それなりに乗り込んでいるMA・メビウスのコックピット。
だがこれから戦争に行くのだと思うと、まるでまるっきり別のマシンの中にいる錯覚すら覚えた。
手に汗が滲む。武者震いだ、なんて強がる気はない。これから命の奪い合いをしにいくのだ。当然死ぬ可能性は海賊の捕縛任務とは比べ物にならないほど高い。
それでもミュラーとしてもここで逃げ出す訳にはいかない。
別に国を守るためだとか、大義名分を口にする気はないが……逃げだら逃げたで敵前逃亡で軍法会議だ。
先に隊長機のメビウスが出撃して、今度はミュラーの番となった。
「軍法会議で銃殺刑に比べたら、戦う方が良いな。ハンス・ミュラー、出撃する」
ハッチが開きメビウスが戦艦サンダースから飛び出した。
続いてタナカのメビウスも出撃してくる。少し横を見れば同じように戦艦から出撃したMAが数えきれないほどに広がっていた。
たかだか総人口二千万程度の国を相手にするには過剰ともいえるだけの戦力はそのままコーディネーターに対する嫉妬と恐怖との裏返しにすら見える。
『ミュラー中尉、タナカ少尉。貴様等はこれが初の実戦だ。なに心配するな、相手はたかが民兵上がりだ』
隊長のMAからそんな通信が送られてくる。
少しだけにやりとミュラーは笑ってしまった。初の実戦というが、それは隊長とて同じはずである。なにせここ最近、戦争なんてものはなかったのだから。
それでもこうして偉そうに言うのは自分に言い聞かせるのが一つと、ミュラー達を安心させるのが一つだろう。
「了解です大尉」
『俺もまだ帰って来週から始まるドラマ見たいですからね。死にはしませんよ』
『タナカ少尉! 戦場でそういう発言は命取りだぞ! ジンクスを知らんのか!』
『すんません。俺そういうの詳しくなくて』
『……と、無駄話はこれまでだ。敵さんのお出ましだ』
メビウスのレーダーにも反応がある。
ザフトの戦艦から飛び出してきた機体がこちらの射程内に入りつつあった。だが、これは。
「おいおい。MAも大概にしてSFだけどこれはないだろう」
メビウスのモニターに映った機体に呆れたように声を漏らす。
宇宙戦というのにザフト軍が出してきたのはMAではなかった。
建物を握りつぶせそうな鋼鉄の腕、戦車砲を真正面から受けても耐え切れそうな装甲、そして力強い両足。手には巨大なマシンガンをもっている。
まるっきりロボットだった。ザフト軍がMS(モビルスーツ)という人型軌道兵器を創り上げたというのは噂には聞いていたが事実だったらしい。
『はん! 宇宙の化物共は戦争を知らないようだ。あんなSFもどきの玩具で戦争が出来ると思っているのか。ミュラー機、タナカ機。俺に続け!』
「大尉。確かに敵はSFもどきですが、未知数です。ここは様子を見た方が良いのでは?」
『慎重論はいいが逃げてばかりでは戦争はできんぞ。それ!』
大尉のMAが敵MSに突進していく。どうやら他のMAも同様らしい。
『そら! 落ちろぉおお!!』
大尉のMAから数発のミサイルが発射される。現代のレーダーは優秀だ。相手がどんなに優れたパイロットで変態的な機動をしようと、ミサイルは正確にそれを追尾していく。
現代戦がボタン戦争と揶揄された原因の一つである。
MS――――ジンのモノモアイが不気味に光った。ジンは腰から重斬刀を抜くと、もう片方の手でマシンガンを連射した。
『な、に!』
全てのミサイルを正確に撃ち落としたジンは背中のバーニアを吹かせ、大尉のMAの頭上に回り込むと重斬刀を真っ直ぐ振り下ろした。
なにが起きたのか……起きてしまったのか理解するのに一瞬の時間を用意した。
だが大尉のMAが爆散し宇宙に小さな花火を打ち上げたのを見て否応なく知る。
「大尉ぃぃぃいいいいいいい!!」
大尉が死んだ。仮にも自分の直接の上官がいきなり死んだのだ。
『う、嘘だろ……あっけない……』
「タナカ少尉、一度退くぞ!」
メビウスの出力を全開にしてジンから遠ざかっていく。タナカ少尉は自分で思考することもできないでいるのか大人しく従った。
「まさかMSがあれほどなんて……予想以上だな、これは」
今さっき死んだ大尉のことを、ミュラーは良く知らない。
このサンダースに配属となったからまだ一週間も経ってないのだ。彼がどういう趣味をしていて、どういう女の子がタイプなのかも聞いた事もない。
それでも悪い人ではなかった。さっきも自分も恐いだろうに部下である自分達を元気づけようとしていた。そんな大尉が死んだ。本当に一瞬で命を散らしたのである。
「堪えるもんだな。戦争は」
これが艦内なら壁の一つでも殴りたいところだが、この戦場でそんなことをしている余裕はない。
取り敢えず大尉には悪いが敵討ちよりも生き残ることを優先させて貰おう。
「……他の方も大変みたいだな」
連合軍がその物量を頼みにしてただの殲滅戦になる――――と誰しもが予想していた戦いは、今やザフトの機動兵器MSに一方的に蹂躙される戦場となっていた。
これでは立場があべこべである。
『驚きましたよ。まさかザフトの新兵器ってのがあんなSFで、あんなに……』
漸く元の調子を取り戻したタナカ少尉が通信で話しかけてきた。
「ああ。SFも馬鹿にできないもんだよ。相手が人型軌道兵器ならこっちはどうする? サイヤ人でも呼んでこようか」
『そりゃいい。全部かめはめ波で一発だ』
「……だが、実際にはそんなサイヤ人なんていないんだ。自分の命は自分で守ることにしよう」
MSジンは強力な兵器だ。パイロットがコーディネーターで誰もかれもがエース級というのもあるだろう。だがそれ以上に機体ポテンシャルに差がある。
ジンのその優れた所は一に人型であることと装甲の厚さだ。こちらがマシンガンばら撒かれれば即死なのに対し、あちらはその程度ならノーダメージではないが耐え切ることができる。
極め付きに人型であるせいで、メビウスよりも遥かに器用な動きをするし急停止と急旋回も思うが儘ときた。
「少尉。ジンの重斬刀、あれは厄介だぞ。迂闊に近付けばバッサリとやられる。絶対に近付くなよ」
『無茶言いますね。そんじゃあっちが近付いて来たらどうすんです?』
「逃げろ。不幸中の幸いか日ごろの行いがいいのか、メビウスの直線速度だけなら敵さんのMS以上だ」
『逃げても撃ってきますよ。マシンガン』
「そうだな。その時は避けてくれ」
『避けれなかったら?』
「……少尉。君、宗教は?」
『え? うちの婆さんがクリスチャンでしたから、たぶん俺もそうなんじゃないんですか?』
「なら十字を切ってくれ。後ろめたいことがなければ天国にいける」
『酷いっすね、少尉。そこは命に代えても俺がお前を守ってやる、って言うところでしょうに』
「捻くれ物の先輩に巡り合ったんだって諦めてくれ。生憎だが俺も自分のことで手一杯なんだ」
しかし大尉が戦死してしまったということは、自分がMA隊の隊長ということになってしまうのだろうか。
確かに階級はタナカより一つ上だし先輩だが……。
「せめて副隊長からだろう。順番的に。惜しい人を無くしたよ」
『何か言いました?』
「愚痴だよ。それくらい許してくれ。さあ来るぞ」
MSが一体、こちらに狙いをつけたようだ。バーニアを吹かせてこちらに向かってくる。
相手が同じMAならミサイルを撃ちつつドッグファイトなんていうのも手なのだが、敵はMSでこちらはMA。
近付かれることはこちらの敗北を意味する。
「タナカ。ミサイルをうちつつ距離をとるぞ」
『了解っと』
二機のメビウスからのミサイルの発射をこれまた正確な射撃で撃ち落としていくジン。
コーディネーターの反射神経は伊達ではないということだろう。
ジンの重装甲ではメビウスの45mmガトリング砲など歯が立たない。尤も有効と思われる武装は対装甲リニアガン。これをぶち当てるしかない。
(それでも誘いくらいにはなるかな)
効かないと分かっているガトリング砲を敢えて撃つ。
ジンは巧みな動きでそれを躱すが何発かが装甲に命中した。それでジンのパイロットはカチンときたらしい。装甲に不埒なる攻撃を加えたメビウス――――ミュラー機目掛けて突進してくる。
「うおおおおおお! これは凄い!」
ジンのマシンガンの連射をどうにか掻い潜っていく。敵の狙いは正確そのもので、少しでも気を抜けば蜂の巣だ。
しかしミュラーとて子供の頃から空間認識能力にだけは自信がある。なにせこれのお蔭でパイロット課で頑張れたようなものだ。訓練で培ったことを吐き出す。
ジンが中々撃ち落とされないメビウスがいい加減鬱陶しくなったのか今度は重斬刀を抜いてきた。マシンガンの掃射でどうにか動きを鈍らせながら接近し、重斬刀で切るというのが狙いだろう。
だが重斬刀を抜いたその僅かな間、背後からジンをガトリング砲の掃射が襲った。
『そらそらそら! これでも喰らえSFもどき!』
ジンのパイロットはミュラーにかかりきりで、タナカのことを失念していたのだろう。MS越しだが焦りのようなものを感じ取れた。
といってもガトリング砲ではジンを倒せない。そのことはタナカも承知しているので、留めのリニアガンを放った。対装甲用のこれならMSジンの装甲だろうと撃ち抜ける。
『させるかよぉ! ナチュラルがぁ!!』
ジンのパイロットが激高しながらも、精密な機動でリニアガンを躱した。
だがそこへ、
「今度こそ喰らえ」
急旋回したミュラーのメビウスが放ったリニアガンが命中した。対装甲用の一撃にジンは爆散する、と思いきや損傷大の機体でどうにかマシンガンをこちらへ向けてきた。
最後の力を振り絞っての一撃だろうが、わざわざ喰らってやる義理はない。
「もういっぱぁぁぁぁぁぁぁつッ!」
リニアガンの第二射が今度はジンの装甲を完全に貫き、爆散させた。
広大な宇宙の海にまた花火が一つ上がる。
「これで敵討ち……にはならないか、大尉」
溜息を吐く。こうしてどうにか一機のジンを倒せたが、まだまだジンは幾らでもいるのだ。
機転と作戦でこの場は凌いだが、他のメビウスの殆どはジン相手に為す術もなくやられている。
「これは負けるな」
それはわりと信憑性の高い予感であり考察だった。
もしもこのまま戦えば、歴史にはこの一戦は連合軍の敗北だったと記されるだけだっただろう。もしもこのまま戦っていれば、だったが。
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