―――富者の快楽は貧者の涙によってもたらされる。
貧富の差。それは何処の世界にも依然として存在しているものだ。
そう現実世界においても例外ではない。
例えば日本人や欧米人が肥満などの問題で苦しんでいる時、発展途上国の子供達は明日の食事がなくて苦しんでいる。人は平等ではない。悲しいほどに。








 帝都ペンドラゴン宮廷の地下100m。
 誰の目にも入らぬように建造された研究施設。
 ドーム型の空間内には、カプセルやフラスコなどが置いてある。
 そこは一種の魔窟といってもよかった。
 人の身で神を殺そうと願った者が作り上げた魔境。

 その中心。
 広々とした空間を歩く二人は、この魔窟の創造者であるシャルルでも、その理解者であるマリアンヌでもなかった。
 二人。もはやこの世界で知らぬ者はいないと言ってもいい程の有名人。黒の騎士団CEOにして超合衆国初代最高評議会議長であるゼロ、そして合衆国ブリタニアの第九十九代皇帝シュナイゼルである。

「今度で十五件目だ」

『またか。今度は誰がやられたんだ?』

「ブレイブ伯爵だよ。合衆国連合の代表として彼には存分に腕を振るって貰うつもりだったけど、いやいや、悲しいねぇ」

『暗殺か』

「そうだよ。正確に頭を撃たれていたそうだ。検死によると、ほぼ間違いなく即死だと」

『警戒していなかったのか、そのブレイブというのは。
貴族ならば、暗殺というのは常日頃から警戒するものだろうに。
特に政治に関わるものには』

「勿論、警戒はしていた。半径2000m圏内に狙撃手の姿はどこにも存在しなかった。間違いない」

『と、なると下手人は』

「2000m以上の距離から狙撃を行った事になるね。天候は雨だったというのに」

『人間業じゃあないな。下手人は神か悪魔か?』

「魔人だよ。恐らくはね」

『…………今思っても、完全なる失態だったな。あれは』

「そうだね」

 失態とは当然、皇帝シャルルを殺す場面をレナード・エニアグラムに目撃されたことである。
 あれのせいで、計画は狂いだした。あの時、帝都ペンドラゴンにいた者達は軍民問わず皆殺しにしたが、やはり全員の口を塞ぐことは出来なかった。
 アースガルズへと逃れた者達は勿論だが、他にも何人かビスマルクの部下達が脱出してしまった。
 脱出した者達は、地下に潜りシュナイゼルに対して反攻を続けている。
 なんとか所在を炙り出そうとしてはいるものの、動きが非常に巧妙で、中々足取りを掴めない。

『しかし、計画にイレギュラーは付き物だ。
今回にしても、僅かな失態はあったものの、予定通りブリタニアという国、そしてこの研究施設を乗っ取ることが出きた。
大成功とはいえないが、十分成功に値する結果だよ』

 ゼロとシュナイゼルが歩みを再会する。
 やがて液晶パネルの前に立ち止ると、そこにいた一人の盲目の少女へと問いかけた。

「久し振りだね、ナナリー」

「……シュナイゼル、お兄様……」

 少女。ナナリーは怯えるように異母兄であるシュナイゼルの名を呼んだ。

「本当なのですか? 
……お兄様が、反乱なんて」

「ああ。悲しいけど、事実だ。
すまないね、ナナリー。本当なら、ルルーシュが行動をとる前に止めるのが兄の務めだったというのに。だけど安心していい。無罪放免というのは無理だけど、決して命まではとらないよ」

「ありがとう、ございます……。あの、シュナイゼルお兄様。お手を」

「手、かい?」

 シュナイゼルはナナリーに言われるまま、自分の手を差し出す。
 ナナリーはやや躊躇しながら、その手を握った。

「それは、嘘ですね」

「……………………」

「シュナイゼルお兄様が、全ての元凶だったのですね。
しかも、全ての罪をお兄様に押し付けるだなんて、なんて酷い!」

「ゼロ」

『そうだな。どうやらナナリーの方も目覚めかけているようだ。
ワイアード……契約をせずともギアスを行使する者。
私の持つ資料のデータでは、他者の嘘を見抜く程度のものだったというのに、どうやら表層意識を読み取るまでにギアスが強まっている』

「貴方は……!」

『ナナリー皇女。私の心を覗くのは止めておいたほうがいい。
確かにワイアードは通常のギアスと違い、コード保持者にもある程度の効果があるにはある。
君ほどの能力者なら或いは私の表層意識を読める、かもしれない。
が、私の表層など見た所で得る物などなにもないものだ。当然、君の兄上が利する情報ではないな』

 ナナリーはゼロの言葉を無視し、彼の腕に触れる。
 そして見た。仮面の奥に秘められた意志を。願いを。絶望を。

 死体があった。
 隣にも死体があった。
 その隣にも死体があった。
 隣の隣にも、そのまた隣にも。大地を埋め尽くす…死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体。

 その死体の中心。
 一人の男がいた。
 その両目から零れ落ちる涙はない。そんなものは当に枯れ果ててしまった。
 この者達と同じように、死体になれればどんなに良かったか。なのに生きてしまった。それが、一つの悲劇でもある。死んでいたほうが良かっただろうに。だが本当に悲惨なことに彼は死ねなかった。

 絶望。
 深い無限に広がる虚空。
 その中で一人、血の涙を流す――――――――――
 

「そんな…………」

『どうしたのかね、ナナリー皇女?』

「……貴方は、どうして生きていられるんですか?
こんな、生きられる筈がありません。こんな――――――」

『何故、生きてるかだって?
簡単だよ。死ねないから、生きているんだよ』







「ああ、分かった。その件は後に……なに? ブリタニアのナイトオブスリーが!?
いいだろう。では、そのように」

 ルルーシュが電話を切る。
 そういえば、これで徹夜三日目だな、と思った。
 余りにも膨大な仕事と、一日中室内にいたせいで、全く気付かなかった。

「ルルーシュ。どうしたんだ?」

 チーズ君の人形を抱きかかえたC.C.が訊ねてきた。

「ナイトオブスリー、ジノとかいう奴がブリタニア本国に帰国したらしい。エリア10のラシェル元総督閣下の身柄を手土産に、な」

「エリア10? ああ。確か合衆国憲章に意義を唱えて反逆したっていう……」

「馬鹿だよ。エリア10だけの戦力でブリタニア本国相手に喧嘩を売るなど」

「…………戦艦一隻で喧嘩売ってるお前はなんなんだ?」

「俺はいいんだよ。大体、真っ向からは喧嘩を売ってないだろう」

「そうだな。お前の騎士になったレナードを使って、暗殺やら破壊工作ばっか、他にはTASを活かした奇襲だけで戦いらしい戦いなんて一回もやってないものな」

「嫌味か?」

「事実だと言ってるだろう。同じような事を何度も言ってるような気がするぞ」

「なら黙っておけ。はっきり言って、今はお前の嫌味に付き合うほどの余裕は精神的にも時間的にもない」

「精神的に?
それにしては、とんでもなく豪胆じゃないか。
意気揚々とアイスランドから出陣したものの、結局アイスランドの地下に引きこもるとは」

 そうなのだ。
 今ルルーシュを含めたアースガルズを収容しているのは、レイキャビクの首都200m地下に建設された要塞。アイスランドは危ないと言って置きながら、相変わらずアイスランドに留まっているのは、どういう訳だ、とC.C.が言うのも仕方ない。

「元々此処は来るべきクーデターの為に、元々建設途中で放棄された地下基地を、ギアスを掛けた者達により完成させた場所だからな。ブリタニアは勿論、EUだろうと建設途中で放棄した基地など知りもしないだろうさ。情報漏洩の心配も、ギアスを掛けているからないしな」

「用意の良い奴だよ、お前は」

「誉め言葉として受け取っておこう」

 ちなみに、この基地。
 ルルーシュが密かに手を回したお陰で、大量の食料や機材が運び込まれており、あらゆる精神衛生を無視すれば十年は暮らせるだけの設備がある。
 しかもKMFの修理は勿論、製造まで可能という便利さ。だが、元々クーデターの為に用意した基地が、クーデターによって皇帝となったシュナイゼルを討つ為に使われるというのは、かなり皮肉なことではある。

「ルルーシュ陛下」

「入れ」

 失礼致します、という声と共に軍服を着た男が入ってくる。

「陛下。レナード"中将"より定時連絡です」

 レナードを含め、自分に着いて来た者達は全員階級を一つ上げていた。
 少佐だったスザクも今では中佐である。こんなことで喜ぶとは思えないが、多少でも士気があがるのならばいい。それに自分が本当に着いて来た者達に報いるのは、ブリタニアをシュナイゼルの手から取り戻した後だろう。 

「ああ、分かった。繋げ」

 ディスプレイにレナードの姿が浮かぶ。
 やや煤けている。何かあったのだろうか。

『陛下。御命令通りブレイブ伯爵の暗殺、完了致しました』

「ご苦労。これである程度、シュナイゼルの動きを抑制出来るだろう。
幾ら人材豊富なブリタニアといえど、政界の重鎮を簡単に取り替えることは出来ないだろうからな」

『はっ』

「ところで、レナード。
一度、帰ってきてくれないか?」

『休暇ですかっ!』

「惜しいな。お前には旅行に行って来て貰う」

『旅行?』

「そうだ。今、そちらにデータを送る」

『…………………………これは黎星刻? 中華連邦人か』

「そうだ。その男は中華連邦における反主流派のリーダー格でな」

『オデュッセウス殿下の御婚儀の件ですか?』

「察しが良くて助かる。
本音を言うと人手不足なんだよ。軍人は多いが、政治や外交の分かる駒が少ない。
ナイトオブワンのお前ならば、俺の代理として申し分ないだろう。
詳しい事は資料を読め。先程送ったデータに添付している筈だ」

『陛下。私は、ここ五日間。一睡もしていないのですが?』

「すまないな、無理を掛ける。これで六日目だな、徹夜」

『………………………………』

「頼むぞ」

『…………せめて、部下は頂けるんでしょうね?』
 
「モニカとアーニャには既に仕事を与えている。ラウンズで残っているのはブラッドリーだけだが?」

『いや、いい。あいつがいると交渉にならない。
寧ろ宣戦布告しに行くようなものだ』

「だろう? まぁ武士の情けでギアスユーザー二人をつけてやる。それで我慢しろ。
いいか。ブリタニア奪還に当たって、唯一生き残っている大国中華連邦の協力は必要不可欠だ。絶対に失敗するなよ。ラウンズに敗北はないんだろう?」

『ラウンズは戦場の英雄であって、外交官じゃないんだけど……』

「言い訳するな。ナイトオブワンだろう」

『…………イエス、ユア・マジェスティ。地獄に墜ちろ、糞皇帝』

「なんとでも。了解したなら、きりきり働け」

 恨み言を一言だけ言って、画面は消えた。
 一部始終を見守っていたC.C.が、

「ルルーシュ。よく、私に我侭とか横暴とか、唯我独尊とかいうが、お前も大概だぞ」

「そうか? 自分では気付かないものだがな」

 しれっと、ルルーシュは答えた。



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