とある魔術の未元物質
SCHOOL144 双 子 天 使
―――神は勇者を叩く。
神は勇者に対して誰よりも慈悲深いが、同時に誰よりも厳しい。
勇者は多くの幸運に恵まれるが、同時に多くの苦難を経験する。
勇者は人一倍恵まれているが、だからこそ人一倍の苦労があるのだ。
フィアンマから生えているのは紛れもない翼だ。右方の火を象徴する大天使ミカエルの炎翼。フィアンマは雄大な翼を背中から伸ばし軽く腕を組む。喜びからかその口元がやや吊り上っていた。
「まさかテメエの覚醒に俺を利用しやがったってのか? だけどミカエルが……ルシフェルで……一体なにがどうなってやがんだっ」
垣根の声には屈辱と疑問が半々に混ざり合っていた。
フィアンマはそんな垣根の様子を眺めながら満足そうに頷く。
「昔話をしようか。我等が主はな実に聡明だったのだ。主は世を運営していくに辺り一人では大変だと、自らの手足となる『天使』を作り出した。天使には序列があり最も強い力を持つ天使こそがルシフェルとミカエルを始めとした大天使だ」
「そんなのは知ってる。常識だからな。十字教徒じゃなくたって知ってるようなことだ」
「話は此処からだ。集団というのはトップがいなければバラバラになり廻らないものだ。天使も同様。そのトップは主が努めれば良かったのだが、上が一人だけというのも心細い。主はナンバーツーを求めた。自らの代行を努められるだけの力を持った始まりにして最高の天使達。それが……ルシフェルとミカエル」
「……ルシフェルとミカエルが四大天使の中じゃ頭一つ飛ぶ抜けてるのは知ってる。お前の持つ力がそれを証明しちまってるからよ」
垣根は神の右席全員の能力を知っている。
あらゆる呪いや制限などから解放されるアックアの聖母崇拝。
自らに悪意や敵意をもった者を問答無用に昏倒させる天罰術式。
物事の優先権を変えてしまうテッラの光の処刑。
そしてフィアンマ絶対の右手。
神の右席が全員で殺し合いをしたら勝つのは100%フィアンマだろう。
「いいか、他の多神教の神は知らんが十字教において主とは。神とは……全知全能にして絶対的な存在だ。為し得る奇跡に不可能という文字はなく限界もなく、神を倒せる者など存在しない。ルシフェルとミカエルは双子の天使。神はその双子に祝福として自らの力を分け与えた。ルシフェルには神の全知全能性を、ミカエルには神の絶対性を。だからこそ垣根帝督、お前は全能だ。どんな異能だろうと、あらゆる奇跡をお前は制約を無視して使える。そして俺様は絶対だ。兆の軍団が襲い掛かろうと俺様は絶対に勝利する」
「聖書でルシフェルがミカエルに敗れて地獄に堕ちたのはミカエルが絶対だったからって言うのか?」
「それもある。ミカエルが宿すのが絶対性という理由から、その力の応用性はルシフェルの全能に遥かに劣るが単純な力比べなら最強になれる。しかしな、最初に言った通り主は酷く頭が良い。主は予測していたのだよ。その力故に傲慢になったルシフェルとミカエル、双子天使のどちらかが全ての父たる自分に反逆することを。だからこそ一つの天使として生み出さなかった。絶対性と全能性を分けたのだ。一方が裏切ればもう一方を使って一方を殺させる仕組みを用意するためにな」
「まさか! 神がやろうとしたのは……っ!」
「気付いたようだな。主は天使という操り人形のバグを取り除く為、主は用意したのだよ、ミカエルとルシフェルを」
天使という操り人形の中の一部に、特有のバグが出来てしまう事は聡明にして全知全能の神は予見していた。バグのある天使は私利私欲のために暴走し神の創りあげたシステムに影響を及ぼす。
そのバグを持つ欠陥天使を摘発するために、敢えて神はルシフェルとミカエルの双子天使にバグを植え付けた。一方のバグが表面化すればもう一方のバグが消えるような仕組みを生んだ上で。
ルシフェルのような大天使のバグは他のバグを持つ天使にも影響を及ぼす。結果、ルシフェルの反逆に触発された三分の一の天使がバグを表面化させ、戦争に敗れた彼等は天界から追放され堕天使となった。
「しかし聡明な我らの主にも予知しえぬものが一つあった。それはルシフェルとミカエル、どちらの双子が先に反逆を行うか、だ。そこで神は考えた。どちらが反逆しても確実に対処できるような絡繰りを用意すればよいではないか、と」
「お前の右手には……回数制限があった。まさか、そいつが?」
「良い読みをしている。正解だぞ垣根帝督。最初、生み出されたばかりの大天使ミカエルにも俺様の右手と同じく回数制限があった。絶対性は常ではなかったのだ。だからミカエルが反逆したとしても物量で押せばやがて回数に限界をこさせ無力化できる。そして逆にルシフェルが反逆すれば……」
「成程な。天使ってのは自意志のねえプログラムだ。その天使同士が争い合うとなりゃ一方がバグを起こしたかしかねえ。つまりミカエルの回数制限はルシフェルと敵対した時に解除されるようになっていたってことか」
「またまた正解だよ、お前は頭が良いな。仮にミカエルが反逆した場合はルシフェルはミカエルと戦わないようにプログラミングされていたのだろうな。ミカエルの制限はルシフェルと敵対しない限りは目覚めない。ミカエルが神に反逆しようとルシフェルが一時的に機能停止させ木偶の坊になっていれば解除されないということだ。…………俺様はその制限を解除するため"神のシステムを殺せる"という出鱈目な上条当麻の『幻想殺し』と十万三千冊の魔道書を記憶した『禁書目録』に目を付けた。世の理を捻じ曲げる十万三千冊と神のかけた制限すらも殺せる幻想殺し。これを利用して俺様自身の回数制限を無にすることが俺様のメインプラン」
だが、もはやメインプランなんてものはフィアンマにとって意味のないものだ。
十万三千冊の魔道書も、幻想殺しもフィアンマはもう興味がないだろう。なにしろ既に目的を果たしてしまったのだから。
「……そうか」
垣根とフィアンマの間に漂う一触即発の雰囲気。
先程まで垣根が感じていた魂の疼き、その正体が漸く分かった。ルシフェルとミカエル、互いに互いを潰しあうように創りだされた双子。
恐らく垣根帝督が自らの肉体を作り変えてしまった……あの『自動書記』と戦った時からこうして戦う事は宿命づけられていたのだろう。
「俺様とお前は敵対している。だがな、ただ敵対するだけでは駄目だ。お前自身が地獄と光を象徴するルシフェルの『神の右席』として覚醒しなければ、俺様の制限が解除されることはなかった。そしてお前は俺様の期待に応えた。お前が強まれば俺様も強まる。お前の覚醒は俺様の覚醒」
「いいぜ。ぶっ潰してやる、フィアンマ」
地獄の大総帥ルシフェルと天使長ミカエル。
聖書によって記されし戦いが現代へと蘇る。
それは旧約最後の戦い。
後書き
超展開の連続で話のスケールが再現なしにデカくなってきました。
聖書の云々は完全に独自設定なので、これが本当だとは思わないで下さい。あくまで本作品だけの設定です。
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