機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説
第十一章(中編)
『鳴動』
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ミッターマイヤー提督率いる14500隻の艦隊とシュターデン提督率いる16000隻の艦隊は、アルテナ星系に近い宙域において前者が敷設した600万個の機雷源を挟んで相対した。
困惑したのはシュターデン提督である。「疾風ウォルフ」と異名を冠されるほど速攻に優れたミッターマイヤーが交戦せず戦場に留まっている意図を説明できなかったのだ。
(これはどういうことだ? いや、何か裏があるに違いない)
シュターデンは動けなくなった。艦隊に待機を命じ、奇襲に警戒するようオペレーターを通じて全軍に伝達させた。
ほとんど正面からの撃ち合いになると考えていたシュターデンは相手の行動を読みきれず、艦橋にて思考の深みにどっぷりとはまることになる。
ミッターマイヤーは、二日経っても動くことはなかった。シュターデンはますます困惑した。いつ攻撃して来てもおかしくない敵が一向に攻撃してこない。意図はなんだ? 罠か? 罠ならばその罠とは一体何なのか?
それがどうしても解らない。
シュターデンは徐々に神経をすり減らしていった。
さらに彼を疲弊させたのは、若い貴族たちによる連日の押し掛け問答だった。
「なぜ出撃しないのか?」
主な要求はそんなところである。最初はシュターデンの命令に従っていた青年帰属たちも時間を追うごとに忍耐を消費し、ますます不満を募らせていった。
神経をすり減らすシュターデンのもとに通信士官がやってきて傍受した敵の通信を報告した。ミッターマイヤー提督が守りに徹しているのは時間稼ぎであり、本隊の到着を待って圧倒的大兵力で全面攻勢に出る、という内容だった。
なぜミッターマイヤーが戦場に留まっているのか、その理由が判明したが、さすがのシュターデンもそのまま受け取らなかった。
(これは罠ではないのか?)
そもそも重大な通信を簡単に傍受できたこと自体が怪しい。ミッターマイヤーの狙いは何なのか?
しかし、これが正しい情報だとすると、このまま放置すればシュターデンは圧倒的に不利な立場に立たされる。彼は情報の正否に翻弄されてしまう。
さらにシュターデンは追い込まれる事態に直面した。暴発寸前の青年貴族たちがまたも押し掛けてきて、千載一遇の情報を入手したにもかかわらず出撃しないシュターデンの優柔不断さや消極性を痛烈に非難したのである。
「敵に100の計略があろうとも、一戦してこれをくじくのが先陣の務めではありませんか? 司令官が動かないというなら我々だけでも出撃しますぞ!」
青年貴族たちは口々に不満をぶちまけた。ほとんど脅迫に近い。このままでは軍全体の統制が失われ、青年貴族たちは無秩序に突進しかねない。
シュターデンは、出撃直前にエーベンシュタインに掛けられた言葉を思い出した。
「卿の胃痛が悪化しないことを祈ろう」
その時は
シュターデンは最終的に青年貴族たちの要求を飲んだ。いや、ほぼ屈服したといえるだろう。
とはいえ、可能な限り貴族たちを統制せねばならず作戦には従うよう要請した。全軍が左右に別れ、左翼を率いるシュターデン自身がミッターマイヤー艦隊と激突するあいだ、青年貴族の一人であるヒルデスハイム伯率いる半数の艦隊が機雷源を時計回りとは逆に進みミッターマイヤー艦隊の後背を突くというものだ。
作戦を了承し、艦橋を立ち去る血気に早った青年貴族たちの後ろ姿をシュターデンは一瞥し、このようなまとまりのない部隊を率いたこと、余計な作戦案を上申したことを心の奥底から後悔した。
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ヒルデスハイム伯率いる8000隻の艦隊は、功名に早って秩序を乱しながら戦場に急行し完膚なきまでに叩きのめされた。
ミッターマイヤーは、敵艦隊の動きを知ると最初の位置から艦隊を動かし、機雷源の外側に大きく移動していた。その位置から何も知らないで逆進してくるヒルデスハイム伯の艦隊側面を機雷源と挟撃する形で突いたのだ。
「三時方向よりミサイル群接近!」
「なに!?」
オペレーターの凶報に一言だけ応じたヒルデスハイム伯は、その直後、乗艦する船体側面に多数の直撃弾受けて早々に戦死した。もともと統制力を欠いた艦隊がミッターマイヤー艦隊の強襲を受けて浮き足立ち、司令官の戦死によってたちまち恐慌に陥ってしまう。
「いつまでも我らが同じ宙域に留まっているわけがなかろうに……平民はいつでも黙って貴族に殴られるのを待っているものだと思い込んでいるらしいな。これだから貴族の馬鹿息子どもは度し難いのだ……」
炸裂する光芒をグレーの瞳におさめながらウォルフガング・ミッターマイヤーは次の行動を指示した。
「このまま全速で機雷源を迂回し、残る別動隊の背後を襲う」
文字通りヒルデスハイム伯艦隊を「粉砕」したミッターマイヤーは「疾風ウォルフ」の異名に恥じない迅速さと統率力をもってシュターデン艦隊の後方を突いた。
動揺するオペレーター以上にシュターデンは混乱した。なぜ敵は後背にいるのか? 敵は前方のはずではないのか?
「敵の本隊でしょうか?」
と参謀が述べたが、いくらなんでもローエングラム候本隊の到着が早すぎるのだった。ヒルデスハイム伯との連絡も通信妨害が激しく取れないままだった。
シュターデンは、起こった事態を理解することが出来なかった。
旗艦「
敵は残り半数である。その半数も後背からの攻撃に対処できず陣形を乱してまともな反撃すらできていない。
しかし、ミッターマイヤーの完勝はならなかった。
◆◆◆
直属のオペレーターからの突然の報告に、ミッターマイヤーを補佐するバイエルライン少将は驚いた顔を思わず上官に向けてしまった。
「うろたえるなバイエルライン。俺は卿に逆境で取り乱していいなどと教えた覚えはないぞ!」
部下を叱咤激励したミッターマイヤーは、すぐに戦術データーを一瞥してオペレーターに確認した。
「シュターデンの艦隊はどうか?」
「はっ、前方の敵は逃げにかかっております。10時方向に離脱中です」
頷いたミッターマイヤーは冷静に命じた。
「我々はこのまま機雷源を全力で再度迂回する。敵が追ってくるならその後尾に食らいついてやるまでだ」
もし増援に現れた敵艦隊がミッターマイヤーの後を追うことになっていたら一昨年に起こったアスターテ会戦の再現となっていただろう。後背を襲われた状態の反転攻勢こそ至難の技である。アスターテで醜態を演じた同盟軍第6艦隊のような無様な結果となることは明らかだった。そして同盟軍第2艦隊の反撃に対してラインハルトのとった対応策からミッターマイヤーも戦訓として学んでいた。
もちろん、ミッターマイヤーは非凡な軍人らしく敵に隙があれば反転攻勢を狙っていた。少なからず完勝に水を差された憤りがあったのだ。
しかし、ミッターマイヤーは敵の旗艦名を知ってこの会戦の収束を確信した。
「そうか、こうも早く出てくるとは思わなかったが……」
V
アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト中将は、メインスクリーンを埋め尽くす光群を薄い水色の瞳に映しながらオペレーターに命令を伝達させた。
旗艦「アースグリム」の艦橋で増援部隊の指揮を執る貴公子然とした銀髪の青年提督は、敵将の艦隊が機雷源を時計回りに迂回する様子を目にし「やはりな」と納得してその判断を内心で賞賛した。
(さすがは疾風のウォルフだ。後背からの攻撃に遭いながらも冷静に対処する手腕はまこと名将の証だな)
ファーレンハイトには、多少残念な気持ちがあった。用兵功労者として名高い敵将ともしかしたら真っ向から対決できるのでは? という期待があったのだ。
ラインハルトの麾下に属していないファーレンハイトは、同盟軍に対する反攻作戦には参戦しておらず、アスターテ以降の戦闘参加は今回が久々だった。
もし「疾風ウォルフ」がラインハルト側の先陣として早々に判明していれば貴族側の先陣を願い出たかもしれないだろう。
もちろん、ファーレンハイトも別動隊の背景にある政治的な不備に気づいていた。墓穴を掘ったシュターデンが責任をとったような会戦である。自分の出番がないことくらいわかっていた。
しかし、エーベンシュタインから増援の「
とはいえ、
「両者の戦いに水を差してよいものでしょうか」
ファーレンハイトとしては特に政治的な背景を気にしたわけではない。彼は連合軍内部で中立の立場を貫いているが、いわば両陣営を代表した将帥の戦いに途中介入し、シュターデンにも存在するであろう「武人としての矜持」を傷つけてしまってもよいのかと遠慮したのだ。
エーベンシュタインは、きれいに整えられた銀色のちょび髭をひとなでして平然と答えた。
「シュターデンがミッターマイヤー提督と同格ならば、二人の用兵を高見の見物とするのも一興としてよし。だがそんな都合のいいことにはなりえない。なんとか無様な敗北だけは卿に防いでもらいたいものだ」
ファーレンハイトは、エーベンシュタインの通常なら場をはばかれる言動に驚いてしまった。彼はシュターデンが負けると断定しているではないか?
エーベンシュタインは、ファーレンハイトの動揺を無視して続けた。
「卿がローエングラム候の本隊より二日早く行動すれば戦いにはなんとか間に合うだろう。そうなれば疾風ウォルフと胸躍る対決が可能となるやもしれぬな」
「メルカッツ提督のご意向はいかに?」
返答は「了承済み」だった。驚くべきことにこの作戦にはブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム候らの許可も取り付けてあるというのだ。
ファーレンハイトはうすい水色の瞳を丸くしてしまった。
「卿は私の独断ではないかと警戒したのだろう。無理もないことだが私も馬鹿ではない。総司令官の顔もブラウンシュヴァイク公らの顔もしっかり立てた。卿が
その根回しは見事というしかなかったが、なぜ「命令」ではなく「要請」なのだろうか?
「なぜ小官に?」
「卿の武人としての本能が騒いでいる。卿は必ず承諾する」
まさにくすぐられる言い方だが、それが理由ではないことこくらいファーレンハイトにも解る。
エーベンシュタインは、ファーレンハイトの心中を察したのか理由を説明した。
単純に増援といっても、その役目は誰にでも務まるわけではない。戦場に急行したとしても戦況の推移によっては各個撃破の対象となる可能性もある。『浅慮近視』の門閥青年貴族に対応など不可能なのだ。高い統率力と戦術能力、あらゆる状況に柔軟に対応できる軍事の専門家でなくては任せられない。
また、この増援がよいタイミングで成功した場合、その将帥の政治的な地位は格段に向上することになるだろう。そうなれば貴族たちから嫉妬を向けられる可能性もある。
それらの政治的立場を承知した上で、己を律し覚悟ができる人選が必要だった。
その将帥はファーレンハイトを置いては他に存在しない。
総司令官を初戦に参戦させるタイミングではなく、全軍の注目がアルテナ星系の戦いに集中している間、エーベンシュタインは次の戦いを睨みレンテンベルグで準備することがあった。
次のエーベンシュタインの言葉がファーレンハイトの意思を決定的にした。
「卿がためらえば疾風ウォルフと戦う機会がますます遠ざかるであろうな」
ファーレンハイトは1日で準備を整えてアルテナ星系方面に出撃したのだった。
◆◆◆
「どうにも消化不良だな……」
ファーレンハイトは軽く舌打ちした。
細かい指示はされていない。メルカッツは味方が負けているときの対処を「卿に任せる」とだけ言い、その後の作戦を考慮に入れて戦場での運用はファーレンハイトに一任してくれた。
そのことに不満があったわけではない。ファーレンハイト率いる高速部隊が戦場宙域に到着したとき、エーベンシュタインの予想通り戦闘は半分以上終わっていたのだ。先行させた偵察艦から戦況を把握した青年提督がしたことは味方の全滅を防ぎ、その離脱を支援することだった。
ファーレンハイトは非凡な戦術家らしく背後から単純に攻撃せず、ミッターマイヤー艦隊から見て7時もしくは8時方向からの攻撃を意図し、機雷源と挟撃する形で襲いかかった。この段階で彼が予想したミッターマイヤー艦隊の行動は、
@反転攻勢
Aシュターデン艦隊への攻撃強化による戦場突破
B機雷源を迂回し戦場よりの速やかなる離脱
──以上の三つだった。
@はすぐに考慮から消滅した。ミッターマイヤーが判断を誤ることはなかったのだ。そしてシュターデン艦隊がかろうじて10時方向へ離脱を図ろうという戦況を確認し、ミッターマイヤーが三番目の対応をとるであろうことを確信した。
──確信したが、ファーレンハイトは無理に追撃を行うことはしなかった。ミッターマイヤー艦隊を追撃すれば最終的にどのような結果を迎えるのか彼も十分承知していたのだ。
その結果を承知したまま敵の戦力を削るために追撃を行ったとしても、アスターテの再現をされた挙句、後方から戦場に向かっているラインハルトの本隊に挟撃されることは目に見えていた。
ファーレンハイトは、後方に控える次の作戦にむけて自分のやるべきことを的確に実行するにとどまった。
(さて、再戦があればいいが……)
ファーレンハイトは、遠ざかる敵艦隊の光群を薄い水色の瞳に映しながら、戦場宙域を離脱するよう全軍に命じた。
その直後、副官ザンデルス大尉が司令官に伝えた。
「閣下、味方艦隊との間に通信が復旧いたしました」
「そうか、ならばシュターデン提督を呼び出してくれ」
ファーレンハイトは、「理屈倒れ」に終わったシュターデンがどんな顔で通信画面に現れるか想像し、口の端を意地悪そうにかすかに吊り上げたのだった。
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ミッターマイヤーはラインハルトの本隊と合流後に総旗艦ブリュンヒルトを訪れ、作戦の結果を報告するとともにシュターデンを逃がしたこと、完勝がならなかったことを金髪の元帥に謝罪した。
しかし、ラインハルトは一切非難めいた発言をせず、ミッターマイヤーの速攻の妙を賞賛した。
「恐れ入ります」
「うむ。ところで貴族……賊軍どもの増援はファーレンハイトだそうだな」
「はっ、間違いありません。旗艦を確認しております。いささか油断しておりました。損害も被り反省しております」
「卿が意表を突かれたのもやむを得ぬ。まさか賊軍どもにこうも迅速に増援をよこすだけの気の利いた視野があるとは私にも予想外だった」
ふと、ラインハルトは傍らに控える義眼の総参謀長に視線を向けた。
「メルカッツあたりの
「
とオーベルシュタインの返答は短い。ラインハルトは頷いただけで再びミッターマイヤーに視線を戻した。
「それに卿はシュターデンに勝ち、ファーレンハイトに後背を突かれても負けはしなかった。何も恥じ入ることはない」
ミッターマイヤーが深々と一礼したあとにラインハルトは事実を確認した。
「そのシュターデンはファーレンハイトと合流してレンテンベルグに逃げ込んだそうだな?」
「御意にございます。シュターデンを取り逃がしたこと重ねて謝罪いたします。申し訳ございません」
「いや、シュターデンのことなどどうでもいいが、ファーレンハイトもそのままか?」
「はい。偵察艦の情報によりますとそのまま留まっているようです」
「ふむ……」
ラインハルトは右手に形のよいあごを乗せて考え込んだ。レンテンベルグに撤退したのがシュターデンだけならば要塞周辺を封鎖し無力化することも可能だったが、そこにファーレンハイトの艦隊が加わったとなるとずいぶん話は違ってくる。
レンテンベルグ要塞は、貴族連合軍の第三拠点としてフレイヤ星系にある小惑星のひとつを占めている。イゼルローン要塞やガイエスブルグ要塞には劣るが、開戦前からかなりの戦力が駐留していた。加えて通信妨害システムや多数の偵察衛星、浮遊レーダー類の管制センター、超光速通信センター、艦艇整備施設も揃っている。
このまま無視して前進すれば後方で何かと厄介に動き回り、ファーレンハイトがいるとなれば足元をすくわれる危険が生じる。
いずれにせよガイエスブルグ要塞を攻略するには足場となる橋頭堡が必要である。うまくいけば厄介な敵将を倒すなり降伏させることも可能だ。
(できれば後者を望みたいところだな)
それが叶えば貴族連合軍は大幅な戦力ダウンになる。ただ、ラインハルトも違和感はあった。はたしてファーレンハイトの増援が貴族側の気まぐれにようものか、それともメルカッツの指示による戦略的な企みか?
しかし、ラインハルトは迷うことなく全力をもってレンテンベルグを陥すことを決断した。
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という一報が超光速通信を経由してアンスバッハ准将の口からブラウンシュヴァイク公伝えられたとき、公は不愉快そうに顔を歪めて敗将を罵倒したが、多くの貴族たちを前に怒りにまかせてグラスを叩き割ることだけは思いとどまった。
なぜならシュターデンは敗れたが、ファーレンハイトの増援が間に合って壊滅を免れ、ミッターマイヤー艦隊に一矢を報いたことで怒りをいくらか抑制できたからだ。
主がいささか落ち着きを取り戻したところでアンスバッハ准将は報告を続けた。
「シュターデン提督は負傷なされたそうですが、治療を受ければ指揮に問題はないとのこと。引き続き次の作戦に参加させたいとのエーベンシュタイン閣下からの要望です」
「ううむ……」
ブラウンシュヴァイク公としては、本当なら今すぐにでもシュターデンを召還し、敗戦の責任を取らせたいところだろう。大口を叩いたにもかかわらずヒルデスハイム伯を失っての大敗である。増援が間に合っていなければ全滅していた可能性もあったと報告を受ければ怒りの沸点も上がろうというものだ。
ただ、エーベンシュタインが立案した作戦案の中にシュターデンの敗北も織り込まれており、同意した手前、敵軍の侵攻も迫ったいま変更もできない。
しかも敗れたシュターデンの残存兵力が「生意気な金髪の孺子」の軍に鉄槌を加える重大な役割を果たすと説明されれば、ブラウンシュヴァイク公もエーベンシュタインに期待するしかない。
また、甥のフレーゲル男爵が言うように盟主としての「度量」を示す必要もあった。
「わかった。当初の約束通り上級大将に一任すると連絡せよ」
「はっ、そのようにお伝えします」
アンスバッハ准将がさがったあと、ブラウンシュヴァイク公は一人の職業軍人に視線を向けた。
「メルカッツ提督、次は勝てると思うか?」
その場にいる一同の視線を一身に集めた宿将は、細い目で盟主を見ながらおもむろに口を開いた。
「すでに総司令官としてエーベンシュタイン上級大将の作戦案を許可している以上、特に異議をさしはさむことはございません」
答えになっていないのでブラウンシュヴァイク公はおろか甥のフレーゲル男爵でさえ唖然としてしまった。
ブラウンシュヴァイク公は内心で罵ったが、意外なことにメルカッツは続けて口を開いた。
「レンテンベルグはこれから敵が侵攻する上でも橋頭堡として重要な宙域に位置しております。ファーレンハイト提督をはじめ、決して少なくない戦力がまとまって存在する要塞をそのまま素通りすることはないでしょう。その観点から見ても今回の作戦はよい結果に結びつくかもしれません」
淡々として控えめな表現ながら、メルカッツが示唆した「勝利」にブラウンシュヴァイク公は舞い上がった。
こうして両陣営の初戦は帝国軍(ラインハルト側)の勝利で一応の幕を閉じた。帝国軍の参加艦艇は14500隻、将兵177万5200名あまり。貴族連合軍29000隻、将兵355万1500名あまり。喪失また大破した艦艇は帝国軍800隻、貴族連合軍は8600隻あまりであった。
宇宙は束の間の静寂を取り戻す。
しかし、一方にとって悪夢となるレンテンベルグをめぐる攻防は数日後に始まろうとしていた。