イゼルローン行きを目前に控えたとある日

 アカツキさんが収集した資料の発表とあいなりました

 どんな事実がとびだすことやら

 私が調べたことも話すのかな?


 だとしたらたいした事はありませんけど

 驚かせてくれることを期待したいところ

 なにせずっとハイネセンで政治ごっこしながら

 調べていたわけですからありふれた情報じゃあ困ります


 えっ? それってほんとうですか?

 私も思わず目が点に

 アカツキさん、悔しいけど一応合格点あげときます



 ──ホシノ・ルリ──






闇が深くなる夜明けの前に

機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説




第二部/第八章(中編)



『真実は時の螺旋/二つの歴史を巡る考察・U』







T


 ──宇宙暦796年、標準暦11月中旬──

 首都星ハイネセンの中心部から南へ数キロ離れたホテルの一室には、ミスマル・ユリカをはじめとする元祖ナデシコクルー全員が集合していた。

 「いよいよアカツキ会長が集めた情報の発表かぁ……」

 「何が出てくるのかな?」

 「きっととんでもないことさ」

  「ま、それくらいは期待してもいいかもね」

 クルーたちが隣人とささやきあう会議室が突然静かになった。彼らの「幸運の戦姫」がプロスペクターやアカツキを伴って「大人しく」現われたのである。

 「みなさん、今日は貴重な休みを割いていただいてありがとうございます」

 ほとんどのクルーは「何かあるな?」と感じただろう。なぜならユリカが会議室内に入るときは陽気な挨拶が付き物なのだが、今回はVサインもなければ手を振ったりもしていない。何よりも入室時に颯爽(さっそう)とは言い難かった。

 やや緊張した表情で壇上に立ったユリカは、大きなデーター表示用スクリーンをバックにしてみんなを見渡した。

 「今日集まっていただいたのは他でもありません」

 実に普通に切り出したユリカはやはり普段のユリカとは違った。声と顔が大真面目なのだ。大規模な艦隊を運営し、帝国軍の強敵たちと渡りあった若干22歳の艦隊司令官は「艦長時代」に比べると「無秩序」はやや影を潜め「秩序」のような冷静さを身につけて場をわきまえるようになっていた。人によってはあの楽観・能天気さを懐かしく思うと同時に、彼女は本当に成長したんだと感慨にふける者も少なくない。

 「今日は、アカツキさんがこれまでに収集した情報やここでの歴史についてお話させていただきます」

 予想された──というより事前に知らされていた内容だったので誰も驚くことはなかったが、ユリカの発言はそれだけに留まらなかった。何かを決意したように小さく深呼吸する彼女の姿を誰もが目撃した。

 「──皆さんにはアカツキさんの発表の前に伝えておかなければならない重大な真実をお話ししたいと思います」

 ざわりと空気が揺れ、数十の視線が一斉に交差する。最前列の席に座るアキトとルリはじっとユリカを見つめている。

 「皆さんには、やむ終えない事情で秘密にしていたもう一つの真実を話します。それは──」

 それは、ナデシコクルーがいる「未来」は彼らの生まれ育った世界とは異なった歴史を歩んだ「未来」であることだった。

 室内は静まり返ってしまった。呼吸音が聞こえるくらいだ。その事実をすでに知っている幾人かのクルーは何も発せずに状況の推移を見守った。

 (この反応は当然よね……)

 ユリカは、次に暴発するであろうクルー達からの非難や怒りの感情を受け止めるべく身構えたが……

 「やっぱりなぁ……」

 「そうじゃないかと思ってたよ」

 「ホントに次元移動ってできるんだなぁ……」

 「俺は知ってたよ」

 「はん! 俺だってとっくにわかってたよ」

 と意外すぎる反応が次々に返ってきた。真実を告げたユリカやもともと知っているアキトやルリは憮然とした表情で逆に声が出ない。

 ただリョーコだけは本当に驚いていた。勢いよく立ち上がってユリカに抗議しようとするが、左右に座るイズミやヒカルとイツキになだめられる。三人娘の反応を見るとおおよその想像は事前にできていたらしい。

 「なんだよ、お前ら知ってたのか?」

 「うん、まあね」

 「知らぬはリョーコのなんとやら……」

 「リョーコさん、妙なところで鈍いですね」

 それらの様子を窺っていたアカツキが隣に立つユリカにささやいた。

 「ね、僕の言ったとおりだろ? みんなそれほど無知じゃないってね」

 アカツキはクルーたちの反応を予想していたらしい。得意そうにロン毛をキザにかき上げている。ユリカのほうはしばらくポカーンとしていたが、アキトに促されたこともあってようやく我に返った。

 「ええと、みなさんなんとなくご存知でしたか?」

 今更という質問だったが、クルーたちからは肯定する声が再度返ってくる。

 「まあ、歴史を探るなとは言ってないしね。当然といえば当然じゃない。ねえ、プロスペクター?」

 アカツキの視線の先には愛用する眼鏡の柄を整える商人風の男がわずかに口元をほころばせていた。

 というのも、クルーたちの自主性を尊重して歴史データーの閲覧やそれに関わる一切の行動を制限しないようにユリカに提案したのは他ならぬプロスペクターだった。

 ハーミット・パープル基地に滞在する際、ある程度の注意だけしか受けなかったように、隠し通すことが不可能ならオープンにすることで個々に対応し、現実を知ってもらおうと考えたからだ。

 「ここは自由の国、自由惑星同盟の勢力範囲ですし、もともと私たちは民主思想の人間ですからね」

 プロスペクターの意図は成功した。クルーたちは同盟で過ごすうちに彼らなりの方法で情報を集めて現実を認識したものの決して口外することはなくそれぞれが胸のうちにしまいこんでいたのだ。

 今日、こんな日が来ることを予想して……

 「皆さんのお心遣いに感謝します。そして今まで黙っていたことを深くお詫びします。本当に申し訳ありませんでした」

 ユリカが心から頭を下げると、クルーからは非難よりも激励や逆に同情する声が次々に上った。クルーたちも時間を経て冷静に対処する気構えを身につけたのだろう。

 「あらためてナデシコの絆を確認できたようでよかったですな」

 プロスペクターが安堵したように一息つくと、隣に座るゴート・ホーリーも同意したように頷いていた。

 「さて、じゃあこうなると話が早いからさっさと報告するよ」

 ユリカに代わってアカツキが壇上の中心になり、彼は何処からともなく指示棒を取り出して端末を操作するエリナに指定のデーターを映すように依頼した。その様子を窺うイネスが唇んをかんでそわそわしているのは間違いなく活躍の場を奪われたからだろう。

 「まず、確認のために言うけど、僕らが今いる未来はいわゆるパラレルワールドさ。その岐路の根拠はすでにみんな知っているみたいだけど2129年頃の熱核戦争だね」

 その熱核戦争はアカツキたちの世界では勃発していない。主な原因の一つにウランフの言っていたCPの暴走が絡んでいた。

 「西暦の学習はなぜなにしていないからもう少しだけ説明するけど、人類は核戦争からは早期に立ち直って火星まで生活圏を拡げているんだよね」

 熱核戦争後の地球統一政府(いわゆる地球連合の前身)の樹立と木星基地の建設を行い、2180年代には外惑星探査を人類は成し遂げていた。

 これを聞いたアキトが妙に関心したように唸った。

 「核戦争で人類の文明が滅びそうになったわりにはなかなか凄い前進ですよね」

 「ああ、その通りだね。同時期の僕らの世界では火星までがせいぜいだったから、こっちの世界のほうが一歩先を歩んでいたことになるよね」

 アカツキはそう応じ、すぐに先を続けた。

 「この時期は人類が太陽系内により生活圏を拡大する政策が盛んにあった時代なんだ」

 2180年代といえばアキトたちが生を受けた時代だ。同じとはいかないだろうが、ほとんどのクルーがそのまま彼らの生まれた極東地域の報告を期待したのだが……

 「残念だけど世界情勢だけなんだよね。個々の国家に対するデーターはなかったんだ」

 どうやら同盟が保有している西暦のデーターは「閲覧が可能な範囲」では、クルーたちが期待するような中身までは存在しないという事だった。

 「ま、実はそうでもないんだけど、調べるとなると帝国に行かないとムリなんだよね」

 どういうこと? とばかりにクルーたちの眉間にしわが寄る。

 「答えは簡単だよ」

 つまり、波乱に富んだ地球時代の記録を受け継いだのがルドルフが創り上げた銀河帝国だからだ。ルドルフは自分の思想に反するものは禁書にしたり、焚書(ふんしょ)することで多くの文化的遺産を葬ったが、帝国にはまだ膨大な数の西暦の情報が眠っているはずなのだ。

 「もっとも、フェザーンや同盟の中枢部には地球時代の情報や資料がまだ眠っている可能性は高いけど、そうなるとデーターを閲覧できるのはごく一部の人間に限られるね」

 「でも、うまくいけば会長がそうなりえるのではないですか?」

 そう毒々しく言ったのはプロスペクターだった。クルーたちも同意したように熱心に頷いている。アカツキは苦笑して小さく肩をすくめた。

 「まあ、そうだけど、それでも簡単に踏み込めるものではないよ。地球のネルガル時代と違って僕はようやくディナーの招待状を受け取っただけだからね。実際のテーブルに着くには時間がかかるし、料理が運ばれてくるにはさらに時間が必要だろうね」

 政治工作によってヨブ・トリューニヒトの関心を買うことに成功した元ネルガルの若き会長は年明けにも兵器産業界第二位のエリオル社の社長の座に就こうとしている。20代を2年ばかりしか過ぎていない青年にとっては非常に困難な舞台と言わざるを得ないが、ネルガル時代に企業闘争や軍需産業競争における工作や駆け引きでもまれた経験が大なり小なり巨大な組織である同盟中枢にて発揮できるかどうか、アカツキの力量も試されるといえよう。

 「その辺りは大いに努力するよ。トリューニヒト氏をその気にできるかどうかは簡単じゃないと思うけど、僕もみんなに約束した手前、むざむざあしらわれてローエングラム候が喜ぶような体制にしたくないしね」

 ──もしそうなれば、アカツキは木星蜥蜴の件に引き続いて個人的にも政治的にもマーケット的にも敗北したことになってしまう。彼も自分の能力を過信しているわけではないが無能だとも思っていない。少なくともトリューニヒトに対しては優勢であろうとするだろう。

 もっとも、ラインハルト・フォン・ローエングラムを相手にしなければならなくなったとしたら全く自信はないが……




U

 アカツキは、ざわめき始めた室内を鎮めると2180年から2190年代までの世界情勢をさらっと通過してしまう。ユリカたちもだいたい知っていたので特に聞きたいとは思っていなかったが、アカツキには期待していただけにスルーされるとがっかりするものがあった。

 しかし──

 「ちょっと話が逸れたけど、ここからが実は本番さ」

 ユリカたちの表情が変わった。アカツキの前置きから重要な報告を期待したのだ。

 「みんなは、5年位前に同盟に亡命してきた貴族が持っていた光ディスクの事って知ってる?」

 YES、と答えた者は存在しなかった。当然といえば当然で、その光ディスクと中身のデーターは公にはなっていない。

 「まあ、僕もかなり偶然知ったんだけどね」

 その経緯は長くなるので割愛されてしまった。しいて言えばヤン・ウェンリーが関わっていると述べるに留まる。

 アカツキは、注目が集まったところでエリナにとある映像をスクリーンに出すように依頼した。その不毛な惑星がそれぞれの視覚に納まったとき、ほとんどのクルーはそれがなんだかすぐに思い浮かばなかった。

 「これって火星ですよね?」

 3秒後にアキトが答えると、「そうだそうだ」という声が次々に上がった。アカツキはひっかけ問題が効果的だったとほくそえむ教師のように頷いた。

 「ご名答。僕らが見るとイメージ的なものが邪魔してすぐに答えられないけど、これはまぐれもなく火星だよ。ただし、テラフォーミングの崩壊した火星だね」

「崩壊だってぇ!!」

 アカツキの予想通り驚きの声が半数以上を占めたが、おそらくほぼ全員がそれの意味する事実に混乱していただろう。

 「そうさ、テラフォーミングの崩壊した火星だよ。さっきも言ったようにこの世界の未来でも惑星開発が盛んに行われたんだよ。火星だって例外じゃない。大気プラント、土壌プラント、緑化プラントやナノマシンによる土壌開発もされていたのさ」

 当時、すでに人類は宇宙に飛び出し、新たな大地を求めていたから、もともと地球に近い火星が開発の対象になるのは別段不思議なことではない。

 ただ、多くのクルーたちが奇妙な因果を感じたのは、その開発時期が彼らの世界とほぼ一致している流れだろう。

 しかし、そんな一致は単なる序の口でしかなかった。

 「2200年を過ぎた辺りから惑星植民やコロニー開発も盛んになったんだけど、それに比例して地球側が自分たちの主権を維持するために多くの植民惑星やコロニーに対して徐々に厳しい管理を始めるんだよね」

 そして100年の時を経て植民惑星側の住人たちは地球からの厳しい搾取から脱却を図るために独立戦争を起こすに至った。

 それが木星蜥蜴の先祖同様に歴史から抹消された「第一次植民惑星独立戦争」だった。

 「ええっ!? そんな戦争があったんですか!」

 ユリカが誰よりも大きな声を上げたので、そのほかの声はかき消されてしまった。

 しかし、1秒ほど置いてざわめきは拡大する。アカツキはその反応に満足しつつ、さらなる衝撃を投下した。

 「エリナ君、例の映像データーを出してくれるかい」

 「はい」

 エリナが表示したのはまた火星だったが、前回と違うのは惑星表面に大きなクレーターがぽっかりとあることだった。

 クルーの視線がこの妙なクレーターに集中した。

 「これは23世紀ごろ火星の基地があった場所なんだけど、地下に貯蔵されていた液体燃料がなんらかの原因で引火して大爆発を起こした跡ってことになっているんだ」

 アカツキの微妙な否定系に気づいた幾人かの不審が増大した。

 「……史実とは違う──と会長はおっしゃりたいのですか?」

 プロスペクターが推察を述べると、アカツキは「そうとも言える」と曖昧に答えた後に核心を言った。

 「ここってさ、僕らで言うところの極冠遺跡があった場所と一致するんだよね」

 驚きの連鎖が一斉に室内を席巻し、またまた騒然とした空気が充満した。「どういうことなんだ?」と隣人とささやき合う者も少なくない。

 やや騒ぎが納まったところでプロスペクターが質問した。

 「ですが会長、それは単なる偶然ではないのですか?」

 「そうだね。たしかに裏の歴史的事実が判明していなかったらわからなかったよ。でもね、書き換えられた歴史の一ページの裏にあった本当の史実は例の独立戦争の時代とほぼ同時期なんだよ」

 プロスペクターは、自分でも軽率と思える推論を述べた。

 「つまり、そこに遺跡が存在したのではと仰りたいのですか?」

 「断言はできないけどその可能性は高いと思うよ。これって内側からきれいに爆破されていることがひっかかるんだよね。燃料の爆発でないとしたら戦争当時に一体何があったのか?  
 しかもパラレルワールドって似て非なる世界でしょ? 極冠遺跡は人類の歴史が始まる以前から存在していた古代火星人の建物だよね。パラレルワールドといえるのは2129年以降であって、その前は同じ歴史を歩んでいるんだ。遺跡があっても不思議じゃないよ」

 その先を答えたのは活躍の場を奪われていた金髪の科学者だった。

 「会長が仰りたいのは、たしかに歴史的な分岐は存在したけど、私たちの歴史とここの歴史がどこかで元に戻ろうと──繋がろうと揺り戻しをかけていた。その証拠に蜥蜴との戦争と似たような戦争が100年遅れで起ったということよね?」

 イネスの発言こそアカツキが見解を等しくするものだった。

 「フレサンジュ博士の言うとおりだよ。比較する材料は少ないけど、どれもややずれた状態で似たような事象が実際に発生していることだしね。それは植民惑星側の戦力として参戦した四隻の戦艦の存在からも僕らの世界との共通性を認識できるんだ」

 アカツキは一旦言葉を切って室内を見渡した。全員が怪訝な顔で彼が何を言おうとしているのか注目している。ロン毛の青年はこれからの反応を想像して一番の衝撃を口にした。

 「四隻の戦艦とはナデシコを含むコスモス、シャクヤク、カキツバタのことさ」

 アカツキの予想通り、それまでを凌駕する驚きと戸惑いが刹那の沈黙の後、室内を一気に蹂躙した。

 「ちょ、ちょ、それって私たちも存在したって事なんですか!?」

 衝撃に興奮したユリカが席から身を乗り出すように声を上げると、アキトやリョーコたちからも同じように追求の声が上がった。それは次々に連鎖反応を起こし、室内はパニックと言っていいほど騒然となる。

 アカツキは落ち着くように全員に促した。

 「ま、パラレルワールドってそういう定義でしょ? 僕らとは限らないけど、似たような世界で背景の何かがちょっと違っていて、自分と似たような人物が存在するってやつだし、ナデシコが出てきたって全然不思議じゃないよ」

 その通りである。2129年以前は同じ歴史を歩んでいるのだ。それ以降の比較は容易ではないが、共通の過去を共有する世界がちょっとだけ世界観を変えてまたどこかでつながった可能性は否定できない。ナデシコやコスモスがこの世界の過去に存在したという真実が可能性を示唆している。

 「まあ、パラレルワールドといって嘆くことはないのかもね。ここは紛れもなく僕らの世界に近い人類の未来なんだからね」

 そうなるとユリカたちの興味は「ナデシコ」やそのほかの三戦艦の軌跡や乗員たちの詳細に移った。

 「うーん、実はねぇ……」

 アカツキは実にすまなそうな顔をした。

 「残念だけど、僕らが調査可能だったのはそこまでなんだよ。独立戦争の詳細資料や乗員データーは今のところ見つけられていないんだよね」

 落胆のため息が席から次々に漏れ、幾人かはアカツキの成果を非難した。

 「ホントに申し訳ない。僕もエリナくんもがんばったんだけど、帝国領侵攻作戦以前はそこまでが限界だったんだ」

 政治工作をしている暇があるならもっと調べるべきでは?

 という声に耳が痛いアカツキだったが、辺境と化した太陽系の歴史については同盟でも影の薄いものとなっているため、容易に資料やデーターを見つけ出すことが困難になっていた。

 「もともと同盟を建国した人たちは身一つで宇宙に脱出したわけだし、当時、帝国にたくさんデーターや資料があったとしても関心が向く内容じゃないと思うしね。持ち出された資料はごく少数だと思うんだよね」

 となると、アカツキの今後の振る舞いによっては同盟中枢を介して新たな情報を得ることも可能だろう。この世界で存在したナデシコを含む四戦艦の記録もわかるかもしれない。もちろん乗員たちの事もだ。

 「一応、前もって言っておくけど、僕の予想では中枢部にもそれほど多くの埋没した西暦の歴史的資料やデーターは多くないと思う。ま、運次第だね」

 「でも、この世界の私たちの事もわかるといいですね」

 ユリカにそんな呟きは、クルー全員に不思議な浪漫を抱かせたようだった。歩みや背景は違っても100年遅れで存在した「ナデシコ」とその乗員たちに既視感にも似た果てしない思いを馳せたのだろう。
  
 「さて、僕からの報告は以上になるけど、これまでの内容を総括してフレサンジュ博士はどうお考えになりますか?」

 突然、話を振られたことに若干の戸惑いを見せたイネスだったが、嬉しそうに立ち上がると軽く咳払いをして話しはじめた。

 「ちょっと自虐的な内容になるけど、演算ユニットの謎を解明できたなんてとんでもない勘違いだったかもね。私は古代火星人が培った技術を過小評価していたかもしれないわ」

 イネスは、自分に起ったことも含めて演算ユニットが時間と空間転移を可能とする装置であると導きだしたが、実際のそれらはユニットが本来持つ機能の一部にすぎないのではないかということだった。

 「私たちが考えている以上にユニットの能力は広いのかもね。時間や空間だけでなく次元さえも越える力を持っているのかも」

 ユリカは驚いて目を見張った。

 「次元……ですか?」

 「そうよ、提督。私たちは歴史の異なる未来にジャンプアウトしたけど、当初はヤドカリが演算ユニットに侵入した影響で計算にねじれが生じた結果だと結論づけたわよね? だけど次元転移さえもともとユニットに備わった機能である可能性が高まったのよ」

 そう、もしユニットに「次元」さえも超える機能が標準で備わっているとしたら、以前、アカツキが冗談混じりに興奮したように、それこそ人類史に想像を超える巨大な発展と未知の繁栄をもたらすかもしれないのだ。

 遠い宇宙の知的生命体とのコンタクトばかりか、漫画やゲームの中の話でしかない次元の異なる世界との往来も可能になったとしたら、技術的にも文化的にも交流の幅が果てしなく拡大し、次元旅行や次元移住という選択まで実現可能になってくる。

  しかし、次元転移を可能とする条件がなんなのか、現時点ではイネスにも検討がつかないという。

 もっとも、それは様々な危険リスクも高まるという裏返しでもあった。

 「ただそれは演算ユニットの解明ばかりじゃなくて古代火星人たちの事も知る必要があるわね。彼らは一体どこから来たの? そして何処に姿を消したの? 火星と木星に重大な遺跡を残した理由はなんなのか──そもそも私たちは彼らのテクノロジーのみに関心をもって彼らに関心をもっていなかったしね」

 そこから実に20分以上、イネスのうんちくが続くことになったが、ユリカたちが止めていなければ永久に続いたかもしれなかった。

 最後に再びユリカが壇上に上がり、彼女がクルー全員にあらためて問うた事があった。

 それは「今後のこと」だった。

 「どうにか私たちは生き残り、ヤン提督と共にイゼルローン要塞の守備に就きますが、みなさんのご意志を伺いたいと思います」

 内容は演算ユニットが途中で修復されボソンジャンプが可能になったらどうするか、という極めて単純だが微妙な問題だった。

 しかし、首脳陣の大よその予想通り「途中で帰るわけにはいかない」という意見が大半を占める結果になった。

 「まあ、ここまで関わっちゃたらねぇ……」

 「ハイ、サヨナラ、っていうわけにはいかねえだろうなぁ」

 「お世話になった人に申し訳ないしね」

 結局、同盟と帝国が何らかの平和条約なり休戦協定なりが締結されるまでは「とどまる」ということで意志の統一となった。

 「結局、それこそいつ帰れるか怪しいところですよね」

 ルリの皮肉で会議は終了する。

 そして、ユリカたちはイゼルローン要塞に向けて出発日を迎えた。





V

 当日は、ミスマル艦隊の門出を祝うように快晴に恵まれた。ハイネセン軍事宇宙港のロビーは将兵達や彼らを見送る家族や恋人たちでごったがえしていた。強化ガラス張りの向こうは蒼空に向って次々と離陸するシャトルの光景が壮観である。

 「ついに艦隊も出発か……」

 そう窓越しに独語したのは同盟最高評議会に名を連ねているホワン・ルイである。容姿は疲れたサラリーマンという感じで頭頂部もバーコードだが、その印象にそぐわない行動力と強い意志を持ち合わせており、対帝国の政策決定では人的資源委員長として慎重な姿勢を示すことが多く、先の帝国領侵攻作戦は「NO」とはっきりと反対を表明していた。

 そのルイは、離陸するシャトルを眺めながら隣にたたずむがっちり体格の親友に語りかけた。

 「お前さんが短気を思いとどまってくれてよかったよ」

 「ふん」

 とだけ短く応じた男の名前をジョアン・レベロという。ルイと同じく最高評議会に名を連ねる財政委員長だ。その印象はルイとは正反対であり、中肉中背で肩幅は広く、口髭を生やしたその容姿はいかにも「ボス」という感じである。

 そのレベロも帝国領侵攻作戦には反対し、戦後は責任を取って辞表を提出したものの議会によって保留されていた。彼は野に下るつもりでいたのだが、辞任したシトレやビュコックとルイに説得されて辞任を取りやめていた。

 「同盟の国防体制をこれ以上弱体化させないために力を貸してくれと懇願されてはどううにも断れんからな」

 「ああ、そうだとも。ウランフ提督もボロディン提督も生還したのだ。損害は大きかったが国防を維持するだけの戦力は残った。我々がトリューニヒト陣営に対抗することで少しでも同盟市民と軍部の負担を軽減しなければいかんのだよ」

 暫定政権の首班となったトリューニヒトにとっては二人とも目障りな存在かもしれないが、実力もあり市民からの支持も厚く、同じく遠征に反対した「良識ある評議員」としてレベロとルイを無視するわけにはいかないだろう。まだ正式な発表はないが、引き続きそれぞれの役職を続けることになるだろう。

 レベロとルイは評議会の席がトリューニヒト派で占められる困難さを予想しつつも、同盟市民を代表する政治家として決して譲れない思いは存在するのだった。

 「ミスマル・ユリカ提督か……」

 空を見上げるレベロの独語にルイは応じなかった。その一言に含まれる様々な意味を彼自身も感じていたからだ。

 「ミスマル・ユリカとナデシコとは一体なんなのか?」

 まさに全てはその言葉に尽きるだろう。突如として表舞台に現われた白い見たこともない戦艦と美しい指揮官。

 若干22歳という年齢で正規艦隊の司令官に就任したのも同盟軍史上初なら、その人物が女性とくれば驚きは2倍以上だ。

 レベロはトリューニヒトの推薦があったと耳にしたときは心底あきれたものだった。

 「死者が増えるだけだぞ」

 しかし、推薦に同意した幼馴染は遠征前にこう言っていた。

 「お前の言いたいことはよくわかる。だが彼女の就任を今回は黙って見ていてほしい。なぜならユリカくんはきっと同盟にとって少なくない変化を呼び込んでくれるからだ」

 シトレの予言どおり、帝国軍の罠にはまった同盟軍は大きな犠牲を払いながらもミスマル・ユリカ率いる第14艦隊の活躍もあって全軍崩壊には至らず、なんとか秩序を保ったまま撤退すことに成功したのだった。

 ヤンの第13艦隊同様──いや、それ以上に過酷な条件下でよく守りよく戦い、味方の危機を救ったその能力はヤンをはじめとする将帥たちに高く評価され、「幸運の戦姫」「宇宙の戦姫」として将兵達の支持もうなぎ上りだった。

 「それでレベロ、彼女を拝見した感想はどうだったかね?」

 「そうだな、とても強大な帝国軍を相手に勇戦した人物に見えなかった。お前は?」

 「私も同感だ。見栄えはヤン提督を遥かに凌駕する美貌の持ち主だが、彼と同じく印象からはとても凄さを実感できなっかたよ」

 「ふっ、案外それこそがミスマル提督の凄さなのかもしれんな。ヤンと同様にな」

 「なにせ“幸運の女神”とも言うくらいだからね、大いにあやかりたいところだね」

 レベロは何も発せずに頷き、彼女が乗っているであろうシャトルに視線を向けた。

 ──ミスマル・ユリカ──

 非常に謎の多い女性だ。いや彼女だけではない。その座乗する戦艦と搭載される人型機動兵器、乗員さえも謎の対象だ。

 「軍が秘密裏に建造していた」

 などという方便をレベロもルイも信じているわけではない。

 「いますぐに事情を話せるわけではないが、その時期がくれば彼女とナデシコの真実をウランフ提督が明かしてくれるだろう」

 辞任前にシトレがレベロに語ったことだ。幼馴染は何を言いたかったのだろう?

 「真実」とはどういう意味だったのか? 4つの疑問が表すその全貌とはいかなるものなのか?

 困惑や不審というよりは、ますます好奇心と興味が湧いてきてしまう。

 「いいだろう、期待させてもらうとしよう」


 レベロとルイの視線の先──

 ユリカたちを乗せたシャトルは遥か蒼空のかたなに航跡を残して消えていた。





W

 ほぼ時を並行し、ヨブ・トリューニヒトの邸宅では二つのグラスが弾けていた。

 「ミスマル艦隊の活躍とアカツキくんの社長就任の前祝だ。乾杯しよう」

 「それと閣下の政権の繁栄を願いまして乾杯いたしましょう」

 「ふふ、すまないね」

 彼らの祝杯とともにイゼルローン要塞にむけて隊列を整えるミスマル艦隊の勇姿が立体TVに映し出される。

 「彼女には大いに期待したところだねぇ」

 「全くですね」

 立体TVに見入るトリューニヒトの格好はバス・ローブ姿だ。訪問した青年に対して失礼な態度をとったというより、たまたまタイミングが悪かっただけだった。

 対するロン毛の色男の格好は黒っぽいスーツ姿である。トリューニヒトは政治家としてバス・ローブ姿でもそれなりの風格を有してはいるが、アカツキがスーツ姿だとどうしてもホストに見えてしまうのは若さのためか、それともロン毛のせいか、やはり性格のためだろうか? それとも単なる偏見か?

 「それにしてもミスマル艦隊をイゼルローンにやってしまうには少し残念な気がするね」

 軍部からの強い要請があったとはいえ、最初、トリューニヒトはミスマル艦隊をイゼルローンの守備に就かせるには消極的だった。何かと話題に事欠かない美人司令官率いる艦隊を首都星に残し、様々な宣伝に利用しようと図っていたからに他ならない。

 それが心変わりしたのはアカツキが今後のことであれこれとアドバイスをしたからだった。

 「君の言うとおり、首都星に彼女たちを置いておいたら帝国やフェザーンに探られるのは目に見えている」

 という極めて現実的で戦略的な理由だった。要塞そのものが「機密」に属する軍事兵器であり、警備やチェック体制、規制が容易だが、首都星だと多くの人目に触れるだけでなくメディア対策も完璧とはいかない。

 また、同盟領における帝国のスパイ網はイゼルローン要塞の陥落時の軍事機密の取得で壊滅したとはいえ、遠征において人的消耗が著しい同盟に帝国が新たにスパイを送り込まないとも限らない。特にフェザーンが商人を使って探られでもしたら簡単に予防するのは難しい。

 実際、フェザーンの役人と見られる人物が複数の同盟政府要人と接触したことが報告されている。

 「アカツキくんの懸念は当たったわけだね。君の適切なアドバイスのおかげで重大な情報漏れはなかったが、私としてもさらに今後は気をつけるとしよう。いくら中立とはいえ、やはり黒狐は油断ならないようだね」

 「ええ、ナデシコをイゼルローンに移すことで帝国もフェザーンもほぼ新しい情報の収集は絶たれるでしょう。あとは国内における我々の新たな試みに注意を払うべきでしょう」

 「そうだね。君の計画通りに進めるためにも機密には細心の注意を払うとしよう」

 「さすがは閣下、対帝国の切り札がさらに増えましょう」

 「切り札か……いい響きだね」

 上機嫌になったトリューニヒトは自らアカツキのグラスに高級ワインを注ぎ、恐縮する青年に手元にあった書類入れから数枚の紙を手渡した。

 「まず第一の件だ。少なくとも来年早々には稼動できるように急ピッチで進めているよ」

 書類に目を通したアカツキは感心したように頷いた。

 「なるほど、すばらしい進捗具合です。選任も終わっているとは閣下の手腕に脱帽です」

 「いや、ありがとう。なんと言っても国家の未来がかかっているからね。私としてもできることはやるつもりだよ」

 詭弁ではあるが、アカツキはトリューニヒトを乗せるためにあえて相槌を打つ。念願の政権を獲得した男は軽くワイングラスを掲げて言った。

 「君も来年には社長に就任だ。ついては私の軍事顧問として、この計画も君に預けたいがどうかね?」

 アカツキには断る理由もないし、それこそ彼がいなければ実現しない。

 「もちろん喜んでお引き受けいたします」

 アカツキが承諾すると、トリューニヒトは片手を挙げて承認した。

 「それから君が押しすすめるもう一つの計画だがね、人選が決定し、近々召集をかけるつもりだよ。一応、確認をしてもらいたいんだが」

 アカツキがトリューニヒトから渡された人選書類には彼もよく知っている同盟士官が数名含まれていた。

 「この計画を推進するためには最善と思われる人物たちですね」

 「君にそういってもらえるとは安心だ。なにせトリグラフ級戦艦二隻分の建造計画を取りやめたくらいだからね」

 急にアカツキは周囲をうかがった。

 「心配いらない。同盟元首の邸宅のセキュリティーは万全だよ。誰にも聞かれてはいないし、聞かせるつもりもない」

 トリューニヒトが自信を込めて言うと、アカツキは恐縮して頭を下げた。

 「閣下のお気使いには感心いたします。これが成功すれば対帝国における戦力は飛躍的に高まるでしょう」

 「そうだね。私も対帝国の政策を押し進める上でも君のように若いのに頭の切れる人材の協力とアドバイスはぜひとも必要だよ。できることはしようじゃないか」

 一瞬、貪欲そうな表情をしたトリューニヒトは顔色を変え、ワイングラスを弄びながら青年に質問した。

 「アカツキくん、我々は末永く同盟の中枢に君臨できると思うかね?」

 その場の冗談ではなさそうな真剣さだった。「巧言令色家」「煽動政治家」と揶揄される姿とは違う。アカツキは背筋に冷たいものを感じた。

 「……可能だと思いますよ。閣下が英雄たちを使い切れれば望むものが手に入りましょう」

 「使い切れれば……か。なかなか痛い言葉だねぇ」

 トリューニヒトは片手で顔を覆い、一瞬だけだが自虐めいた笑みを浮かべた。それとも苦笑いだろうか? 彼の心中に交差した感情の一部をアカツキは読み取ることができていた。

 「私としても無能すぎる人材より帝国に勝てる人材のほうが望ましい。多くの支持者はいるがほとんどの者は私にくっついて権力と利権を漁るヤツらばかりでね」

 もしヤン・ウェンリーをはじめとする反トリューニヒト派がこの言葉を耳にしたら異常とも思える驚きに支配されたことだろう。トリューニヒト自信が政治的野心の高い権力欲の筆頭といってもよいが、そんな彼に近づいて利権をむさぼり国民に自己犠牲を強いる側近たちを「無能者」呼ばわりしたのである。

 このトリューニヒトの発言を「改心でもしたのか?」と勘違いする者も存在したかもしれないが、アカツキは「改心」とは微妙に違った心の作用が働いた結果と分析していた。

 つまり、「ナデシコ」という謎のハードウェアと「ミスマル・ユリカ」という未知のソフトウェアの出現と活躍によって煽動政治家の戦略的思惑に修正のようなものが加わったのだ。

 それは「協調」というよりは「打算」または「妥協」というべきだろう。一見、好き勝手に権力をもてあそんでいた男はイレギュラーの存在を野心の中に組み込んだことで、それまでの彼自身の発言と行動に「疑問」を呈し、掌中にしつつある最高権力者の地位をいかにすれば長く保てるか少し冷静になって計算した結果であるともいえよう。

 いずれにせよ、悪い流れを断ったアムリッツァ星域会戦と同じく、トリューニヒトの意識に良い意味でも悪い意味でも変化が生じたことは、これから同盟の政治舞台に関わるアカツキにとっても喜ばしいことだった。

 (幸運の戦姫のご利益がこんな意外な人物にもねぇ……)

 それは単なる思い込みかもしれないが、悪化しかけた戦況を立て直したかつての美人艦長の「ツキ」が紆余曲折を経て政治面にも及んだようだった。

 「このまま、上手く議長を導ければいいんだけどねぇ……」

 それが簡単ではないことくらいアカツキも十分承知していた。彼がこれまでネルガル時代に経験し関わった政治的背景と軍事的背景のあれこれとは状況も立場も違っているからだ。

 アカツキはようやく同盟において政治の舞台に立ったのみで、同盟全体に影響を及ぼす存在ではない。青年は政治家などという二律背反の立場になるのは「ごめん被りたい」というのが本音なので、今後立ちふさがって来るだろう数々の暗闘をいかに切り抜けて勝利を掴むべきか、あくまでも資本主義の立場から高みを目指したいと考えていた。

 「いろいろスムーズにとはいきそうにないけどね」

 アカツキが慎重になる理由があった。ヨブ・トリューニヒトという権力欲の化け物の意外性はもとより、その化け物の背後に見え隠れする「影」のような存在を知ったのだ。

 ──地球教──

 かつての人類発祥の惑星を信仰の対象とし、母なる星の繁栄を取り戻そうと布教する連中の存在だった。

 アスターテ会戦戦没者慰霊祭の際、アカツキは憂国騎士団から金髪美女を助け、ヤンとアッテンボローと知己になったが、彼はその後、憂国騎士団の実態を調べる過程で偶然にも黒いローブ姿の見慣れない連中がトリューニヒトの邸宅に入っていくのを目撃したのである。

 それからいろいろと調査を重ね、大筋で「地球教」という組織を理解したのだが、トリューニヒトと接触する目的と双方の利益となるものがいまいち見えてこなかった。

 そのために更なる調査が必要だと認識しているものの、宗教が関わる政治こそ危険な領域だと自覚している。

 「……いえいえ、社長のイスが近くなるとどうも嬉しくていろいろ想像を羽ばたかせていました」

 アカツキが急にそう言ったのは、トリューニヒトに声をかけられたからだった。思考のベンチにどっぷりと寄りかかっていた青年はとっさにそんなことを口にしたのだ。

 しかし、発言に嘘があるわけではない。トリューニヒトと関係の深い軍需産業界第2位のエリオル社が本当に第2のネルガルとなるのだ。

 その社長の座に就くのがアカツキ・ナガレだ。青年としては地球時代をはるかに凌ぐ市場規模に心が躍る。気分が悪くないわけがない。

 ただ、就任と同時に話題になってしまいそうなのがたまに傷ではある。できればこっそりと君臨していたいが、政治的な意味でも世間に知らしめるのは致し方ないだろう。

 そしてアカツキの傍らにあって彼を補佐する優秀な人材もやる気になっていた。

 ネルガル時代から「仕事」という意味ではよきパートナーであるエリナ・キンジョウ・ウォンである。

 黒髪吊り目の美人キャリアウーマンは、宇宙規模の市場と巨大なプロジェクトに燃えている。

 「会長、いえ次期社長。もしワンマンオペレーションシステムプランを復活させるならぜひ私に任せてください」

 とかなり積極的だ。最初は銀河規模の戦争に呆然としていたエリナも「ナデシコ乗員」である能力を発揮して──というより開き直ってあれこれプラス思考になっている。

 「銀河規模でどこまで高みを目指せるか、無論望むところよ!」

 その決意はエリナらしいと思う。この頼もしさと向上心があるからこそ、アカツキはエリナを頼りにするのだ。

 「恋愛とはちょっと違うんだけどね」

 アカツキは内心で苦笑した。エリナとは付き合いが長いが、恋愛感情を抱いたことは皆無と言ってもいい。

 「僕だって女性を選ぶ権利はあるからね」

 ということだ。ビジネスパートナーとして優秀なエリナだが、いざ恋愛の対象となると美人であってもアカツキの理想からは外れている。青年が理想とするのは長い髪を腰まで伸ばした楽天家で天才的な指揮のできる女性だった。

 「といっても僕なんか見ていないけどね」

 意中の女性を振り向かせるのは不可能と知った青年は現在ではあきらめているが、身近に存在するパートナーが恋愛の対象となるのはかなり難しいかなと思うのだ。

 エリナがもう少し女性らしく男を盛り立ててくれればいいのだが……

 「さあ、社長、エリオル社でばんばんプロジェクトを推進していきますからね。健康には注意してくださいね。私だって風邪なんか引きませんからね」

 と豪語していたキャリアウーマンは実は風邪でダウンしている。この場にいないのはそのためだ。 決してトリューニヒトから逃れる仮病ではなかったりする。

 今頃は病院で点滴を受けているだろう。

 「エリナくんにはくれぐれも養生するよう伝えてくれたまえ」 

 本気で心配そうにアカツキに伝言を頼むトリューニヒトはどこか愛嬌が備わっていた。

 「ええ、閣下のお言葉、確実にお伝えしましょう」

 それでエリナが「気色が悪い」と元気になるかもしれないから……

 アカツキの視線の先にあった立体TVにはミスマル艦隊が出発する映像が流れていた。




 ……TO BE CONTINUED

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 あとがき

 八章中編をお届けいたしました。

 今回はちょっとまた過去に遡った描写となりましたが、アカツキが収集した情報の発表という大切な話でしたので、ご了承ください。

 レベロやトリューニヒト、そしてアカツキの思惑も少なからず描写させていただきました。
この辺りではまだ軽めということで、各人物たちの本音とかは少な目です。

 それでは後編でお会いしましょう。次回はいよいよ皆さんお待ちかねのあれです!?
夏休みに相応しくドーンと大容量でいきます。

 今回も無駄にでかいけど……


 2010年8月5日──涼── 

 誤字や脱字、一部加筆を行いました。

 2010年9月16日──涼──

 脱字を撲滅できたと思います。一部の文を手直ししました。

 2012年1月17日 
──涼── 

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 ボツタイトルコーナー

 ええ、ありましたとも、たくさんありましたとも。

@ 『歴史の向こうへ』
A 『遥かなる闇の向こう』
B 『もう一つの私たち/二つの歴史を巡る考察・U』
C 『つながりし時空?/二つの歴史を巡る考察・U』
D 『真実は時の美少女?/二つの歴史を巡る考察・U』
E 『真実は時の闇へ/二つの歴史を巡る考察・U』

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  メッセージ返信コーナー

 個々はWEB拍手でいただいたメッセージの返信です。まいど遅くなってすみません。

 ◆◆2010年07月17日0:9:3 ◆◆

 銀英キャラで「うにゅ」は止めて欲しかった。甘ったれた萌え語は要らない…。

>>>自分も迷ったんですが、実験的に「一言」いれさせていただきました。反応としては五分五分というところですね。ある意味、マルガレータの「変化」みたいなものも書きたいので、今後も状況を見ながら言ってもらうかもしれません。もちろん、やりすぎることはないです。

 ◆◆2010年07月17日0:20:5 青菜 ◆◆

 今晩は、更新拝見しました。
 異名が受けていただいて恐縮です。もっとも「ドゥルガー」の方が「魔女」以上に受けたのが予想外でした。あと、募集時は思いつかなかったのですが「アムリッツァの死の天使(告死天使)」というのも一興だったかなかなと思いました。
 本編のベルトマン母子もオリジナルとは思えないくらい銀英伝世界に馴染んでいますね(「帝国の追究」で「三番目に生を受け〜」とありますが三男坊で第5章で「姉」がいるような話があるから少なくとも四番目以降になるのではないでしょうか)。彼を含めて少なくとも四提督が対決を希望しているようですが、直に会ったら(色々な意味で)打ちのめされる事になりそうに思えるのは気のせいでしょうか。また、ここでコーネフ船長が出ていますが(彼も微妙に人生が変えられていますね)彼らが見つけた物や、オーベルシュタインが見つけた「記述」の謎など色々興味深くて続きが待ち遠しいです。
 長々と書き込んですみません。これからも更新を楽しみにしております。


>>>
メーッセージをありがとうございます。「ドゥルガー」はかなりインパクトがありましたね。発想がよかったのだと思います。

「死の天使」ですかw なんかイメージがものすごい方向に先行して神がかり的な感じですね。帝国軍将兵の妄想力や恐るべしw ユリカの反応が気になるところですが、「ユリカ、死の天使なんかじゃないもん!」と拒否しそうですw

 その異名、ちょっとネタで使ってみようと思います。よろしいでしょうか?

ベルトマンの兄弟については「姉って書いたっけ?」と首を捻っております。設定的にヴェルターには兄が二名としています。ラウラお母さんには姉が二人いるので、そのあたりを間違われた可能性もあるかと。私のほうが記述ミスしていたらえらい間違いなので確認して、問題が見つかれば修正を加えておきます。
ありがとうございました。


 オペさんとコーネフ船長の「フラグ」はここまで書いていてようやく出せました。続けてこれたからこそ、かけた「謎」というわけです。今後も応援していただければと思います!


 ◆◆2010年07月19日3:44:4 テイラー ◆◆

 一気に読ませていただきました、決してメアリ・スーみたいにならずバランスがとれており大変楽しませて頂きました。同盟好きな私にとってウランフ・ボロディン・アップルトンの生存は嬉しかったです。

ユリカ率いる14艦隊ですがもしトリューニヒトあたりの策謀で艦隊が増強された場合、分艦隊司令官として登用するなら、以下の二名をオススメします。
1、デュドネイ准将→ランテマリオではワーレン率いる20倍以上の兵力を3時間も食い止めたという、守戦においては極めて有能な人物だと思われます
2、ビューフォート准将→実はヤン以外でビッテンフェルトの進軍を極少数の兵力でゲリラ戦を行う事で一時的であるがマルアデッタ前哨戦で阻止した。某SSではゲリラ戦の権威で頭が切れるが性格は反比例している

後アムリッツァでは複数のアキレウス級が参加し、ユリカのお陰でペルーン、クリシュナ、バングゥと設定通りとすればメムノーンは生き残ってますが、他のペプロス、プロテシラオス、グラコウスは生還しているのでしょうか? ペンテシレイアは多分無理そうですが。


>>>テイラーさん、はじめまして! 一気に読んでいただいた上にメッセージもいただけて嬉しい限りです。まだまだ構想力とかに問題はありますが、応援よろしくおねがいします。

それから分艦隊司令官の推薦ありがとうございました。ミスマル艦隊の増強は今後ありえるでしょうから、非常に参考になります。二名とも特徴的な戦術能力を有していますね。なるほどなるほど! 某SSでは性格に問題ありですかw いやなヤツなんですかね?
なにせ物語の組織が被るので同盟編は読んでいないものでして。

旗艦級戦艦の行方についてですが、「いやー、全然考えてなかった」ですw
ただし、第八、第十、第十二艦隊にそれぞれ所属しているプロテシラオス、メムノーン、グラウコスは大丈夫かと思われます。

その他は艦隊そのものが消滅したりしたので、健在とはいかないかと。



 以上です。今話にもメッセージやご感想をいただければと思います。

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