―――真実。
これほど簡単で、かつ難しいものはそうはない。
当たり前と思っていた常識。例えば地球は丸い。そんなことは小学生だって知っている真実だ。しかし一昔前までは"地球は平らである"というのが世界の常識だった。
また歴史にしてもそう。刻まれた歴史が本当に正しいのか、彼等は何を考え生きたのか。それ等は時代を生きた当人達にしか分からず、また彼等を本当の意味で批評出来るのは彼等だけなのだろう。
転入早々。
レナードとルルーシュは洗練の如き質問攻めに合っていた。
転入生が二人なので、当然の如く質問する生徒達も二つに分かれる事になり、一人に掛かる負担が半減されるのがせめてもの救いであるが。
(しかし、前にアッシュフォードに転入した時とは大違いだ)
元の世界でアッシュフォードへ転入した時は、最初誰も近付こうとはしなかったというのに。
まぁあの時は自分は天下のナイトオブラウンズだったのだから仕方ない。
対して今の自分とルルーシュは、表向きは普通の庶民という設定。遠慮する必要は何処にもない。しかもこのクラスは他クラスよりもブリタニア人学生が多いので人種による忌避もないのだ。
「ねぇ、レナルドって運動とかするの?」
隣の席のカレンが話しかけてくる。
しかし本当に猫かぶりしていたんだな。KMF越しに会話した事はあるが、素のカレンと生身で会話したのは初めてな為新鮮だ。
「程々にね。昔は軍人を目指していた事もあって、KMFのシミュレーターを何回かやらせて貰った事もある。といっても軍人になる前に、戦争が終わったけどな」
「へぇ、KMF乗れるんだ?」
「ああ。なんなら勝負するかい?」
「!」
さて、どう出るか。
一応猫は被っていないようだが、もし紅月カレンが黒の騎士団のエースパイロットだった事を隠しておきたいのならば、此処でKMFなど乗れないという筈。
しかし、カレンの返答を聞く前に、一人の生徒によって邪魔された。
「やめとけって、転入生。
こう見えても我がアッシュフォード学園の生徒会メンバーであるカレンは、昔は黒の騎士団のエースパイロットだったんだぜ!」
「君は……」
名は聞かなくても知っていた。
彼もまた、元の世界で学友だった者の一人。
「俺、リヴァル・リヴァル・カルデモンドね。
一応この学園の生徒会長」
「へぇ、そうなのか。しかし、黒の騎士団のエースっていうのは……」
「もうリヴァル。隠すわけじゃないけど、あんまり宣伝しないでくれる!
その、変な目で見られるの嫌だし。この前だって下級生の女子からラブレターなんて貰って困ってるんだから!」
リヴァルとカレンのやり取りを見て、確信する。
カレンは自分が黒の騎士団のエースだった事を隠してはいない。
つまり普通の学生としてこの学園にいるということ。で、あるならば黒の騎士団との繋がりは切れている?
いや結論を出すのには早い。こういう事は焦れば取り返しのつかない事になる。一番の武器であるルルーシュのギアスにしても、特殊なコンタクトレンズを着けるだけで無効化されてしまうのだ。
というより、ギアス自体カレンには効かない可能性だってある。なにせ元の世界でルルーシュはカレンにギアスを使用してしまったという。この世界のルルーシュがカレンにギアスを掛けた可能性は高いし、そうなると別世界のルルーシュとはいえ、同じ相手に二度使用出来ないルルーシュのギアスが効くかどうかは、五分五分だろう。
そして効果がなければ、不信に思ったカレンがゼロへ連絡してしまうかもしれない。
(前途多難だな…………ん?)
なにやらルルーシュが立ち上がって、制服の襟に触れ、そのまま教室を出て行く。
確かあの合図は……。
嘗てアッシュフォード学園に転入したばかりの頃。
ルルーシュがスザクへ向けて合図をした事を思い出した。
確かあれは屋上で話そう、という意味だった。
「悪いな。少し先生に渡すものがあったんで失礼する」
「そうか。職員室まで分かるか?」
「無問題だ」
教室を出て、屋上へと行く。
そこには、予想通りルルーシュの奴がいた。
「まさか、今回も同じ合図を使うとはな」
「お陰で効率よくいけたんだ。感謝するよ、ルルーシュ。
いや、ミス・ルクレールとお呼びしたほうが宜しいかな。お嬢さん?」
「ふざけるな、レナード。
誰が好きでこんな格好するかッ!」
「はいはい。でも仕方ないだろう?
俺は兎も角、もしお前の正体が知られれば、最悪その場でリンチだ。
そうならない為に、変装はよりばれ難くすつ必要があったんだろ。
なにせ、世界を震撼させた悪逆皇帝が女装して高校生になってるなんて、誰も彼も夢にも思わないだろうからな」
「……くそっ。まあいい。
それで、どうだった?」
「どう、とは?」
「話したんだろう。カレンと」
「カレン、か。
前にエリア11で見た時よりも成長していたな、特に胸が」
「そんな事を聞いてるんじゃないッ!」
「流せよ。そこは。
ま、リヴァルの言動からして、自分が騎士団員だった事は隠してないみたいだな。
今は実の母親と二人暮らしで、嘗ての戦友や紅蓮の開発者であるラクシャータ、それにジノとも連絡を取り合っているらしい。ただ、ゼロと繋がっているかはまだ不明だ」
「この短時間でそれだけ情報を集められれば及第点だよ。
今後もカレンと接近して情報を引き出せ。なんなら、お得意の殺し文句で口説き落とせばいいんじゃないか?」
「俺のタイプじゃないんだが……、それも一つの手段ではあるな」
女心だとか何だとかは言ってられない。
元の世界へと帰還する為ならば、心の一つや二つ笑いながら弄ぶ気でいかなければ。
ただ、ああいうタイプは相性的に口説くのは難しいが。
「しかし…………この世界には、いないんだよな。
シャーリーもスザクも」
「ついでにルルーシュ、お前もだろう?」
「そうだな。
だけど、ナナリーは生きている」
「ルキアーノもモニカも、ユフィだって死んでたけどな。
俺達の世界では生きている筈の人間が死んでいて、死ぬ筈の人間が生きている、か」
ルルーシュが辛そうに目を伏せた。
「シャーリーは……何で死んだんだ。
彼女は何も関係なかった筈なのに……!」
シャーリー・フェネット。
ゼロであった時のルルーシュが、父を奪ってしまった相手。
ルルーシュ自身、彼女には少し特別な感情を抱いていたらしい。
その彼女は死んだ。警察の発表によると自殺。しかし友人や母親もそれを否定した。自殺する理由などないと、するような子じゃないと。
だがルルーシュには不可能を可能にしてしまう能力がある。だとすれば…………。
「この世界は俺達とは関係ない。
そう割り切れないか?」
「分かっている。けど……」
何か言いにくそうにするが、やがてルルーシュはか細い声で、うっすらと呟いた。
「この世界では……ナナリーが、生きているんだよな」
「!」
ナナリー・ヴィ・ブリタニア。
嘗て失ってしまった初恋の人。
「分かっていると思うが、敢えて言うぞ。
この世界のナナリーは、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの妹であっても、お前の妹じゃない。異なる世界の中で生きている…………似ているようでも、別人だ」
「分かってる! そんな事は理解しているさ……!」
「なら」
最後、目を伏せルルーシュは言った。
「すまん。熱くなりすぎた、お前のことを考えもしないで……」
「いいさ。別に」
「そろそろ行く。お前も早く来いよ。
転入早々に遅刻だなんて洒落にならないだろう」
「ああ……」
そのままルルーシュは教室へ戻っていく。
去っていったのを確認するとため息をついた。
(俺も嫌な男だな。ああは言ったが、本当は妬ましかっただけかもしれない)
ルルーシュはいい。
幾ら世界は違えど、ナナリーはルルーシュの妹というのは変わらないのだから。
しかしレナードは違う。
(この世界に俺という存在はいない。ならばナナリーは……)
例えナナリーと会ったとしても、この世界のナナリーとレナード・エニアグラムとの間にはなんの接点も存在しない。故に、ルルーシュとは違いレナードは、他人なのだ。ナナリーとは。
(だけど、仮にナナリーの事が好きじゃなくても……)
たぶん、先程と同じように返答しただろう。
その時は、ただ主君を諌める臣下として、だが。
(ままならないものだな……)
もう一度だけ、深く溜息をつこうとして。
誰かの手が肩に触れた。
驚いて振り返る。失態だ。幾ら敵意を感じなかったとはいえ、素人に接近を許すだなんて。
しかし驚いたのは振り返った後だった。
「!」
「おい。もう直ぐ授業始まるぞ。これでも生徒会の一員だからな、サボりは許さないぞ」
「お前、は……!」
「なんだ? 私の顔になにか付いてるか?」
信じられない、が間違いなかった。
忘れる筈がない。
それは嘗ての欧州戦線で振り払った相手。
綺麗な黄金色のロングヘア。
白い肌。吸い込まれるような蒼い瞳。
少女のような可憐さと、大人の女の艶やかさを兼ね備えたその女性。
「フラン、カ?」
そう、フランカ・シード。
自分の手で撃ち殺してしまった、一目惚れした相手がそこにいた。
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