とある魔術の未元物質
SCHOOL130 ラストバトル 開始
―――私たちの義務は、人生に意味を与えることだ。
人生にどうやって意味を与えればいいのか。考えてみたが、未だに良く分からない。だが構わない。ただ我武者羅に生きていれば意味なんて後からついてくるだろう。結果というのは過程を経たら勝手に生まれるもの。意味というのは人生の付属品である。
意識を覚醒させた時、垣根はイギリス内と思われる病院のベッドで寝かされていた。
クーデターやフィアンマとの戦いで受けた傷跡はない。
どうやら優秀な治癒魔術師に治療を施されたようだ。
「呼吸と脈拍は正常です。命に別状はないでしょう」
垣根の傍らに立つ神裂が簡単にインデックスの状況を説明する。その隣にいたステイルも苦虫を噛み殺したような顔をしていた。
命に別状はない、その一言が憤怒に満たされた垣根の頭を冷却させる。
「…………俺も、大概にして馬鹿だよな。十万三千冊の魔道書図書館なんて物騒なもんを、俺みてえな糞野郎に長時間預けていおいてリアクションゼロってのは妙なことだった。ない筈がなかったんだよ。フィアンマの持ちだしていった遠隔制御装置……安全装置がな」
禁書目録は他の勢力の手に堕ちれば、最悪国家は社会情勢さえ転覆させなけない爆弾である。それを自由自在に扱えれば、あのカーテナ=オリジナル以上に危険な存在。
本来ならそんな危険な存在はロンドンの密室に永久監禁するなり、四肢を切断して閉じ込めるなりの管理方法をとらなくてはならないところを、ロンドンから自由に制御できるようなシステムを作り出す事でインデックス個人の自由を保障させていた。
認めるのは癪だが、まだ人道的な手法だ。気には喰わないし納得も出来ないが。
ステイルが言う。
「幸い遠隔制御礼装はあの子の知識を引っ張り出すものであり、操るものではあっても……あの子の身体機能を止めたり健康状態を阻害するような事はない。ただ……」
「フィアンマの野郎が遠隔制御礼装を使用している限り、インデックスは目を覚める事はねえってか? ははははっ……眠れる森のシスター様ってかよ。ジョークが効いてやがるぜ、畜生がっ」
「……この状況を打破するにはフィアンマの持つ遠隔制御礼装を破壊、もしくは奪取する必要がある。そうすればこの子の意識は戻る」
「――――――――ステイル、テメエはここに残れ」
「……本気で言ってるのか? ああ、君からしたら僕は確かに役立たずだったろうさ! あの女狐の姦策に気付かず記憶を忘却し、今の今まで全くあの子の助けになる事が出来なかった! だが、この僕にこの子をこんな風にした糞野郎を、このまま何もしないで指をくわえて寝入っとけとでも言うつもりなのか!?」
激高し殴りかかるように詰め寄ってきたステイルだが、垣根は動じずステイルの頭にルーンの書かれた紙を押し付ける。
思念通話を可能とするだけの簡単なルーン魔術だ。
(テメエの言う女狐と直接の面識はねえ。だが、こんな事態になっちまった以上、その女狐がインデックスに妙な仕掛けを新たに作らねえって保証はねえだろうが)
(それは、有り得るかもしれないが……!)
(勘違いするなよ。フィアンマの糞野郎が出てきたからといって、イギリス清教が味方になった訳じゃねえんだ。敵の敵は味方、そんな生易しい話は通じねえ。敵の敵は次の自分の敵。仮にフィアンマの野郎をぶち殺しても、インデックスがまた妙な安全装置かけられてたら何の意味もねえ。いいか、テメエは四六時中毎晩寝る間も惜しんでインデックスの側にいろ!)
(…………)
(直接の戦闘力なら神裂の方がお前よりも上だろうが、神裂は聖人だ。しかも天草式だとかいう所の女教皇とも言うじゃねえか。戦争が始まりゃ聖人ってのは貴重な戦力だからな。インデックスの護衛として遊ばせてはくれねえだろ)
(癪だが、ああそうだ。僕と違い神裂火織には替えが効かない。彼女の下にいる天草式を含めてもね)
(だからこそテメエだ! サッカーでもアメフトでもなぁ、攻撃だけじゃゲームは成立しねえんだよ。オフェンスだけじゃねえ防御も必要だ。いいか? 俺がオフェンス、お前がディフェンスだ。俺がフィアンマの野郎をどうにかするから、お前はインデックスを守りきるんだ! 他力本願は趣味じゃねえが、俺も今回ばかりは一人だけじゃどうにかなりそうにねえ。恥を忍んで頼む)
(…………分かったよ。ただし一つ条件がある)
(なんだ?)
(死ぬなよ)
(テメエもな)
立場も境遇も別々の二人だったが、唯一つ願いだけは同じだった。
願いを同じくする者同士のシンパシーが、垣根とステイルの間に妙な連帯感と友情のようなものを生んでいた。
「……しかし貴方一人で行くつもりですか?」
神裂が心配そうに尋ねる。
遠隔制御礼装を奪ったのはフィアンマ。実力もそうだが、それ以上にローマ正教の実質的なトップに君臨する男でもある。そんな男に挑むのはローマ正教そのものを相手するのに等しい。神裂の懸念も尤もなことだ。
「俺一人だからこそ良いんだ。フィアンマと戦えるのは…………たぶん、俺くらいだ」
「根拠はあるのですか?」
「ああ。それにフィアンマの目的はテメエ等の話を統合するとロシアだ。ロシア成教に所属する魔術師『サーシャ・クロイッツェフ』だ。実は……俺はそのサーシャと面識があってな。メルアドも交換してる。おまけに本当に嫌だが、そいつの上司の変態女とも交流をもってしまっちまってる。当てはあるさ。ロシア内にあるエリザリーナ独立国同盟の指導者様とも面識があるしな」
「……貴方はこの数か月、どのような旅をしてきたんですか?」
「大冒険に決まってんだろ。数年したら本でも出版してベストセラーにでもしてやるよ。『とある魔術の禁書目録』とかいうタイトルでよ。ペンネームは鎌池和馬がイイ。理屈はねえが絶対にその名前が良いような気がする」
「愛称はかまちーですね」
「そういうこった」
アシは問題ない。
垣根には白翼を使っての高速飛行が可能だ。その気になれば一時間でロシアまで飛んでいくことが出来る。無論、魔術師などから迎撃される心配もあるので、ばれない様に、という制限がつくが。
「そうだ。この倫敦に左方のテッラって野郎が幽閉されていたろう?」
「ええ、されてますが」
「奴も神の右席だ。フィアンマの事を知ってるかもしれねえ。話を聞いておきてえんだが」
「分かりました。……手配しましょう」
「頼んだ」
アックアでもよかったが、あのゴリラは早々に何処かへと消えてしまった。
またいつも通り傭兵として世界のどこかの戦場へと向かったのだろう。
それにテッラと会う事には他の目的もある。
ロシアへの旅路。それは最後の戦い。
準備は整った。
垣根帝督はロシアへの旅路の第一歩を踏み出す。早朝のイギリスの空気は冷たい。街の中からはクーデターの後始末に駆り出される魔術師達の喧騒が聞こえてくる。
幸いな事に垣根がキャーリサ側についたことは御咎めなしに終わった。というより首謀者であるキャーリサを含めた全員が御咎めなし無罪放免。
エリザード曰く、国民全員が団結して困難に立ち向かうべき時に誰かに罪を押し付けるべきではないとのこと。クーデターが起きたのは女王である自分にも責任があるというような事を宣言していた。
清教派もキャーリサの真意を知っていたので反対意見は殆ど上がらなかった。騎士派についても同様。結局、派閥は違えど国を愛する心は同じだったということだろう。
垣根はイギリスの為というより自分の目的のために戦っていただけなのだが、首謀者であるキャーリサを処罰せずに垣根を罰するのも妙な話だ。
結果的に垣根も無罪放免である。
ステイルから訊く所によると神裂が女王や最大主教に話を付けてくれたらしい。
(イギリスのことは……まぁ、どうでもいい)
国よりも大事なものがある。
垣根はそれの為に――――――自分自身の心に正直なまま戦うだけだ。
目的はハッキリしている。
フィアンマを見つけ出し潰す。遠隔制御礼装は取り戻す、ないし破壊する。
これさえクリアすればインデックスの『首輪』はどうにかなるのだ。もしフィアンマをぶっ倒した後、イギリス清教がインデックスを開放することに難色を示すようなら――――――その時は垣根も本気になる。イギリス清教という存在は歴史のページから消滅する事になるだろう。
「もう旅立つのか?」
ふと後ろから声をかけられた。
ステイルではないし神裂でもない。というよりイギリスの人間ではなかった。
「……魔神は神出鬼没ってか、オッレルスさんよ。何か月ぶりだ?」
「魔神じゃないさ。魔神もどき……成り損ねだ」
魔界の神という意味ではなく、魔術を極め過ぎたという意味における魔神。それに成り損ねた男、オッレルスはクーデター終了直後のイギリスにふらりと現れた。
ルーマニアで出会った時には隣にシルビアを付き添っていたが、彼女の姿は見えない。そういえばイギリスの王室に仕える聖人だとかいう話だったので、何か理由があってオッレルスと別行動をとっているのかもしれない。
「どういう要件だよ、まさかローマ正教に雇われて俺を殺しにきたってオチじゃねえだろうな?」
「まさか。俺はシルビアの付添だよ。特に用事もなかったし……まぁ、詳しい理由は企業秘密ということで」
「ハッ、食えねえ野郎だ」
垣根は自分のことを世界でも指折りの実力者だと自認している。自画自賛でもナルシストなのではなく、一つの事実として垣根帝督は世界における強者だ。世界最強を自認するつもりはないが、最低でも強さの順位でTOP30には入る筈だ。
その垣根にとって数少ない『戦いたくない相手』……それがオッレルスだ。学園都市の序列七位と同じく説明不可能な訳のわからない力を扱うオッレルスは、『未元物質』というこの世ならぶ物質を操る垣根にとって接触したくない相手なのだ。
説明不可能な力にこの世にない新物質をぶつければどのような事態になるのか…………それは第二位の頭脳をもってしても明確な答えを導き出せない。
「君と会ったのも単なる偶然のようなものだ。偶々イギリスを歩いていたら偶々君を見つけたから、何となく声を掛けた。本当にそれだけだ」
「…………偶々、か」
ルーマニアでオッレルスと出会ったのも偶々だった。
しかし二度も続いた偶々は単なる偶然というのだろうか。
もしかしたら運命とかいうやつかもしれない。科学サイドの人間である垣根が運命なんていう非科学的なものを言う事は妙な話だが、魔術というオカルトを知った今となっては笑い飛ばすことも出来ない。運命というものを。
「……ならコレも偶々の気紛れだ」
垣根はそう言って、懐にしまっておいたオルゴールをオッレルスに投げ渡した。
「これは?」
「そいつは未完成でな。どうにも最後の最後の仕組みだけが出来上がってねえ。もしも偶々気紛れを起こしたなら完成させといてくれ」
「…………ああ、分かったよ」
もう話す事はなにもなかった。
垣根とオッレルスはそうして別れた。言葉もなく、ただ黙って通り過ぎる。
「……垣根帝督とフィアンマ――――――そして『幻想殺し』。アレイスター=クロウリー、第三次世界大戦…………これもホルスの縁か……それとも」
オッレルスはこの場にいない誰かへ問いかける。
学園都市の窓のないビルに住まう逆さまの魔法使い、男にも女にも少年にも老人にも見える『人間』に。
―――――――悲劇では終わらせない。
ロシアに向かったのは垣根帝督と上条当麻だけではなかった。
学園都市においてもロシアへ向かう主人公が二人。
一方通行は打ち止めの為に。
浜面仕上は滝壺理后のために。
四人の主人公は四人のヒロインを地獄の底から引っ張り上げる為に、其々が自らの心に闘志を燃やし剣をとる。
悲劇という運命を覆す為に。悲劇を望む脚本家の台本を破壊する。
彼等の脚本を紡ぐのは彼等自身。
全ての運命は北の大陸――――――ロシアへと集約される。
科学と魔術が激突する時、物語は終焉を迎える。
次回から最終章、神の右席激闘編!…………と、いいたい所ですが、本編は暫くお休みです。次回からは兼ねて予告していた通り人気投票第七位にランクインしたキャラ達の短編をやります。短編ではランクインしたキャラ以外に半ば空気或いは■■化していたステイル、黒子、satinさん、浜面などの出番もあります。ついでに新約編をやる時のための伏線のようなものをある程度投入しておこうかとも考えてます。
そうそう先日ルーズベルト様から五つ目となるレビューを頂きました。感想も嬉しいですが、自分の作品がレビューという形で読者様から評価されるのは感慨深いですね。
それでは次回も宜しくお願いします。最初はフレンダの短編、暗部抗争編後のストーリーです。
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