―――難しいのは上ることではない、上りながら自分自身でいつづけるということだ。
思えば随分と高い地位に上って来てしまった。
十六歳で士官学校を卒業し少尉になり、そのまま大尉に出世してコーネリア殿下の親衛隊。
そして多くの者を切り捨て、ラウンズとなり、今ではラウンズ筆頭たるナイトオブワン。しかもこの年でブリタニアの中将。だが今では一人の学生でいられる。
それは随分と、愛おしいと思えた。









「どうして、私の名前を知ってるんだ?
まだ名乗ってなかっただろう」

 しまった、と思ったがもう手遅れだ。
 慌てて脳味噌を再起動する。
 さて、どう誤魔化すか……。
 先ほどの言葉。今の状況。自分という存在の設定。
 それ等を高速で確認していく。

 これは予想できていた事だ。
 ナナリーという元の世界では死んでいた人間が生きていて、ルキアーノやモニカなど生きている筈の人間が死んでいた。となれば、フランカが生きている可能性は十分にあった。
 ただそれを考えないようにしていただけ。
 元の世界に帰る事には関係のない要素と思って。
 だが、彼女はいた。このアッシュフォード学園に。それも生徒会役員として。
 カレンやリヴァル、そして時々あのジノが訪れる場所へ。ならその時点で、もはやレナード・エニアグラムにとって公的にも無視出来る存在ではなくなってしまった。

(そうだ。俺は既にフランカのことを……)

 振り払った。
 軍人として、コーネリアの親衛隊として。
 あの時の決断に後悔はないし、罪悪感もない。なら今回もやる事は変わらない。
 フランカ・シードという女性が、元の世界へと帰還する為に使える駒となるのならば、これを利用しない手はない。

「いや実はクラスメイトから、この学園の生徒会について聞いていて、それで知っていたんだよ。外見的特徴が似ていたから、もしかしたらと思って」

 これならだ、辻褄は合うはずだ。
 客観的に見てフランカは十分に『美人』のカテゴリーに入る。性格も好ましいし、生徒会なんていう目立つ事をしているのならば、男子生徒に人気が出ないはずがない。つまり転校してきたばかりである自分が知っていたとしても変ではないのだ。

「ふ〜ん。全く驚かせるな、一瞬ストーカーの類と思ってしまったぞ」

 酷いいわれようだ。
 こう見えて自分は積極的だ。気になる相手がいたとしたら、ストーカーなどせずにアタックしている。尤も恋愛なんて既に諦めているが。
 元より大貴族の長男として生まれた時点で、結婚の自由などある訳がない。良く低俗なラブロマンスには貴族の子女が、平民の男と結ばれる為に家出する、というストーリーがあるが、あれほど無責任で傲慢なものはない、とレナードは常々そう思っている。
 平民から貴族になった者は別に構わないが、幼少の頃から貴族として特権を得てきた以上、相応の義務は守らなければならない。
 稀に運良く家の為の結婚と恋愛とが一致する事もあるが、それは運がよかっただけのこと。そしてそれはナナリーという少女を失ったことで諦めている。

「それは失敬。いや、これでも転入したばかりでね。
恥ずかしながら、やや緊張していたようだ」

 感情を殺していく。
 まったく、やり難い。まるで嘗ての自分に戻ってしまうみたいだ。
 いや余計な思考は止めよう。今はどうにかして、この接触を好機へと変える事を考えよう。

「そうか。ところで、もう直ぐ授業が始まるのに何してたんだ?」

「緊張を覚ますため、風に当たってたんだよ」

「緊張、か。どうもそんな可愛気のある性格には思えないんだけどな」

「ほっとけ」

 正解だ。
 これでもTVに出演したり、二千人くらいの前で演説したり、仕官学校のポスターとして張り出された事も多々ある身だ。
 いまさら転入程度で緊張したりはしない。
 第一、前に一度転入を経験しているのだ。しかも同じアッシュフォード学園に。

「ところで、日本人には見えないけど…………もしかしてEU? それともブリタニア人か?」

「ドイツだよ。
実は前は軍属だったんだけど、終戦したと同時期にお父さ…………父に言われて軍を退役したんだ。それで高校は中退しちゃったから、入りなおそうと思ったら留学しないかって誘いがあったんだよ」

「そうか。アッシュフォードはそういう学校だったからな」

 未だにブリタニアがエリア11に創立した学校で唯一残っているのが、このアッシュフォード学園だ。元々のオープンな校風もあり、今後のブリタニアと日本の友好の為に残そう、と仮面の英雄ゼロと現ブリタニア暫定的代表であるナナリーがそれを提案し、かつての超合衆国初代最高評議会議長である皇神楽耶が承認したという敬意でこの学園は日本に残った。以後は広く留学生を集め、日本にありながらも多くの国籍の人間が通うという国際的な学校へと変化している。
 ブリタニア人、欧州人、中華連邦人、そしてイレブンこと日本人が一同に通う学校は、世界中を探してもアッシュフォードだけだろう。
 恐らくドイツのほうも、世界有数のサクラダイト保有国である日本との友好の為に、留学生を送りたかったのだろう。だからこそ、どうせなら元軍人であるフランカを派遣した。なにせ軍人というのは比較的愛国心が高く忠誠心が厚い者が多い。少なくとも普通の民間人よりは遥かに。

「ところで、お前の名前は?」

 そういえば、このフランカにはまだ名乗っていなかったか。
 思わず最初フランカと会った時、自分の名前を教えるのにも苦労したことを思い出す。
 ………………下らない感傷だな。

「レナルドだ。レナルド・レステンクール」

 偽名を名乗る。
 幾らこの世界にレナード・エニアグラムという存在がいないとしても、本名を名乗るよりは偽名を使ったほうがいい。
 それにレナード・エニアグラムという男がいなくても、エニアグラム家は貴族でなくなっても相変わらずブリタニア有数の大富豪として残っているのだから。

「ところでフランカ……いや、ミス・シード」

「フランカでいいよ。今更畏まれるの面倒だし、慣れてないんだよ。
苗字で呼ばれるの。昔の同僚も名前で呼んでたし」

 そういえば、そんな事を言ってたな。
 同じ軍属でありEUきっての名将と名高かったシード将軍と区別するために、部隊の皆は名前で呼んでいたって。
 あの時の欧州戦線での会話が、酷く昔のことに思えた。それこそ三十年くらい前に。実際にはたった三年程しか経過していないのに。

「ではフランカ。おりいって相談があるんだが……」

「相談?」

「ああ。安心してくれ。別にトンでもない事じゃない。
ただ俺と従姉弟のリディ・ルクレールを」



「生徒会に入るだと?
俺とお前が」

「そうだ」

 ルルーシュがギアスとハッキングをフル活用して手に入れた拠点。
 嘗てのトウキョウ疎開にある上等なマンションの一室。
 そこでレナードと女装を解いたルルーシュが話していた。

「アッシュフォード学園に転入したのは、あそこに紅月カレンという嘗ての黒の騎士団のエースがいて、なおかつ皇帝となったルルーシュに何かしら接触していそうなアッシュフォードの創立した学園だから、というのが主だ。
悪逆皇帝ルルーシュに積極的に従っていて、今現在も生き残っていると思われる唯一の人物であるジェレミア卿は行方不明。ロイドとセシルとニーナ、それに篠崎なんたらっていうメイドはルルーシュに脅されて無理矢理従わせられていたときた。
ついでに言えば、ロイドやセシルはそれなりに高い地位―――――しかも、嘗てルルーシュに従った者であるからという理由か、警戒は厳しい――――にいるから接触は難しいし、メイドに至ってはブリタニアの暫定的代表であるナナリーの侍従だ。接触しようなんて無理にも程がある。
ニーナは…………あれこそ鉄壁の守りだ。フレイヤなんて兵器を生み出したんだから仕方ないが、とんでもない警備が敷かれていて、俺でも潜入は厳しい」

「そうか。生徒会か……」

「幸い人手不足だから、明日にでも来てみないかってさ」

「……そうか。しかし懐かしいな。
昔は会長の我侭に付き合わされて散々迷惑していたが……今となっては、それも良い思い出だ」

「今は会長じゃなくて、リヴァルが会長だけどな」

「リヴァルが会長…………。なんだか、他に適役がいなかったから、みたいな配役だ」

「わりと酷い事言うな。けど、いいんじゃないか。
会長ほど暴走もしないだろうし、お前のように陰険でもないし」

「おい。誰が陰険だっ!」

「さて、誰だろうな。
…………とまぁ、そんな事より、だ。
そろそろ夕食にしないか? もう九時だしいい加減に腹が減ってきた」

「誰がその夕食を作ると思ってるんだ?」

「俺が作ろうか?」

「…………俺が作る」

 ルルーシュがなにやら諦めたように言った。
 嘗てレナードが作り、リヴァルを毒殺し掛けたNABEを思い出したのだろう。

「しかし、お前は家事すらまともに出来ないのか? 洗濯や料理、更には服すら畳まないというのはどういうことだ? 余りにも日常生活というものが適当過ぎるだろ」

「仕方ないだろ。普通、貴族が自分で料理したり洗濯したり服を畳む訳がないじゃないか。
そういうルルーシュだって、日本へ行く前は同じだったろうに」

「それもそうか。
しかし、確かに子供の頃はお前も貴族だったから、そういう生活は当然にしても、まさか士官学校でもメイドが一緒にいた訳じゃあないだろう。その時はどうしていたんだ?」

「……人並み、以下だったかもしれないな。俺のルームメイトはルキアーノの馬鹿で。あいつは掃除する暇があったらナイフを研いでいる奴だし。
部屋の中は、かなり散乱していた」

「では卒業した後は?」

「そりゃ全部人任せさ。卒業したら、家政婦を雇うのも自由だしな。
ラウンズになってからは…………なにもかも主任まかせだ」

 主任。
 レナードがそう呼ぶ人物は一人しかいない。
 ナイトオブツー、いや今ではナイトオブワン専属開発チーム『カムラン』の主任。
 そういえば彼女とレナードは一体どういう関係なのだろうか。
 レナードの話によると、公私に渡って良くレナードをサポートしているように思えた。それは嘗てルルーシュがこの日本で聞いた大和撫子というやつそのものじゃないか。
 もしかしたら、二人は。

「レナード。お前、主任と……その、付き合ってるのか?」

 一瞬、レナードは顔を顰め。
 弾けるように笑い出した。

「何を笑う!」

「ははっはあはっははは! いやなに。余りにも予想外な問いだったからな」

「それ程、予想外か?
俺には随分とお似合いに思えたが」

 そう言うとレナードもやや真面目な顔つきになる。

「確かに、俺と主任がただの上司と部下の関係ではない、というのは間違いじゃない。
実際、SEXしたことがない訳じゃないしな。ただ、やはり恋人ではない」

「何でだ?」

 純粋に疑問だった。
 もしかしたらルルーシュ自身が恋愛という分野の素人であるかもしれないが、それでもレナード・エニアグラムと主任は、互いに互いを信頼し合える良きパートナーに見えた。

「そうだな。一々説明すると面倒だから……例え話をしようか。
ルルーシュ。お前は内臓というのをどう思う?」

「なにを言っている?」

「だから内蔵だよ。憎いと思うか? それとも愛しいと思うか?」

「どちらでもある筈がないだろう。
確かに内臓は必要だ。なにせ俺という存在を生かす要因なのだからな。
だが体の一部に対して特別な感情など抱くはずないだろう」

「俺と主任もそうなんだよ」

「なんだと?」

「主任は謂わばレナード・エニアグラムを万全の状態で起動させる為の部品。
故に恋愛感情など抱かないし、夫婦になることなど絶対にない。
あいつも、それなりに複雑な経歴があるしな」

 理解、出来なかった。
 レナードはいい。そう思っているのだから。
 しかし主任は?
 彼女は本当にそれを良しとしているのだろうか。もしかしたら彼女は、レナード・エニアグラムという男に対して恋愛感情を抱いているのではないか。

「いや、それはない」

 しかしレナードは、こちらの内面を見透かしていたかのようにそれを否定した。

「上手くは言えないが、以心伝心というのか?
俺には主任が考えている事がなんとなく分かるし、主任のほうも俺の考えは大抵分かっている。つまりは仕事上のパートナーとしての延長線上だよ。これでも俺はお前やスザクのように朴念仁じゃあない。貴婦人からの好意には敏感さ」

 まだルルーシュには理解し難いことであるし、朴念仁というのは聞き捨てならないが、、一先ず納得しておく。
 元より、これはレナードと主任の問題であって、自分の問題じゃない。
 これ以上踏み込むのは野暮だろう。
 だから話題を変えるために。
 
「それで夕食はどうする?」

「んっ……お任せで」

「ではパインサラダでいいか」

「………………気のせいか?
かなり嫌な予感がするんだが」

「気のせいだ。どうせなら特大ステーキもつけてやろうか?」

「いや、いい」



 そして次の日。
 既に話は通っていたらしく、同じクラスの生徒会役員であるリヴァルとカレンに案内されて生徒会質へと向かった。

 そこにいたのは、予想通りのフランカ。
 そしてもう一人。

 嗚呼、確かにその可能性も存在していた。
 平行世界。異なる歴史を歩んだこの可能性世界ならば、このような事は起こりうる。
 
 生徒会室で待っていたのはフランカだけではなかった。
 もう一人。
 ルルーシュ程ではないにしろ整った顔立ち。黒髪に黄色い瞳。
 しかし何処か大人しそうな雰囲気があり、草食系を思わせる。
 それは前にデータ上で見た事がある男だった。

 ルルーシュと共に戦った、アイスランド。
 そこで何度も戦い、そして最後にはKMFに蜂の巣にされて死んだ男。

(デューク・デバイン)

 静かに、目の前の男を見る。
 敵意は絶対に見せないままに。

「始めまして、デューク・デバインです。生徒会では書記についているからこれから宜しく」

 何も知らない無邪気な微笑を浮かべ、デュークは握手を求めてきた。
 レナルドことレナードは、内心にある警戒を全く見せないままに。

「こちらこそ。これから宜しく」

 しっかりと握手をした。
 嘗ての復讐者、デューク・デバイン。
 まさかの邂逅を、レナードはただ静かに受け止めていた。



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