とある魔術の未元物質
SCHOOL123 煉瓦 の 家
―――死の恐怖は死そのものよりも怖ろしい。
死刑囚で言えば死ぬ瞬間よりも、死刑を宣告された時のほうが恐ろしいものだ。例えば三ヵ月後に死刑と宣告された囚人は、その三ヶ月間日に日に近付く死の恐怖で、精神を貪り尽くされる。案外、死刑宣告と同時に脳天を吹き飛ばしてしまうほうが人道的なのかもしれない。
それは耳にではなく頭に直接響く声だった。
思念通話という名の魔術が脳裏を霞める。声の主は第一王女リメリア。
彼女は自分自身の名を告げると、垣根だけではなく騎士派や清教派、イギリスで戦う全ての物に話し出す。第二王女キャーリサのクーデター、その裏に隠された真の目的を。
『彼女はこの国の「軍事」を司る代表者として、ローマ正教を筆頭とする連合の脅威に晒されていることについて誰よりも責任を感じていました。EUはローマ成教の影響が強いのは知っての通りです。それを使ってのローマ成教からの圧力。……クラスター爆弾などの兵器を条約で禁止されていることをを盾に国の軍事力をはく剥奪され、今またユーロトンネル爆破という陰謀によりイギリスという国家そのものが挑発される状況にまで追いやられ、キャーリサは……こう結論付けたのです』
今しがた上条に殴られた頬を治癒し、垣根はゆらゆらと立ち上がった。『幻想殺し』はあくまで直接触れているものだけに効果を及ぼすものだ。例え幻想殺しの右手によってつけられた傷だろうと、幻想殺しに触れられていなければ異能による治癒が可能だ。
上条の姿はそこにはない。どうやら戦闘の余波で傷を受けた者がいるらしく、そこに走って行っていた。まだ垣根はピンピンしているというのに、どこか抜けている。戦士にしては甘ちゃんだが、その甘さが上条当麻の人間としての魅力なのだろうと、垣根は何処かで納得もしていた。
リメリアの言葉が続く。
『このままでは……このまま何もせずに黙っていれば、イギリスという国家の価値や誇り、伝統。そして威厳を奪われてしまう、と。イギリスに住まう国民だからというだけで、他国の者より嘲られ、迫害されるような時代がやってきてしまうと。ですからその打開策としてキャーリサは考えました。戦争によって千変万化する時代そのものにイギリス中の民が決して滅ぼされぬようにするには、武力という『暴力』で国家の尊厳を保つしかないと。
そして同時に、キャーリサは深く悩みました。彼女は「軍事」に特化した才能の持ち主。だからこそ彼女は「頭脳」の私や「人徳」のヴィリアン……そして、もしかしたら我が母上よりもカーテナの強さと恐ろしさの双方を理解していたのです。……仮に国家元首の手にカーテナがなければ、民の声に耳を傾けずとも政を断行できるような……そんな絶対王政的な側面がなければローマ正教との戦争がここまでひどくなる前に、国家の方針を修正する機会があったのではないか。そうキャーリサは考えたのです』
キャーリサは誰一人として殺してはいなかった。
垣根への配慮に見せしめとした騎士も殺してはいなかった。重傷を負ったように『見えて』はいただろう。生と死のギリギリを彷徨わせ苦しめながらゆっくりと殺しているように『見せて』いただろう。だが、その実カーテナの攻撃を受け『見せしめ』とされた騎士には少しの後遺症も残らない様最大限に配慮して斬られていた。
垣根のいる場所から離れたバッキンガム宮殿内で傷だらけの騎士が一人、また一人と立ち上がっていく。
『キャーリサは対フランス・ローマ正教へのジョーカーとしてカーテナ=オリジナルを振るう覚悟ました。ですが着々とクーデターと戦端を開く下準備を進める一方、全ての戦いが終結し世界が一応の平和になった後には、強力無比にして最強の最終兵器カーテナ=オリジナル……いいえ、カーテナそのものを完全封印しようと考えています。……例え国家元首が道を誤ってしまったとしても、他の政治家や国民の誰かが国家元首を止められるような仕組みを作る為に。その為には、今あるカーテナを完全破壊するだけでは駄目だったのだとキャーリサは知っていたのです。
例えここで私達は勿論のこと、キャーリサ含む全ての王族を殺害し、カーテナ=オリジナルとセカンドの両方を破壊したとしても、100年、1000年の時間の中で新たな王の血統を継ぐ者が出現するかもしれません。破壊されたカーテナの残骸を解析して、カーテナ=サードや現代に生きる我々では想像もつかないような危険極まりない最悪の礼装が開発されるやもしれない。実際、記された歴史において、その姿を消失したはずのカーテナ=オリジナルですが、それは長い時を経て我が妹キャーリサの手に渡ることになりました。それはクーデターとその後の戦争においてキャーリサに圧倒的優位を保障すると同時に、彼女を断崖絶壁の淵にまで追い詰めたのです。
これは一般には知られていない話ですが、カーテナを中心とした王と騎士を中心とした支配体制には元々保険が備えられていました。権力の中心となるカーテナが不慮の事故などで失われた場合でも、続くカーテナ=セカンドやサードを作る土壌が整えられていたのです。
キャーリサはこういった土壌を未来永劫永久に失わせるため、存在するオリジナル・セカンドだけでなく、長い時間の中で別のカーテナが作り得るかもしれない可能性を完全に撃滅しようとしているのです』
リメリアの話によると、キャーリサはイギリスのとある場所に極秘裏に用意された『墓所』にカーテナの残骸を残りの人生を死ぬまで過ごす覚悟を決めているという。キャーリサは一人、人っ子一人いない墓所の奥深くで暴君としての咎を一身に受け、静かに誰にも見つからない様に眠ると。
『――――私の「頭脳」と多くの隣人たちの協力により導き出された結論を言いましょう。キャーリサの狙いは二つ。一つ目は史上最強の暴虐王者として君臨する事でフランスやローマ正教を軍事力により排除、後の世に国家の恥と言われるようになろうとイギリスを戦火の嵐より守ること。そして二つ目は、最強最悪の魔術兵器カーテナを永久に封じ、無能なる王政を消滅させることで、国家の暴走を民衆の考えで止められるようにする民主的な体制を残す事です。……仮にこの先、幾重もの要因と偶然が重なって我々とは違う全く新しい王政が成立したとしても、王が民衆の言葉に耳を傾ける程度の「弱さ」を残すために。キャーリサはそれらの目的のために「カーテナという極悪な兵器を振るい、国の内外にいる多くの敵を虐殺してしまった罪」を、暴君としてたった一人で背負おうとしているのです』
最後にリメリアの言葉はこう締めくくられる。
『……この話を聞いてらっしゃる中で、もしも我が妹を哀れと思う方がいるのでしたら。第二王女という立場もクーデターの首謀者ということにも関係なく、一人の孤独な女を助けたいと思う騎士がいらっしゃるのでしたら。今一度、剣を取っては戦っては頂けませんか。それだけで孤独の淵より救われる女がいるはずです。力の大小などは関係ない。損得を抜きにして、本当の意味で自分のために戦ってくれる人物がいる。その事実が伝わるだけで、救われる女がいるはずでしょう』
垣根帝督のやる事は同じだ。
身に刻みし魔法名は『自らの手綱は己が手にのみ』。垣根帝督はリメリアの頼みでもなく、学園都市からの命令でもなく、自分自身の『流儀』に従い行動を起こす。
インデックスは小さな身体で出来る限りの力を振り絞って、一心にキャーリサと……垣根のいるであろう主戦場へと走っていた。
今までは魔術的なセキュリティーをイギリスに構築しキャーリサ側からの通信を妨害するために御坂美琴などと行動を共にしていたのだが、それも完成した今、インデックスにとっての心配事とは垣根のことだ。
リメリアからの思念通話はインデックスにも聞こえていた。歩く教会はあらゆる悪性魔術や攻撃などを問答無用で受け流し吸収する鉄壁の礼装だが、害意も悪意も悪性でもない思念通話までは防ぎはしない。
兎に角、垣根を止める。
なによりインデックスも一応はイギリス清教に籍を置くイギリスの人間だ。自らの意志でこのクーデターを止めたかった。なにより第二王女キャーリサに全ての咎を押し付けるだなんて許せることではなかったのだ。
しかし途中、考え事をして走っていたせいか通路からニョキッと現れた男とぶつかってしまう。普通なら全速力で走っていたインデックスはぶつかった衝撃を受ける筈なのだが、その衝撃も『歩く教会』が吸収してしまう。逆にインデックスよりも遥かに大きな身体をした男の方がよろめいた。
「ご、ごめんなさい……!」
慌ててインデックスはその男に頭を下げた。
見た目は……良く分からない。高校生にも見えるし、二十歳にも見えるし、三十歳ほどにも見える。声質の低さとガタイの良さから男であることは判別できたのだが、光の反射のせいか顔が上手く見えなかった。
「いやいや、こちらこそ済まないね。いきなり横から現れたんだ。さぞ驚いただろう。ところで……見t限りシスターのようだけど、どこに行くんだい? この道は第二王女キャーリサや清教派に騎士派の入り乱れる戦場。こういう言い方は失礼かもしれないけど、君にはとても戦闘に耐えられるとは思えない」
清教派や騎士派なんて単語が出てくる事から察するに男は魔術師だろうか。
それにしても、何とも言えない雰囲気をもつ男だった。まるで根本から異なるような。
「あそこには"ていとく"がいるから。一人で戦ってるから……私も、あそこに行かないと! クーデターだって止めないといけないんだよ。きゃーりさ一人に咎を押し付ける事も、これ以上ていとくを暴れさせる事だって出来ない」
「……つまり君はクーデター後の世界ではなく、クーデター失敗後の世界を。クーデターの失敗という結果を望むわけかい?」
「も、勿論なんだよ!」
「その為なら、過程を無視してどんな手段でも使うつもりかい? ほら、その十万三千冊の魔道書を使ってでも」
「そ、それは……」
不思議と自分が『禁書目録』だと知られてしまっている事にも警戒心を抱かなかった。ただ男の問いかけのみが胸に浸透していく。
「結果は全て、結果の為なら過程を選ぶな。―――――そういう言葉を最近良く耳にする。しかし、それは前提からして間違っているとは思わないか? 結果というのは謂わば建造物のようなものだよ。速度のみを重要視し、過程を軽視すれば、たった一度の風で脆くも消し飛ぶ藁の家になってしまう。しかし険しくも遠き過程を経た者は、風が来ようと嵐が来ようとビクともしない煉瓦の家を建造することが出来る。それに例え一人では煉瓦の家という『結果』に到達できなかったとしても、作りかけの家はあるのだから意志を継いだ誰かが変わりに建築を再開してくれるかもしれない。そうすれば、やがて煉瓦の家は完成する」
「……貴方、一体誰なの?」
「私の事はどうでもいい。ただ、君が煉瓦の家を建造することを祈っているよ。イギリスという国ではない。君達が安心して暮らせる――――そんな家をもてることを願う。自分の家は帰ってくる場所であり、地球上のどこよりも心安らかになれる場所だからね」
そう言って、男は道の角を曲がって行ってしまった。インデックスは追ってみるが、既にそこには男の影はなかった。
「そ、そうだ。早く、ていとくの所へ行かないと!」
思い出したようにインデックスが走り出す。
男の正体は、この先にある過程を乗り越えるための決意に塗りつぶされてしまった。
けれどある事を再認識できた。インデックスの願う事は唯一つ、垣根帝督と一緒にいることだ。たぶん、ずっと。
第123話をお送りしました。
さて。人気投票ですが期限は今日の正午までとさせて頂きます。そして人気投票において予想外の事態が発生しました。いや何故か異様な人気なタケノコはまぁ問題ないんです。問題はこれ
RYUZEN×3
……え? 私?
そうです。まさかの私に投票されているという事件です。しかもBEST7に入る勢いで。七位に入った全員の短編を書くと言ってしまった以上、このままだと自分で自分を書くことになりそうです。転生オリ主RYUZEN? 憑依オリ主RYUZEN? RYUZEN IN THE 学園都市? 神様転生チートオリ主RYUZEN爆誕?
そしてもう一つの問題が。
レナード×1
何故か反逆しない軍人の主人公にまで投票されてしまっている。ある意味自分を書くこと以上の無理難題発生。いやただのオリ主の一人だし、苗字とか出さなければ問題ない……のか? ううむ。投票結果によっては作者泣かせな状況になりそうです。
と、ここまでアホな事を書きましたが目下一番重要なのは彼女です。今まで垣根を食いまくる暴れっぷりをしてきた上条さん。このままだと垣根の出番を奪い主人公の座を乗っ取りそうな勢いなウニ頭の快進撃に待ったをかけるべく、インデックスさんがやってきたぁぁぁぁぁぁぁぁッ!
ちょっと暴走しました。しかしこれで上条さんの大攻勢も治まってくれるはず。頑張れインなんとかさん。
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