―――騎士道精神
騎士道というのは武勲を立てることや、忠節を尽くすことは当然として、弱者を保護すること、信仰を守ること、貴婦人への献身などがある。
しかしながら、現在のブリタニアにおいて信仰はさほど活発ではない。
無論、無宗教国家という訳ではないが、宗教が戦争の理由となる事はない国だ。
そしてブリタニアにおいては弱者は保護する者ではなく侮蔑するべき者。
ならばブリタニアの騎士道とは、帝国に絶対の忠節を捧げ、あらゆる手段を利用してでも結果という武勲を残すことなのかもしれない。
枢木スザクの騎士叙任。
恐らく、これを何の打算もなしに喜んだのは、枢木スザク個人を知る者達だけであろう。
元上司であった特派のメインオペレーターであるセシルなどは、日頃の様子とは打って変わり、飛び跳ねるように喜んだ。
そして、もう一つ。
スザクの所属しているアッシュフォード学園生徒会。
彼の親友の妹であるナナリーは、生徒会主催の祝賀パーティーを提案した。会長のミレイはこれを快諾し、生徒会メンバーの殆どが、全校生徒に呼びかけた。
スザクと同じように、軍属であるレナードとは違い、生徒会の皆はただの学生。
彼等にとっては、政治上の問題や対立などは関係ない。
ただ自分達の学友が友達が、副総督という偉い人間に認められたのが純粋に嬉しくて祝うのだ。
「なにをしていらっしゃるんですか?」
レナードがパーティーから離れた、ぼぉっとしていると後ろから声が聞こえてきた。振り向くと車椅子に座るナナリーがいる。
しかし、幾ら敵意がないとはいえ、こうも容易く背後がとられるとは……もしかしたら鈍っているのかもしれない。
「ちょっと、ぼぉ〜っとしてみた」
「変な、レナードさん」
くすくすと笑うと、メイドの咲世子に引かれてレナードの隣にくる。
お日様に反射されるアッシュブロンドの髪が妙に幻想的だった。
「まさかスザクがユフィの騎士になるとはな。
ユフィは昔から奇想天外なやつだったけど……今回も予想の斜め上を飛んでったよ」
「ユフィお姉様らしいですね」
「そうだ、相談したい事があるんだ」
「相談、ですか?
私に出来る事ならば言ってください」
レナードはとくとくと語りだした。
枢木スザクという名誉ブリタニア人を専任騎士として任命したこと。
それにより生まれた、姉妹での溝。
ある意味、ユーフェミアと似たような位置にいるナナリーならば、どうにかその溝を埋めるヒントを知っているのではないだろうか、と思っての事であった。
「そうですか。
コゥお姉様とユフィ姉様が……」
「コーネリア殿下はブリタニア人とナンバーズをはっきりと区別されるお方だからな。
いや、一番の責任は誰にも相談せず騎士を決めたユフィだと思うけど」
正直言えば、レナードはユーフェミアの行動に多少の苛立ちがあった。
スザクを騎士にしたこと、ではない。
騎士の任命は皇族の特権であり、友人といえど口出しする事は出来ない。
苛立っているのは、ユーフェミアが自分に相談せず決めてしまったことだ。
もし相談してくれていれば、自分の方からもコーネリアに話を通しておく事も出来たのかもしれないし、貴族や高級軍人達にも根回しを行えただろう。
コーネリアがユーフェミアに対して苛立っている理由の一つがこれかもしれない。
「私は良く分からないのですけど……それでいいんじゃないでしょうか」
「なに?」
「もしコゥお姉様がユフィお姉様を怒っていらっしゃるのは、コゥお姉様がユフィ姉様を大好きだからだと思います」
「まぁ、だろうな」
苦笑しながら頷く。
なんといっても、コーネリアに近い者の間ではコーネリアのユーフェミアの溺愛っぷりは有名であるからだ。
「知ってますか?
今は凄く仲が良いお兄様とスザクさんも最初は喧嘩ばっかだったんですよ」
「…………ルルーシュは兎も角、スザクもか。
意外な事もあるもんだ」
あの生真面目なスザクが喧嘩というのは、どうもイメージ出来ない。
喧嘩というよりかは、寧ろおちょくられる優等生のような性格だというのに。
「そんな二人ですけど、今ではすっかり仲良しです。
この日本でも「喧嘩するほど仲がいい」って言うらしいですし」
「そっか。
なら静観していることにしよう。
姉妹喧嘩に男が乱入するのもどうかと思うしな」
再び青空を見上げ、ぐっと伸びをする。
体が膨張するような感覚。
雲一つない、今日の天気予報は間違いなく晴れだっただろう。
「レナードさん…………実は伝えたいことがあるんです」
「なんだ?」
ゆっくりとナナリーを見る。
頬が紅潮していた。緊張しているらしい。
「私は、貴方が好きです。レナードさん」
「……………………」
レナードは黙って、静かにナナリーの言葉を受け入れた。
彼は鈍感じゃない。
ナナリーの気持ちにも、なんとなくだが気がついていた。
もし仮に自分がナナリーに「俺もナナリーが好きだ」なんて言えば、今日から恋人同士になるのかもしれない。
(俺の返答次第か……。
好きです、と言われちゃ答えなければならないからな。
自分がどう思っているかを)
ナナリーを好きか、だと?
好きに決まっているじゃないか。
たぶん、初恋なのだろう。
八年前はまだ自分の感情を理解しきれなかったが、今でははっきりと分かる。
だからこそ、答えも決まっていた。
「悪いけどナナリー。
俺はお前とは付き合えない」
「そう、ですよね……」
ナナリーは特に驚いた様子もなく頷いた。
彼女も馬鹿ではない。
レナードが好きでも嫌いでもなく"付き合えない"といった理由も分かっているだろう。
もしかしたら、そう返されると分かった前提で想いを伝えてのかもしれない。
もしレナードがナナリーと付き合い恋人同士になったとしよう。
そうなると、メディアや貴族達もその恋人を注目するだろう。
なにせブリタニア国内において、少なくない影響力を持つレナードの恋人だ。
誰しもが興味を持つだろう。
そしてそれは、ナナリー・ランペルージという少女が、ブリタニアの皇女ナナリー・ヴィ・ブリタニアとバレる可能性を格段に増す事となる。
同時にその兄であるルルーシュも。
ナナリーは分かっていた。
レナードも分かっていた。
ただナナリーは、それでも自分の想いを秘めたままでいるのが嫌で、伝えたのだろう。
「じゃあ、ナナリー。
俺はパーティーに戻る。風邪ひくなよ」
不器用な一言だけ残して立ち去る。
お互い今は離れたほうがいいだろう。
しんみりするのは性に合わないしパーティー会場に戻って、肉料理でも食べようと思っていると、柱の影に人影があることに気付いた。
「趣味が悪いな、ルルーシュ。
男女の逢引を目撃したなら、黙って去るのがお約束だぞ」
「レナード、お前は……」
「安心しろ。
お前の大事な妹は、未だにフリーだよ」
「………………」
「たっく、どうして俺が本気になる相手は皆こうなんだろうな。
これで俺が身分も財産も名誉も捨てて愛に生きれるような熱血野郎なら悩む必要はないんだろうけど」
いや、それが出来ているなら此処にはいないか。
EU戦線で逃亡して、そのまま行方不明だ。
「すまん」
「どうしてお前が謝るんだよ。
それに、俺だってルルーシュのような口煩い義兄が出来なくてせいせいするってもんだ」
「ふっ……そうだな。
俺もお前のように出来の悪い義弟が出来なくて良かったよ」
二人して嫌味を言い合う。
こういう関係は八年前から変わらない。
そんな時、レナードのポケットに入っていた携帯が鳴る。開いてみると、どうやら主任からのようだった。
「どうした?」
『プライベート中に申し訳ありません。
実はシュナイゼル殿下が……』
なんでも帝国宰相シュナイゼルが本国から来るため、出迎えに行けとのことだった。
出迎えに行くのは副総督とレナード。
総督のコーネリアは留守なので、妥当な人選だろう。
『ところで……』
「どうした?」
『もしかしたら、具合が悪いのですか?
どうにも声の調子が重いようですので』
いけない、いけない。
さっきの話が尾を引いていたようだ、切り替えは早い性格だというのに。
「ちょっと青春してただけだよ」
『はい?』
「いいや、こっちの話だ。
じゃあ切るぞ」
ピッという音と共に、携帯の通話は切れた。
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