―――祭り。
古今東西。祭りというのはあらゆる地で行われてきた。
西洋だろうと東洋だろうと同じ。
また規模や伝統も祭りによって違う。
千年の歴史を誇る伝統的なものもあれば、数年ほどの歴史すらない祭りもある。
そして、アッシュフォード学園においても祭りはあった。







 そろそろ十月も終わりに近づいてきた現在。
 アッシュフォード学園の生徒会、いや学園全体がかなり忙しく動き回っていた。
 理由は一つ。
 11月の末にある学園祭。その準備に追われているのだ。
 昨今では学園祭というものに色々と規制が敷かれる事の多い学校が多いが、ことアッシュフォード学園においては、規制という言葉と無縁だった。
 それは恐らく、嘗ての生徒会長であるミレイとその祖父であり理事長であるルーベンの影響があるのだろう。この二人は共に凄まじいお祭り好きであり、ルーベンなどはそれが祟ってアッシュフォード家の財産を浪費してきた剛の者である。

 さて、そんな訳でアッシュフォードの学園祭は、かなり派手で騒がしく、学園祭というレベルを超えた一大イベントなのだ。TVが必ず取材に来るほど、というと分かりやすいだろうか。

 特に帰宅部でない者などは大変である。
 なにせクラス毎の企画と、部活のものと、両方をやらなければならないのだから。
 しかし中でも忙しいのは、やはり生徒会だろう。
 アッシュフォード学園では、生徒会の権限が――――前会長の影響で――――異常な程高いということもあり、学園祭の基本方針や機材の発注などは殆ど生徒会が取り仕切っている。また生徒同士のいざこざ、トラブル、喧嘩、教師との対立などなどにも対応しなければいけないので、それこそ並大抵の生徒では勤まらない。
 
 いや、生徒どころか普通の教師でさえも無理だろう。何故ならアッシュフォードは世界一多くの民族が一緒に通う学園。簡単ないざこざだけではなく、文化や宗教による衝突も多々ある。それを教師が殆ど日本人とブリタニア人で占められる教師陣で対応するのは厳しい。

 だがその点で言うと、今年の生徒会メンバーは優秀に過ぎた。
 宗教的トラブルや文化による衝突などは、わりと人の話を聞くことに長けているリヴァルがそれとなく調整し、それを密かに宗教マニアであるデュークが補佐する。下らないイザコザなどは、元々生徒会には最強と噂されるKMFパイロットであるカレンと、元軍人で腕っ節の強いフランカがいるので、少し睨みを聞かせてやれば大人しくなる。
 
 ただ、そんな生徒会にも少しばかり厄介とされていた組織があった。
 ブリタニア自治会。ブリタニア至上主義を訴えるブリタニア軍人の息子達を主体として構成された組織である。彼等は軍人である親から、それなりの鍛錬は受けてきたので、そこらのチンピラよりは戦闘力もあるし、リーダーが中々に狡猾な男で隙を見せない。故に基本的に荒事に向いてないリヴァルと、からめ手を使う相手が苦手なカレンやフランカは、この組織には苦労していたのだ。ちなみにデュークはこういった荒事はからっきしである。

 しかしレナルドことレナードが生徒会入りしたのが、ブリタニア自治会の運の尽きだった。
 幾ら親から教育を受けてきたとはいえ、チンピラに毛の生えた程度。ラウンズであり人外の身体能力の持ち主たるレナード相手には百人集まろうと敵わない。唯でさえ自治会にとって最悪だったのが、レナード・エニアグラムという男が、恐ろしく悪辣で狡猾だったことだろう。ブリタニアどころか、世界中の歴史書を捲ってみても、彼ほど卑怯卑劣の騎士はそういない。
 結果。ブリタニア自治会はレナードが生徒会に入ってより三日で壊滅し、現在はレナードのパシリとなっている。

 さてある意味最も厄介である、教師――――即ち権力者――――とのトラブルなのだが。
 それは、女装したルルーシュ。即ちリディによって解決していた。
 生徒会どころか世界でも屈指の知略を誇るルルーシュだ。この世界では一時的にとはいえ、過去誰にも為しえなかった偉業、世界征服を成し遂げ。また元の世界においては、総勢千人で三十億の連合に喧嘩を売るような男である。
 教師の一人や二人、相手にすらならない。

 アッシュフォード学園の学園祭。
 全てが順調に行くと思われていたが、やはり予想外の出来事というのはあるもので。

「「学園祭にナナリー代表とゼロが来るだとッ!?」」

 リヴァルからの報告。
 ルルーシュことリディと、レナードことレナルドは思わず立ち上がった。

「あ、ああ。なんでも今後の国際関係の協調やらなんやらで……。
日本からは皇コンツェルンの人がくるらしいんだけど。
とはいっても、最初の開会式に挨拶するだけだけどな。
その後は、貿易のことで色々と話し合うらしい」

 リヴァルがしどろもどろに答える。
 つまり学園祭に立ち寄るのはついでで、本当は貿易のことで来日するだけ、ということだろう。
 しかし、まさか…………。

(どうするんだ、ルルーシュ。
まさか、こんなに早くこんな時がくるなんて)

(俺も驚いている。だが、見方を変えればチャンスでもある)

 ルルーシュとレナードが第一に確認したいこと。
 それはゼロの正体だ。
 元の世界でゼロは二人いた。
 一人が初代ゼロであり、ゼロという英雄を生み出した張本人であるルルーシュ。
 そしてもう一人が、ルルーシュがブリタニアに連れ戻されてから、ゼロという仮面を奪った二代目である。しかも厄介な事に、その二代目ゼロは、最初からシュナイゼルの仲間であり、未だに二人も正体が掴めていないという一点に尽きる。
 
 普通なら、この世界のルルーシュが悪逆皇帝として"ゼロ"に殺された以上、現在のゼロは二代目と考えたいのだが、そこに矛盾が発生する。

 二代目ゼロの目的。
 ウォーレクイエム。この世全ての人間の欲望を抑制し、その人類をコード保持者であるゼロが永久統治することで、戦争を消滅させる計画。

 戦争を終わらせるだけならば、欲望を抑制させるだけで事足りるが、それをより完全な形として為すには世界征服が必要とも二代目は言っていた。
 しかしそうなると、辻褄が合わない。手始めに悪逆皇帝ルルーシュ。少なくとレナードも、そしてルルーシュ本人も、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが悪逆皇帝ルルーシュのような振る舞いをするとは到底考えられない。となると可能性は二つ。元々この世界のルルーシュは、レナードの主君であるルルーシュと性格が違うか、ギアスによって意志を捻じ曲げられていたか、だ。
 なにせ平行世界。そんな可能性を探り出せば、それこそ無限の可能性が出てきてしまい思考が追いつかない。

 一言で言ってレナードとルルーシュにとって、この世界は訳の分からないものなのだ。
 全てが不合理。不明。理解不可能。
 
 当然かもしれない。
 歴史を本当に知る人間が、その時代を生きた人間だという事と同じように、その世界を知るのは、やはりその世界を生きた人間だけなのだから。

 だからこそゼロの正体を暴く。
 少なくとも今のゼロが、事の中枢、またはそれに近い場所にいる確率は高い。
 なんとかして接触して、仮面を剥がしギアスを掛けるなり、拷問するなりする必要がある。
 といっても問題なのは、ゼロがこの世界にとって最高のVIPであり、近付くことすら難しいということだろう。幾ら学園に挨拶に来るといっても、一人だけ別の場所に連れ出すのは…………不可能。ギアスを使うにしても、もしゼロの正体が元の世界の二代目だった場合、ギアスの知識は当然持っている。警戒していない筈がない。特にルルーシュのギアスなど特殊なコンタクトレンズやサングラスで簡単に無効化できるのだから。

「リヴァル!」

 先に切り出したのはルルーシュことリディだった。

「なんだ?」

「その、やっぱりお出迎えとかはするのか?」

「うん。生徒会から二人、空港に迎えに行く事になってる。
二人ともナリタ空港までは代表専用機だけど、そこからは車で来るらしいから」

「そうか。ならレナルドにやらせてやってくれないか?」

 出来るだけ、懇願するようにルルーシュは言った。
 はっきりいって、幾ら演技とはいえ、こんな風に喋るのはかなり抵抗があったが、元の世界へ帰還する為だ。我侭は言ってられない。

「え、俺とカレンで行こうと思ってたんだけど…………何で?」

 リヴァルが訊ねる。
 そこへ良いタイミングでレナードがカバーに入った。

「いやぁ。実は俺ってナナリー代表とゼロの大ファンで、一度だけでも直に話してみたかったんだよ。だけど相手は世界の超大物だろ? だから無理だって思っていたんだけど……頼む! こんなチャンスは二度とないんだ。カレンもリヴァルも生でナナリー代表とゼロに会いたいのは分かるけど、譲ってくれないか?」

 流れるように嘘を吐く。表情は何時もと変わらない。
 余りに自然に嘘を吐くので、もしかしたら嘘発見器でも見破れないのではないかと、ルルーシュは感じた。
 そしてリヴァルはちょっとだけ溜息をつくと。

「分かったよ。よくよく考えたら、俺もTVリポーターや学園のほうの準備とかで忙しいし、じゃあレナルドとカレンに行ってもらうとするよ。
フランカとデュークも依存はない?」

 フランカ達が頷く。カレンは意外そうな顔をしていたが、特に反論することはなく頷いた。

(良くやってくれた、レナード。
これでゼロに接触する事が出来る)

(しかし、いいのか? 俺が行っても……)

(幾らこんな屈辱的な変装をしているとはいえ、ナナリーに気付かれてしまうかもしれないからな。ナナリーはあれで鋭い子だから)

(同意しておこう。ああ、精々上手くやるさ)

 リヴァルが立ち上がる。
 どうやら、一段落したので再び通常の生徒会活動に戻るようだ。

「それじゃ、学園祭の準備を始めようぜ。
…………あ、それとレナルドとフランカ」

「なんだ?」

「んっ?」

「買出しに行ってくれないか?
ほら、前にフランカが頼んでた花束が届いたって。
重いからレナルドも一緒に」

「分かったよ」

「了解」

 レナルドとフランカが立ち上がる。
 何時もと変わらぬ動作。ただルルーシュだからこそ気付いたのだろう。
 今のレナルドはやや妙な雰囲気がある。常に成果を求める軍人ではない普通の人間のような。

(馬鹿な。そんな筈が無い)

 ルルーシュは思い浮かんだ考えを破棄する。
 最後に去っていくレナルドの後姿を見て、ルルーシュは作業に戻った。
 
 
 
「これでよし、っと」

 フランカ一人で行かせなかった理由がよく分かる。
 この量は幾ら元軍人とはいえ、一人では難しいだろう。

「悪かったな、付き合せて」

「いいさ」

 並んで町を歩く。
 前の世界では考えもしなかった光景だ。

(そういえば、初めて会った時フランカをブリタニアに誘ったんだっけな)

 思えばあの頃は若かった。
 そして楽だったともいえる。幾ら公爵家の子息とはいえ軍においては一軍人。今のように国家の威信を背負うナイトオブワンではなかった。

「なぁ。ちょっと寄り道していかないか?」

「寄り道、何処へ?」

 色々と手続きなどに時間が掛かってしまったため、外はかなり薄暗い。

「うん。直ぐ近くに美味しいクレープ屋があるんだ」

 フランカに連れられて公園にあるというクレープ屋に行く。
 かなり量のある花束をベンチへと一旦置き、二つクレープを買う。
 
「中々いけるな……」

 クレープを食べてそう呟いた。

「だろう! 安くて美味い。学生にはありがたい店なんだよ」

 快活にフランカが笑う。
 それを見ていると思わずにはいられなかった。

 もしあの時。
 自分がフランカを殺していなければ、元の世界の彼女にもこんな穏やかな未来があったのかもしれない。この世界ではテオ・シードも生きているという。一時期ブリタニア軍を退けた英雄として、今ではドイツ軍中将の地位にあるという。階級が現在のレナードと同じなのが、どこか皮肉めいていた。

――――お前の存在が間違っていたんだッ!

 嘗てデュークにそう言われた。
 そうかもしれない。少なくとも自分と言う存在がいないこの世界は平和だ。

――――お前は世界から弾き出されたんだッ!

 そう、今の自分は文字通り世界から弾き出されている。
 無償に元の世界へと帰りたくなった。主君の仇討ちとか家族に会いたいとか、そういった感情ではない。理由は分からないが、ただ帰りたかった。

 なんとなく、空を見上げると何時の間にか暗くなっていた。
 黒い闇の中にまるで後光のように光る三日月が印象的だった。
 もう生徒会に帰るべき時間なのに、二人とも月に心奪われている。
 
「フランカは、将来なりたいモノとかあるのか?」

 なんとなく、そんな言葉がレナードから零れた。
 それは彼が忘却の中に置き去りにしてきたものだ。
 将来なりたいモノ、それは生まれた時から定められていたようなものなのだから。

「え〜っと、まだあんまり考えてないな。
そういうレナルドはどうなんだ?」

「俺か? それは、ないよ」

 ない、と言った。
 フランカの答えた"考えてない"というのとも違う。

「ないって何でだ? まだ学生じゃないか」

 違う。
 口にこそ出さないが、心の中でそう返答した。
 今学生でいるのは一時的な潜入に過ぎない。早ければ明日、そして恐らく学園祭後には既にこの学園からは消えているだろう。

「もう色々と過ぎたから。生き急ぎすぎたんだよ。
余りに急ぎすぎて、もう今更やり直すことも出来ない」

「そうか。なんだか…………年寄りみたいだな」

「一応まだ二十歳にもなっていないけど。
しかしそうだな。大人になればなるほど、生き方を変えられなくなる」

 そう、だからこそ。

「一つだけ、我侭を聞いてくれないか?」

「我侭?」

 この世界でのことは、自分には全く関係のないことだけれど。
 それでも、すっかり非情になってしまった自分にも、好きな女が幸せになってくれればいいと祈るくらいの感情は残っている。

「この先、どんな事があろうとも…………軍人にはならないでくれ」

 彼女を殺したあの時。
 彼女が軍人であったことを呪った。呪って呪って…………最後には馬鹿な八つ当たりをした。
 
「どうしてだ? これでも、元はEUでエースパイロットだったんだぞ。お父さ……父だって軍人だし、結構向いてると思うぞ」

「そうだな。けど、ならないでくれ。
向いてる向いてないじゃない。ただの自己満足のお願いだよ」

「良く分からないけど、いいよ。
私もKMFのパイロットとして戦って戦って戦い続けたけど、結局幾ら一パイロットが戦っても大局には影響なかったし、それにやっぱり本当の化物級には全然勝てなかったから。
正直に言うと、お父さんから『絶対に軍人にはなるなー!』って言われたし、もう戦争がないから軍人になる気なんて、ないよ」

「そうか。それは――――良かった」

 これでフランカは軍人にはならない。
 この先、彼女は一人の人間として普通に生き、やがて他の男と愛し合い、子をなし、年老い、そして死んでいくのだろう。そこに自分のような疫病神はいらない。いてはならない。
 
「さて、そろそろ帰るか!」

 レナードは立ち上がってそう言った。
 努めて明るく。全てを振り払って。

「あ、ああ」

 さぁ、帰ろう。
 来るべき学園祭。"歓迎"の準備をする為に。



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