とある魔術の未元物質
SCHOOL45 ゴール アンド ピース
―――私の意思こそが、全てを決定する。
日本などの国では民主主義を最高の政治体制と捉え、独裁政権を絶対悪とする風潮があるが、それは愚かなる誤りである。独裁にしろ民主制にしろ専制性にせよ全て等しく社会体制の一種であり、メリットとデメリットが必ずある。中でも民主制は、常に最低だが最悪にはならない政治体制だ。
日も落ち、時計の二つの針が0を指した頃。
垣根とオッレルスは二人、同じ卓でコーヒーを飲んでいた。
「女ってのは呑気なもんだな。それとも豪気なのか」
「後者だろう。俺もシルビアと一緒にいて長いが、いやはや尻に敷かれっぱなしだ」
「それでも一緒にいるお前はなんだ?」
「根性なしの馬鹿だよ。前にした失敗を泣くほど後悔しても、次に同じことがあれば同じ失敗をするような根性なしだ」
オッレルスが薄く笑う。
垣根もオッレルスの連れであるシルビアから多少はこの男の事を聞いている。
魔界の神という意味ではなく魔術を極め過ぎたという意味における魔神。オッレルスは一万年に一度あるかないかというチャンスを、傷ついた子猫を助ける為に病院を探すなどという下らない理由で奔走し、結果として魔神になり損ねた。オッレルスは下らない理由で後悔しながらも、同じ過ちを繰り返す。
孔子の言葉に「過ちて改めざる、これを過ちと謂う」とあるがオッレルスは一生過ちを改める事はないのだろう。
「俺には理解出来ねえな。人間ならまだしも、猫一匹の為に魔神になるってチャンスを棒に振るなんざ、善人通り越して狂人だぜお前」
「…………否定、できないな。けどもし君が同じような境遇になれば」
オッレルスは理解している、とでもいうような視線で垣根を見る。
思わず垣根は苦笑し、言った。
「見捨てるな。つぅか猫なんざ眼中にねえ」
「ちょ、ちょっと待った! そこは『俺も何だかんだで助けっちまうな』とか言う所じゃないでせうかな!?」
「言う訳ねえだろうが。猫が百匹死のうが一万匹死のうが知らねえよ。大体な。世の中にはLEVEL6とかいうモノの為なら二万体のモルモットを虐殺するような輩もいるんだ。寧ろ猫なんかの為に魔神なんてものを逃すお前が信じられねえ」
「手厳しい言い草だ。なんだかシルビアと話してるみたいだ」
「……俺も、インデックスと話してるみてえだよ」
もし同じ状況になったら猫なんて見捨てる。
先程言った垣根の言葉に嘘はない。魔神、或いはLEVEL6でもいい。そんなものに至る方法が目の前に提示され、それに至るまでに猫一匹……人間一人を犠牲にするものだったとしても、垣根はそれを実行するだろう。学園都市最強のLEVEL5が二万体のクローンを殺す実験に参加したのと同じように。自分の目的を邪魔する奴は殺す、それが暗部時代からの垣根のやり方だった。
しかし、もし同じ状況になったのがインデックスならば、オッレルスと同じ選択をとるのだろう。そもそもインデックス自身に垣根のような力への執着がないのもあるが、インデックスは根本的に自分の利益よりも他者の幸福を優先してしまう、所謂善良な人間だ。それもトビッキリの。
利己的かつ俗物的な垣根とは何もかもが異なる。二人が一緒にいるのは本来間違ったことなのだろう。誰からも愛されるヒロインには、誰からも慕われるヒーローが御似合いというものだ。
だが垣根はそんな事は気にしない。
間違ったことや運命など知った事じゃない。垣根は誰よりも傲慢に動く。邪魔する奴は叩き潰す。自己犠牲でも博愛精神でもない。垣根はただ救いたいという欲望を満たすためにインデックスを救うのだ。
「禁書目録の『首輪』か。どうにかする算段はついたのか?」
「いや。エリザリーナって魔術師を尋ねたが無理だった。……そういう魔神になり損ねた魔術師様には何か算段が?」
「すまないな。俺の『北欧玉座』は厄介な力であっても万能じゃない。呪いの解呪なんていうのは専門外だし、イギリスの事情には詳しいシルビアも『首輪』のことまでは知らないらしい。十万三千冊の原典を記憶する禁書目録を縛る『首輪』だ。それこそ本当の魔神でもなければ完全破壊するのは難しいだろうな」
「魔神か。……生憎と魔神の知り合いはいねえ。心当たりもない。そんなのに賭ける訳にもいかねえわな」
「算段のありそうな顔をしているな」
「分かるか?」
コーヒーカップをテーブルに置く。
時計の針が進む音が妙に耳障りだ。垣根は鬱陶しそうに時計の周囲に未元物質を生成し消音してから、やや深刻そうな表情をする。
「インデックスの『首輪』ってのは、パソコンに例えりゃ一年周期でエピソードデータを破壊するウイルスみてえなものだ。それを破壊するには『守護神』」……学園都市の伝説的ハッカー並みのハッキング技術と、十万三千冊の魔道書を自由自在に操る魔神を抑える程の戦闘力が必要ときた」
「面白い例えだ。それで、データを破壊されない方法があるのか?」
「ない」
「だったら……」
「落ち着けよ。発想の転換だ」
少し落ち着いたのか垣根が珈琲の二杯目をカップに注ぐ。
「ウイルス自体を破壊する事は出来ねえし、そのプログラムを書き換えるのすら難しい。ならデータが破壊される前に、そのデータをメモリースティックなりに保存しておけば……どうだ?」
「成程。そしてデータが破壊された後から、再びメモリースティックのデータをハードディスクに記憶させる、か。うん面白い発想だ。それなら記憶の共有の魔術あたりを応用すれば……」
「魔術名は『記憶保存』ってところか。今のところは全部が机上の空論なのが空しい。記憶を収めるメモリースティックや記憶を抽出するのも難しい」
「そうか。俺には余り協力出来なさそうだが、何かあったら言ってくれ。これでも魔神になり損ねられるだけの魔術師だ」
「…………やっぱ、お前、狂人だ」
「酷くない!?」
「だってそうだろ。俺なんかに協力するなんざ、狂人以外の何物でもねえよ」
夜は更けていく。
しかし垣根帝督は後にこの時の出会いを感謝する事になる。ただそれはまだ随分と先のことだ。今はまだ、垣根はオッレルスと出会ったことに大した意味を感じてはいなかった。
「今回は、大丈夫だったね」
「ああ。変な二人組に会ったこと以外はノープロブレムだ」
インデックスと垣根は感慨深く頷く。
二人の眼前にはローマの街並みがあった。人々の顔には笑顔があり、戦闘の血腥さとは無縁にいる。
「エリザリーナ独立国同盟に行くまでは……色々あり過ぎた」
今思い返しても肝の冷えそうな襲撃者の数々。
未確認生命体の襲来。アイテム軍団。飛行機のジャック。ゴリラ聖人。究極変態女。
こいつらとの闘争だけで一冊の本が出来上がりそうだった。
「だが俺達はやり遂げた。俺達はこのローマに来るまで一回も戦闘しなかった!」
これは大いなる成果だ。
一人の人間としては小さな一歩だが、物語の構成的には大きな一歩なのだ。
「今日はぐっすり眠るか」
「うん!」
………………そして、次の日。
「天使だ! 天使が出たぞォ!」
「エエエエエエエエエエエメエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエンンンンン!!」
「これはこれは、あれまーなのでございますよ」
「どうしてこうなった」
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