とある魔術の未元物質
SCHOOL81 心 理 定 規
―――どんな大きな社会運動も、始まりは一人だった。
あらゆる物事は一人から始まる。英雄もまた最初は一人だった。そこから多くの朋友は臣下を得、やがては天下獲りを担う一角として乗り出していく。一人は弱いが、何時までも一人が一人のままであるということはない。一人はより多数になる可能性を秘めている。
争いが起きようとしていた。
学園都市はローマ正教内において『魔術』というコードネームを冠する科学的能力開発機関があると発表。その日のうちにニュースで大々的に取り上げられた。
ローマ正教は学園都市内において『天使』の存在を確認。十字教の教義を冒涜するような研究がおこなわれているとして、ローマ教皇自らが学園都市を非難した。
世界中の民衆が薄々感づいている。大きな戦いが幕があがろうとしていることを。学園都市もローマ正教も互いの主張を一切認めず、逆に相手の主張を非難する。二つの勢力がもし対話することを止め、互いの非難しかしなくなった時、次に発生するものは武力と武力の衝突である。それは数多くの歴史が実証してしまっていた。
魔術サイドにおける最大勢力にして十字教における最大宗派であるローマ正教。
三十年先をいく技術力を誇る、科学サイドの総本山である学園都市。
戦争が起きようとしている。
史上三度目となる世界規模の大戦争が。
第三次世界大戦が起きるかもしれない。
それを事情を知らぬ一般民衆よりも強く垣根は実感していた。
9月30日、予期せずして世界大戦の引き金をひく大事件の中心に居合わせてしまい、後方のアックアや前方のヴェントなどという魔術師と邂逅したが、もしかしたらアレは単純な災難ではなくラッキーに化ける類の出来事かもしれない。情報というのは生命線だ。あの時あの場所にいたお陰で、垣根はローマ正教と学園都市の対立というものを深く実感することができたし、アックアの所属している組織についても推測することもできた。、
ローマ正教と学園都市の対立は9月30日の直ぐ後に起きたのである。という事は学園都市内で好き勝手に暴れていたアックアとヴェントの所属はローマ正教である可能性が最も高い。インデックスはヴェントの使っていた術式を知らないと言っていたという事は、ローマ正教は禁書目録に全ての魔術知識を与えた訳ではないらしい。賢明な判断ともいえる。幾ら同じ十字教徒といえどイギリス清教とローマ正教は歴史上争ってきたこともある間柄。いつ何時再び敵同士になるか分かったものではない。ローマ正教もそれを見越して、秘術のすべてを明かさなかったのだろう。
ローマから立ち去るべきかもしれない。幾ら垣根が学園都市のお尋ね者で敵対者だとはいえ、ローマ正教からすれば敵である学園都市の人間であることに変わりはない。それにインデックスが一応所属しているイギリス清教はどうにも学園都市側につく雰囲気であり、サーシャと変態のロシア成教はローマ正教につく様子。どうやらローマ正教&ロシア成教VS学園都市&イギリス清教といった図式になりそうだ。
災い転じて福をなすの考えでローマ正教に亡命してしまうというのも一つの手だが、リドヴィアという伝手を失った今、垣根にローマ正教の知り合いなんていないし、インデックスはもしかしたらいるかもしれないが、肝心の知り合いの記憶も失っているだろうし無意味。感情論だったが、何度もぶちのめしてくれたアックアの所属している組織に尻尾を振るというのも気に入らなかった。
しかしどちらにせよ一度は戻らなくてはならないだろう。
現金はあるが、それ以外の荷物はまだローマにあるし、ホテルのチェックアウトもしなければいけない。
あれ程の事件や、宣戦布告の前哨戦みたいなものがあったにも関わらず、ローマ正教のお膝元であるローマはまだ平和だった。民衆も、まだ情勢を掴み切れておらず行動出来ないでいるのかもしれない。
インデックスは宿泊しているホテルの部屋を豪快にあけると、そのままズンズン入っていく。
「ただいまー、お腹減ったんだよ!」
「偶にはそれ以外に言いやがれコラ」
何時ものやり取りをしつつ垣根とインデックスは一息つく。かれこれ一か月ほどこの部屋に宿泊しているからか、ここに来ると帰ってきた、というような心境になる。
「おかえりなさい。お腹が減ったなら、ルームサービスのサンドイッチがあるけど?」
部屋のソファで優雅にファッション雑誌を見ながら、『スクール』における垣根の部下であった真っ赤なドレスを着た金髪の少女、心理定規が応えた。
「ありがとうなんだよ、知らない人!」
「心理定規、久しぶりじゃねえか」
最後に面と向かって会話したのは神裂と戦う直前、武器密売人の抹殺を完了した後だったから、大体二か月ぶりとなるのだろう。
「結構いい部屋に住んでるのね、逃亡者といったら貧相なボロアパートの管理人に『一年分の金をやるから事情は聞かずに住まわせてくれ』って頼み込むものなのに」
「どこのミステリーだよ、そりゃ」
「ミステリーを舐めちゃ駄目よ。あんまり費用も掛からずそこそこのストーリーが出来上がるから、TVでよくやるミステリーなんだから」
「それはミステリー賛美じゃなくて、ミステリーの金銭的メリットだろうが」
どうにも掴みどころのない所も心理定規そのままだ。どうやら二か月という月日は心理定規に何の変化も齎さなかったようだ。ルームサービスのサンドイッチを猛烈な勢いで吸収するインデックスを後目に、冷蔵庫からワインを取り出しグラスに注ぐ。
お酒は20になってからがお約束? どっこい。イタリアでは16歳から飲酒OKなのである。垣根は日本の法律ではなくイタリアの法律に従っているだけだ。
「このサンドイッチ、美味しい! ありがとうなんだよ、えーと…」
「心理定規でいいわよ」
「めじゃーはーとは、ていとくの友達なの?」
心理定規が笑いを堪えきれないとでもいうように口元を抑える。耳が可笑しさのせいで真っ赤になっていた。
「ふふっ、友達とは素敵な表現ね。ちょっと不正解かな。私は帝督の部下……というより元部下よ」
「そうなんだ? ていとくに部下を持てる度量があるとは思わなかったんだよ」
「毒舌だなテメエ!」
純真無垢そうな癖して、時たまこういう毒舌が飛び出すからインデックスは油断できない。
「部下といっても同僚に近かったけどね」
「大人しく言う事聞かねえ部下をもって俺は苦労したぜ」
「帝督のワンマンリーダーっぷりこそ」
「相変わらず達者な野郎だ」
「不正解。野郎じゃなくてレディーなの」
「「ははははははははははははははははははははははっ!」」
ワイングラスを傾けながら、和気藹藹と会話を楽しむ。
心理定規と垣根は旧交を温めつつ、インデックスを加えて更に会話の幅は広がっていく。
「ははははははははは――――――――――――って何でテメエが此処にいやがる!?」
「やるわね、帝督。ノリツッコミというスキルをマスターしてるなんて」
――――まだ垣根帝督は知らない。
――――だが後になって思い返せば、
――――約束された戦いの火蓋は、この時から始まっていたのかもしれない。
――――嗚呼、世界はこうも度し難い。
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