

 今回の帝国軍側のお話しにもぜひメッセージや感想をいただければと思います!




 2010年7月8日 ──涼──

 以下、修正履歴

 誤字等を修正。一部加筆しました。

 2010年9月11日  ──涼──


 読者さんに指摘された誤字を修正

 2012年5月2日 ──涼──


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 決定! ユリカの異名
 
ということで、募集&投票が終了し、ミスマル・ユリカの異名が決まりました。
ご協力いただいたみなさまに深く感謝するとともにここに発表いたします。

 ──帝国軍側──

 一位は 「叛徒の白き魔女」でした。

 投稿主さんは黒べこさんです。まさか自分が考えた異名が一位とは……とお思いではないでしょうか?
いろいろ悩まれた甲斐がありましたね。この異名は作品内で中心となる異名となります。
ただ「叛徒」の部分がラインハルトが政権を握った暁には多少変化するかもしれません。

 二位は 「アムリッツァのドゥルガー」です。

 投稿主は青菜さんです。なかなかびびっときた投票者の方もいたようですね。
あえてアムリッツァつながりにしたのがよい結果をもたらしたと思われます。ちょっと捻りの利いた異名なので一般の将兵たちは使用しないかも。

となると、センスのあるあの提督が使うのか?

 第三位は 「アムリッツアの魔女」です。

 投稿主はこれも青菜さんでした。明快な異名でわかりやすいのがよかったと思われます。ある意味、一位と同じく帝国軍の将兵達に最も浸透してそうな異名ですね。



 ──同盟側──

 第一位は 「幸運の戦姫」でした。

ユリカの強運に触れた提督たちがことごとく生還しましたし、ウランフ提督が言ってましたからね。

 投稿主はmariさんです。で、「なんかちがくね?」とmariさん含めてみなさんお思いでしょうが、参考データーを作成の際、作者が誤まって「戦姫」を「女神」にしていましたorz
だから正しいのは「幸運の戦姫」だったんです…………
(修正を二度したんですが、まさかというところをスルーしていました。まさにいま集計をしていて気が付いたというていたらくです……)

 mariさん、本当に申し訳ありませんでした! 
 
 mariさんの最初の案では「女神」にもなっていたので、そこはどちらも使用させていただきます。

 も、もちろん戦姫のほうが中心です(汗

 第二位は 「宇宙(ソラ)の戦姫」でした。作者の投稿なんですが、いまいち票が伸びなかったなぁと……

 第三位は同数票で 「白亜の戦姫」 「銀河最自由」 「運命の女神」「白の戦女神」でした。このあたりは時系列や人によって呼び名が変わったりするので、そのあたりで使用したいと考えています。

 票が入らなかった「異名」もストーリーの中身によっては登場させるかと思います。

 今回の異名に多くのご参加と投票をありがとうございました。

 今回のようなことがありましたら、ご協力をお願いいたします。

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 メッセージ返信コーナー

ここはWEB拍手にいただいたメッセージの返信コーナーです。
メッセージを書いてくれた読者さま、ありがとうございます!

 投稿日:2010年06月26日 青菜

 更新拝見しました。ユリアンとの交流から「手書き」の日記に挑戦するルリちゃんが何か微笑ましいですね。しかしユリアンのほうもナデシコの女性陣に少々押され気味のようで(まだ序の口でしょうが)彼の視点からのこの日の日記も見てみたくなりました。そういえばこれからの本編では同盟側ではクーデターとスタジアムの虐殺が、帝国側ではヴェスターラントと某ファンにとっては鬼門のある事件が起こりますね。同盟側は結構変わりそうですが(アムリッツァでもかなりの方が生き残っている事が歯止めになりえそうですし)、このままだと帝国側は歴史どおりの展開になりそうですね(普通なら距離の問題もありますし)。短編を見る限り帝国側のあの二人の運命はそのままのようですが、もしあえて変えるとすればやはりボソンジャンプが鍵となるのかなと想像しています。
 どんな異名がつくのか、どんな交流と騒動がおきるのかこれからも楽しみにしております。
 P.S.雑談掲示板に異名の件を書き込む前にすでに拍手で書き込みはしていたのです(「撫子から飛び立った『蝶』」の書きこみです)。説明が無くてすみませんでした。


>>>>書き込みありがとうございました! 日記に書くことを決心したルリっちの今後はどうなるか! (わかんねっ)
もっとも大変なのはやはりユリアン? アキト以上の女難に巻き込まれそうな……そんな気がしましたか?

 帝国のほうは、まあたしかに仰るとおりですが、同盟ばかり変化があってもねぇ……
帝国には彼がいますから、なにかやってくれるかもしれません。

 おお、蝶の書き込みは青菜さんでしたか! 嬉しい書き込みでしたよ。よし、今回もお願いします!

 投稿日:2010年06月27日 ふじ丸

 こんちわ、挿絵二枚が本編第二部開幕での使用とは思わなかったな、絵はナデシコ艦内想定なので一寸様子が変かも知れないが、皆さん脳内でイゼルローン内と補完しましょう
涼さん次の依頼を待ってますよ〜



>>>ふじ丸さん、いつもお世話になっています。そうなんですよね、本当は要塞内の部屋になるんですが、脳内で補完してもらえばいいかなとw
せっかくきれいな背景ですから、やはりそのまま掲載したいな、と思ったまでです。

 さて、次の依頼はどうしようかなぁ……

 その際はどうぞよろしく!


 以上です。今回の更新時にもどしどしメッセージをいただければと思います。


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