とある魔術の未元物質
SCHOOL136 最狂にして最悪の死神
―――失望は最も非生産的な感情である。
望みは生きる上で重要な事だ。しかし失望するということは、望みを失う事である。望みを失えば、希望もないし可能性もない。失望は何も生み出さず、ただマイナスになるだけだ。希望のない明日に意味は見いだせない。意味を見いだせない明日に価値などない。もしパンドラの箱に希望が残っていなければ、人は絶望し滅んでいただろう。
フィアンマの目的であるサーシャを押さえておき、ノコノコやってきた所を迎撃し遠隔制御礼装を奪取するという当初の目的は脆くも崩れ去った。
こうなれば直接、フィアンマのいる場所まで出向いて撃破するしかない。
「………………迷惑かけちまったな」
フィアンマの襲撃を受け重傷を負ったエリザリーナに治癒魔術を施しながら謝罪する。
以前インデックスと二人で此処に来て以来、エリザリーナにへ迷惑をかけてばかりだ。エリザリーナも優れた魔術師……いや魔導師だが『神の右席』であるフィアンマには敵わずこうしてボロボロになってしまっている。
国民を守るために自らに前線に赴く。並大抵の精神力じゃない。本当に学園都市上層部の連中にも見習ってほしいものだ。
何故か近くに『神の右席』の一人前方のヴェントもダメージを受けて転がっていたが、エリザリーナ曰く彼女も敵ではないらしい。
アックアの事といい『神の右席』も一枚岩ではないということか。いや、より正確にはフィアンマだけが余りにも尖りすぎていた。『神の右席』という最暗部でも抑えきれない程に。
「貴方のせいじゃないわ。……フィアンマは、サーシャを狙ってここに来たんでしょう。貴方を狙って来たんじゃない」
「それでも、だ」
垣根がフィアンマを取り逃がすヘマをしていなければ、全ては此処で丸く収まったのだ。
フィアンマというTOPを失えばローマ&ロシアの連合が混乱するのは必至であるし、一番の目的であるインデックスの遠隔制御礼装を奪い返せた。
そんな千載一遇の好機をみすみす逃した自分が何よりも恨めしい。敵であるフィアンマよりも。
エリザリーナへの応急処置を負えると、垣根は直ぐに立ち上がる。
フィアンマは今頃どこか遠くへと逃れていて何処にいるかは不明だが、ロシア中の基地を潰して回ればいずれ出てくるだろう。
「何処へ行くの?」
「答えるまでもねえだろ。フィアンマをぶっ潰しにだ。余り時間もねえしな」
フィアンマが具体的に何を企んでいるのかは知らない。興味もない。ただ良からぬ事であるのは何となく勘で分かる。フィアンマの計画が成功してしまえば世界が根底から捻じ曲がることになるだろう。或いはそれを変革というのだろうか。
(エリザリーナがフィアンマから聞いた事によると、火・水・土・風の四大属性が歪んじまってるらしいが。それを是正することだけが目的って訳じゃねえだろ、フィアンマさんよ)
垣根は白翼を出し飛んでいく。
エリザリーナが何かを言った気がしたが、垣根が振り向く事はなかった。
数時間も経たない内に、ロシア軍の基地の幾つかが壊滅した。
何の痕跡の証拠も残さず、まるで悪魔にでも襲われたかのように基地は撃滅されたのだ。通信も何もなく、ただ忽然と。
そんな事をたった一人でやってのけた垣根は、達成感の一つもなく苛立ちを隠せないでいた。垣根の体には傷どころか服にもゴミ一つついていない。
基地を一人で潰すなんていう事も、学園都市第二位の怪物にとっては退屈な単純作業でしかなかった。基地に魔術師が一人もいなかったというのも垣根を苛立つ要因であった。
(ただ適当に潰してもフィアンマには当たらねえか。ロシア中にある全部の基地を虱潰しに潰すってのも骨だ。適当にどこか一つに当たりをつけて襲うのが最上か。それとも……直接ロシア成教の親玉をふん捕まえて甚振ってフィアンマの居場所を吐かせるってのも手だな)
しかしそれをする場合は垣根も相応のリスクを覚悟しなければならない。
ロシア成教の総大主教ともなれば実力も屈指のものかもしれないし、警備の魔術師も尋常ではない筈だ。
本当はロシアの総大主教は単なる傀儡に過ぎず何ら有益な情報など持っていないのだが、そんな事は所詮流浪の超能力者である垣根が知る由もない。これを知るのはロシア成教内部でも一握りの者だけだ。実際にフィアンマと共謀しているのはワシリーサの直接の上司でもあったニコライ=トルストイである。
垣根は一息つくために、雪の積もったロシアの大地に降り立つ。この極寒の地を歩くには垣根の格好は良い所のホストのようなものであり適切とはいえなかったが、寒さなどは『未元物質』で防げるので問題はなかった。
(幾ら同盟してるとはいえフィアンマはローマ正教の人間だ。フィアンマのいるロシアの基地には、他にはない奇妙な動きがあるかもしれねえ。それを読み取れれば……)
壊滅させた基地から奪い取ってきた資料の数々を読み比べる。
物資の搬入や配備されてる人員など、複雑な数列やパーセンテージなどが記されてあったが垣根の頭脳は一つ一つ高速でそれらを頭に叩き込み処理していった。
(幾らフィアンマが最強の右手をもってるとはいえ、一人でロシアまで乗り込んでる訳じゃねえ。他にもローマ正教の人間が幾らかは来ているはず。だがフィアンマのようなVIPだ。なにか他にはない特徴がある筈だ。外観からは分からねえものだろうが、こういう深い資料なら手がかりが掴めるかもしれねえ)
面倒臭い作業だが、これも自分のヘマの招いたことだ。我が侭は言ってられない。
しかし垣根が有益な情報を得る前に、垣根の背後で蠢くものがあった。
「―――――――そこの岩陰。俺の様子を伺ってやがるな?」
一際大きな岩陰の向こう側で複数の気配がある。
垣根は『未元物質』を散布し何人が潜んでいるか確認してみるが、
「?」
未元物質が何か他の物質に邪魔されて、敵の情報を得ることができなかった。
こんな事は初めてだ。
魔術でも単純な超能力や科学でもない、不可思議なものに垣根の『未元物質』によるレーダーが妨害された。
(待てよ)
この物質を垣根は知っている。
理論上は存在する『暗黒物質』とは違い本当に世界には存在しない、垣根帝督の超能力によってこの世に引っ張り出され新生した新物質。彼の能力名にもなっている異常な存在『未元物質』。
(馬鹿な。そいつは俺以外が生み出せるもんじゃ! 第一位でも無理だぞ。あいつは生み出された『未元物質』のベクトルを操れるかもしれねえが、自分で『例の場所』から『未元物質』を引っ張り出すのは無理だ)
けれど、岩陰に潜む何者かが『未元物質』を操っているのは紛れもない事実。幻想ではない現実だ。
「…………答えろ。テメエは、何者だ?」
「刺客だよ。モルモットの癖して学園都市に刃向うテメエ等糞共をぶち殺す為に派遣されたなァ」
蠢いていた気配が姿を現す。三十代か四十代ほどの男だった。研究者らしい白衣に動き易そうなズボン。それだけなら別に何の異常もない。異常過ぎるのは男の顔。染められたライオンのような金色の髪に顔に刻まれた暴力的タトゥー。なによりも猛禽類のような笑みが男が堅気の人間ではないことを如実に表している。
「テメエは……。ああ、知ってるぜ。俺が『スクール』のリーダーをしてた時、テメエのことは良く聞いてたぜ。学園都市第一位『一方通行』の超能力を開発した男にして暗部組織『猟犬部隊』の指揮官。悪名名高き木原一族の中でも特に優秀かつ残酷で狂った男、そいつの名は―――――――木原数多。一方通行に敗れて死んだと聞いていたが」
「地獄から引っ張り出されたんだよぉ〜! 閻魔様が俺みてえな屑野郎は地獄にも居場所はねえと仰られてなァ」
しかし木原数多にはそれを超える異常がある。
木原数多は一人ではなく三十人同時に現れたことだ。
これを異常事態と言わず何と言う?
後書き
一方通行からしたら悪夢の極みの木原軍団。
おやまーな事態です。
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