ついに! 

 ついにアキトさんたちと合流することができました! エル・ファシル解放作戦も民間の犠牲者を一人もださなっかたようですし、イゼルローンの件も大丈夫なようですし、ひとまずは安心です。リョーコさんやメカニックの人たちも元気そうで何よりです。我らが提督のはしゃぎようも凄かったですが、私たちを驚かせたのは、恩人といってもいいお二人との再会でした。

 「やあ、ルリちゃん、元気そうでなによりだね」

 「ルリちゃん、背も伸びたし、ずいぶん会わないうちにお姉さんになったね」

 その「二人」とはシトレ退役元帥と元連合宇宙軍退役中将のフクベ・ジン提督でした。この二人が一緒であることも不思議でしたが、アキトさんが艦橋に入ってくるなり抱きついてはしゃいだ我らが提督の背筋を一瞬のうちに正させたのはさすがです。

 シトレ元帥が艦橋から外の様子を眺めながら言いました。

 「なにやら凄いことを実行したようだが?」

 私たちの状況を説明したとき、二人とも第11艦隊の制圧作戦に度肝を抜かれたようでした。制圧を担当した私は、シトレ元帥やフクベ提督に頭を撫でられてちょっと照れてしまいましたが…………

 一通りこちらの状況説明が終わると、今度はフクベ提督とシトレ元帥がここに来た理由を話してくれました。まさか、二人が私たちのために方々を動きまわっていたなんて、ただただ感謝感激、頭が下がる思いでした。

 「なに、私としては再び諸君に協力できて嬉しく思う」

 「私もシトレくんと同感だ。こんな老いぼれでも、まだ必要としてくれるなら何万光年の旅だろうとたやすいものだよ」

 二人とも謙遜してます。フクベ提督は「ひよっこ?」だらけのナデシコを導き、シトレ元帥は私たちを理解し、私たちの居場所を確保してくれました。今の私たちが在るのは二人の協力があったからといっても過言ではありません。

 「ハイハイー、みなさんにはユリカ特製のシロン星産紅茶で一息ついていただきましょう!」

 ちょっと席を外していた我らの戦姫さんがトレーを持ってドヤ顔で現れました。その後方にはサユリさんがいて、同じように甘い香りの漂うトレーを持っています。

 提督は、帰還したみなさんに紅茶を振舞いました。アキトさんは恐れずにティーカップを手に取ります。シトレ元帥、フクベ提督も笑顔でティーカップを手に取って一口。

 「ほほう、シロン星紅茶のほのかな苦さとしつこくない甘さの特徴がうまく抽出されて美味しいものだな。ヤンに薦められたのかね?」

 シトレ元帥が口元をほころばせて提督の淹れた紅茶を褒めました。緑茶派のフクベ提督も味に納得したように頷いています。

 「美味しかったですかぁ〜、ユリカがんばった甲斐がありました!」

 ここまで到達するまでに、いったい何人の犠牲者が出たことか…………

 イゼルローン要塞に赴任してからはや数ヶ月。その間、二人に振舞うことにならなくてほんとーにほんとーに幸いでした。

 恩師を二人も病院送りにしたなんて、はっきり言ってシャレになりませんから。

 ユリアンさん、提督が「進歩」したのは貴方のおかげです。これからもどうかよろしくお願いします?


 
 ──ホシノ・ルリ──





闇が深くなる夜明けの前に
機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説






第十六章(後編)


『二つの漸進/そして地上ではU』

 





T
 
 暦が5月に変わると、アジトでの生活を余儀なくされていたロン毛の青年は少々焦りだした。「退屈」ではなく「焦り」なのだ。

 なぜかと言えば、予想していたよりも情報が集まらないのだ。ハイネセンポリスの各要所や市内には救国軍事会議側の兵士が警備と見回りを常に行っている。また、戒厳令によって18時以降の外出が禁止され、大手を振って諜報活動に従事できるわけでもなかった。

 (やれやれ、ちょっと油断してたかなぁ……)

 アカツキは、強く自分に舌打ちした。正式にエリオル社の社長に就任してから、わずか2ヶ月ほどでクーデターが起こってしまったのだ。彼は就任直後から組織改変に着手し、もともと各所に送り込まれていたエージェント(スパイ)の再配置を行っていたのだが、全てを完了する前に中断に追い込まれてしまった。

 つまり、アカツキが再配置したエージェエントはそれほど多くはない。それでも彼らと連絡を取り合おうとした青年社長のさらなる誤算は、そのエージェントたちの多くと連絡がとれなくなっていたことだ。

 これは、アカツキにもすぐに理由は思い至った。エリオル社が救国軍事会議に占拠されたとき、おそらく内部情報が漏れたのだろう────

 いや、もしくはナデシコに関連して真実の半分を知っているグリーンヒル大将が、クーデターに備えてアカツキの周辺をマークしていたと言えなくもない。そうであるならば、エージェントたちの多くが一斉に拘束または検挙された理由に合点がいく。緒戦の対決は青年社長の完敗といったところだ。

 よって、運良く難を逃れたエージェントたちは多くはない。深刻だったのは、より要所ほど拘束されていたことだ。横のつながりを要所ほど押さえられていたのかもしれない。そのため、得られた情報はどちらかというと表面的なもの、日常的なものに限られた。市内は兵士の姿が目立つ以外、今のところ市民生活に大きな支障はみられない。ただ、一部の物資が不足し始めているようだった。また、救国軍事会議に占拠された各主要施設の警備は厳重であり、拘束された政治家や軍重鎮の安否や現状を詳しく知ることは困難になりそうだった。

 ふと、アカツキにある考えが浮かび、そして我に返って打ち消した。軍部のみならば一つだけ詳しい情報を取得できるつてがあるのだ。ただ、青年個人としては、その人物の背後にある組織の存在を考慮すると、あまり関わる気になれない。

 そう、トリューニヒトが「スパイ」として潜入させているというベイ大佐とコンタクトを取る事だ。まさにど真ん中の情報が手に入るだろう。ベイ大佐を上手く活用し、グリーンヒル大将や救国軍事会議を撹乱することも可能だ。基本的に「いい事ずくめ」なのではあるが……

 しかし、アカツキは渋い表情になって頭をかいた。彼は直感的というよりもやや同類的な感覚で危険を嗅ぎ取っていた。地球連合時代に背後で暗躍していたのは青年と彼が背負った巨大な軍需産業企業ネルガルであった。立場、目的、思想は違っても組織の裏で糸を引くという行動がエゴイズムの延長であることを誰よりも理解しているのはアカツキ・ナガレだ。

 そして、そこには利害追求と破壊行為が付きまとう。だが権力を行使する場合、客観的で現実的な視点をもつ商売人と思想が偏向しがちな宗教とは、その振るう権力の方向性はかなり異なってくる。

 ベイ大佐の背後にある組織──地球教はかつての五大宗教のいずれの庶流ですらないオカルト教団に近いものであれば、歴史的に見て、その懸念や警戒はいやおうにも増す。

 (聖人と狂人は紙一重って言うしなぁ……)

 結局のところ、ベイ大佐に繋ぎをつけるという手段は却下するしかなかった。これは振り出しに戻ったに等しい。

 青年社長は、ため息をついて天を仰いだ。

 (ああ、なんかいろいろ遠のいたな……)

 何が遠ざかったのか? 青年にとって狭義の意味なのか広義の意味なのか? それとも両方だったのだろうか?

 その解答はアカツキの胸中にある。いずれにせよ、このとき若くして大企業のトップにある才能にも容姿にも恵まれたロン毛の青年は若干、打ちしがれていたのである。

 そんな四面楚歌になりかけたアカツキが息を吹き返す情報に触れる。

 そう、拘束を免れていたジェシカ・エドワーズの存在であった。
 
 




  U

 一方、戦力を整える役目を担ったウランフ、エリナとついでにトリューニヒトは、苦戦するアカツキを尻目に着々と必要な情報を収集しつつあった。貢献したのは偵察用に改造したバッタ≠フ役割に加え、思い切ってエージェント(SP)の一人をテルヌーゼンに潜入させたことが、より確実な情報取得に繋がっていた。彼らはテルヌーゼンにおける救国軍事会議側の兵士たちの動きや、その部隊配置をほぼ完璧に把握したのである。

 しかし、問題は残っていた。どうやって戦力を整えるか? それが目下の課題だった。テルヌーゼン周辺に散らばるいくつかの部隊を見極める作業は難航していたのだ。市内の様子をまず把握することを優先し、限られた収集手段を全て傾けたためだ。どちらにしろ、乏しい機材と人材ではどちらかに集中運用するしかない。

 会議の席にある同盟軍随一の勇将ウランフ提督の表情はかんばしくない。彼は向かいの席で端末を操作する美貌の秘書兼工場長に質問した。

 「ウォン女史、これから各部隊に偵察を差し向けたとして、判断にたりる情報を得るのにどのくらい時間が必要だと思う?」

 エリナは、アカツキやトリューニヒトに対する10倍以上もあらたまって回答した。

 「内部に潜入できない以上、選定にはかなりの日数を消費してしまうでしょう。私の計算だと最低20日は必要かと」

 ありがとう、と言ってウランフは黙考する。時間がかかりすぎだ。首都ではなくテルヌーゼン市を解放するだけで一ヶ月以上かかってしまうだろう。

 ウランフの脳内に銀河の半分を取りまく状況が図式化される。救国軍事会議の戦力、ウランフたちの現状、駐留艦隊の作戦行動だ。

 ウランフも、ほぼアカツキと同じ読みをしていた。4月10日に起こったクーデターは同盟中に中継され、駐留艦隊も知ることとなっているだろう。彼らが最短で準備を整えて要塞を出撃できるのが13日〜15日あたり。そこから最も近い叛乱惑星に達するまで7日〜10日間ほどはかかる。そしてハイネセンまでの最短ルートを通ったとして、艦隊がバーラト星系に到達するまで、途中の叛乱を鎮圧したとして5月中旬ごろになるに違いなかった。

 そうなると、ウランフたちの出番がないまま、ハイネセン解放は時間の問題に思える。わざわざ地上戦に持ち込む必要性はないのではないか? と第三者は考え、ヤン・ウェンリーとミスマル・ユリカの名声も高まって万々歳? だろう。

 (個人的にはそれはそれでかまわんのだが……)

 ウランフの眉間にシワが寄る。彼は二人に嫉妬したわけではない。むしろ彼らがさらに功績を立て、揺ぎ無い地位を確立してもらいたいと本気で望むところである。

 ──ではあるが、ヤンとユリカの名声は上昇しても、政治的に軍部の信頼は失墜したままになってしまう。特にクーデターの首謀者があのグリーンヒル大将なのだから、そのダメージは計り知れないものがある。

 仮に駐留艦隊にのみ鎮圧を任せたらどうなるか? 最終的に鎮圧には成功するが、アルテミスの首飾りの攻略にはいささか時間が必要になり、その分長期化する。、特に経済面での混乱は大きなものにならざるを得ない。組織のみならずウランフやビュコックの名声にも傷が付き、不本意な誹謗中傷の的にさらされるかもしれない。軍部の名誉と威信をかろうじてでも保とうとするならば、個人の信頼までも失墜させることは最低でも避けねばならないのだ。

 (それもあるが、議長にまとわり付く連中がろくな事をしなさそうだしな……)
 
 アカツキのアドバイスから、最もウランフが恐れるのが功績の落差を利用して同盟政府が駐留艦隊と統合作戦本部(本星部隊)との仲に楔を打ち込もうと画策することだ。トリューニヒトではなく、その取り巻きが騒ぎ立てる危険性がある。

 (そうはさせない)

 ウランフは決意する。トリューニヒトは潜伏を決め込む腹積もりだったようだが、個人の名声云々よりも最小限のダメージで地上の混乱を早期に収拾することができるのは、高級軍人の中で唯一拘束を免れた騎馬民族の末裔たる男しか存在しない。前述の問題とグリーンヒル大将が最終手段を取りえる可能性が残されている限り、ヤンやユリカに任せっきりには決してできないのだ。地上では地上なりの行動をとることが重要だ。

 (やれやれ……)

 ウランフは肩をすくめる。本来、彼は生粋の軍人として上層部の命令や指令に従って艦隊その他の指揮に専念していればいいわけだが、どういう航路設定のミスか誰かさんの介入に毒されたかは不明ながら、政治的な問題に立ち入ろうとしている。

 帝国領侵攻作戦前、自分はなんと言っていたか? 「軍人としての責務を全うするのみ。政治のことはよくわからん」などと関わる気すら避けていたではないか?

 思い出して、ウランフに笑みがこぼれた。もちろん苦笑である。

 そして理解する。これは脱皮だ。アムリッツァで生き残り、戦艦ナデシコに関わった一人の軍人が、その矜持をかけて軍事一辺倒から「政治」という国家運営にようやく目を向け始めたのだと。一時的であるにせよ、今、その意識は重大であると。

 ふと、ウランフはエリナと目が合った。アカツキの美人秘書は敬意を込めた微笑を返す。激励ともとれる心遣いは勇将の焦る気持ちをほどよく和らげたようだった。

 「悩んでいるとはらしくないな」

 ウランフは気持ちを切り替えてエリナと建設的な意見交換を始めた。


 このとき、ウランフたちはまだ第11艦隊の出撃とエル・ファシルといった新たな武装蜂起およびイゼルローン要塞の有事を知らないでいた。もし事前に知ることになったとしたら、彼はそのタイミング(・・・・・・・)を逃し、エステバリスの部隊のみを動かして制圧できない泥沼の地上戦に片足を突っ込んでいたかもしれない。



 ウランフはエリナと協議を重ねた結果、接触する部隊を6に絞り、順番にバッタを偵察として送り込むことで最終的な意見の一致をみた。全く迂遠な方法ではあるが、嘆いているよりも一歩づつでも前に進むことを選択したのである。

 そして、二人があらためてトリューニヒトに許可を取り付けるべく席を立とうとしたとき、「やあ」などと舞台俳優さながらの登場よろしく壮年の国家元首が手を振りながら入室してきた。即座に反応したのはウランフだ。

 「ちょうどお伺いするところでした。何か火急の件でもございましたか?」

 「いや、そうではないんだが、そうでもあるな」

 とトリューニヒト。ウランフたちは、なんだか元首の顔がニヤけているように映っていた。

 (なにかあるな?)

 その予感は当たっていた。トリューニヒトは得意げに切り出した。

 「何かと頭を悩ませているようだね。私がとっておきのアドバイスをしようじゃないか」
 




 
V 

 ほぼ時を並行した駐留艦隊はというと……

 カッファとミドラルの攻略を終え、首都星から脱出してきたというバグダッシュ中佐の投降もあって、彼から情報を得るべく艦隊の再集結を図っていた。

 その途上、ヤン艦隊旗艦ヒューベリオンの艦橋では、司令官ヤン・ウェンリー大将がデスクの上に行儀悪く脚を投げ出し、ベレー帽を顔に被せて昼寝────

  ────してはいなかった。なんとなくメインスクリーンを見つめるヤンの穏やかな黒色の瞳には、ミスマル艦隊から預かったエステバリス隊の男性パイロット2名がエース二人と談笑する姿が映っていた。

 (やれやれ、総司令官としての威厳を保ってください……なんて参謀長にいわれてもなぁ……)

 今さらだね、とヤンは肩をすくめる。イゼルローン要塞に共同赴任して以来、ヤンは数々の恥態(曰く平常運転)をすでに晒している。定例会議に毎朝遅れるとか遅れるとか、中央司令室の司令席で爆睡とか爆睡とか、目が魚の目のようにやる気がないとかやる気がないとか、軍服のボタンを掛け間違えているとか──細かいことだとキリがない。

 ヤン艦隊の一般の兵士たちから見れば、忠誠心が薄れてしまいそうな失態を幾度も披露していた。もしヤンの被保護者たるユリアン・ミンツ少年やグリーンヒル大尉が傍らに存在しなかったとしたら、それこそキャゼルヌが指摘したように「ごみ溜めの中で生活してた」ことだろう。

 直接の部下は言うに及ばず、付き合いが長い先輩親友からもそんな事を言われる体たらくなので、そこに加わった第14艦隊に見本を見せるべく「規律の人」ことムライ参謀長が口を酸っぱくして注意するのも無理からぬことだ。

 「時すでに遅し……」

 ヤンはぶち壊すように呟いた。いまさら名誉挽回のしようがない。ユリカの幕僚たちにもヤンのゆるいライフスタイルはすでに知られてしまっている──というより直接見られてしまっていた。

 個人として最も「しまった!」と思えるのは、森林公園のベンチで昼寝をしているところをホシノ・ルリという美少女オペレーターに発見され、「提督は大将さんですよね? 昼寝していていいんですか?」痛ましい突っ込みをされたことだろう。ナデシコの女性乗員に対しては、もう少し態度をしっかりしようと心に決めていた────のにである。最初から無理だった。自分のライフスタイルを改めることなんて所詮は無理だったのさ……フッ……

 それを「開き直り」という。さらに、

 「ヤン提督らしいですよね」

 というナデシコ華組の言葉に甘えてしまっている一面もある。

 結局のところ、ヤンは地位が向上しても「自分らしさ」を貫いていたことになるだろうか。一応、自分なりに気をつかってはいるものの、決して成功しているとは言い難く、しばらくはヤンの背中に鋭く突き刺さるムライ参謀長の視線が痛いことだろう。

 ヤンが一人で頷いていると、彼の鼻腔を甘い香りがくすぐった。ユリアンがトレイにティーカップ乗せて現れたのだ。

 「提督、お待たせしました」

 「ありがとうユリアン」

 ヤンがティーカップを一つとると、ユリアンはそのままポプランたちに向かって歩き出す。トレイに乗せられていたティーカップは複数あったのだ。様子を見ると、どうやらテンカワ中尉とタカスギ中尉の分だったらしい。ヤンが軽くティーカップを掲げると二人も同じように返してきた。コーヒー派が多数を占める艦隊内にあって同志が存在するというのは嬉しいことである。いや、これはユリアンの功績による効果かな?

 その効果は第14艦隊に広まりつつあった。特にユリカや女性パイロットたちはユリアンが淹れる紅茶を大変気に入ったらしく、美味しい紅茶の淹れ方を少年に教わって楽しんでいるほどだ。そして不思議なことに、飲み物を作ることに関してはミスマル・ユリカの淹れる紅茶は毒物にならずにいる。

 「ヤン提督……」

 ユリアンがヤンのもとに戻ってきた。また背が伸びたようだし、成長期にある少年は大人っぽくなるのも早い。今年早々に少年の卒業もあり、本格的に軍人としての道を歩みだそうとしているわけだが……

 「提督、ずいぶん何か悩んでいらしたように見えましたけど、もしかして今後のことでしょうか?」

 「まあ、そんなところさ」

 とヤンはゆるく言っておいた。自虐的な場面を回想していた、などととても口にできないし、出したくもない。一方のユリアンも「ヤン・ウェンリー」という人間を必要以上に尊敬しているためか疑問を持つこともない。

 「僭越(せんえつ)を承知で質問しますが、ハイネセンから脱出してきたというバグダッシュ中佐の件でしょうか? 提督は何か怪しいと考えているのですか?」

 「そうだねぇ、タイミングがタイミングだからねぇ」

 それが何であるのか、ヤンにも今のところ予測の範囲以外はわからない。状況が状況なのでいろいろ勘ぐってしまいがちである。ただ、バグダッシュから首都星の様子を入手できるので、ヤンとして今後の艦隊行動に反映する情報を得られるだけでも大きな価値があると言えよう。

 「ヤン提督」

 その声はユリアンではなく、テンカワ・アキト中尉だった。彼の後方からはタカスギ中尉とヤン艦隊のエース二人もやってくる。どうやら、ユリアンとの会話を聞きつけて興味をもったらしい。ヤンとしても艦隊の合流が完了するまでは特にすることもないので、なんとなく艦橋にいるよりは有意義な議論を交わしたほうがありがたかったりする。黒髪ののほほん司令官はなぜか彼を選んだ。

 「テンカワくん、バグダッシュ中佐の件、君はどう見る?」

 まさかの質問を振られたアキトは面食らっていた。5秒間ほど硬直してしまうが、タカスギが背中を突っついて、どうにか硬直からは解放される。大げさに深呼吸する姿が笑いを誘った。

 「ええと、俺──じゃなかった小官の考えでしょうか?」

 いまだに軍隊式が身に付かないアキトである。

 「うん、そうだね。バグダッシュ中佐がどうしてこの時期に投降してきたか、テンカワくんの意見を聞いてみたいんだ」

 なぜ自分なのか? という疑問はあるものの、魔術師に指名されるというのは55パーセントは誇っていいかもしれなかった。

 もちろん、アキトはヤンがユリアン少年とはまた違った意味でユリカのように知的好奇心を刺激し、自分を指導してくれているんだと前向きに捉えた。彼は心を落ち着けるためにさらにひと呼吸置く。

 「ええと、浅はかな答えになってしまうと思いますが、それでも述べさせていただくと、この時期にバグダッシュ中佐の首都脱出と投降には裏があると思います」

 「裏と言うと何かな?」

 ヤンの突っ込みは当然なのだが、アキトにとっては厳しい一言であろう。ユリアンたちが見守る中、それでも青年はこれまでの学習と経験を総動員して自分の推論を導き出した。

 「中佐がタイミングを図ったとしても主要な施設は占拠されているはずですし、簡単に宇宙港から飛び立てるというのもおかしなものです。仮に何らかの方法で宇宙に上がってこちらに来るということは、救国軍事会議側に宇宙戦力が一切存在しないことになってしまいます。現状ではわざと行かせたと見るべきです」

 「……うん、いい線いってるね」

 ヤンのおだやかな声を聞き、アキトは肩の力を抜いた。及第点をもらえたというよりは、最初の間が気になってしまったのだ。もちろんヤンは意地悪をしたわけではなかった。彼は相手の言葉を真剣に吟味しているときは、やや間が空くことがあるのだ。またはヤンののほほんとした性質のためかもしれない。

 ヤン曰く、救国軍事会議──バグダッシュ中佐の意図の一つは、こちら側に誤った情報を流すためだという。

 「いわゆる情報撹乱というやつだね」

 ただし、ユリアンが「それだけですか?」とヤンの弟子らしく冷静に指摘したように、クーデター側が単なる混乱だけを狙うようには思えない。グリーンヒル大将は時間を稼ぐことでこちらに勝利できる算段があるものなのか?

 「うん、だろうね。まだ確証があるわけじゃないんだが……」

 アキトたちは一斉に思考した。単純に各星系に武装蜂起させたのは、撹乱のほかに戦力分散を意図したものであることは想像に容易い。だが、ここで疑問が生じる。たったそれだけで強力な駐留艦隊をどうにかできるようには思えない。最終的には拠点を一つ一つ潰されて終わるだけだ。

 「そうさ、それではただ騒いだだけにすぎない」

 つまり、ヤン曰く、救国軍事会議が駐留艦隊に対抗しようとするのであれば?

 「まさか、向こうにも機動戦力が!?」

 アキトの声は大きかったらしい。ヤンは唇に人差し指を当てて注意を要請した。

 「す、すみません」

 「いや、いいんだ。私も唐突に言及しすぎた。悪い癖だ」

 ヤンは頭をかき、ベレー帽を被り直して「ここだけの話」として集まっている五人に小声で話した。

 「向こうに機動戦力があるのはほぼ間違いないだろう。グリーンヒル大将が万全を喫するならば、私たちが参加を拒否することも視野に入れて準備するのが当然だろうからね」

 グリーンヒル大将がヤン・ウェンリーという人間を誤解していなければ、「彼は承諾する」などという楽観論で作戦を立てることはまずありえない。

 「クーデター側に組した艦隊っていったいどの艦隊でしょうか?」

 ユリアンのストレートな質問にヤンは明確に答えなかった。答えなかったが、五人はそれぞれに想像した。バーラト星系に駐留する正規艦隊は第1艦隊、第5艦隊、第8艦隊、第11艦隊、第12艦隊の5個艦隊だ。第1艦隊と第5艦隊は司令官が負傷して軍病院に入院しているので敵対リストからは自然消滅する。仮に救国軍事会議側が代理の司令官を任命したとしても、そもそも不当な軍事組織に兵士たちが従うはずがない。

 そうなると残り3個艦隊にしぼられるが、第8艦隊のアップルトン提督も良識ある軍人なので加担するとは考えられない。

 候補は残りの2個艦隊となる。ルグランジュ中将はよく知らないし、パエッタ提督に関してはアスターテの一件が印象を悪くしていた。

 「もしかしてどっちもか?」

 と五人は確定しかけて、五人が五人とも頭を振った。いったい誰が良識派として知られた軍重鎮のグリーンヒル大将がクーデターの首謀者だと想像できただろうか? 本人が映像に映るまで、すくなくとも誰も予想すらできなかったはずなのだ。

 となると第8艦隊も除外できないわけで……最悪、3個艦隊の味方? を相手にしなければならなくなってしまう。

 「今から先走るのはよくないよ。それ以上はやめておきなさい」

 ヤンは穏やかな口調で五人を諭した。彼らが何を想像していたのか判っていたのだ。実はヤン自身が陥りそうになった心理的なジレンマでもあったのだ。

 ヤンの予測の範囲内にあるいくつかの作戦の発動は、バグダッシュに会って必要な情報を手に入れてからになるだろう。当然、その内容によっては作戦自体を修正しなければならなくなる。

 あえてもう一つのバグダッシュの目的には言及しなかったが……

 (言っておいて自分でコレだからなぁ…………)

 ヤンは内心で嘆き、ふと艦内時計を見て顔をほころばせると、建設的で現実的な提案をした。

 「そろそろランチだ。みんなで食堂に行こう」

 ヤンの神がかり的な予測も無形から発生するのではなく、正確な情報に基づく産物であることを、彼自身が数日後に思い知ることになった。
 




 
 W

 簡素なテーブルを三名が囲んでいた。同盟国家元首ヨブ・トリューニヒト、同盟軍大将ウランフ提督、エリオル社社長秘書兼開発プロジェクトリーダー・エリナ・キンジョウ・ウォンである。三者のうち二者は少なくとも壮年の政治家に注目していた。トリューニヒトは満足げな笑みを浮かべている。

 「それで、閣下のおっしゃるとっておきのアドバイスとは何でしょうか?」

 ウランフが切り出すと、トリューニヒトは二人の顔を交互に見比べてもったいぶったような態度をとる。ここにもしヤン・ウェンリーが同席していれば露骨に不愉快な顔をしただろう。壮年の国家元首はコーヒーをすすりながら、たっぷり15秒ほど時間を置いてから口を開いた。

 「その前にテルヌーゼンを中心とした地図を表示してくれないかね?」

 ウランフがエリナに無言で要請すると、ボブカットの美人秘書は端末を操作し、中央にある立体装置を通して地図を表示した。

 「そこに地上部隊を表示してほしい。一応全部」

 エリナは、実際に叛乱を起こした部隊を除外した11の部隊を各所に赤い点滅で地図に被せて表示した。

 「ふむ。この11部隊のうち絞ったのは6部隊だったね。しかし、ある程度まとまった地上戦力を保有している部隊は多くない。そうだろう?」

 「ええ、そこで偵察で吟味した上で実際に接触してみようと考えています」

 意外な回答が返ってきた。

 「いや、その必要はないよ。私に信頼できる部隊の心あたりがあるのだよ」

 ウランフは、軽い驚きとともに若干の怒りがこみ上げてきた。

 「議長閣下、そのような重要な情報は真っ先におっしゃっていただかないと困りますな」

 ウランフの口調はやや厳しいものであったが、トリューニヒトはその非難をかわす余裕がまだあった。

 「別に隠していたわけじゃない。諸君らが部隊のことを調べてくれたおかげで思い当たる部隊指揮官がわかっただけなのだよ」

 その部隊とはテルヌーゼン市を後方から躍する位置取りに在った。市内中心部から500キロほど離れたハイウェイの外れに基地がある第794装甲機動部隊だった。

 ここは、周辺のミサイル基地と違って地上における有事の際にハイウェイを閉鎖して敵地上部隊の侵入阻止、もしくは外側から味方を支援して市内に侵攻した敵勢力を撃滅する役目を担っていた。実際、宇宙からの攻撃によってミサイル基地が破壊され、敵勢力が制圧戦力を送り込んでくるのであれば、かなりの重要部隊といえるだろう。トリューニヒトはその部隊指揮官と知己なのだという。

 「どういうお知り合いなのでしょうか?」

 ウランフの当然の質問に対し、トリューニヒトは絶妙に言葉を濁した。ただ、その話し方からだいたい想像できたのは、その部隊指揮官が過去にトリューニヒトの不興を買ったということだ。名誉挽回のために、彼は喜んで力を貸してくれるだろう、とそう言いたいのだろう。

 「メッセージビデオの一つでも撮ろう。それを持っていけば、まず問題ないよ」

 トリューニヒトは、自分自身で「出撃」の書類にサインしてしまったことに気づかなかった。だから、ウランフの含み笑いの意味も取り違えていた。

 「議長閣下、そのような遠回りは必要ありません。閣下が直接、彼に会えばよいだけです」

「はいっ!?」

 トリューニヒトの無駄に上ずった声が動揺頻度の大きさを物語っていた。

 「い、いやしかしだね……私は国家元首だから……」

 「だからこそ、閣下が直接赴く意義があるのです。基地司令官が閣下の要望に喜んで従うと言うならば間接ではなく直接であるべきでしょう。彼が名誉挽回を望むのであれば、その機会を閣下が自ら与えることによって忠誠心がより高まりましょう。それに」

 「それに?」

 「メッセージを彼が偽物だと疑ったらどうします? 貴重な時間が失われるだけではなく、彼らがクーデター側に寝返る可能性も出てきます」

 ウランフは、さらにトリューニヒトを追い込んだ。

 「アカツキ社長に言われませんでしたか? 閣下がその地位と名誉を不動のものとするにはヤン・ウェンリー提督や我々と(・・・)和解する必要があると。そのためにはまず今回の試練を先頭を切って乗り越えるべきだと」

 「ああと、た、たしかにそうだが、それと直接私が赴くのと……」

 「いいえ、まさに今がその時でしょう。閣下が先頭に立ってテルヌーゼンを解放すべきです。エドワーズ票とあなたを嫌う市民からの評価はどうなりますかな?」

 「…………」

 「テルヌーゼンを解放し、閣下が声明を国内に向けて発表すれば、クーデター打倒の為の戦力が自然に結集できましょう。微力ながら小官も全力で閣下を支援いたしますぞ」

 トリューニヒトは最終的に承諾した。いや、させられたと言うべきかもしれない。ウランフの強弁もさることながら、エリナが密かに端末で従業員たちに支援を要請し、彼らが感動の嵐でトリューニヒトを持ち上げればどうなるか? 工場要員たちは市民である。トリューニヒトは支持層に対しては表面をとことん取り繕うとする。

 詭弁家として良識ある人々からは忌み嫌われる保身まっしぐらの国家元首の大誤算は、失敗があればそれを周囲の取り巻きに押し付けていたことを、逆に押し付けられるとは想像もしていなかったことだろう。直接の相手がウランフであったことも議長の計算を狂わせたと言える。

 それから数日経って準備を整えたウランフらは、消極性丸出しのトリューニヒトを伴って第794装甲機動部隊基地へ向けて密かに地下工場を後にした。
 




 
X 

 時系列を前後し、ハイネセンポリスでも潜入者たちがいよいよ前へ進むもうとしていた。

 「どうだい、なかなかのものだろう?」

 アカツキは、変装した姿を副主任に見せて自慢した。ロン毛を後ろで束ね、金髪のカツラを被り、さらに顎ひげと特殊メイクでそばかすを加え、念のため虹彩と指紋認証対策を施し、彼のセンスからは110度外れた地味目のややヨレた服を選択した。

 「ええ、まあ、社長には(・・・・)見えません」

 と副主任の評価は控えめだ。ただ、アカツキとしては及第点で十分すぎるほどだ。少なくとも市内で指名手配されているわけではないので軍関係の人間に目立たなければいいのだ。

 「さて、じゃあ行こうか」

 アカツキはアジトを出た。久しぶりに全身で浴びる外気と日差しは非常に快適そのものだ。へたに警戒しすぎて引きこもっていたことが悔やまれた。裏通りを抜け、大通りを出ると日中のためか戒厳令下でも人通りは意外に多い。

 6日前。アカツキは拘束されずに活動を続けるジェシカ・エドワーズ女史について部下から情報を仕入れ、彼女の広い人脈を通して政権中枢部の情報を得られないかと考えたのだ。

 ジェシカ・エドワーズの反戦運動に協力する市民は侵攻作戦の失敗を機にさらに増大している。最高評議会に名を連ねるホワン・ルイやジョアン・レベロは公式ではないが彼女を裏から支援していると言う噂もある。

 (それにしても……)

 とアカツキが首を傾げたのは、なぜ重要人物たるジェシカ・エドワーズを救国軍事会議側は拘束しなかったのか?

 (彼女は十分重要人物でしょ?)

 確かにその通りではあるが、救国軍事会議側とアカツキとの間にある認識度と見下ろす環境にかなりの格差があった。クーデターとは、少数が武力によって短時間のうちに、その権力の中枢を乗っ取ることにある。

 この場合、まさに「少数」が故に「その他多数」を拘束することができないでいた。軽視したわけではなく、重視できなかったのである。救国軍事会議としては政軍の中枢を押さえるのに手一杯であった。

 アカツキがその点に至らなかったのは、単にエドワーズ女史を個人的に高く評価していたがゆえんだ。

 結果として、アカツキにとっては救国軍事会議の内部事情が彼を救ったと言えよう。

 また、アカツキ・ナガレという不正規的存在に関わったことにより、ジェシカ・エドワーズの運命も急カーブすることになる。
 
 
 
 アカツキたちは途中まで公共機関を使用し、事務所のあるシャンクラリオン通りまでは徒歩で行くことにした。ある程度のリスクはあるが、青年社長としては実際に自分自身の目で現状を確かめることで、首都奪還の作戦計画をスムーズに運びたい思惑があった。

 また、堂々と彼女の事務所で会うことになったのは、その方が格段に自然だからだ。事務所には支援者や支持者が常に出入りしている。ヘタに別の場所で待ち合わせをする方が監視者(がいるという前提)に怪しまれる可能性が高い。

 アカツキたちは通りを目的地に向かって歩き出した。情報の通り、ここも大きな混乱はない。人通りと日常は普通に見える。若い女性ともすれ違うが、ダサイ格好をしているので彼女たちは【彼】には振り返ってくれない。本人は落胆するのかと思いきや、

 「よし、変装は完璧じゃないか!」

 と間違ってご満悦。思わずガッツポーズをしてしまったので、通行人には怪しまれたかもしれないが……

 さらに通りを進むと左前方にチラッと見えたものがある。自由惑星同盟における共和政治の中心地である最高評議会ビルだ。すぐ近くには議長公邸もある。

 そう、彼らが歩くこの地区には二つの奪還すべき重要施設が存在し、ジェシカ・エドワーズが活動する地区に隣接している。まったく、彼女の剛胆さには敬服してしまう。

 (僕だったら、もうちょっと外すね)

 周囲をさりげなく観察していたアカツキの目に入ったものがあった。パン屋だ。そう言えば朝食を食べていなかったなと。

 「社長、私が買ってきましょう。ご希望はありますか?」

 「美味しいやつを」

 副主任が反対側の通りにあるパン屋に到着したとき、待機するアカツキの前方で人だかりが発生し、続いて左方向から武装した兵士たちが慌しく駆け込んでくると、通りに停車していた軍用車両に乗って評議会ビルに走り去っていった。

 「物騒だな……」

 しばらく青年がその方向を眺めやっていると、背後から声を掛けられた。

 アカツキが振り返ると、そこにはなかなか背の高い、なんだか温和そうな30代くらいの男性がシワシワの紙袋────しかしアカツキもよく知っているパン屋の紙袋を小脇に抱えて立っていた。身に着けているYシャツがちょっとヨレヨレなのはいただけないが……

 「今、ここを軍の車両が通ったと思いましたが、どちらの方向へ行ったかご存知ですか?」

 声がやさしい。

 「ああ、ええと、評議会ビル方面に行きましたよ」

 「失礼ですが兵士は何人くらいでしたか?」

 「10人くらいでした」

 「そうですか。これはご親切にどうも」

 男性は律儀のお辞儀をして御礼を言うと、紙袋を小脇にしっかり抱えたまま足早にその場を立ち去っていった。

 (なんだろう? 軍マニアとか?)

 アカツキは、なんだか妙な既視感を抱いていた。風貌と言うよりも雰囲気が誰かさんに似ているのだ。

 (いるもんだねぇ、同じ空気の人ってさ)

 ちょうど入れ替わるように副主任が目的の食料を調達して戻ってきた。が、なんだか見ている方向が違う。

 「なにか気になることでも?」

 「いえ、今、社長はどなたかと話をしていましたか?」

 「ああ、なんか軍用車がどっちに行ったか聞かれてね……まさか?」

 ヤバイ人物だったのかとアカツキは焦ったのだが……

 「いえ、そうではありません。私の目が狂っていなければ、社長とお話をしていたのはチュン・ウー・チェン教授だと思います」

 「えっ?」

 何でも副主任が教官として士官学校に在籍していたとき、戦略研究科から講師としてたびたび赴いて来ていたのがチュン・ウー・チェンだというのだ。

 「あの人、軍人だったの!?」

 「はぁ、やはりそうは見えませんでしたか」

 「うん、まあね。何というかそうだねぇ……」

 アカツキがうまい(たと)えを探していると、副主任がズバリ言った。

 「パン屋の二代目、と私たちはそう呼んでいました」

 「あー、それそれ。なんかうまいねー」

 なるほど、とアカツキは既視感に得心がいった。いっこうに軍人らしくない風貌に警戒心を抱かせない雰囲気といい、ヤン・ウェンリーと話をしている感覚だったのだ。

 「で……」

 アカツキが副主任に確認したのは、パン屋の二代目の評価だった。

 「優秀な方です」

 即答だった。何でも教え方が上手く、型にはまらないタイプなのだという。

 「興味深い人物のようだね。今度、時間ができたら話をしてみたいねぇ」

 そんな人物が真昼間から何をしていたのか気にはなったが、今は目の前の目的に集中することにした。行動できる人間は限られている。できることから順番に前に進んで行くしかないと。

 宇宙暦797年、ハイネセンポリスの大地が春らしい陽気に恵まれた五月初旬のことである。
 
 

 ……TO BE CONTINUED

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 あとがき

 十六章(後編)でした。今回は早めにアップできてよかったです。

 前回もあとがきで書きましたが、宇宙での戦闘から地上戦に描写が移っている関係で、チラッとでてくる宇宙での描写の時系列が前後しています。たぶん、被ってないはず。

 最近、内容もそうですが、タイトルに時間を割く状況になってます(汗

 さて、ヤマトやガルガンティア、ローゼンメイデンが終わってしまったのでさびしい秋アニメと思いきや、艦これ人気もあって注目されている「蒼き鋼のアルペジオ」を見て、ちょっと楽しみが増えましたw キャラが3D風なのはいただけませんが、沈黙の艦隊とか、いろんな要素が入り混じっている作品みたいなので注目しようと思います。

 しかし、擬人化って、何が元祖なんでしょうかね? 古い作品で思い当たるのは「ロストユニバース」くらい。「エレメンタル・ジェレイド」とかも擬人化だよなー。もう、ネタがなくなってきたのか、と寂しく思うこのごろです。

 うん、元祖わからん。

 第17章からは帝国と同盟のミックス形式になると思います。一話づつ帝国と同盟の話が変わるってことです。


 PS:お気づきだと思いますが、同盟編でタイトルより上の冒頭の文章は第11艦隊制圧後の動きを。つまり「未来」。本文中の駐留艦隊の描写は地上と並行した動きを。つまり「過去」です。

 わかりにくい構成になってしまって申し訳ないです。

 2013年10月18日 ──涼──

 冒頭に文章を追加。脱字や一部文章の加筆を行いました。
 2014年1月2日 ──涼──


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