―――平和。
民衆が誰よりも望むモノだろう。
少なくとも、民間人は戦争よりも平和が好きだ。
戦争が終結すると、民衆はその傷跡を悼み、平和へと歩き出すだろう。
しかし悼むのは大抵の場合において民間人の命が殆ど。
誰よりも戦果の真っ只中にいた軍人達の死は殆ど無視され、最悪、軍人こそ戦争の原因とされ弾圧されることもある。
だが思い返してみるがいい。その行為がどれほど愚かな行為か。
その行為は最も深い傷跡に蓋をしているだけに過ぎないのだと。
唐突に、平行世界へと飛ばされてしまったルルーシュとレナード。
二人が優先したのは情報収集。この世界の歴史や状況などを詳しく知る事だった。
右も左も分からぬこの世界。知らない単語だってあるし、理解不能な出来事だってある。
幸いギアスという超常の力があるルルーシュと、このような突発的な事態に慣れているレナードならば大抵の事はどうとにでもなった。
これがスザクとユーファミアの主従だったなら、こうはいかなかっただろう。
情報収集は思っていたよりも簡単だった。
なにせこの時代にはインターネットという便利なツールがある。適当な家を見繕って、一家全員にギアスでも掛けてやれば、なにも警戒することもなく情報を集められる。
そして知った。この世界が辿った歴史を。
殆どの出来事はレナード達の世界と変わりない。
違ってくるのは、あの行政特区日本でのことから。
「しかし妙なものだな。
ルルーシュやユフィ、それにスザクだっているのに」
「ああ、何でこの世界にはお前と言う存在がいないのだか」
最も分かりやすい異常はそれだった。
この世界にはレナード・エニアグラムという存在が欠片もない。
ジェームズ公爵の子はノネットだけでレナードはいないし、当然ナイトオブツーはベアトリスが辞めて以来空席のままだ。
これが何を意味するのかは、二人には分からない。
しかし何かのヒントになるかもしれない情報であった。
「そしてそのせいか俺はブリタニアへは連れ戻されなかった。
という事はこの行政特区でのことは…………」
その事件は日本人にとって今でも憎しみを堪えきれない程のモノだったようで、インターネットにあるコメントでもかなり酷い事が書かれている。
「特区日本での大虐殺。
突然の精神疾患により急変したユーファミア副総督による日本人虐殺命令」
性質の悪いサイトには、その時黒の騎士団により全世界に流された動画が今でも残っている。
動画の再生ボタンをクリックする。
『日本人の皆さん。お願いがあります。死んで頂けないでしょうか?』
見てて痛ましい。
こんなものはユーファミアの意志でないと分かっているが故に。
気がめいってきて動画を停止する。
「……ルルーシュ。もしブリタニアに連れ戻されなかったなら、こんな馬鹿な真似をするつもりだったのか?」
「違う! 確かに行政特区を潰す為に策を練りはした!
だが、こんなこと……する訳がないッ!」
「だろうな。道徳云々はどうでもいいとして、俺がお前でもこんな策は使わない。
ユフィが此処までやってしまうと、仮に日本が独立したとしても、その後の民衆をコントロールするのが難しくなる。合理的とはいえないな」
あくまで情ではなく利で考えるのがレナードらしい。
もし此処にいるのがレナードではなくスザクならば……一悶着あっただろう。
「そしてブラックリベリオン。
トウキョウ租界へと侵攻した反乱軍はコーネリア率いるエリア11駐屯軍により撃退。首謀者であるゼロはスザクによって捕らえられる」
「俺達の世界とはあべこべだな。
こっちではコーネリア殿下率いるブリタニアが敗北し、日本が独立したというのに。
おまけにスザクのほうは、ゼロを捕らえた功績でナイトオブセブンに任命、か。
まさか平行世界ではナンバーズがラウンズになってるとはな」
「スザクのほうは、その後ラウンズとして欧州戦線に参加。
目覚しい活躍をして、一年後。再びエリア11へと派遣される。
ラウンズを二人、引き連れて、復活したゼロがいる場所へ」
「ゼロの正体については未だ分かってないようだな。
それでゼロによる百万人の日本人脱出。中華連邦では天子とオデュッセウス殿下の婚姻妨害。
大活躍だな。これ、この世界のお前がやったことだと思うか?」
「やれる自信はある、とだけ言っておこう。
だがこの程度のこと、あの偽者だって出来る。
なにせシュナイゼルがグルなんだからな」
事態は更に動いていく。
中華連邦を主軸として、反ブリタニアの為の超合衆国が設立。
決議第一号によりエリア11へ進軍した黒の騎士団とブリタニアとの間で戦争が勃発する。
結果は、意外な形で幕を閉じる。
「フレイヤ、か。
驚きを通り越して笑いが出てくる。
こんなアホみたいな兵器を、あの目立たないニーナが開発するなんてな。
ただの化学マニアだと思っていたのを改める必要がありそうだ」
最大半径100kmを消滅させる事が可能な戦略兵器。
こんなものが元の世界に存在していたら、世界はとっくにゼロとシュナイゼルのものになっていただろう。アースガルズだって戦艦一隻でフレイヤには勝てない。
「フレイヤがスザクの手によって放たれ、トウキョウ租界は壊滅。黒の騎士団もかなりのダメージを受けた。一番の損失がCEOゼロの戦死」
「黒の騎士団にとっては最悪だろうな。
フレイヤなんて馬鹿な兵器があるってのに、肝心のゼロが戦死したんじゃ」
「そのゼロが俺なのか、それとも偽者なのかは置いておいてな。
しかし、それで」
「ああ。トウキョウ租界壊滅から数ヵ月後。
俗に言う悪逆皇帝ルルーシュの台頭。シャルル陛下を殺し皇帝となったルルーシュは、六月の惑乱と呼ばれる身分制度撤廃政策を実施…………ってこりゃ酷いな」
レナードが顔を顰める。
平等嫌いの彼のことだ。身分制度撤廃など断固反対なのだが、彼が酷いというのは政策の内容だった。いや酷いを通り越して破廉恥ともとれる。
「貴族階級と奴隷階級をなくすのではなく、貴族階級と平民階級をなくして全ての臣民を奴隷階級にするとは、全く暴君も此処までくれば清清しい」
その後は単純だ。
悪逆皇帝ルルーシュはブリタニアの超合衆国への参加を表明。
合衆国側は直ぐには返答せず、ルルーシュの提案でアッシュフォード学園にて、ブリタニアを受け入れるか否かを審議する決議が開かれるが、ルルーシュはナイトオブゼロのランスロットにてこれを強襲。強引に参加を迫った。
「それで敵対したシュナイゼルと超合衆国を撃破し、世界征服を成し遂げたルルーシュは」
「この日本で、再び蘇った英雄ゼロの手により暗殺され」
「神聖ブリタニア帝国の歴史は終わった」
沈黙が漂う。
余りに理解出来ない事が多すぎる。
「ゼロはこの世界のお前、だと思うか?」
「恐らく、と言えるのは行政特区の前まで。
その後は分からん。俺ならユフィにあんな命令は下さない、とは思うが、この世界の俺が俺と同じ性格とは限らない。いや、それに最後に悪逆皇帝ルルーシュを殺したゼロは何者なんだ? ゼロはエリア11での戦争後に死んだんじゃないのか」
「…………情報が足りな過ぎるな。
しかしシュナイゼルの糞野郎がゼロに従ってるのを見ると、今のゼロはあの偽者なのかもしれない。となるとブラックリベリオン後のゼロは…………黒の騎士団側が用意した偽者、とも考えられなくはないし、それこそこの世界のお前かもしれない」
「もしこの世界の俺がブラックリベリオン後のゼロなら、行政特区からのゼロは一体誰なんだ?
その時のゼロはスザクの手で捕らえられて処刑されているんだぞ」
「表向きの発表が真実とは限らないだろう。
俺だって人質とった挙句、最後は狙撃で頭を吹き飛ばした相手を、正々堂々の一騎討ちの末に討ち取ったって報道させた事もある。民衆ってのはドラマに弱いからな。そのへんの調整をしなければならない」
「お前の卑怯っぷりは知ってるよ。しかし、そうだな。
C.C.も母さんと取引したといっていたし、あの糞親父が俺を見逃した、というのも有り得ない話じゃあない。ま、なんにしても憶測の域を出ないがな」
「だな。結局は情報不足ということだ。
大衆向けのドラマは分かっても、舞台裏の極秘映像まで分からないと話にならない」
だが取り合えずの方針は定まった。
二人の第一目標は元の世界へと帰ること。その為にもっと情報を手に入れ、そして真実を最も知っている確率が高いと考えられる『この世界のC.C.』と接触する。
「そして、最も情報の核心がありそうで」
「かつ、比較的簡単に調査が出来そうな場所は」
ルルーシュとレナードが同時に指を刺す。
トウキョウ租界だった場所にある建物を。
「「アッシュフォード学園」」
その日。
アッシュフォード学園に復学したカレンの下に、とある情報が入ってきた。
なんでも転校生が二人、このクラスに編入されてくるらしい。
クラスメイト達の喧騒を眺めながら、カレンはちょっとした懐かしさを感じながらそれを受け止めていた。
嘗てブラックリベリオンの前。
自分が病弱なお嬢様を演じている時には、転校生としてあの枢木スザクがやって来たのだった。
さて、今回はどんな転校生が来るのやら。
案外何処かの国の王様だったりして。
そんな馬鹿な事を考えながら、担任が来るのを待つ。
やがて扉が開かれた。普段なら冴えない男の教師一人だが、今日は違う。
後に二人の学生が着いて来ている。
――――――――おおッ!
クラス中がそんな声をあげる。
無理もないか。入ってきた男子生徒と"女"生徒は二人とも結構な美形だったのだから。
一人は190cm以上はあるかと思われる身長の金髪碧眼の男。最近よくメールのやり取りをする元ナイトオブスリー、ジノ・ヴァインベルグにも劣らないほどの顔立ちだ。尤もジノのそれが、どことなく愛嬌を感じさせるのに対して、レナルドという男は政治家特有の胡散臭さと、どこかギラついた危ない雰囲気があるように思えたが。
そしてもう一人。こっちがまた美人だ。同じ女である自分でも、思わず見惚れてしまう程に。
男子生徒と同じような金髪。ただ瞳だけは綺麗なアメジストのような色をしている。
何だろう? 私の知る誰かに似ているような……。
「知っての通り、今日からこのクラスに転校生が来る事になった。
――――――――では、自己紹介を」
男子生徒のほうが前に出る。
どうやら男のほうが最初に自己紹介するらしい。
「始めまして。
ブリタニアより来ました、レナルド・レステンクールです。
皆さん、今後は共に学ぶ御学友として宜しくお願いします」
拍手が、特に女生徒から起きる。
続いてもう一人、女の転入生が前に出る。
しかしどうしたのだろう。なにか躊躇しているような。
「…………リディ・ルクレールといいます。
隣にいるレナルドとは……従姉弟同士になります。
共に保護責任者の仕事上の都合でこの日本へ来ました。
これから、宜しくお願いします」
拍手が、特に男子生徒から起きる。
それと、漸く思い出した。
誰に似ているかと思えば、あいつに、ルルーシュに似ているんだ。
変なものだ。性別だって違うのに。ただ瞳の色が同じなだけなのに。
ホント、馬鹿みたいだ。あいつは、もういないのに。
「ではルクレールは後ろの席。レステンクールは紅月の隣、三番目の列の一番右が空いてるから、その関へ」
レナルド・レステンクールと名乗った男子生徒が歩いてくる。
私の隣の席は、少し前にその席に座っていた生徒が転校した為に空席だ。
レナルドは私の隣の席に座ると。
「宜しく」
どこか胡散臭い微笑を浮かべた。
なんにしても、これからまた騒がしくなりそうだ。
この時の私は、そう呑気に思っていただけだった。
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