部屋というには
しかし、頼りない照明が狭い空間の一角に設けられた粗末なテーブルをぼんやりと照らしていた。そのテーブルを囲むように10人ばかりの男たちが存在する。それぞれの顔はわずかな光によってどうにか輪郭が分かる程度で個々の判別は難しい。
そのテーブルの中央に座る男が出席者を一瞥し、低い声で言った。
「……我々の計画は順調に推移している。このままいけば3月下旬にも最初の行動に移ることができるだろう。そのあとは順次蜂起するものとする。ではあらためて予定を確認しよう……」
第一撃 4月1日 惑星ネプティス。ハイネセンからの距離は1880光年。
第二撃 4月3日 惑星カッファ。ハイネセンからの距離は2092光年。
第三撃 4月5日 惑星パルメレンド。ハイネセンからの距離は2320光年。
第四撃 4月6日 惑星ミドラル。ハイネセンからの距離は2127光年。
男は、第五撃まで説明した。テーブル中央にある小型端末からは3D映像で首都星ハイネセンを中心とした星系図が示され、蜂起する拠点が赤く点滅していた。
その点滅場所は、中心となる首都星からはバラバラの距離で遠く離れていた。これだけ距離を置けばすぐに鎮圧することは不可能であり、首都が武力の真空地帯になるのだ。
──失敗は許されない。
出席者たちはそれぞれの役割を完全に把握している。十数回にのぼる会合とそれをはるかに上回る情報をもとに綿密に計画されているのだ。ぬかりはなかった。
「我々は今こそ立ち上がらねばならないのだ」
参加者全員に共通する意志である。彼らは自由惑星同盟が瀕死の状態であることに大きな危機感を抱いていた。自己の権利ばかりを求める政治家と、その政治家たちに媚を売る軍部。建国の理念と理想を失って迷走する衆愚政治。真実を伝えるべきジャーナリズムの著しいモラルと誇りの低下……アスターテ、アムリッツァに続く愚かしいまでの大量の犠牲者たち……
命を軽く弄ぶ無謀な出兵が続き、人材の枯渇はもはやインフラの崩壊さえ招きつつある。
男たちは、故国を蝕む元凶を一掃するために立ち上がろうとしていたのだった。
「ここで一つ問題がある……」
座長たる男があらたまった声で言った。
「イゼルローン要塞の駐留艦隊を率いる2人の提督を同志に加えるかどうかということだが、皆の意見を聞きたい」
すぐに多数の意見が挙がった。2人の提督の名声と人望は有益であり、イゼルローン要塞の戦略的価値を無視できない。また、イゼルローンの戦力が加われば、それこそ同盟全土を早期に制圧することが可能となる。
ただし、決起するまでに時間的余裕がなく、それまでに2人を説得できるかが課題といえた。
「あの2人を同志に加える必要性を認めません」
異論を唱えた男がいた。声は若いがどことなく陰にこもったような口調だった。
「感情論で否定するのはやめたまえ」
議長格の男が発言者をやや強い口調でたしなめる。若い男は沈黙した。
「時間的余裕がないのはいたしかたなかろう。ヘタに今、彼らを説得しようとすると逆に我々の計画に
それに首都星は≪アルテミスの首飾り≫がある。あの2人といえどもそう簡単に攻略できるものではない……
一同は頷いたが、陰鬱な声の男が「保険」として同志をイゼルローンに送り込み、説得が失敗した場合には2人を暗殺するべきだと提案した。
その提案は賛同者多数で承認された。彼らの計画を成功に導くには危険因子は排除せねばならないのである。
「よろしい。では早急に人選をすすめよう」
会合の様子を少しはなれた壁にもたれかかって眺め、酒をあおる一人の男が存在していた。薄明かりのなか、その男の容姿は判別しがたい。アルコールにまみれた息を天井に向かって吐き出した。
──ふふふ、踊れ踊れ! 金髪の孺子の傀儡なってせいぜい華麗に舞ってもらおうか。お前らの計画が成功するか、無残な結末を迎えるか、この俺が間近でしっかり吟味してやるよ!
男の視線がテーブルを囲む男たちを一瞥した。曇った瞳が再び天井に向けられる。8年前、エル・ファシルという辺境の惑星警備隊指揮官という地位を最期に男の存在は終わりを告げた。帝国軍の侵攻を受けた男は異様なまでの恐怖に駆られ、指揮官として戦うよりも逃亡を選んだ。末端の部下を見捨て、守るべき住民たちを見捨てての逃亡だった。
結果は最悪だった。帝国軍の捕虜になった男は卑劣漢の汚名とともにそれまであった人生の全てを失ったのだった。
「せいぜい、楽しめるように踊ってくれよ」
アーサー・リンチは、毒々しい酒気を天井に向かって吐き出した。
機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説
第十章(後編・其の一)
『安逸は遠く/同盟激震』
T
捕虜交換式からおよそ3週間ばかりの宇宙旅行を経て、ヤンとユリカ一行は惑星ハイネセンの地に降り立った。
その際、軍港では”ドールトン大尉”という女性士官が軍部直轄のMPに引き渡された。彼女は船団の航法士官という地位を利用して船団そのものの予定を著しく遅らせたばかりか、危険な宙域に船団を誘導し、もろとも道連れにしようと謀ったのである。
幸いにもユリアン、アキト、ユリカ、ポプランらイゼルローン組みの連携が功を奏してドールトン大尉を拘束することに成功し、危機を脱することができたのだった。彼女を公人としても昔裏切った元愛人が帰還兵の中にいて復讐しようとしたのが動機だった。
しかし、ユリカの説得で一度はやり直しを誓ったドールトン大尉だったが、数ヵ月後、収監先で自殺を遂げてしまう。
彼女が自殺したことをユリカたちが知るのは、ハイネセンのクーデターを鎮圧した直後になる。
首都星に戻ってから2日後、歓迎式典とそれに続くパーティーの途中でヤン・ウェンリーはユリアン・ミンツとともに密かに会場を抜け出し、夜の街へと消えた。宇宙艦隊司令長官アレクサンドル・ビュコック提督と非公式に会ってクーデターの対策と対処を要請するためである。
一方、パーティー会場では、ヤンの代役を引き受ける形となった白い礼服姿のユリカが出席者たちの対応に追われつつ、その時を忍耐強く待っていた。
「それでは同盟最高評議会議長ヨブ・トリューニヒト国家元首のご挨拶です」
司会進行役の男性がマイク片手に会場に向かって告げると、会場を埋め尽くす出席者たちの視線が壇上に姿を現したトリューニヒトに一糸乱れず集中した。彼が中央に歩み寄ると大きな拍手が湧き起こり、壮年の政治家は満足したように笑みを浮かべ、片手を挙げて参列者たちの声援に応える。
「今日、ここで諸君らの無事な姿を拝見し、私としても万感の思いを禁じえないところである……」
そう前置きし、トリューニヒトの演説は始まった。
それを待っていたかのようにユリカは会場の隅のほうにさり気なく移動し、ブルーグリーンの瞳で周囲を見渡した。
「あれ? まだ来ないのかなぁ、時間ないんだけど」
そうぼやいた直後、ユリカは後ろから肩を叩かれた。肩越しに振り向くと、そこに立っていたのはワイングラス片手にさわやかに微笑む見知った背の高いロン毛の青年だった。
「やあ、久しぶりだね」
軽いノリの口調は相変わらずだった。元ネルガル重工の三代目にして、今は同盟国内でも屈指の兵器製造会社の社長であるアカツキ・ナガレである。
青年社長は無駄に白い歯を見せてユリカの横に立った。
「ところで、僕に用ってなにかな?」
壇上ではトリューニヒトの演説が続き、会場は次第に熱気を帯びつつある。
ユリカは、少し離れた場所で待機するテンカワ・アキトに視線で合図を送ってからアカツキにささやいた。
「ここではお話できません。あのバルコニーに移りましょう」
ユリカが歩き出すとアカツキも無言で後に続いた。美男美女が肩を並べて歩く姿は絵画にも等しい一コマだが、会場全体はトリューニヒトの演説に聞き入っていて意外なほど気に留める者はいない。唯一、婚約者の青年が並んで歩く2人の姿を目に留め、自分でもよくわからない戸惑いを感じたようだった。
2人はバルコニーに出た。その入り口をアカツキのSPがさりげなく囲んで警戒し、表面上はトリューニヒトの演説を聴くフリをする。
アカツキは、そんな彼らの動きを確認しつつ、ユリカの艶やかな横顔をひと撫でした。
「いやあ、今日の星空はいつになくすばらしいけど、ユリカくんの白い礼服は月光に照らされてそれ以上に僕の心をゆさぶるよ」
「アカツキさん、あまり時間をかけられません。単刀直入にお話しします」
アカツキの口説き文句は総スルーされた。わかってる、わかってたよ、と巨大企業の若き社長は内心でうなだれる。
「近々、同盟でクーデターが起る可能性があります」
とうろたえて大声を出すほどアカツキは愚かではなかった。ワイングラスに注がれている赤い液体が小波を立てる。
「……なるほど。そいつは大変なことだね。でもどうしてだい?」
「ローエングラム候が帝国の内乱に同盟を介入させないための策略です」
「ありえるね。誰がそんなことを予測したのかな? 君かい?」
「いいえ、ヤン提督です」
アカツキは、アスターテ会戦後の慰霊祭時に誰よりも早くヤンと知己になっている。自分の立場を省みずに親友の女性を真っ先に助けに来た黒髪の青年提督に強い関心を持ったものだった。
「ヤン提督の姿が見えないのはそれと関係があるのかい?」
「提督はビュコック提督と秘密裏に会って協力を仰いでいます。それ以上は言えません」
「どうせならトリューニヒト議長に言ったほうが早くないかい?」
「それはいけません。クーデターが確実に起こるという保証がありませんし、彼が軍に対する発言を高めてしまうことに繋がります」
「それもヤン提督の考えかい?」
「はい」
アカツキは唸った。アスターテ以降、「ヤン・ウェンリー」という個人をより知ろうと彼なりに考察を加えているのだが、今回といい、侵攻作戦前の会議での発言といい、《戦略家》としてのセンスは他者の追従を許さないレベルだとつくづく感じた。
もしヤン・ウェンリーが同盟のトップだったならば、ことごとくローエングラム候の先手を打って国内に混乱と不安を持ち込むようなことはしないだろうに……
とはいえ、ヤン自身の意識が変化しなければ実現することではないし、何よりも今は彼の軍人としての才能が必要不可欠であるのだ。
加えて、ヤンとトリューニヒトの相互不信というやつは周囲が推し量っている以上に根深いのだ。
この二人を握手させることは並大抵の努力ではすまない。権力欲の権化ながら人心をまとめることに長けた壮年の国家元首と戦争を嫌うくせに誰よりも軍事的センスに溢れた黒髪の青年提督……
ローエングラム候ラインハルトという軍略の天才が仕掛けた策謀を未然に防ぐためには、いずれの才能も必要なのが自由惑星同盟の現状というものだ。
「わかったよユリカくん。僕は僕なりの方法で探りを入れようじゃないか。議長が違う意味で調子に乗るのは僕としてもごめん被りたいからね」
具体的に何をすればいいのか?
などとアカツキは聞いたりしなかった。地球時代に地球連合と経済界の間で絶妙に立ち振舞った青年はやるべきことを承知していた。
今の体制でどこまで出来るのか、やや不安はあるが……
アカツキは、ふと会場に耳を澄ませた。トリューニヒトの演説はまだ続いているようだった。
「で、一つ確認したいんだけど、ビュコック提督と連携したほうがいいのかな?」
ユリカは否と答えた。捜査の衝突が起るかもしれないが、双方が連絡を取ることによってクーデターを画策する勢力とトリューニヒトの持つ利権に群がる三流の腰巾着達から不審の目を向けられるかもしれない。クーデターを画策する人物ないし勢力なりが判明するまでは独自に動いてもらいたいと。
「そうだね、こういうのは少数精鋭で動くほうがいいだろうね」
アカツキが承諾すると、ユリカは「よろしくお願いします」と言って軽く一礼した。
「では私はこの辺りで失礼します」
「え? もう退出かい?」
「あまり長時間滞在できません。なるべく早くイゼルローンに帰って備える必要があります」
ごもっとも、とアカツキが応じるとユリカは再び一礼してきびすを返し、アキトと合流して会場を後にしてしまった。
「やれやれ……」
アカツキが会場に戻るとその熱気は最高潮に達していた。トリューニヒトの演説がクライマックスを迎えているようだった。
「諸君! 我々は自由意志と共和制を守護する戦いを今後も続けていかなくてはならない。ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムが創り上げた悪逆な専制国家を打倒しない限り真実の安逸は訪れないからだ。そのためには帰還した戦士諸君らの協力が必要不可欠である。故国において鋭気を養い身体を休め、然る後に民主共和制と我々の未来を守る戦いに身を投じてほしい。諸君らの故国を思う気持ちが家族や恋人を守るのだ。
我ら自由惑星同盟に輝かしい未来を! 帝国を打倒せよ! ゴールデンバウム王朝を撃て! 共和制バンザイ、共和制バンザイ!」
演説の終わりとともに盛大な拍手と歓声が会場を埋め尽くし、トリューニヒトは両手を振って声援に応じた。
「相変わらずだな……」
とアカツキは肩をすくめた。
しかし、ヤン提督とミスマル・ユリカがここにいて演説を聴いていなかったことは極めて残念といわざるを得ない。
なぜなら、トリューニヒトの演説内容がそれまでの過激な内容から微妙に修正されているからだ。おそらく、会場広しといえどその変化に今気づいている者はアカツキ以外には存在しないだろう。すくなくともヤン・ウェンリーが給料分として仕方なくいい加減に聴いたとしても、きっとその変化を敏感に拾い上げたに違いない。
「さて、どちらがどう歩み寄りをみせるかな?」
アカツキはコミュニケを操作し、エリナ・キンジョウ・ウォンと連絡をとった。
U
ヤンとユリカがイゼルローン要塞に向けて旅立ったのち、要請をそれぞれ受けた側は準備を短期間で整えて内偵を始めたが、一方は不慣れなため、一方は情報の少なさに手を焼くことになってしまう。
そして、初撃は3月下旬に凶弾となって同盟中枢を襲った。
自由惑星同盟軍統合作戦本部長クブルスリー大将暗殺未遂事件である。
当日、軍施設の視察を終え、途中ボロディン大将と合流し、本部ビルに戻ってきたクブルスリー大将はアンドリュー・フォーク予備役准将に襲われたのだ。
帝国領侵攻作戦とそれに続くアムリッツァ星域会戦において無謀な作戦立案の直接の責任者であるフォークは、天換性ヒステリー症の発症もあって本来ならば退役であるところを予備役に編入されたまま軍病院に強制入院させられていた。彼は本部ビルの入り口でクブルスリーを待ち構えて直接現役復帰を願い出た。
もちろん規則違反だったために承認はされず、本部長に規定の書類を提出するよう強く求められた。
すると、思い通りにならなかったことに強い憤りを感じたらしいフォークが隠し持っていたブラスターを構えて本部長に発射したのである。
ほんの一瞬の出来事だった。身体を貫く青い射線!
しかし、地に倒れ伏したのはボロディン提督だった。すぐ傍らに控えていた幕僚総監代理が反応も素早く身を
クブルスリーは、フォークが取り押さえられる直前に放った2発目が頬をかすめただけで軽傷で済んだが、本部長をかばったボロディンは腹部を撃たれて重傷。退院したばかりのアップルトン提督と入れ替わるように入院することになってしまったのだった。
そして、この事件を発火点に同盟各所で有事が相次いだ。
4月1日 惑星ネプティスにおいて武装勢力が蜂起。
4月2日 惑星カッファにおいて武力叛乱発生。
4月4日 惑星パルメレンドにおいて武力叛乱。主要施設占拠さる。
4月5日 銀河帝国において大規模な内乱が発生。
4月6日 惑星ミドラル、武装勢力に占拠さる。
4月8日 惑星アクタイオンにて武力蜂起。治安部隊が出動するも敗北し占拠さる。
このように同盟市民の不安は増大の一途をたどった。
「やれやれ、せっかくヤンから事前に警告されておきながらこの体たらくとはな……」
宇宙艦隊司令長官アレクサンドル・ビュコック提督の顔には疲労の色が窺える。副官ファイフェル少佐も険しい顔をした。
「仕方がありません。まさかクブルスリー大将を襲うとは予想外でしたし、ボロディン提督が倒れてしまっては我々も後手に回らざるをえないでしょう」
「うむ。ボロディンの離脱はわしとしても痛恨だった……」
ビュコックは、確認したうえで信頼できるボロディンに内偵を依頼していたのだ。幕僚総監代理として捜査の基本は押さえているので、司令部で結成した捜査チームよりもはかどるはずと考えてのことだった。
実際、ボロディンの方が捜査が早く、同盟に巣食う暗部をえぐり出そうとしていたのだが、その直前にフォークの凶行である。捜査の趣旨はボロディンのみ承知していることだったので彼が負傷した今、幕僚総監部に捜査の継続は望めないだろう。
「なんとかハイネセンのクーデターだけでも阻止したいところじゃな」
「はっ。幸いクブルスリー大将はご健在ですので協力を仰げそうですが、捜査は難航しそうです」
「うむ。他星系の叛乱もほとんど事前に感知できなかったほどじゃ。クーデターを企む連中はかなり綿密な計画を立てているということじゃろう。それにわしらはMPではないからな」
ビュコックは端末を操作して星系図を表示した。中心となるハイネンセンは青色。その他は緑。叛乱が起っている惑星は赤く点滅している。いずれの5箇所も首都星系からは2000光年前後の距離があり、しかも方向がバラバラだった。
ビュコックは老いのためにしわの増えた顎を撫でる。
「駐留艦隊には悪いが少々鎮圧に骨を折ってもらおうか」
「反乱の鎮圧を全てヤン提督たちに任せるとおっしゃるのですか?」
司令長官は、副官の問いに首を縦に振った。
「ヤンの予測通り帝国では内乱が発生し、その前後にこちらでは地方星系で叛乱が起ったわけじゃ。そうなると当然、帝国は内乱に集中して同盟への侵攻はまずない。駐留艦隊を総動員して叛乱を鎮圧させ、首都に兵力を温存して武力の空白を小さくする。この方法によって本星でクーデターを企む連中を牽制できやもしれん」
とは言え、5箇所全ての鎮圧を駐留艦隊に任せてしまうと首都星近隣の叛乱を野放しにすることになる。他星系への飛び火と市民への配慮を考えれば、最低一個艦隊だけでも首都星から近隣に派遣する必要があるだろう。
「退院早々だが、アップルトン提督の第8艦隊に任せるつもりじゃ。あとはクブルスリーに話を通すだけだが……」
首都星には第1、第5、第8、第11、第12の五個艦隊が控えているが、第1艦隊はウランフの入院が長引いて動員できず、第5艦隊もボロディンの負傷で不可能。残りは第8、第11、第12だけとなる。
ビュコックが第8艦隊の動員を考えたのは、健在である三名の提督たちの中でアップルトンが最も信頼できるからだった。彼は長い入院生活を送っていたから基本的に外部との接触はほとんどない。そもそも軍病院のセキュリティーを逃れながら密会すること自体が難しいのだ。それに人目も多い。
「僚友を疑うというのもどうかと思うが……」
そのような形で人選を行わねばならない事が心苦しくはあるが、首都星でのクーデターを牽制し、地方惑星の叛乱を早急に鎮圧せねばならない状況では「黒ではない」と判断される人選を行わざるを得ない。
「さて、クブルスリーと話をつけてこうようか……」
ビュコックは立ち上がり、副官をともなって直接本部長オフィスに向かった。
V
ヤン・ウェンリーとミスマル・ユリカ宛に統合作戦本部長からホットラインが入ってきたのは4月10日のことである。2人はちょうど今後の対応についていくつか独自に協議を重ねている最中だった。
『2人とも久しいな。元気そうでなによりだ』
それがクブルスリーの第一声だった。
ヤンとユリカが敬礼するとクブルスリーも軽く応礼する。暗殺されかけたにも関わらず本部長は泰然自若として2人を安心させたが、その左頬にはかすめたブラスターの傷跡が生々しく残されていた。
『こんなキズを気にしている余裕はないぞ』
2人の視線に気づいたらしいクブルスリーが言うと、ヤンとユリカは揃って背筋を正した。
『私の怪我など今の事態とボロディンの苦しみを思えば些細なことだ』
ボロディンは、絶対安静の上にまだ意識が回復しないという危険な状態が続いていた。本来ならば部下の衛兵がフォークをねじ伏せるはずであったのに、その反応が遅れて重大な事態を招いたのである。
クブルスリーは、自分を狙ったテロに僚友を巻き込んだことに
『話が逸れたが本題に入ろう。2人には駐留艦隊を率いてカッファ、パルメレンド、ミドラルの3ヵ所の武力叛乱を鎮圧してもらいたい』
ヤンは意外そうに問い返した。
「3ヵ所だけでよろしいのですか?」
ニヤリ、と笑った骨太の本部長はシトレの後任として遜色のない鎮圧案を提示した。
『駐留艦隊にだけ苦労はかけさせん。首都星から近いネプティス、アクタイオンの2ヵ所は第8艦隊を動員することにした。これで可及的速やかに地方叛乱は鎮圧できるだろう。幸い、帝国は内乱に突入したことだしな』
話のわかる上司だ、とヤンは内心で安堵した。彼の反応は単にクブルスリーが首都星からも艦隊を出動させるというだけではなく、本星の武力叛乱を警戒しつつ、今動員できうる戦力のみを的確に充ててきた判断力と決断に感心したからに他ならない。
首都星から中核となる戦力が動かなければ、案外クーデター側の目論みははずれて未然に防ぐことも可能かもしれないのだ。
ちなみにユリカは「楽になりましたねぇ」と呑気なものだ。
本部長は最後に『首都星でのクーデターは防いでみせる』と決意を表明して通信を終了した。
「ミスマル提督──」
ヤンは言って優美な白い軍服姿の女性艦隊司令官に振り向いた。ユリカの顔は毅然と楽天の
「──クブルスリー大将の決意とボロディン提督の勇気に報いるためにもさっさと叛乱を鎮圧してしまおう。そうすればローエングラム候に一矢は報いることができるだろうからね』
「はい、ヤン提督! ローエングラム候の溜飲を上げてやりましょう!」
ヤンは頼もしそうにうなずくと、グリーンヒル大尉に通信を送って会議の準備と幕僚連中を集めるよう依頼した。
◆◆◆
ほぼ時を並行し、ナデシコ食堂「日々平穏」にたむろする連中の行動は食堂の名前と一致するらしかった。
「ようユリアン。ついにお前さんが望んだ疾風怒濤時代の到来になったぞ」
「不本意な言われようですねぇ……」
エプロン姿のユリアンを見るなりオリビエ・ポプランが半ば本気で言えば、亜麻色の髪の少年も不愉快そうに眉をしかめて絶妙に反論する。
それを助けるようにイワン・コーネフが指摘した。
「気にしないでくれユリアン。こいつは時々一人称と二人称を取り違うクセがあるんだ」
なんだそりゃ?、と今度はポプランが顔をしかめると、周囲からは「相変わらずですねぇ」と言いたげな笑い声がいくつか生じていた。
「まあ、あれだな。アッテンボロー提督あたりに言わせると”平和なのはイゼルローンばかりでつまらん。いっそここが嵐の中心になればいいのに”とね」
「それはポプラン少佐の願望なんじゃありませんか?」
ユリアンの反論に自称「撃墜王」は軽く応じて否定した。
「俺はできればイゼルローンが平和でいてほしいね。そうすれば毎晩ベットの上で気兼ねなく博愛主義の何たるかを美しいご婦人方に説くことができるからな」
もう一人のエースの意見は違う。
「ユリアンくん。戦場が宇宙だろうとベットの上だろうとやることは何も変わらないというのが結論だよ」
「おい、コーネフ。人を単純馬鹿みたいに言うなよ。俺が進化しない人間だと思われるだろ」
「え? 違うの?」
ポプランは反論をあきらめた。厨房から顔を覗かせたホウメイに笑顔でに睨まれたのである。コーネフと大人しくテーブルに着く。
その際、エステバリスの婦人パイロットたちが陣取るテーブル近くに座ることを決して忘れない。パイロット三人娘も慣れたのか少なくともいやな顔はしなかった。
落ち着いたところでユリアンが小型端末片手にポプランに訊いた。
「少佐、ご注文をどうぞ」
「そうだなぁ……」
ポプランは片手に持ったメニュー表ではなく、厨房近くに掲示されている特別メニューに目を留めた。
「日替わり定食頼むわ」
「コーネフ少佐は?」
「俺もそれでいいかな。プラスコーヒーを頼むよ」
「かしこまりました」
ユリアンは注文内容を繰り返し、確認が取れるとデーターを送信しつつ次のテーブルに移っていった。
ポプランは、機敏に動くユリアン・ミンツの横顔を緑色の瞳でまじまじと見つめていた。
「しかし、まさかユリアンがここで手伝いをするとは思わなかったなぁ……」
というのも、ユリアン少年は捕虜交換式の直前からテンカワ・アキトに誘われ、士官食堂「日々平穏」で手伝いをするようになっていた。
もちろん、家事と訓練の合間を縫っての手伝いだ。ユリアンもホウメイやアキトの作る料理に大いに興味を持っていたので二つ返事で承諾した。
保護者には事後承諾だったが、その保護者も賛成し、ユリアンは楽しみながら料理の勉強と社会貢献に専念できていた。それに特別手当も付く。コンセプト的には家庭料理はマダム・キャゼルヌに、新しい味はホウメイにというところだろう。
「いいよなぁ、ユリアンも美女に囲まれて……」
ポプランは、ホウメイガールズに囲まれる幸せな光景を妄想したらしい。その方向性がどのあたりなのか、コーネフには容易に想像できる。
しかし、現実は甘美ではなかった。ポプランは、厨房は料理人たちの意地とプライド が炸裂する修羅場と化していることを想像できないでいた。
コーネフといえば、不埒な妄想を働かせているポプランと違って食事が運ばれてくるまでクロスワードパズルに講じるようだった。ときどきマキ・イズミがばればれのアイコンタクトを送り込んでいたが、タイミングが悪いというか、該当者はパズルに熱中して気づかない。
──こいつら似たもの同士じゃね?
ポプランは気になっていたことをパイロットたちに質問した。
「ところで、リョーコちゃんが見当たらないみたいだけど?」
すぐに反応したのはイゼルローン要塞唯一のBL&同人作家アマノ・ヒカルだった。先日、キルヒアイス×アキト本を描き終えた今年21歳になる萌っ娘は、そのコピー本を女性陣に配布して好評を得たらしく、訓練の合間に次のネーム作りに取りかかっていた。
そのヒカルは、ナデシコ乗員ならば違和感を禁じえない──しかし愛らしい顔をポプランに向けてニヤニヤと笑い出した。
「リョーコちゃんはタカスギ大尉とこっそり食堂を出て行ったよぉ!」
ポプランは声を出さずに器用に驚く。リアクションも控えめだ。騒ぎすぎてホウメイにしばかれる事態はさすがに避けたらしい。
「ちぇっ……」
と舌打ちしてイゼルローン屈指の「女たらし」はかったるそうにテーブルに突っ伏した。「やってらんねー」、というポプランらしからぬ非建設的な呟きまで出てくる始末である。
この辺りで通常ならコーネフ辺りが皮肉を織り交ぜながら激励の言葉を投げかけるところだが、イズミが隣にやってきてようやく何事かを話し始めたらしく、同僚に掛ける言葉は一言もない。
「ヒカルさん、嘘はいけませんよ」
黒いセミロングの髪も美しいイツキ・カザマがぴしゃりと言った。
「ポプラン少佐、お2人はウリバタケさんに呼ばれてナデシコの格納庫に行かれましたよ」
それを耳にしたポプランの立ち直りは驚くほど早かった。何事もなかったようにうなだれていた上半身を起こす。
「なーんだ、沈んで損したぜ」
イツキとヒカルは苦笑した。ポプランは落ち込んでいたのではなく、実は彼女たちの気を引こうとしていたに違いないからだ。
「まったくその通り──じゃない。俺にできないことがタカスギの青二才にたやすく成功されてたまるか!」
自分が口説けない美人パイロットの一人をタカスギのような2歩進んで1.5歩下がるような甲斐性なしに口説き落とせるわけがないと言いたいらしい。
「男は欲望に忠実であるべきだ!」
ポプランのように、いつでもどこでも24時間下心丸出しの猛アタックというのもいかがなものかと思う。タカスギのように口説く相手の気持ちを汲み取れれば、ポプランの無差別アタックも高確率で成就するかも知れないのだが……
撃墜王は、傾ける努力の方向性の間違いにいつ気づくのか……
ただ、ポプランは全くの連戦連敗というわけではなかった。ナデシコの機関課や医療課に所属する婦人兵を数人落としている。一人最低5回は声を掛けたようではあるが……
「ちょいワルで情熱的な男が嫌いな女はいないだろ? 銀河標準だぜ」
ポプランが言い訳がましく弁解するのは、ナデシコに乗船する婦人兵の身持ちの固さが異常だと言う事らしい。男遊びをしていると思われがちなハルカ・ミナトも実は恋愛に関しては堅実派だ。
「少佐の奔放な博愛主義と私たちの恋愛感を一緒にしないでください」
イツキのもっともな反論も建設的に変換するのが「オリビエ・ポプラン」という男である。
「イツキちゃんは何だかんだと俺のことを心配してくれるなぁ。俺に気があるなら素直に胸に飛び込んできなよ」
「お断りいたします」
ヒカルがイツキの隣でお腹を抱えて笑っていた。
「ヒカルちゃん、俺と一緒にベットにランデヴーしない?」
「なんで?」
ポプランが口ごもったところで、ユリアンが台車に定食を乗せて運んできた。
「お待たせしました」
「ふむ少年よ。ナイスタイミングだな」
「ええ、日々平穏は早さとタイミングも重視しておりますから」
ユリアンは、定食を乗せたトレイをポプランの前に置くときに小声で言った。
「少佐、食事中の自己アピールは自重してくださいね」
そしてさりげ気なく視線を厨房に向ける。ポプランがそれを辿ると、にこやかな表情で手を振る30代の女性シェフの姿があった。その背後からは異様なオーラが発散されている。
「……ま、まあホウメイさんの料理はどれもうまいから、よく噛んでじっくり味わうことにするさ」
ポプランは負け惜しみを口にしつつ、宣言とは裏腹に食事を次々に口に放り込んだ。
その姿にユリアンはくすりと笑い、ティーポット片手にイツキに声を掛けた。
「大尉、紅茶いかがですか? 特別サービスです」
この嬉しい申し出をイツキに断る理由はない。
「ええ、喜んでいただきます」
ヒカルもおねだりする。
「ユリアンくーん、私にもちょうだいね」
「ええ、もちろん」
ユリアンは笑顔で応じ、用意していたティーカップに甘い香りを放つ蜂蜜色の液体を見事な手さばきで注ぎ込んだ。
「どうぞ、イツキさん、ヒカルさん」
2人は、ティーカップの中身をしげしげと見つめつつ、鼻腔をくすぐる湯気に表情をほころばせる。
「ユリアンくんの淹れる紅茶は本当にきれいだわ」
イツキはティーカップに手を伸ばし、優雅な動作で口に運んだ。絶妙な酸味と甘さが美人パイロットの喉と気分を隅々までやさしく潤していった。
「それにしても……」
一息も二息もついたイツキは食堂を見渡してつくづく思った。
──とても外が大変なことになっているようには見えませんねぇ……
W
「──というわけで我々は3ヵ所の叛乱を鎮圧することになった」
「持つべきものは物分りのよい上司ですなぁ、提督」
ヤンは大会議室に幕僚連中を集め、クブルスリー大将からの命令をみんなに伝えていた。続けて口にされたワルター・フォン・シェーンコップの皮肉っぽい台詞には肩をすくめただけである。
ユリカは、その含むところのありすぎるやり取り内容が何を示唆したのかわからなかったのか──単に反応が鈍かっただけで一瞬だけ怪訝な顔をしただけだった。
というのも、もしクブルスリーが凶弾に倒れていたら統合作戦本部長──もしくはその代理が3名いる次長の中から選出された可能性が高かったことを本部長自らが示唆していたからだ。
その場合、実戦部隊の総指揮官として人望も実績もあるビュコック提督が兼任するのが相応しいかもしれないが、老提督の為人からいってその可能性は低い。一人の軍人が権力を握ってしまう危うさに提督が懸念を示すだろうからだ。
肝心の次長だが、ユリカは名前を聞いても顔さえろくに思い浮かべられなかった。唯一「ドーソン」という固有名詞が挙がったときにアッテンボロー提督が「あのジャガイモ士官か……」という低く不快気な声が耳に残った程度である。
「こほん」
「ドーソン」という人物の話題が拡大しそうになったとき、ムライ参謀長が絶妙なタイミングで咳払いをすると一気に室内は静かになった。アッテンボロー提督を筆頭に言い足りなさそうな複数人が残念そうな顔をしていたが……
後日、アレックスキャゼルヌが逸話を挙げてユリカに語った。もしドーソンが本部長代理に就任していたとしたら、根に持つタイプらしいので5ヵ所全ての叛乱を駐留艦隊で鎮圧しろと命じたかもしれないと……
「それではイゼルローンから最も近いのは惑星カッファですが、ここから始めますか?」
ムライ参謀長が端末を操作して星系図を表示させようとした直前だった。何の前触れもなく壁面にある大型の通信スクリーンに褐色の肌の通信士官の姿が突然映った。
映るなり、士官は慌てた様子で怒鳴るように言った。
異変とはクーデターだった。まさかの事態に一同は呆然としてしまう。ユリカも例外ではない。「う・そ……」とかすかに呟いたあとは目が点だ。
『今、ハイネセンでクーデター側から同盟全土に向けて中継が行われています。これをご覧ください』
直後に画面が切り替わった。新たな映像は傲然として何かを読み上げる壮年の軍人だった。左腕にはオレンジ色の腕章かなにかをはめている。
『──ここに繰り返し宣言する。宇宙歴797年4月10日、自由惑星同盟救国軍事会議は首都ハイネセンを支配の下に置いた。同盟憲章はその効力を停止し、我ら救国軍事会議の法定と指示が全ての法に優先する──』
ヤンをはじめとする幕僚連中は声明にじっと聞き入っている。ユリカもその声明を聞いてはいたが、様々なことが脳内を駆け巡って半分ほどは左から右に流れていた。どうしてクーデターが起ってしまったの? ヤン提督はビュコック提督に私はアカツキさんに捜査を依頼したのにこんなあっさりと起ってしまうだなんて……たしかに時間は足りなかったかもしれないけど、でも……
ビュコックやアカツキが手を抜いたとは、もちろんユリカは思っていない。むしろ短い時間と準備不足の中で最大限努力してくれただろう。
彼女がもっとも信じられなかったのは、首都星に艦隊が留まっていたにもかかわらずクーデターが起ってしまったことだ。ヤンも艦隊が残ることでそれが牽制として働くだろうと予想していただけに、この事態はユリカを少なからず困惑させた。これはクーデターを指導した人物によほどの計画性と統率力がなければ実現できないだろうからだ。
「いったい誰が……」
声明は、同盟憲章に変わる布告内容を発表していた。
その内容は以下の通りである。
一つ 帝国打倒のための挙国一致体制の確立
一つ 最高評議会の無期限閉会
一つ 国益を優先し、これに反する政治活動および言論の統制
一つ ハイネセン全土に無期限の戒厳令を敷き、同時に全ての宇宙港を軍の管理下に置く
一つ 反戦・反軍部思想を持つ者の公職からの追放
一つ 政治家および公務員の汚職には死刑を適用する
一つ 良心的兵役を刑罰の対象とする。また、これらの摘発にあたるため司法警察を軍の管理下に置く
一つ 必要を越えた弱者救済を廃し、社会の弱体化を防ぐ
一つ 有害な娯楽を禁止し、風俗の質実剛健さを回復する
以上、9つからなる布告はヤンをいたくあきれさせた。これは強烈な軍国主義体制そのものへの退化であり、ルドルフの建国した帝国を打倒するためにルドルフの主張を甦らせて共和体制そのものを捨て去ろうというのだ。
「フン、こいつはひどい喜劇だな……」
一方のユリカは、民主主義の理念とその根底について深く吟味したことがなかったので、救国軍事会議の布告の内容を「過激」程度にしか認識しなかった。
それよりもユリカが思考に沈んでいたのは、クーデターの首謀者が誰なのか? という一点だった。彼女が知らない有力者──または知らない誰かがここまで手際よくことを進めたのだとしたら、同盟軍に埋もれる人材はかなり多いのではないかと思うのだ。
『──それでは自由惑星同盟の市民および同盟軍将兵の諸君に救国軍事会議の議長を紹介する』
ユリカの意識が自然と画面に向いた。
ただ、その人物が放送席に姿を現して素顔を晒したとき、会議室内の空気が極めて激しく渦を巻いた。
「「えっ!?」」
ユリカとグリーンヒル大尉の低い叫び声が続けて会議室内に反響した。
ユリカは、放送席に座った人物をよく知っていた。白髪まじりの褐色の頭髪に紳士的な風貌の中年男性。ユリカたちを自由惑星同盟の一員として迎えることに尽力してくれた一人でもあり、遠征作戦前に有益なアドバイスをいくつも受けていた人物だった。
ユリカは、立ち尽くしたまま息を呑んだ。
ユリカは我に返って同年齢の友人に振り向く。彼女のブルーグリーンの瞳には、立ち尽くしたまま蒼白な顔で身体を震わせるフレデリカ・グリーンヒル大尉の姿が映っていた。
◆◆◆
その日、非公式の会談中に秘匿回線のスイッチを切ったヨブ・トリューニヒトは唐突に言った。
「アカツキくん大急ぎで退散しよう。クーデターが起る」
「はぁ!?」