いよいよやってきました宇宙最強の要塞
  
   その名は「イゼルローン」です
  
   かつてドイツの南部にあった地方都市の名前ですが
  
   女性的な響きがあるとのもっぱらの評判?
  
  
   そんな要塞には他にも最強な方たちが多数存在します
  
   私たちと一緒に要塞の守備に就いたヤン艦隊の方たちです
  
   私はとても胸を躍らせていました
  
   あのヤン艦隊の皆さんに会えるんですから
  
  
   白兵戦の名手に自称「宇宙一の撃墜王」な人もいたりして
  
   ヤン提督とは一味も二味も違いすぎ?
  
   第一印象は限りなく「ナデシコっぽい」感じでしたが
  
   はっきり言ってナデシコのお気楽な面々とほとんど同じ?
  
  
   共通性・共鳴性ともに相性抜群?
  
  
   ええと、親しみやすいというべきか
  
   なんか不安になってきたと言うべきか……
  
   まあ、退屈はしないと思います──
  
   ──退屈しないのはいいことですよね?
  
  
  
   ──ホシノ・ルリ──
  
  
  
  
  
   
  闇が深くなる夜明けの前に
  
  
   
 機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説
  
  
  
  
   
 第二部 第八章(後編)
  
  
  
   
 『それぞれの“出会い”とともに』
  
  
  
  
  
  
  
  
   
T
  
  
   ヤン・ウェンリーとミスマル・ユリカが握手を交わす軍事宇宙港第三デッキから少し離れた場所では、その様子を相反する視線で窺っている2人の撃墜王がいた。
  
   「おいおい、やっぱりミスマル提督って美人だよなぁ、白い制服なんてめちゃくちゃそそるぜ! うちの司令官とは天地の差があるなぁ……て言うかありすぎだぜ」
  
   一人は、オレンジ色の髪に陽気そうな緑色の瞳を有するオリビエ・ポプラン少佐である。第13艦隊の撃墜王として第一宙戦隊長を務めているが、もっぱら女たらしの「撃墜王」としても有名だったりする。
  
   「おい、ポプラン。ヤン提督は男だし、ミスマル提督は女性だろ。性別が違うのに比べること自体が間違ってないか?」
  
   今一人は、明るい茶色の髪の毛と同色の瞳を有するイワン・コーネフ少佐である。彼もポプランと並ぶ撃墜王であり、第二宙戦隊長を務めている。だが、ポプランに比べるとミスマル・ユリカを見る目はどこか他人事のようだった。
  
   それもそのはずで、ポプランが多いなる好奇心と下心丸出しでナデシコが入港したドックに見入っているとしたら、コーネフはつまらなそうな眼差しでほぼ成り行きで付きあっているだけだった。
  
   「俺が言っているのは同じ司令官としての見栄えのことだ。どうせ忠誠を尽くすなら美人がいいに決まっている!」
  
   「ああ、そうか……」
  
   裏切るのか?、と反論しても無駄だと悟ったのかコーネフは黙った。ポプランはユリカ以下、集合している女性クルーたちの鑑定に余念がない。
  
   「おいおい、こいつは想像以上の玉が揃ってるぜ! あの金髪のおねえさんなんか白衣まで着ちゃってもうやべーぞ……っておい、ショートカットのボーイッシュなあの娘もいいなぁ……そのとなりの背の高いモデルみたいなスレンダーな美女も捨てがたいぞ! 
     ヘアバンドしたスカーフ巻いた娘もいいなぁ……おっ! そのまた隣の背のちっちゃい娘もかわいいぞ……まてよ、おい! ストレートヘアーの黒髪の娘もめちゃくちゃかわいいじゃねーか! 金髪の副官も高水準だぜ!」
  
   と、こんな感じではしゃいでいる。コーネフは疲れて肩をすくめ、どうにか平和的に抜け出せないかと思案を開始した。
  
   そうこうしているうちに時間は過ぎ、一通り挨拶が終わった直後だった。
  
   「おい、見ろポプラン。お前の愛弟子が手を振っているぞ、応えてやれよ」
  
   「えっ、誰が?」
  
   コーネフは一瞬声がでない。
  
   「おいおい、タカスギ中尉が最初第2艦隊に配属されたときに有望なヤツだって面倒をみていたじゃないか」
  
   「そんなことあったけ? 覚えてないな」
  
   「あのなぁ……」
  
   美女の特徴はスリーサイズから耳たぶにあるホクロまで憶えているくせに、男の容姿はほとんど憶える気がないのが「オリビエ・ポプラン」の得意技だ。たぶん……
  
   仕方がないのでコーネフが代わって応じることにした。タカスギ中尉は笑顔で手を振り返すと隣に立つ黄色い制服を着用した若者の肩を叩き、一緒に軍港を後にする。
  
   「しかし、タカスギ中尉もまさか自分が人型機動兵器のパイロットになるとは考えていなかっただろうなぁ」
  
  
  裏切り者め、というポプランのささやきをコーネフは聞き逃さなかった。
  
   「お前、しっかり憶えているじゃないか、ええ? もしかして嫉妬でもしていたのか」
  
   ふん、と言ってポプランは不機嫌そうにそっぽを向く。
  
   「まったく、宇宙一のパイロットを差し置いてどうしてアイツが選ばれるかなぁ、美女パイロットにも囲まれやがって……」
  
   前半ではなく後半のことでひがんでいるな、とコーネフは確信した。
  
   「まあ、彼は才能があるし、エステバリスだっけ? そのエステバリが極秘に試験運用されていた前線監視基地にいたそうだから、ちょうどよかったんじゃないか」
  
   ポプランは面白くなさそうに全面的に否定した。
  
   「普通はよぉ、優秀なパイロットが訳もわからず数名集められて、謎めいた上司から秘密の任務を告げられるっていうのが王道だと思うんだよなぁ……」
  
   「その中にはお前がいて、残りは全員美女ばかりなんだろ?」
  
   ポプランは「当然だ」と短く応じて軽く舌打ちしていた。
  
   「邪魔だな……」
  
   「はっ? 誰が?」
  
   「ムライのおっさん」
  
   「…………」
  
   主だったナデシコのクルーは、ヤン艦隊の首脳陣と一通り挨拶を済ませると、ユリカの指示で次々に軍港から立ち去っていったが、ヤンとユリカは何事かを協議しており、両陣営の幕僚たちもまだ残留していた。
  
   その中には「歩く小言」とか「堅物の中の堅物」などなど、若い連中には何かと煙たがられている参謀長のムライ少将も含まれていた。
  
   ポプランは、出迎え組みのヤン以下の幕僚連中が立ち去るタイミングを見計らって「美人揃い」と評判のエステバリスの女性パイロットたちにさっそく声をかけようと図っていたのである。
  
   しかし、前述の通り軍港ではヤンとユリカがまだ何か会話を続けていて、双方の幕僚たちも残ってそれぞれ自己紹介を始めている有様だった。幕僚連中のほうが先に軍港を後にすると予想していたポプランにとって計算外の出来事になっていた。
  
   「ちっ、仕方がないな、先回りするか。行くぞコーネフ」
  
   僚友が応じないうちにポプランはきびすを返すが、ほとんど同時にヤンたちも軍港の出口に向って歩き出してしまう。
  
   こうなるとムライの目の届く範囲でナンパすることになってしまうのだ。もちろんそんな危険なことはできない。できるはずがない。
  
   「ったく、なんて悪運の強いおっさんだ。相当たちの悪いセンサーが働いているぜ」
  
   「ま、なんだ。自分のことを棚にあげるのはよせ」
  
   ポプランは聞いちゃいなかった。いかにして最大の障害を排除して美女たちに真っ先に話しかけるか、いつにもまして考え込んでいるようだった。
  
   「というか、今日じゃなくたっていいだろうに。彼女たちだって長旅で疲れているんだし、明日にでも出直したらどうだ?」
  
   
「ダメだ」
  
   とポプランの返事は短く、妙な決意がにじみ出ていた。彼は必要以上に拳を握り締めている。
  
   「なんで?」
  
   「決まっている。あんな美人揃いをイゼルローンの狼どもが放っておくはずがない。俺ほど甲斐性はないだろうが、彼女たちに目をつけるヤツラは今後莫大に増えるはずだ。あの金髪白衣美女なんか真っ先にシェーンコップのおっさんが口説きにかかるだろうしな。一分一秒たりとも博愛精神のパワーを無駄にはできないぜ!」
  
   「お前らしいな……」
  
   確かに、軍港の外には美人艦隊司令官とその美女揃いの幕僚たちを人目見ようというヤジ馬が押し寄せている。「薔薇の騎士」が警備を担当しているが、その長たる男が下心丸出し(?)となれば、邪魔が少しでも入らないようにその他大勢を排除しているようにも思えなくもない。
  
   「幸い、防御指揮官殿は出迎えには外されているし、そうなるとフリーである分、先制チャンスは俺にあるわけだ」
  
   
「お前も外された口だろ」というコーネフのツッコミを聞き流し、オリビエ・ポプランは軽やかに歩き出していた。
  
  
  
  
  
   
U
  
  
   
 フレデリカ・グリーンヒル大尉の不安は3倍に増大した。
    
  
   ミスマル・ユリカ中将を軍港に出迎えたとき、ヤン・ウェンリーは終始笑顔を絶やすことがなく、日常の4.85倍の口数の多さで美人艦隊司令官と何気ないやりとりを交わしていたのである。
  
   ようやく軍港を後にするかと思ったら、
  
   「大尉、すまないけど中将と話があるから先に司令部に戻っていてくれないかい」
  
   と副官を置いてきぼりにし、ミスマル中将と肩を並べながら執務室へと向ってしまったのだった。
  
   フレデリカは、
  
   「はい承知しました」
  
   と冷静に振舞ったものの、心に小さくないざわめきを抱きつつ反対方向の走路に乗ってしまうという動揺っぷりを示してしまう。
  
   それもそのはずで、ヤンはもともと女性には奥手だ。女性に声をかけない日はないというポプランやシェーンコップのような甲斐性は一割もない。「エル・ファシルの英雄」「ミラクルヤン」として女性ファンは急増し、ファンレターの数もうなぎ上りだが、街中で女性に熱視線を注がれてもほとんど迷惑そうに逃げ出すのが常と言ってもよい。
  
   その甲斐性なし──恥ずかしがり屋のヤン・ウェンリーが笑顔交じりにごく自然に若い女性と会話を交わしているではないか!
  
   しかも面と向って!
  
   「こうやってヤン提督とお話をするのも久しぶりですねぇ〜」
  
   「そうだね、あのときは何かと楽しかったよ。ユリアンも貴官と再会できるのを楽しみにしているんだ」
  
   「嬉しいですねぇ、私もユリアンくんに会うのも楽しみだなぁ、紅茶飲みたいし」
  
   「そう言うと思ってユリアンにお願いしているんだ」
  
   「えっ、本当ですか? 」
  
   「まあね。ユリアンはミスマル提督のためにとびきり美味しい紅茶を用意しますって張り切っていたよ」
  
   「きゃあ、ユリカ楽しみ!」
  
   とこんなやり取りである。
  
   
「まさか、ユリアン公認なの?」
  
   フレデリカの殺気の炎──もとい嫉妬の炎が内面で激しく燃え盛っていたのは言うまでもない。
  
   「それにしても、あの時って……」
  
   そのフレデリカは途中、ティーパックの箱片手のユリアンと偶然にも遭遇する。
  
   「大尉、どちらへ?」
  
   「ええ、司令部だけど」
  
   「そうですか……あのうヤン提督は?」
  
   「ミスマル提督と執務室の方に行かれたわ。ユリアンが紅茶を振舞うそうね」
  
   「ええ、ミスマル提督が官舎を訪問された時に淹れたらとても喜んでくれたので、今日お見えになったらご馳走しようってヤン提督と話していたんですよ」
  
   「訪問?」
  
   もちろんフレデリカには初耳である。だが「あのとき」のフレーズが彼女には理解できた。
  
   「はい、アムリッツァ後に突然訪問されたんです。ヤン提督からお聞きになっていません?」
  
   「……もちろん聞いているわ。楽しかったんでしょう?」
  
   このまずい受け答えがフレデリカの誤算となる。
  
   「そうなんですよ。ミスマル提督が料理を作って──それはすごかったんですから」
  
   「そうなの?」
  
   平静を装いながらフレデリカは内心で大きなダメージを負っていた。
  
   
  料理がすごかった……そんなに美味しかったっていうの!!
  
  
   士官学校次席卒業の美人大尉の弱点といえば、料理の腕前が落第点であることだった。美味しい料理を作れることが結婚の条件に左右されるわけではないが、「料理が下手」なだけで熱い愛情も冷め切ってしまうという過去多くの事例を耳にしているフレデリカだけに、おやつ以上──料理未満の食べ物しか作れない身にとっては痛すぎる差──に思われた。
  
   しかし、フレデリカの表情はあくまでも平静である。微妙に浮き出ている血管はちょうどベレー帽と前髪で隠され、恐ろしいほど制御されたネコ被りでさすがのユリアンも気づかない。
  
   「そう、それはとてもたいへんだったわね」
  
   「ええ、ミスマル提督もさすがにお疲れになってソファーで寝てしまいまして……またまた大変でした」
  
    
 ええっ! 泊まったの!?
  
  
   フレデリカの衝撃的な心の絶叫をユリアンは受信損ねてしまった。ちょうど時計を確認し、大尉が大きく目を見張った瞬間を見逃してしまったのである。
  
   「すみません。ヤン提督とミスマル提督がお待ちになっていると思うので失礼します」
  
   「ええ、気をつけてねユリアン」
  
   内心で悄然としながら、ユリアンに手を振ったグリーンヒル大尉。ヤンの被保護者はすでに駆け出しており、肩ごしに彼女を一瞥しただけだったので終始その異変に気づかないままだった。
  
   「ミスマル提督……強敵だわ」
  
   フレデリカ・グリーンヒルは副官として優秀である。美貌は言うに及ばず、理解力は高く、事務処理能力にも調整能力にも長け、記憶力も抜群だった。
  
   しかし、なぜか料理の手順は覚えられなかった。本人は「努力」しているのだが、進歩と努力が比例しない日々が続いていた。
  
   「負けられないわ」
  
   打ちひしがれるかと思いきや、8年前のヤン・ウェンリー中尉の活躍に胸を躍らせた当時14歳だった少女はその日を思い起こして決意を新たにした。
  
   ──フレデリカ・グリーンヒル大尉は芯の強い女性でもあるが、であるからこそ自分の本心を偽ってしまったことが仇となった。彼女は素直に疑問をユリアンにぶつけ、嘘を付くべきではなかった。
  
   素直なユリアンはすっかり大尉の言うことを信じてしまい、細かいことにまで注意をはらう意識を持たなかった。
  
   こうしてフレデリカ・グリーンヒルの「勘違い」はおよそ一週間続く事になる。本人も想像しなかったフラグをいくつか立てる事になるのだが、もう一つの悩みも含め、難攻不落の要塞の中で彼女の平穏はしばらくお預けになりそうであった。
  
  
  
   
◆◆◆
  
  
   ヤン艦隊のお目付け役──いや、参謀長であるムライ少将は測定不能の頭痛の火種を大量に抱えることになった。ヤン艦隊と共に国防の第一線を預かることになったミスマル艦隊の幕僚たちを目にし、少なからず(別の意味で)前途多難であることを痛感したのである。
  
   アムリッツァの時とは印象が違う女子大生のような艦隊司令官。髪を緑色に染めたショートカットの女性パイロット、寒いジョークを連発しながら軍港を後にした背の高いスレンダー美女とそれに絡む今時博物館並の眼鏡をかけたやたらとテンションの高い女の子。なぜか白衣姿の金髪美女とヤン・ウェンリーに投げキッスをした露出度の高い制服を身に着けた長い茶髪の美女etc……
  
   それだけではない。茶髪美女の後方から付き従う10代と思しき少女が2名、すれちがいざまにムライにぺこりと頭を下げる。また、どう見ても10代以下にしか見えない金色の瞳をした私服姿の少女が一人、中尉の階級章を付けた青年に手を引かれていった。
  
   中には軍服でも制服でもなく、赤いベストに黄色いシャツ姿のこれまた珍しい眼鏡を掛けた商人風の男に、茶色のスーツ姿のがっちり体格の大男がその後方に控えていた。
  
   「どういう人事でああいう乗員なんだか……」
  
   しかし、最も騒がしかったのは昇降用デッキから軍港を眺めていた青い制服の男たちだろう。
  
   その中でリーダーと思しき30代くらいの──これまた眼鏡を掛けた浅黒い肌の男のテンションはウザイほど高く、
  
   
「くうー!! 今日からイゼちゃんと一緒に過ごせるかと思うと涙が出てくるぜ」
   
   「前回の仇は必ずとるぜ。待っていろよイゼちゃん! お前の全てをこのウリバタケさまが暴いてやるぜ」
  
   「隅から隅まで観察してやるからな…うふふふ」(床にほおづり)
  
    「大要塞トランスフォーマープロジェクト始動だぜ!」(熱血ポーズ)
  
   ──などと怪しげでなんともよくわからない物騒な発言を繰り返し、ムライの心胆を寒からしめた。
  
   ムライは、双方の挨拶が終わった直後とはいえ、緊張感のかけらもない騒々しい態度に咳払いをして注意喚起したが全く効果はなく、僭越とは思いながら美人司令官に懸念を表明した。
  
   「えっ? ああ、いつもあんな感じですから気にしないでください」
  
   「…………」
  
   とはいえ、ユリカが一声掛けても整備班のテンションは冷めやらず、「エイエイオー!」とか何か危ない団体のように一斉に声を張りあげる始末だった。
  
   さすがのユリカもウリバタケの「マッド値」が振り切れる寸前であると瞬時に悟り、問題をやらかされてもまずいと感じてゴート・ホーリーを呼び、彼がウリバタケのみぞおちに一発かまして肩に担ぐと、ムライたちに頭を下げて軍港を後にしてしまった。
  
   「変わった人材が多いとは聞いていたが……」
  
   半ば唖然と、半ば呆然として見守っていたムライはさっそく胃が痛み出す違和感を自覚し、 「歩く堅物」「規律の塊」とか若い兵士たちに揶揄されるムライ参謀長の「秩序パロメーター」は早くも初日でレッドゾーンに達してしまったのだった。
  
  
  
  
  
  
   
V
  
  
   テンカワ・アキトがナデシコに忘れ物を取りに戻った帰り、彼は通路で同盟士官に不意に声を掛けられた。
  
   「よう、お前さんが噂のテンカワ・アキトか?」
  
   声を掛けてきたのは陽気そうな緑色の瞳をした「少佐」の階級章を付けた青年士官であり、同盟軍兵士が襟元に巻いているアイボリー・ホワイト色のスカーフをなぜか首からだらりと下げている。
  
   「お前さん、例の人型機動兵器のパイロットなんだってな?」
  
   「ええ……ええと……」
  
   アキトが戸惑っていると、明るい茶色の髪と同色の瞳をもったすっきりとした容姿の同盟士官がさりげなく口を開いた。
  
   「いやあ、すまないねテンカワ中尉。こいつはオリビエ・ポプランと言って俺の同僚なんだが、自重とか礼儀とか常識とかを母親の胎内に置き忘れたらしくてね。でも悪気はないんだ。唐突に声を掛けてすまなかったね」
  
   とさわやかに説明する青年士官は「イワン・コーネフ」と名乗った。
  
   「えっ!」
  
   アキトは驚きの声を上げた。二人の固有名詞は少なからず深く脳裏に刻まれていたからである。
  
   「もしかしてヤン艦隊の宙戦隊隊長の方たちですか?」
  
   言ってアキトは慌てた。ナデシコ時代と違って正規の軍人となった青年は上官に敬意を払わねばならないのだ。
  
   「テンカワ・アキト中尉です。どうぞよろしくお願いします!」
  
   敬礼した状態で頭を下げる妙な挨拶になってしまう。
  
   「おう、よろしくな! これから一緒にイゼルローンを守るパイロット同士だ。気楽にいこうぜ」
  
   ポプランは陽気に笑ってアキトの肩をポンと叩く。隣のコーネフはアキトに握手を求め、さりげなく耳打ちした。
  
   「テンカワくん、こいつと同じ土俵に上がると命がいくつあっても足りないから真に受けちゃだめだよ。後で絶対に後悔するからね」
  
   すかさずポプランは抗議した。
  
   「おい、聞こえているぞ……ったく、人がせっかく気さくに友好を深めようとしているのに友達甲斐のないやつだなぁ、少しは協力しろよ」
  
   「友達? 誰が?」
  
   アキトは思わず二人のやり取りに吹き出してしまった。いつもの風景の中にいるような感覚なのだ。
  
   「これってなんかナデシコと似ているよなぁ……」
  
   そう、お気楽、陽気、自由な気風の「ナデシコ」の内部で日常的に接している爽快な感覚そのものだった。
  
   アキトは、第13艦隊といえば同盟軍の最精鋭と謳われていたことから、その配下の将帥たちも精鋭に相応しく(司令官はちょっとイメージからから外れたが)いずれも屈強そうな人物ばかりだと想像していたのだ。
  
   実際、出迎えてくれたヤン艦隊の幕僚の中には想像どおりの軍人らしい人物も多く存在した。
  
   「やっぱり軍隊だよなぁ……」
  
   とはその場の初期印象だったが、アキトの知る
「ヤン・ウェンリーの人間性」は少なからず同じ既視感を漂わせる部下たちを集めるものらしい。
  
   アキトがポプランとコーネフに感じたのはまさにそれだった。
  
   「こんな人たちもいるんだなぁ……」
  
   アキトがしみじみ感じていると、怪訝そうな二人の視線が彼をまじまじと見つめていた。
  
   「あっ!」
  
   アキトは、自分がまだ笑っていることに今更気が付いた。
  
   「す、すみません!」
  
   アキトは深々と頭を下げ、自分の非を詫びる。ポプランの右腕がゆらりと伸びた。殴られても文句の言えない状況だ。
   
   アキトは思わず歯を食いしばった。
  
   しかし──
  
   「テンカワ中尉、お前さんが冗談のわかる男で安心したぜ」
  
   ポプランの右手はアキトの左肩に置かれていた。それが相手を気に入ったように2度上下した。
  
   アキトはかなり意表を突かれたようにポプランの緑色の瞳に視線を向けた。
  
   「お前さん、合格だぜ。タカスギとつるんでいるだけの事はあるな」
  
   「へっ?」
  
   片目を閉じてみせるポプランにアキトは半ばきょとんとしていたが、ナデシコのみんなと変わらない二人の撃墜王の人懐っこさに自然と笑顔になった。
  
   「こ、こちらこそ本当によろしくお願いします」
  
   アキトは思わず気軽過ぎるほどに右手を差し出した。ナデシコ気質がそうさせたのだが、ポプランもコーネフも「軍人であって軍人らしくない気質」の持ち主たちだった。
  
   「おう、よろしくな」
  
   「よろしく、テンカワ中尉」
  
   握手が交わされると、ポプランが咳払いを一つしてアキトに言った。
  
   「さて、こうして貴官と打ち解けたところで頼みがあるんだが」
  
   「はい?」
  
   そら来たぞ、とコーネフの顔は語っていたが、もちろんアキトにその意味がわかるはずがない。ポプランが作戦を変更したことを……
  
   「実は、そっちの人型機動兵器の──エステバリスだったけか? そのエステバリスの隊長さんや他のパイロットたちに挨拶したいんだよ」
  
   「挨拶ですか?」
  
   「そう、俺たちは理由があって出迎えに行けなくてね」
  
   「ああ、そういえばお二人とも見かけませんでしたね。お仕事ですか?」
  
   タカスギ中尉がポプランに手を振っていたのだが、時間的に短く、アキトたち他のパイロットはお互いに話をしていて気づいていなかった。
  
   「まあ、テンカワくん。世の中には時と場合によって安全第一とか危険回避とか規律重視とかがあってねぇ……」
  
   とニヤニヤして答えたのはコーネフだった。
  
   「おいコーネフ、余計な事を言うなよ」
  
   何の事かわからずアキトが首を捻ると、ポプランはこれ以上不審が高まるのは得策ではないと悟ったのか言葉を一旦切り、仕切り直しとばかりにまた軽く咳払いした。
  
   「俺たちは宙戦隊長としてちょうど新兵の訓練でたまたま出払っていてね。ま、そういうわけだ」
  
   ほとんど同時刻、似たような言い訳をしていた要塞防御指揮官が存在したことを挙げておこう。
  
   「隊長となるといろいろ大変ですね」
  
   「まあな」
  
   ポプランはえらそうに胸を張り、コーネフは内心で笑っていた。もしアキトがポプランの企みに気づいていたとしたら、どんな反応を示しただろうか?
  
   「えーと、お二人をリョーコさんたちの所まで案内するのはいいんですが、少しお時間をいただけませんか? 俺、荷物を部屋に置いておきたいんです」
  
   アキトは手提げのバックを持っていた。ポプランが興味深そうに視線を向けると、アキトは撃墜王にちょっとだけ中身を見せてくれた。ポプランが見たところ中身は料理のレシピや食材の選び方といった本のようだった。
  
   「へぇー、お前料理好きなんだ?」
  
   「というより俺、もともとコックなんです」
  
   「えっ、マジで?」
  
   ポプランは驚きの声を上げ、自分より少なくとも4、5歳は年下であろう青年をまじまじと見つめた。アキトは照れくさそうに頭を掻いている。
  
   「最初はコックとしてナデシコに乗りこんだんですが、紆余曲折があっていつの間にかパイロットもやってました」
  
   その過程は要約すると、かなりのドタバタでほとんど勢いと成り行きと勘違いで構成されている。
  
   「まあ、ナデシコって特殊らしいからなぁ……お前さんも大変だったようだな」
  
   ポプランがその詳細を知ったとしたら、アキトに対する評価を違った意味で上げたかもしれない。反対にコーネフはその内容に突っ込みを入れるべきだと思うだろう。
  
   「じゃあ俺、すぐに荷物を置いてきますね」
  
   おおよそ上官に対する台詞ではないが、ポプランもコーネフも気にした様子はない。
  
   「おう、じゃあこの近くのスタンドで待っているぜ」
  
   「はい、それでは」
  
   アキトは軽く敬礼してその場を去ろうとしたが、心変わりをした二人と一緒にプラス2025レベルにある部屋へと向ったのだった。
  
   ポプランが自分でも「意外」と思うほどの出会いが待っているとは知らず。
  
  
  
   
◆◆◆
  
  
   「ポプラン少佐、コーネフ少佐、ちょっと待っていください」
  
   「おう。まあ、急いでいるわけじゃないからしっかり荷物は置いてこいよ」
  
   そう気を使ったポプランだったが、内心ではかなり急いでいた。もちろんリョーコたち美女パイロットに早く会いたいからだ。
  
   それでもアキトを急かせないのは、彼なりの計画か、さもなくば本当にアキトのことを気に入ったのだろう。少なくとも気を遣っていた。
  
   「お待たせしました」
  
   3分後、ポプランとコーネフはアキトより彼の手につながれた金色の瞳をもつ長い髪の美少女のほうに視線を注いでいた。
  
   「テンカワ、お前の子供か?」
  
   おそらく冗談と思われるが、ポプランらしいジョークではある。
  
   いや、案外本気だったのかもしれない。
  
   「ち、違います! ラピスは俺の被保護者なんですよ」
  
   「へえー、ずい分かわいい被保護者だな。お前さんが引き取ったのか?」
  
   「ええ、まあ、いろいろありまして……」
  
   ラピス・ラズリには「トラバース法」が適用されている。同盟で設立された「戦争孤児」を軍人の家庭で養育する法律だ。
  
   でなければ、ユキナやルリと違ってラピスはナデシコを離れなければならなくなっていただろう。少女は9歳になったばかりだが15歳以降の進路は本人の意思次第だ。基本的には「軍人を育てる法律」のため、ラピスが軍人になるか軍関係の仕事に就けばそれまでにかかった養育費返還は免除される。
  
   「ラピスには軍人になってほしくない」
  
   それが地球時代から戦争に巻き込まれた青年の本音だ。もし少女が15歳になったときもまだ戦争が続いていたならば、アキトは養育費を全額返還するつもりでいた。
  
   しかし、本当はそれまでに戦争を終わらせることがテンカワ・アキトの強い決意でもあっただろう。もちろん本人の意志は尊重するつもりだが……
  
   「ねえラピス、ポプラン少佐たちに“こんにちは”って挨拶しよう」
  
   アキトが頭をなでながら促すと、少女はぎこちなくではあるが二人の撃墜王に自己紹介と挨拶をきちんとした。
  
   あの「卓球事件」以降、少女は積極的に行動するようになり、以前ほどの人見知りは影を潜めている。
  
   陽気なままのポプランは少女に目線を合わせ、自分を指して言った。
  
   「おじょうちゃん、宇宙一のパイロットとはこのオリビエ・ポプランさまさ。よろしくな」
  
   よくもぬけぬけと、という抗議が相応しい本気度である。
  
   「宇宙一?」
  
   「そう、俺に敵うヤツはいまのところ存在しないね」
  
   少女の金色の瞳はきょとんとしている。
  
   「アキトやリョーコよりも強いの?」
  
   「まあね」
  
   とポプランは知らないくせに遠慮なく言ってのける。コーネフがアキトに「すまないね」と小声でささやいていたが、ポプランの実力を耳にしている青年は納得したように頷いていた。
  
   ラピスは、傍らの保護者を見上げるようにして質問した。
  
   「アキト、勝てない?」
  
   「そうだねぇ、ポプラン少佐の実力は半端じゃないからダメかも」
  
   アキトが参ったとばかりに頭をかくと、少女は俄然ポプランに興味を示し、金色の瞳が陽気な緑色の瞳と重なった。
  
   「ポプラン宇宙一!」
  
   ラピス・ラズリが元気よく右手を挙げて宣言する。その屈託のないかわいい笑顔にポプランは将来有望だと確信し、同時に久々に見る偽りのない笑顔に心を洗われたような気がした。
  
   「お嬢ちゃんの笑顔も宇宙一だぜ」
  
   にっと笑って親指を立てるポプランに再び天使のような微笑を返したラピスは、少女の感情の豊かさに憮然とするアキトに言った。
  
   「ラピスも宇宙一だって!」
  
   「う、うん、ラピスの笑顔は宇宙一だね」
  
   保護者もおだてたので、ラピスは上機嫌になってその場をくるくる回ってはしゃぎだした。アキトはラピスがこんなにあっさりと他人に心を開いた光景を不思議そうに眺めている。
  
   「あ、そうそう、宇宙一のお嬢ちゃんにこれをあげるよ」
  
   ポプランがポケットから取り出したのは通常より3倍はあろうという飴玉だった。
  
   「このオリビエ・ポプランさまが推薦する宇宙一の飴玉だぜ」
  
   本当は美女の気を引くための道具なのだが、ラピスの笑顔によほど心地よさを感じたのかポプランは気前よく5個も少女に手渡した。
  
   「ありがとう」
  
   「おう」
  
   美女は手当り次第に口説くので、その関係者からは危険視されているポプランだが、恋愛対象外の少女レベルにはよこしまな心がない分、親たちにも妙に信頼されていて、純粋に接することができるらしかった。(コーネフ苦笑)
  
   子供は非常に繊細な感情受信機を持っている。ラピスはその生い立ちと過ごした環境から一般の子供に比べると感情は乏しいかもしれないが、感受性は非常に敏感だった。
  
   ──だからこそ、少女は怖れのあまり人との接触を避けていたのかもしれない。
  
   「よし、じゃあ案内頼むぜテンカワ」
  
   ポプランはラピスの頭をなで、その保護者に告げる。
  
   しかし、アキトはなぜか困った顔をしていた。
  
   「どうした?」
  
   「いえ、その、ラピスを一人にしておけなくて……どうしようかと」
  
   「じゃあ、連れて行けばいいじゃん」
  
   とポプランの返事は実にあっさりしすぎていた。
  
   「あ、いえ、でも……」
  
   「心配するな、この俺といればどこでも顔パスだぜ」
  
   「はあ……」
  
   この乗りのよさというか頼もしいというか器が広いというか、とにかくアキトはポプランの人柄に意表をつかれっぱなしだった。
  
   「まあ、テンカワくん、彼の悪意を無駄にしてはいけないよ。とりあえず頼ってみなさい」
  
   コーネフも片目を閉じて言うものだから、アキトはなんだか嬉しくなって大きく頷いた。
  
   「よし、じゃあ、お嬢ちゃんも宇宙一のパイロットと一緒に要塞の見学に行こう!」
  
   「はーい♪」
  
   今までにない少女の躍動感にアキトは大きな可能性を感じていた。
  
   この出会いはアキトだけではなく、ラピス・ラズリも大きく成長させる。
  
  
  
  
  
  
   
W
  
  
   アキトが2大エースと少女を伴ってリョーコたち女性パイロット組みの部屋近くまで来たとき、ちょうどイツキ・カザマがIDカードを取り出して部屋に入ろうという直前だった。
  
   「イツキさーん!」
  
   よく聞き知った声のほうに振り向いた長い黒髪の美人パイロットは、ちょっと微笑んで控えめに手を振った。
  
   「テンカワさん、どうかされましたか?」
  
   と応じつつ、イツキは上体を少し横に反らし、アキトの後方からやってくる人影に目を留めた。
  
   2人とも同盟軍士官だが、そのうちの一人はどういうわけかラピス・ラズリを肩車している。
  
   「あれって?」
   
   「うん、いろいろあったんだ。ラピスはポプラン少佐のことが気に入ったみたいなんだよ」
  
   「えっ?」
  
   アキトは追いついた二人をイツキに紹介した。
  
   「ヤン艦隊の宙戦隊長を務めているオリビエ・ポプラン少佐とイワン・コーネフ少佐だよ」
  
   イツキは一瞬だけ驚いてすぐに表情を正し、ポプランとコーネフが感嘆するほどの凛々しい敬礼をした。
  
   「失礼いたしました。小官はミスマル艦隊独立宙戦隊エステバリ隊所属イツキ・カザマ大尉です」
  
   「イワン・コーネフです」
  
   「……オリビエ・ポプランです」
  
   ポプランだけ自己紹介が遅れたのは、イツキのスリーサイズをさっそく計測していたからだったりする。
  
   
──近くで見ると格段に美しいぜ! 俺はこの日のためにアムリッツアを生きのびたのさ!
  
   しかし、ポプランの「眼力」がイツキのダークブルーの瞳と重なる直前、彼女はアキトの方を向いていた。
  
   「テンカワさん、お二人が来られたのはどういうご用件で?」
  
   「うん、実はね……」
  
   アキトは簡単に理由を説明した。
  
   「わざわざご挨拶に来ていただき恐縮です」
  
   イツキは生真面目な顔で再びポプランたちに敬礼した。
  
   (どうも誠実でいい娘らしい)
  
   と誰かさんは内心でウキウキである。何と言っても初日に美女パイロットたちの部屋を確認できたのだから、作戦を変更した甲斐があったというものだ。
  
   ニコニコ笑うポプランを一瞥し、イツキはアキトに耳打ちした。
  
   「ですがテンカワさん、リョーコさんたちは部屋にいませんよ」
  
   というのは、リョーコたちはたいして多くもない荷物を部屋に置いた後、さっそくイゼルローンの内部見学に繰り出してしまったという。ユリカや一部の幕僚を除けば帝国領侵攻作戦時に要塞内部に上陸できた者はなく、今回の赴任での新しい生活が要塞への第一歩という者が大半である。
  
   ちなみに、大騒ぎを起こして気絶させられたウリバタケはまだ目覚めていなかったりする。
  
   「あれ? じゃあイツキさんはなぜここに?」
  
   「ええ、私は忘れ物をとりにナデシコに戻っていたんです」
  
   「そうかぁ、リョーコちゃんたちが何処にいるかわかるかな?」
  
   「うーん、残念ですが……」
  
   話を聞いていたポプランは内心で落胆していたが、何も言わなかったのは遠慮したからではない。
  
   「……というわけだそうだ。ポプラン、出直したらどうだ?」
  
   コーネフが好機と読んで撤退を提案したが、ポプランを見た瞬間にお腹の辺りがねじれそうになってしまった。イツキとアキトも必死に笑いをこらえている。
  
   「へへぇ! あいはいほかほぅ」
   
訳(ええっ! 会えないのかよ)
  
   ポプランの顔はラピスの悪戯によって百面相状態だった。
  
   「こ、こらラピス! ポプラン少佐に何てことするんだ」
  
   かろうじて笑いとどまったアキトが慌てて悪戯少女をポプランから離そうとするが、撃墜王は片手で制する。
  
   「はぁ、ひひってほとよ。ころもはこれくりゃいへんひじゃないとら」 
   訳(まあ、言いってことよ。子供はこれくらい元気じゃないとな)
   
   と言って、ポプランはその場をくるくる回ったりする。ラピスは大喜びだ。少女の年齢から考えればはしゃぐのもどうかと思うが、以前の記憶の混乱もあり、精神年齢が少し低いようだった。
  
   しばらく憮然としていたアキトはもう一人の撃墜王に尋ねた。
  
   「ポプラン少佐ってあんな感じなんですか?」
  
   その質問に答えるコーネフの表情はごく普通だった。
  
   「あいつはどういうわけか少年少女には慕われるんだよね」
  
   「「へぇー」」
  
   異口同音にイツキとアキトは呟く。これは単純にポプランが子供に好かれる気質の持ち主という意味だけではなく、彼らのイメージにある「軍人」とは一線を画しているという意外性の意味も込められていた。
  
   それをあらためて感じたのはポプランの人柄に最初に触れたアキトだったろう。
  
   「ポプラン少佐はやさしい方なんですね」
  
   イツキの思いもよらない好感度発言だった。いつもの調子なら抗議か拒否ものだろう。
  
   
 (──よかったなポプラン、大人しくしていた甲斐があったらしいぞ)
    
  
   コーネフの感想は僚友の幸運を称えるというより皮肉の部類に属しただろう。僚友の普段の素顔を知るヤン艦隊の面々がこれを見たら「ずい分努力をしている」と大いに皮肉られたにちがいない。
  
   そして幸いだったのは、イツキの発言がラピスをあやすポプランの耳に届いていないことだった。まともに耳にしていたら大いに脈ありと勘違いして本格的に口説きにかかっただろう。
  
   「おいポプラン、出直すぞ」
  
   コーネフが促すとポプランも渋々承諾したが、去ろうとする彼らにイツキが待ったをかけた。
  
   「あのう、リョーコさんたちに連絡をとってみます。せっかくいらしてくださったお二人に申し訳ありませんから」
  
   彼女自身は危険なフォローをしたということに当然ながら気づいていない。
  
   ポプランは瞬時に顔が明るくなった。アキトは軽く首を捻る。
  
   「どうやって連絡とるの、イツキさん?」
  
   「えっ? コミュニケじゃいけないんですか?」
  
   「い、いいのかな?」
  
   「何か制限されてましたっけ?」
  
   「ないかも……俺、考えすぎてたよ」
  
   コミュニケはナデシコ乗員のみが持つ通信装置である。腕時計型の通信端末で、2次元の映像を送りながら相手と話せるという非常に便利な技術だ。
  
   しかし、1400年も未来にある同盟では意外と思うほどコミュニケと同じ端末は見かけない。そんな遠くの未来にも存在しないような通信端末を気軽に使っても大丈夫なのか?
  
   ──とアキトは単純に思っていただけである。イツキの言うとおり特に「ダメ」とは注意も通達もされていない。
  
   イツキがコミュニケを起動させると目の前の空間に通信ウインドウが出現したが、ポプランたちは一瞬だけ目を見張ったものの、それはカルチャーショックなどではなく「便利だよなぁ」とか「俺もほしいなぁ」とかごく一般的な好奇心反応でしかなかった。
  
   2人には、コミュニケは新端末の一つにしか映らなかったのだ。
  
   「リョーコさん、イツキですが今どちらにいます?」
  
   ウインドウにはリョーコの他にキメポーズをとるイズミとピースサインをするヒカルが映っている。タカスギは枠外である。
  
   『おう、イツキか。俺たちならイゼルローンの司令部にいるぜ。何かあったのか?』
  
   「ええ、実は私たちの部屋までヤン艦隊の宙戦隊長さんお二人がご挨拶にみえられたのですが、リョーコさんたちがまだ戻っていないので連絡をしてみたんです」
  
   『そうか、そいつはタイミングが悪かったなぁ……そっちに戻ろうか?』
  
   イツキが撃墜王たちに視線を向けたが、ポプランは右手を左右に振ってから天井を指した。要は「俺たちが行く」と言っているのである。
  
   「紳士」なポプランとしては女性パイロットたちにご足労は掛けさせられないということだろうが、当然、さらなる好感度UPを狙っているに違いない。
  
   ──というわけでアキトたちは揃ってイゼルローンの司令部に向ったのである。
  
   
 ポプランの企みが挫折するとは知らず……
  
  
  
  
  
  
  
 
   
X
  
  
   スバル・リョーコ、マキ・イズミ、アマノ・ヒカル、ついでにタカスギ・サブロウタが揃ってイゼルローン要塞の司令部を訪れたのはお昼過ぎである。司令部にのびる通路は中世のお城の中を歩いているようであり、両側には女神や竜の彫刻が施され、高そうな絵画まで掛けられていた。
  
   「なんか要塞って感じじゃねえなぁ」
  
   「俺たち方向間違えてないよな?」
  
   「たぶん大丈夫っぽいよ」
  
   「みんな揃って要塞で迷子も乙かしらねぇ……」
  
   十数人におよぶ好奇の視線にさらされてもマイペースな4人は神話の神々が彫刻された巨大な扉を同時にくぐった。
  
  
 「うおっ!」
  
   「うわぁー」
 
   「へぇー」
 
   「GJかしら」  
  
   4人の目に最初に飛び込んできたのは映画館も真っ青の巨大なメインスクリーンだった。その左右にもいくつか大きめのスクリーンがあり、たくさんのデーターや映像を映している。
  
   さらに4人が驚いたのは司令部の空間だった。「ここホントに要塞の一部?」と疑いたくなるだだ広さだった。空間を取り囲む壁もまるで中世の神殿のような造りだった。その四方の角には翼を生やした馬の彫刻がそれぞれ中央を見据えるように配置されている。
  
   「みなさん、みなさんこちらですよ」
  
   4人に声を掛けたのはプロスペクターだった。圧倒された状態から我に返ったパイロット組は彼の手招きに応じて何やら話をしているらしい双方の幕僚たちへと歩み寄っていく。
  
   ちょうどヤンの副官であるフレデリカ・グリーンヒルがナデシコの幕僚連中に要塞司令部の説明をしている最中だった。
  
   プロスペクターが席を外すようにしてリョーコたちに歩み寄った。
  
   「いやはや、ちょうどよかった。さきほどから司令部の案内が始まったところです。お聞きになります?」
  
   「まあ、一応見学に来たし……って、うおっ!」
  
   驚いたのはリョーコだけではなかった。イズミ、ヒカル、タカスギも同時である。
  
   「なるほど、こいつは意表を突かれたな」
  
   リョーコが感心したように呟く。入り口からだと正面のどでかいメインスクリーンに目がいって気が付かなかったが、実は司令部が2つのフロアによって構成されていることを知ったのだった。
  
   今、4人が立っている場所は2階フロアだ。主に司令官やその幕僚たちが陣取る場所だった。この2階フロアからだと目の位置の高さにメインスクリーンを臨むことができるのだ。
  
   よくよくフロアを見ればその中央の先端に司令官用と想像できる広い端末が置かれ、後方にも似たような端末が12台、右側のフロアにも10台ほどの端末機が置かれていた。
  そして二階フロアから一階フロアを繋ぐ豪華な階段が二つあり、見下ろすとメインスクリーンの下あたりにオペレーター席がずらりと並び、100名近い同盟兵士たちが忙しく端末機とにらめっこしている。
  
   「さすが宇宙最強の要塞だぜ。司令部の規模だけで唖然とするなぁ」
  
   「規模が規模だけに希望にあふれる、なーんてね、うふふふ」
  
   「俺、なんかプレッシャー感じてきた」
   
   
「オペレーターのみなさーん、アマノ・ヒカルでぇーす!」
   
   あっけらかんとした遠慮のない声が宇宙最強の要塞司令部にこだますると、ある者は慌て、ある者は共に手を振り、ある者は驚いて硬直し、ある者は苦味を噛み潰したように顔を歪めた。
  
   オペレーターたちは、絶滅したはずの「眼鏡っ娘」のまさかの声に眠っていた「萌え遺伝子」にスイッチが入ったのか我先に手を振った。
  
   「こら! ヒカル、恥ずかしいことするなよ」
  
   リョーコがすかさずヒカルを羽交い絞めにして遠ざけようとするが、ショートカットの若い女の子の登場にオペレーターたちはますます興奮して手を振った。
  
   「まったく、男どもの反応は未来でも変わらねぇなぁ……」
  
   規律の厳しい軍隊にあって最精鋭たちのまさかの反応は少なからずリョーコを驚かせた。休憩中や勤務外ならまだしも、おもいっきり勤務中である。敵の襲撃があるわけではないが少なからず不安を抱いてしまう。
  
   いや、なぜだか苦笑いしてしまうほどの大きな既視感を抱くのだが……
  
   「おっほん」
  
   騒然としていた司令部はムライ参謀長の睨みと咳払いで瞬時に終息した。
  
   
「たしか軍港で出迎えてくれた一人だよな?」
  
   そんな記憶を手繰り寄せたリョーコにムライの鋭い視線が注がれた。
  
   「たしか貴官らはエステバリスのパイロットだったな」
  
   「──はい、お騒がせして申し訳ありませんでした少将殿」
  
   すぐに謝罪したのはツクモ大佐だった。要塞を守備する一員とはいえ、他の艦隊の参謀長に怒鳴られる事態だけは避けねば立つ瀬がない。
  
   リョーコたちも一瞬にしてそのことを理解したのか背筋を伸ばして非を詫びた。
  
   「うむ。若いことは元気があってよいが、ここは前線だ。場をわきまえた行動をとるように」
  
   もっともな意見である。ナデシコ内ならまだしも国防の第一線を担う立場となった「軍人」となった以上、リョーコたちも周囲に配慮して自重するところは自重しなければならない。
  
   「お前のせいだぞ、ヒカル」
  
   「ごめんなさい」
  
   ムライも大げさにする気がないのか、リョーコたちが反省の態度を取ると一言頷いて司令部の説明に戻った。
  
   そのムライは、ツクモ大佐にポツリと呟いていた。
  
   「お互いにパイロット連中には手を焼いているようですなぁ……」
  
  
  
  
  
  
   
 Y
  
  
   
 「さて、どうするかな」
  
  
   説明の輪に入りづらくなったリョーコたちに声を掛けた人物がいた。
  
   「よろしければ小官が要塞をご案内しましょう」
  
   どこからともなくリョーコたちに歩み寄ってきたのは30代前半の長身でなかなか洗練された彫りの深い顔立ちの男性将官だった。しかも全身から放たれる強靭さがリョーコたちに「只者じゃない」ことを教えていた。
  
   「ワルター・フォン・シェーンコップだ。お初にお目にかかる」
  
   敬礼ではなく、騎士がお姫様を迎えるようにうやうやしく一礼した男の名前を耳にし、リョーコたちはほとんど同時に目を見張った。
  
   ワルター・フォン・シェーンコップといえば5月のイゼルローン攻略戦時に敵の要塞司令官を人質に取り、第13艦隊の奇蹟の勝利に貢献した最強の白兵戦部隊と謳われる「薔薇の騎士」連隊隊長の名前だった。イゼルローンではその防御指揮官となっている。
  
   噂の白兵戦部隊の隊長を目の前にしてリョーコたちは畏怖とともに軽く興奮さえしていた。「本当の戦士」の姿を彼女たちはこれまで目にしたことがなかったのだ。トマホークを振るって生身で戦う男の鋭さにリョーコたちは思わず唾を飲み込んだ。
  
   一通り自己紹介を済ませた後にタカスギが言った。
  
   「そういえば防御指揮官殿は軍港に姿がありませんでしたね?」
  
   タカスギのさりげない疑問にシェーンコップはかすかに笑う。
  
   「ちょうど貴官らを迎えるにあたって軍港の外を警備していてね──さて、どうかね小官が要塞を案内するがいかがかな?」
  
   まさかポプランと同様に出迎えから
「外された」とは言えない。
  
   リョーコたちがうっかりお願いをしようとした直前、絶妙のタイミングでイツキから通信があった。防御指揮官は興味深そうにウインドウを眺めている。
  
   「おう、イツキか。俺たちならイゼルーンの司令部にいるぜ。何かあったのか?」
  
   二、三のやり取りが終わるとウインドウが閉じられ、リョーコはシェーンコップに言った。
  
   「准将、少し待っていただけますか? パイロット仲間が司令部に来るそうなので」
  
   そういえば黒髪のロングヘアーの美女が足りないな、と思い出した准将はリョーコの申し出にすぐに応じた。
  
  
  
  ──10分後──
  
   シェーンコップとポプランは、お互いの姿を認めて自分たちの企みが危機的な状況になりつつあることを自覚した。
  
   ポプランは、司令部でようやく残りの美女パイロットに出会い、白衣の金髪美女と色白の副官もその場にいて喜んだものの、ムライ参謀長が視界に入ったとたん常夏の博愛ゲージが一気に下降した。
  
   
あのおっさんはなんつう鋭い勘していやがるんだ! ことごとく邪魔しやがって
  
   ほとんど言いがかりではあるが、こう要所要所に出没されるとムライの第6感を悪魔的と思いたくもなるのだった。
  
   ほぼ同じ理由でシェーンコップも舌打ちしていた。「ムライ」ではなく「ポプラン」の存在にである。
  
   「パイロット仲間が司令部に来ます」
  
   と言うリョーコの発言を取り違え、美女+野郎3名まで付属である。これでは女性陣だけをお茶にでも誘おうとしたシェーンコップの企みは挫折したようなものだった。
  
   しかし、まさかポプランが「美女」ばかりではなく民間人の「美少女」まで連れてくるとは予想外だった。しかも手を繋いで……
  
   「先物買いとは恐れ入りましたなポプラン少佐」
  
   さりげなくポプランの肩を叩きながらエースに憎まれ口を呟いたが、該当者は唇の端あたりを吊り上げただけで別のことを口にした。
  
   「この子はテンカワ中尉の被保護者でね。まさか一人にしておくわけにもいかないので連れてきたんですよ」
  
   「なるほど、貴官の言い分としては上出来だ」
  
   「くっ、だから違うって!」
  
   ロリ容疑を掛けられるとは心外だが、もちろんシェーンコップが自分をからかっていることを知っているポプランはなんとか余計な反論を思いとどまった。
  
   結局、ムライ参謀長が少女の屈託のない笑顔に敗北し、特別許可ということでその場は丸く収まった。
  
   そして、ポプランは多くの美しい姫君たちを目の前にしていたが、簡単に抜け駆けできる状態ではないと考えていた。ムライの目はあるし、シェーンコップがポプランの抜け駆けを許すはずがない。それはポプランも同じだった。
  
   「こいつは、とりあえず面識をもっただけでよしとするかな」
  
   ポプランらしからぬ消極的な姿勢だが、現状打破はかなり困難だ。ラピスがポプランの手を離れた今こそチャンスのはずだが、これだけ大勢の監視の目があると声を掛けることすら厳しい。そしてどういう経緯なのか、ターゲットの4人娘はなぜかコーネフの案内を受けていた。
  
   こうも予定が狂うと最初からムライ参謀長が仕組んだのではないかと勘繰ったりする。
  
   「どうだポプラン少佐、今日だけは共同戦線を組まないか?」
  
   そうエースに悪魔的にささやいたのはシェーンコップである。彼は金髪美女二人が当分の間単独行動になるのは難しいと予測し、口説きの矛先をリョーコたちに向けたのだが、現状認識はポプランと変わらなかった。
  
   「どういう風の吹き回しですか准将?」
  
   ポプランは不審そうに眉をしかめるが、博愛主義精神のライバルは実に落ち着いたものだった。
  
   「簡単なことだ。お互いの目的は語るまでもない。ならば我々は同じ目的に向って手を携えることができるのではないかとね。それに時間は極めて貴重だ」
  
   「まあ、それはそうですね」
  
   時間が惜しいならば不確定要素が入り組んだ現状に潔く見切りをつけ、他の婦人兵を口説いているほうがよほど成功率が高いのではと思われる。
  
   しかし、ナデシコ女性クルーのレベルが予想よりもかなり高く、イゼルローンの独身兵どもが大挙して押し寄せることは明白だったので、多少無理はしてもある程度の算段は立てておくべきだと二人は判断したらしい。
  
   「で、具体的な作戦はあるんでしょうね、防御指揮官殿」
  
   「もちろんだとも。なめてもらっては困る」
  
   二人の眼光が同時に煌めいた。共同戦線の成立である。
  
   しかし、今日の彼らはとことん不運らしかった。
  
   ヤン・ウェンリーとミスマル・ユリカがユリアンやミナトたちを伴って司令部に姿を現したのである。
  
  
  
  
  
 
   
Z
  
  
   ハルカ・ミナト、ホシノ・ルリ、シラトリ・ユキナの美女美少女3名はイゼルローンの要塞司令部を目指していた。
  
   3名は荷物を置いたらすぐに司令部に赴こうとしていたのだが、ミナトの荷物が思ったよりも多く、ある程度片付けるのに少なからず時間を消費してしまったのだった。
  
   ただ、ミナトたちは特に強制参加を通達されたわけではない。好奇心と自主的に司令部の場所くらいは知っておかないとだめかな、と考えただけである。
  
   「あちゃー、この時間だともうとっくに説明は始まっているわね。途中からだと気が引けるけど仕方がないわね」
  
   急いでいるようでマイペースなのがミナトだったりする。特に早歩きでもなく、ユキナやルリに歩調を合わせているといえばその通りである。
  
   「ねえ、ルリルリ。ここ真っすぐでいいわよね?」
  
   「はい。あと100メートルほど進むと突き当たりになるので、そこを左に進むと司令部に通じる広い通路に出ます」
  
   「直径が60キロもあると通路もナデシコと比べると広くて距離もあって大変ね」
  
   ミナトたちは多数の同盟兵士とすれ違うたびに好奇と羨望のような視線を注がれていた。女性兵士からはミナトの大胆な姿に目を丸くされ、男性兵士からは当然のようにその妖艶な姿に鼻の下を伸ばされていた。
  
   ミナトも慣れたものでいちいち気にしない。適当にあしらって歩みを止めない。
  
   目立つ存在といえば美少女二人もおなじだったりする。一人はミナトと同じように軽く受け流し、一人は注目されていることに何ら価値を見出していなかったので、ただひたすらミナトの後ろを追従していくだけだった。
  
   そんな3名は突き当たりで思わぬ人物に遭遇した。
  
   
  「ミナトさーん!!」
    
  
   わかりやすすぎる高い旋律に3名は足を止め、右側の通路から小走りでやってくる彼女たちの司令官に手を振った。
  
   「あれ? ミナトさんたちも司令部に行くんですか?」
  
   「うん、まあね。一応、見てみようと思ってね。提督も?」
  
   「ええ、ヤン提督とユリアンくんと一緒に司令部に向うところです」
  
   「えっ?」
  
   そう、後方から近づいてくる人影は「ミラクル・ヤン」と彼の被保護者の少年だった。
  ヤンとユリアンは美女と美少女たちがこちらに注目しているので困惑していたが、ユリカはもちろんそんなことはお構いなしである。
  
   「ヤン提督、ユリアンくん、あらためて紹介しますね。ナデシコの操舵士兼砲撃手を務めているハルカ・ミナトさんです」
  
   「ハルカ・ミナトです。よろしくお願いしますぅ♪」
  
   敬礼は見事だったが片目を閉じるところがミナトらしいといえばミナトらしい。ヤンは目のやり場に困りつつ、やや視線をそらして頭をかきながら「やあ、どうも」と照れながら応じていた。ユリアンも似たような反応である。
  
   「ええと、それからナデシコが誇る美少女二人を紹介しますね」
  
   と言って演出なのか、ユリカは少女たちの前で手のひらをひらひらさせる。
  
   「ツインテールの彼女はメインオペレーターのホシノ・ルリちゃん。それからお隣の元気そうな彼女は副通信士兼医療班の一員でもあるシラトリ・ユキナちゃんでーす!」
  
   ヤンは、ある程度キャゼルヌから聞いていたとはいえ驚きを隠せなかった。ユリアンと同年齢かそれ以下の少女二人が戦艦ナデシコのクルーだというのだ! 軍港ではてきとーに見ていたから少女二人を注視していなかった。今更といえば今更である。
  
   一方、艦のそのものの特殊性ゆえ、民間からの選りすぐりのエキスパートをスカウトしているとも聞いているので、ありえないことでもないと思わないでもない。
  
   もっとも、ヤンが「ナデシコ」に対するある推論を当てはめた場合、その置かれた状況によっては少女たちが存在する理由がわからなくもなかった。
  
   もちろん、ヤンは口に出したりしない。
  
   「ヤン・ウェンリーです。どうぞよろしく」
  
   明らかに美女と挨拶を交わしたときとは違い、お辞儀をした美少女二人に物腰もやわらかく冷静に挨拶をした。これはヤンが「ロリ」ではなく、単純に相手が子どもだからである。
  
   「はいはいはぁーい、次はユリアンくんね」
  
   ユリカは、ヤンの背後に隠れるようにしていた亜麻色の髪の少年を美女と美少女の前に強引に押し出した。
  
   「はいはいユリアンくん、お姉さんとルリちゃんたちに自己紹介してね」
  
   あっけらかんとした笑顔でユリアンに促すユリカは、うぶな少年には「鬼」に映ったらしかった。
  
   「……ユ、ユリアン・ミンツです。よろしく」
  
   どうにか声を絞り出したというところだろう。顔を赤くして完全に照れ状態だ。ミナトが「かわいいわねぇ」などとうっとりして言うものだから少年の心はますますヒートアップしてしまい、美少女二人の好奇の目にもさらされてパニック寸前になった。
  
   「ユリアンくんはね、ヤン提督の被保護者なんだ。頭もいいし、お料理だってすっごく得意なんだよ。彼はヤン提督みたいな軍人さんになりたいからって進学しないでイゼルローンに兵長待遇でやってきたんだよねぇ」
  
   ユリアンの肩を抱きながらユリカは上機嫌に説明する。少年は助けを求めるように保護者にSOSを送ったが、こればかりはヤンも手の出しようがない。ベレー帽に右手を乗せてかき回し、さりげなく視線を逸らした。
  
   さわらぬ神に祟りなし、である。
  
   「ユリアンくんもイゼルローンに来たばかりで同年のお友達とかまだいないと思うから、ユキナちゃんもルリちゃんも彼のお友達になってあげてね」
  
   「まあ、いいんじゃないかな」
  
   「努力します」
  
   「うん。じゃあ三人で握手しようね!」
  
   ユリアンにとって拷問に近い儀式が終了すると、ようやく一行は司令部に向って歩き出した。
  
   「ねえねえルリちゃん、ユリアンくんて顔はいいけどヤン提督と同じでどこか頼りないよね?」
   
   「そうですか? でもいい目をしていたと思いますけど」
  
   「へえー、そう感じるんだ。結構有望なの?」
  
   「一応、人を見る目はあるつもりです」
  
   「ふうん……」
  
   少女二人はささやきあいながら、なぜかくすくすと笑っていた。ユリカとミナトに両脇を抱えられるようにして歩くユリアン・ミンツの動揺した情けない光景が彼女たちの瞳に映っていたからだった。
  
   
  ──宇宙暦796年、標準暦12月10日──
    
  
  
   
  こうしてそれぞれの出会いを経験し、イゼルローン要塞の新たな体制は整った。
  
  
   一人一人の出会いが未来と個人に及ぼす影響を何人も計れるわけではなかったが、この出会いがよりよき明日につながることを誰しもが願っていたのである。
  
  
  
  
   
   ……TO BE CONTINUED
  
  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
  
   あとがき
  
   八章後編をお届けしました。お盆ですから、がんばりました。休日の楽しみとなればよいのですが……
  
   みなさんお待ちかねのユリカたちがイゼルローンに着任した際の出会いを中心に書きました。序幕は大雑把な内容でしたが、後編は詳しく描写しています。なんというか、どこまで引っ張るか悩んだんですが、まあ、このくらいかなとw
  
   皆さんの期待に応えられた場面はあったでしょうか?
  
   まあ、まだ始まりですから、今後そういう絡みはいくらでもw
  
   さて、次章からいよいよ内戦編に突入です。
  
   今話にもご感想やご意見をいただければと思います!
  
   しかし、今回は前月と同様に飛ばしたなぁ……
  
  
  
   2010年8月12日 ──涼──
  
  
 誤字修正および一部加筆いたしました。
  
   2010年9月16日 ──涼──
 
  脱字を撲滅し、多少文に修正を加えました。
 
  2012年1月 ──涼──
  
  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
  
   
メッセージ返信コーナー
  
   ここはWEB拍手でいただいたメッセージの返信コーナーです。
  
   
2010年08月06日11:34 mari
  
   このたびは私の応募した「幸運の戦姫」が見事に当選したそうで、投票してくださった皆様、ありがとうございました。本編も新たな登場人物が多数増えてどんどん楽しくなってきそうです。今回はトリューニヒトの変化が実に印象的でした。はっきりいって銀英での数少ない嫌われ者ですから今後の展開が楽しみです。次はヤン艦隊との本格的な交流が始まるでしょうし、楽しいお祭り騒ぎになりそうですね。ちなみに本編でもイゼルダは出てくるんですか?
  
  >>>mariさん、メッセージ感謝いたします。ユリカの異名第一位おめでとうございました。そして「女神」と間違えた作者の不手際をお詫びいたします。
  
  前話におけるトリューニヒトの「変化」はまだまだ些細なものです。彼が「善人」になるのはかなり難しいことなので、トリューニヒトさを失わないようにしていきたいと考えております。
  
  イゼルダを気に入っていただけたようですね。「彼女」の登場は今のところ「五分五分」です。「反響があったら出そうかな」だったんですが、微妙でしたしね。彼女を出すのは世界観的にもどうかと思うところがあるわけですし、今のところは「保留」です。
  
  ま、今後の反応次第ですかね。
  
  
  
 2010年08月07日10:42 テイラー
  
  更新待っていました、トリューニヒトとアカツキの狸と狐楽しませてもらいました。あれというのは愈々リップシュタットとクーデターですね、楽しみに待ってます
  
  某SSのことですが『パストーレ中将一代記』と言うSSで、パストーレに取り付いた中堅企業経営者が、アスターテを生き抜き同じく生き残ったラップと共にトリューニヒトと手を組んで、硬直化した同盟軍の再編成を行うって内容で、トリューニヒトが有能な政治家であると評価されている中々面白いSSです、機会があれば一度ご覧になってください
  
  ただクーデターが1、5、8、10、11、12、13、14の8個艦隊生き残っているのに、クーデター起こす意味はあるのかなぁ?クーデターは軍事力欠乏の恐怖心から産まれたものですし。 
  
  
  >>>テイラーさん、引き続きメッセージをありがとうございます。狸と狐とはなるほどと思いましたw 古だぬきに相対するアカツキは「狐」としては新人ですが、ぜひ狸を逆にばかしてもらいたいところですね。
  
  ご推薦のSSですが、以前、別の読者さんからも紹介されました。まだ読んでいないのですが、なかなか面白い中身のようですね。時間を見つけて読んで見ようと思います。
  
  クーデターは起るかと。同盟側が起こすわけではなく、「起こされてしまう」のと、潜在的な不安と不満がくすぶる状況ですから、起らずにはいられないかと。問題は中身がどうなるか、と考えています。
  
  
   
2010年08月10日9:52 青菜 
  
   今日は、更新拝見しました。
   「死の天使」の異名はどうぞ自由に使ってやってください(本人は否定するでしょうが「あの料理」を作るだけでもその資格はあると思います)。
   ベルトマンの件ですが、第5章中編其の3の中で母からの手紙に「〜あなたには兄や姉たちとは違う豊かな才能と〜」とあったので4番目以降と解釈していたのですが違っていたらすみません。
  
   同盟側も結果が変わった分皆さんも心理的に変わって来ていますね。レベロヤホアンはまだしも議長を少しでもましな方向に誘導できるかアカツキさんも微妙なさじ加減が大変そうですね。ナデシコの皆は次元を越えても適応力が高いですね。なんだかんだ言っても知った以上逃げようとしないのが彼ららしいです。
  
   長文失礼します。これからも更新を楽しみにしております。
  
  
  >>>青菜さん、メッセージありがとうございます!
  
   異名の件、ご了承をいただきまして、使わせていただきます。
  
  また、「姉」の件ですが、たしかに記述されてます。前述には「三男」とあるのですが、「姉」はラウラお母さんの「姉」という意味だったのです。が、ベルトマンの「姉」とも取れてしまいますね。ここは後に修正を加えておこうと思います。ありがとうございました。
  
  同盟側の微妙な結果の違いと、イレギュラーの存在がもたらしたそれぞれの変化ですね。意外と最も苦労しそうなのはアカツキかもしれませんw 彼の周囲に集中する潜在的な問題は山済みでしょうからw
  
  ナデシコのメンバーたちはTV番に見るように、どいつもこいつも勝手にやりながら、仲間意識と意志が強いという大切な絆をもっています。
  
  一人一人の責任感が強いから、彼らは次元が違うからと言って逃げ出すことはないんじゃないかと思ってます。
  
  
   以上です。今話にも「思い」を書いていただければ幸いです。
  
  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
  
  
  
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