―――本当の卑怯者には、死よりも恐れるものがないのだ。
死は怖いものだ。例え戦場で万の敵を葬ってきた猛者であろうと、死の恐怖は付き纏う。
それは誰であろうと同じ。ルルーシュもレナードも幾ら"覚悟"を決めても怖いものは怖い。
だから人は死の恐怖を和らげる為に、あらゆる方法をとるのだ。
帝都ペンドラゴン。
神聖ブリタニア帝国の首都にある教会。
そこにレナード・エニアグラムの姿はあった。
「意外だな」
レナードが振り返る。
するとそこには、扉に寄りかかりながら腕を組むルルーシュがいた。
「俺がこんな場所にいたら問題があるのか?」
「そうは言わない。だがお前は神なんて信じているようには見えなかったからな」
「失敬な奴だな、お前は。
餓鬼の頃だったら殴りかかってるぞ」
レナードは静かに祈りを捧げていた。
普段の彼を知る人間からは想像し難いだろう。あれほど現実主義者で神なんて誰よりも信じていなさそうな男が、こうして"出撃前"に祈りを捧げているのだから。
「普段が普段だからな。お前が信じるのは神ではなくて、合理的な戦術と戦略と自分の技量だけだと思っていた」
「否定はしないさ。けど、実力だけじゃ如何にもならないのが戦場だろう。
餓鬼の頃、中東に放り出された時に拾ってくれた女がいるんだが。あっさりと死んだよ。腕っ節も強くて気配りも出来る良い女だったのに、流れ弾一発で昇天した。
ま、運ばかりは人の力じゃ如何しようもないからな。出撃前には密かに、自分と戦友の無事と勝利を十字架に祈ってるわけだ」
「そうか。だが祈っても死ぬ時は死ぬだろう。それに俺達は"神"という存在をこの目で見た筈だ。
集合無意識、根源の渦、Cの世界。それでもお前は信じるのか?」
「死んだら"無"になるだなんて怖すぎるじゃないか。
もし死んだとしても"天国"にいけるって思っていたら少しは死ぬのが怖くなくなるだろう。
だから俺は神を信じてるんだよ。俺も死ぬのは怖いからな」
「驚いた。魔人が天国にいけると思っていたのか?」
「思うさ。そっちのほうが素敵だろう」
笑った。
なんとなく、この男の事が良く分かった気がしたから。
レナードは言った。
「天国ってどういう所にあるんだろうな。やっぱり雲の上。
もし天使が美女揃いだったら最高だ。こう黒髪でエキゾチックな良い女とかな。酒があれば尚いい。雲の上から下界を眺めて宴会と洒落込むというのも味がある」
童心に帰った様にレナードが言う。それがまるで十年前に戻ったようで。気付けばルルーシュもまた十年前のように笑っていた。
思い起こせば、あの時は幸せだった。
母がいて、父との蟠りも無く、ユフィやコーネリアがいて、レナードという馬鹿もいた。だけど、もう二度とあの時には戻れない。
いや幸せだったのはあの時だけじゃなかった。
スザクとの出会い。生徒会の皆との騒動、アースガルズ内で送った忙しくも満ち足りた日々。
どれもルルーシュにとって、何にも変え難い想い出だ。
――――――――やはり、アーサーの計画は間違っている。
ルルーシュは強くそう思った。
欲望を必要最低限にする。そうすれば確かに世界は平和になるかもしれない。けれどそれは、人の好意や想い出、優しさも最低限になるということではないのか。
これではレナードを笑えない。自分だってよっぽどロマンチストだ。
「なんだ。俺達はロマンチックじゃないか」
だからこそ二人は。
最高の笑顔を浮かべて見せた。
その日。
ブリタニア史上初のナンバーズで子爵位にまで上り詰めた男。枢木スザクは主君であるユーファミアと会っていた。
「ユーファミア皇女殿下。今日はお願いがあって参りました」
姿勢を正して言う。
幾らユフィがどう言おうとも、今回ばかりは友人として接する訳にはいかなかった。
それはユフィも理解しているのか、スザクの言動について何も言わない。いつもなら二人っきりの時は友人として接するように、と言うのに。
「聞きましょう。我が騎士スザク」
意を決してスザクが言う。
「どうかお願い致します。日本出兵の許可を与えてください。
これが恐らく最後の大規模な戦いとなるでしょう。ですから、その最後の戦いだけはルルーシュ陛下の友達として戦いたい。ですから殿下」
「分かってますよ」
にこり、とユフィは微笑んだ。
「貴女のそういう不器用な所も、友達思いな所も、たまに我侭な所も、全部含めて私は貴方を好きになったのですから」
「ありがとうございます!」
深く頭を下げる。
自分は果報者だ。こんな良い主君に巡り合えるだなんて。
そうこれが最後。この戦いが終われば、自分の全てをこの少女に捧げよう。父殺しの汚名で穢れたこの身であっても許してくれた人だから。
だからこの先の人生の全てを彼女と生きる為に、今だけは友達のために戦おう。自分にとって初めての親友のために。
「だけど一つだけ約束して下さい。
死なないで、生きて帰ってきて」
「イエス、ユア・ハイネス!」
そして出撃前夜。
ジェームズ・エニアグラム公爵は久方ぶりに、自身の息子を家へ迎え入れていた。
久し振りだ。自分と妻とノネット、そしてレナード。
最後に家族四人が揃ったのは、もう何年も昔のことだった。
だが、それが決して穏やかな家族団欒という訳にいかないということは、屋敷にいる誰もが理解していた。
「父上。これを」
レナードがテーブルに手紙を置いた。
エニアグラム家の家紋とブリタニア軍総帥の印鑑をもって押されたそれは、異様な雰囲気を醸し出していた。
「これは、なんだ?」
「遺書です。もし私が戦死するような事があったならば、陛下にお渡し下さい。
次の総帥をどうするか。現在の軍における問題点。後の事が書いてあります」
まさか、自分の息子から遺書を受け取る時が来ようとは。
その無情に思わず天を仰いだ。
「レナード、やはり私も行こう。
次の戦いが雌雄を決する一大決戦になるというのならば、ラウンズは一人でも多いほうがいいだろう」
「いえ、姉上が本国に残っていて下さい。
もしも私と姉上が共に戦死するような事があれば、エニアグラム家はお終いです」
「だったらレナード、お前が残れ。エニアグラム家の次期当主はお前だ。
戦場には私が行こう。なに、でかい戦には慣れてる」
「ノネット・エニアグラム卿。これはナイトオブワンとして、ブリタニア軍総帥としての"命令"だ。
私は皇帝陛下よりラウンズの指揮権の一部を預かっている。命令拒否は許されない」
「!」
ノネットが黙り込む。
娘とて騎士であり軍人。幾ら弟とはいえ今や階級も、ラウンズとしての格もレナードが上。そして軍人は上官の命令には従わなくてはならない。
「卑怯だな、お前は」
「そうとも。私は魔人ですから」
するとレナードは立ち上がる。
「行くのか?」
「はい。これから急いで軍の編成に戻らなければなりません」
何度か、思った事がある。
もしもレナードがラウンズに、いや軍人にならなければどうなっていたか。
だが直ぐに意味なき考えと思い止めた。
エニアグラム家は代々軍人・騎士の家系だ。エニアグラム家の男子は、生まれたその時から戦士として生きる事を決定付けられている。私も、父も祖父もそうだった。レナードも例外ではない。
幼い頃より戦う術を教えられ、必要な知識を覚えさせられる。血の呪いとでもいうべきか。生まれた瞬間からレナードが戦士となることは決定していたのだ。
だけど、一人の父親としては。
「レナード。顔を見せてくれ」
気付けば、涙が溢れた。
まったく、息子や娘の前では泣くまいと思っていたというのに。
「父上……!」
「随分と大きくなったなぁ。昔は鼻水垂らした小僧だったのに……!
ああ、お前は私の自慢の息子だ、レナード」
「初めて、ですね。父上に誉められたのは」
そうだったのか。
私が誉めるのは初めてだったのか。後悔する。何故もっと誉めてやらなかったのかと。
「行って来い馬鹿息子。ルルーシュ陛下の騎士なのだろう、お前は。
だけど、必ず生きて帰ってくるんだぞ」
「はい!」
レナードが私の手から離れる。
そして最後に。
「父上、母上。今まで私を此処まで育ててくれてありがとうございました。
この御恩は一生忘れません! 姉上、エニアグラム家を頼みます」
「任せておけ。弟を助けてやるのは姉の務めだ」
最後の一礼して、レナードは去っていった。
再びレナードが生きて帰ってくるのか、それは分からない。
嗚呼。どれほどあの馬鹿息子に迷惑を掛けられたか。
格闘術の訓練で叩きのめしてやると、悔しがって私が入浴中だというのに襲ってきた事もあった。私の誕生日に全然似てない似顔絵を送ってくれた事もあった。悪さをした事もあった。拳骨をしたらやり返してきた事もあった。友達の為に暴走した事もあった。欧州旅行の帰りに行方不明になった事もあった。
手の掛かる子供だった。けれど、あんなにも立派に成長して。今レナードは戦場に旅立とうとしている。最後にして最大規模となる戦場へ、赴こうとしている。止める事は出来ない。あれは一人前の男だ。男の決断にあの子の親がどうして反対できようか。だが、せめて。
――――――願わくば、あの子に幸あらんことを。
合衆国日本。
神根島付近の領海。
そこにルルーシュ率いる神聖ブリタニア帝国軍と、ゼロとシュナイゼル率いる合衆国軍が対峙していた。中でも目立つのは天空に浮かぶ白亜の城。
名を天空要塞ダモクレスという。全長3kmを超える塔状構造で、最上部は城のようなデザインとなってており、巨大かつ高出力なフロートシステムによって、単独での成層圏での飛行・大気圏離脱を可能としている天空に浮かぶ孤島である。嘗てルルーシュとレナードが訪れた平行世界においては、フレイヤ数百発を搭載していたが、このダモクレスにそのような武装はない。
変わりに圧倒的な対空防御力を備えている。
数においては若干合衆国優勢。
だが質においてはブリタニアは負けていない。
第十世代KMFマーリン・アンブロジウスを初めとして、ランスロット・アルビオン、パーシヴァル・クライレント、フローレンス、モルドレッド、初期型マーリン、ヴィンセント、ガレスなどのKMFに騎乗するのは、誰も彼も一騎当千の猛者揃い。大国も震撼するだけの武力だ。
異なる場所でルルーシュとゼロであるアーサーが同時に壇上に上がる。
そして何の偶然か、ほぼ同時に演説を始めた。
「この戦いこそが、世界を賭けた決戦となる!
ゼロとシュナイゼルを倒せば、世界は再び平和を取り戻すのだ!」
「皇帝を僭称するルルーシュは、漸く纏まりかけた世界を壊し、再び嘗ての侵略戦争を始めようとする存在だ。平和の敵はこの地で討たなければならない」
「自由と平等を謳うゼロは、その実ただ私欲を求め世界の独裁を狙う俗物でしかないッ!
打ち砕くのだ! ゼロを! シュナイゼルを! 天空要塞ダモクレスを!
未来は我等と共に有る!」
「私達は創らなければならない。これから生まれてくる子供達のためにも。失ってきた数多の命の為にも。恒久的世界平和。これを実現せずして未来はない。
そう遂に我々は、有史以来の戦乱の歴史を終わらせる時が来たのだッ!
恐れる事は無い! 正義は我が名と共に有る!」
『オール・ハイル・ブリタニアッ!』
『合衆国万歳ッ!』
『オール・ハイル・ブリタニアッ!』
『合衆国万歳ッ!』
『オール・ハイル・ブリタニアッ!』
『合衆国万歳ッ!』
『オール・ハイル・ブリタニアッ!』
『合衆国万歳ッ!』
『オール・ハイル・ルルーシュッ!』
『ゼロ! ゼロ! ゼロ! ゼロ!』
『オール・ハイル・ルルーシュッ!』
『ゼロ! ゼロ! ゼロ! ゼロ!』
『オール・ハイル・ルルーシュッ!』
『ゼロ! ゼロ! ゼロ! ゼロ!』
『オール・ハイル・ルルーシュッ!』
『ゼロ! ゼロ! ゼロ! ゼロ!』
――――――最終戦争の火蓋は切って落とされた。
――――――最後に勝つのは誰か。
――――――生き残るのは誰か。
――――――微笑むのは誰か。
――――――何故人はこうも争うのか。
――――――答えは、この戦いの先にこそある。
――――――だからこそ、私は見届けよう。
――――――戦士達へ捧げられる鎮魂歌を。
――――――どうか、彼らに幸あれ
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