とある魔術の未元物質
SCHOOL62 聖人 原石
―――話のうまい人というのは、どこを省略すればいいかを知っている人です。
無駄な物事を延々と聞かされても人はうんざりしてしまう。しかし無駄な部分を省略していけば、その分だけ物事は効率よく進んでいく。しかし世の中には無駄ではないにもでも省略してしまう人がいる。それは怠惰な人間だ。
学園都市が垣根帝督の侵入に気付き、迎撃部隊を派遣してくる可能性は十分に考慮していた。
ただ学園都市の能力者だろうと、1万人の暗部だろうと垣根には一人でそれを撃退する自信があったし、キャパシティダウンなどの能力を使用不可能にする機器にしても、常時周囲にそれを妨害する為の『未元物質』を纏っていたので問題はない。
一方通行のような、唯一垣根を超える超能力者でも出てこない限り、対策は万全の筈だった。
「ていとく、この人……飛行機の時の…」
インデックスもあの時の記憶が生々しく蘇ったのか、若干震える唇でそう言う。
垣根は流石に震えはしないが、これ以上ないほどに警戒していた。
「劉白起。表からも魔術サイドからも追われる国際手配犯が学園都市に雇われるとはな」
「おやぁ。俺の事を御存知で?」
「世界でも五十人といねえ『原石』に襲撃されといて、撃退したからといってそいつの事を調べねえなんていうのは何処の平和ボケだ」
劉白起という名前は簡単に見つけることが出来た。
一応、名前からすると中国人のようだが、本人の自称だけで証拠はない。魔術サイド、科学サイド問わずあらゆる依頼を受け、その殆どを成功に導いている傭兵、或いは殺し屋。なにより一番この男を特別にしているのが、
「世界に五十人といねえ『原石』と世界に二十人といねえ『聖人』のハイブリット。ここまでくると呆れ返っちまう。設定弄ってチートしたLEVELじゃねえか」
「そゆこと。これで学園都市には色々とコネがあってねぇ。目出度くリベンジと洒落込めるわけだよ」
ハイジャックの時、もっと念入りに殺しておくべきだったか。いや、この出鱈目な男のことだ。海に落とした所で死ぬ事はないだろうし、飛行機にインデックスが乗ってた状況では返ってこちらが不利だ。
「インデックス……下がってろ」
「……大丈夫?」
「俺を誰だと思ってやがる。負けねえよ、絶対に」
『原石』と『聖人』、両方の素養を重ね持つ二十聖人。
出し惜しみする余裕はない。最初から全力で、迅速に仕留める。
垣根の背から巨大な白翼が噴出する。
「たかが『聖人』と『原石』程度、敵じゃねえ」
「泣かせるじゃないの! プリンセスを守るプリンス登ッ場だ! DEAD ENDを堪能してくれや!」
鋭利な刀のような風が放たれた。
だが垣根は既に劉白起の能力は知っている。
斥力。
これを自在に操るという、学園都市ならばLEVEL5クラスの超能力。しかし種の割れた手品など恐れるべきものではない。
垣根が腕を一閃する。それだけで鋭利な風は掻き消える。所詮、こんなもの。自然法則という常識のもとで成り立つ力など、垣根帝督の敵にはならない。
「へぇ、それが『未元物質』。凄い能力だ」
「降伏するか?」
「ヤダ。したら金が貰えない。それは非常に困る。俺、野宿は嫌なんだよ」
軽口を叩きながらも、白翼を羽ばたかせ高速で飛翔する。
未元物質を大気中に混ぜて、劉白起の能力行使を妨害した。前に能力演算パターンは逆算済み。これで奴は満足な能力行使が出来なくなった。
「クタバレ――――――!」
未元物質に接触した太陽光線が、殺人レーザーとなって劉白起を襲った。
幾ら未元物質が混ざったとはいえ太陽光は光。光の速度で動ける人間がいない以上、命中は確実の攻撃であった。殺人レーザーが地面を焼く。普通ならこれで終わりだろうが、未だに敵の気配は消えてはいなかった。
「おーおー、1000$のスーツが焦げちまったじゃないか。どうしてくれんだ? ベンショーしろベンショー」
垣根の背後に劉白起が現れる。
流石に光の速度で動く事は出来なかったらしくダメージはあったようだが、『原石』の力と聖人の身体能力を組み合わせればマッハで動く事などお茶の子なのだろう。しかし垣根とて第二位のLEVEL5。劉白起を超える速度をあっさり叩き出すと、急速に距離をとる。
垣根も暗部としての経験で、それなりに能力なしの白兵戦にも心得はあるが、歴戦の傭兵兼殺し屋である劉白起と近接戦闘をするなど馬鹿な選択肢だろう。
「逃がさないよーん!」
圧縮した巨大な斥力の塊が劉白起の腕から現れる。
解析せずとも分かる。あんなもの人間に命中すれば消滅してしまうだろう。バラバラでも粉砕でもなく消滅。痕跡すら残さず、死ぬことになる。
「幾ら威力がかろうと、所詮は常識的な力だろうがッ!」
未元物質であの斥力の塊が、存在出来ないような場所に作り変えていく。
これが未元物質。
超電磁砲だろうと原子崩しだろうと、未元物質の前には膝を屈するしか出来ない。
圧倒的な暴力装置。
「ああ、これが能力なら勝てないわな」
劉白起がニタリと笑い、呟いた。
どうしようもない悪寒。殺意。
咄嗟に垣根が白翼で体を防御する。あの斥力砲が存在できない空間を無視するかのように突っ込んで垣根にぶち当たったのはほぼ同時だった。
寸前で防御していた為、垣根の体は消滅せず原型を留めていた。右腕が痺れるように痛い。もしかしたら皹が入ったかもしれない。
「なにを、しやがった?」
痛む右腕を抑え、憎々しげに垣根が言う。
「おいおい、俺は聖人なんだぜぇ〜。聖人ってのはな、なにも身体能力だけじゃあない。魔術師としても一流になる素質を持ってるってことなんだ」
「魔術? 体が破裂するのを覚悟に使った?」
違う。あの斥力砲は間違いなく能力によるものだった。
だというのに砲撃の残り香を調べてみれば、微かに魔術の痕跡のようなものが残っている。そこで垣根の頭脳は一つの解答に辿り着いた。
「超能力と魔術を、併用した……?」
「その通り! 能力だけでも魔術だけでも、お前には勝てない。なら! その二つを合わせればいい。さっきみたいにな」
能力で生み出された斥力を、更に魔術で補強する。
未元物質という異常に接触しても、決して壊れぬように。常識外の力を混ぜた。
「そして――――――」
「なっ!」
能力者が魔術を使った反動だろう。劉白起の腹に血が滲んでいた。
それはいい。問題なのはその傷がみるみる間に塞がっていくという現実だ。
まるでビデオの巻き戻しを見ているように、ダメージが癒えていく。
「命の水、というのは世界的にもポピュラーな伝承だ」
体が完治した劉白起が言う。
「そして水分というのは、多かれ少なかれ大気中に混ざってるもんだ。幾ら聖人といえど、肉体には限界がある。魔術を二三回使っても死なねえ自信はあるが、六七と続いていけば、どうなるか分かったもんじゃない。それの解決策がこの『命の水』の術式。俺は大気中の水分を吸収し、疑似的な『命の水』にすることが出来る」
「クソッタレが。このインチキ野郎……!」
文句を言った所で事態が好転する筈もない。
ダメージを完治させた劉白起が、再び垣根に迫る。
ちなみに今回の『命の水』の術式ですが、
魔術使用→ダメージ→命の水術式発動→更にダメージ→治癒
という流れで行われています。
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