月に帰ったミュラーを待っていたのは世界樹での勲章授与と同じ、否、それ以上のお祭り騒ぎだった。
 護衛艦リンカーンのたった一人の生存者。味方が全滅して尚、敵から奪い取ったMSにのり敵を全滅せしめた英雄。
 それがプロガパンダであることは百も承知だ。しかし客観的にみて自分の戦果が連合軍の中にあって悪く言えば異常性、良く言えば飛び抜けていたのは事実だった。
 マスメディアは好き勝手に事実を誇張などをして報道しているが、味方が全滅してから鹵獲したMSで敵を全滅させたというのは嘘偽りのないリアルな出来事である。
 もしこれが自分ではない誰かがやったとすれば、思わぬ英雄の登場に口笛でも吹いたかもしれない。
 ナチュラルでありながらコーディネーターしか使えないMSを操り、コーディネーターを全滅させた。コーディネーターの軍隊であるザフトに苦渋を味わされ続けてきた連合軍にとっては降ってわいた吉報である。
 この出来事は軍部と政府とが手を組みマスメディアを通じてプラント含む全国に宣伝された。お蔭でミュラーも今では変装しなければ買い物にも苦労する有様である。
 本音を吐露するなら英雄扱いされても悪い気はしない。
 貶されたり罵倒されるのでもなく、内心でなにを考えているかは知らないが賞賛されるのだ。
 誰も褒められて悪い気になる者はいないだろう。第一賞賛を送る大多数は思惑もあるだろうが賞賛する気持ちは嘘ではないのだ。
 だがそれ以上に後ろめたさがある。
 味方が死んでも勇敢に戦い続けた連合軍屈指のエースパイロットなどとマスメディアは美化してハンス・ミュラーという人物を放送している。しかし言い換えれば味方は死んだのに、一人だけのうのうと生き残ってしまった負け犬ともいえる。
 ジョン・タナカを始めとして皆死んだ。なのに自分だけが。
 そういった後ろめたさがミュラーには常にあったし、有名になるというのは負担なものだった。
 しかしミュラーは努めてその感情を忘れ去ろうとした。
 人の生命が関わる問題から背を向け忘れようとするなど、人間としては恥ずべきことなのかもしれないし無責任でもあるのだろう。
 しかしそんな聖人君子な考えで軍人なんてやっていけない。
 命というものと正面から向き合わず、背中を向けて命に対して不真面目に受け止める。
 軍人の秘訣はこれだ、とミュラーは思った。
 それにそういった後ろめたさだけではない。
 四六時中記者団がストーカーのように付き纏うし、要らぬ妬みも買うこととなった。
 更に世界樹の時以上に軍内部での派閥争いへの招待状が届くようになったのである。
 誰の招待状も受け取らなかったし、記者団もあの戦い以来妙に働くようになった直感力を頼りに回避していたが、慣れない事の連続は確実に心労として積もっていた。
 とんでもない人気を誇ったアイドルなどが唐突に「ただの女の子に戻りたい」だとかいう理由で引退するのが分かった気がする。
 有名になるというのはメリット以上にデメリットが多い。
 なにせポルノ雑誌を買うことすら上官直々に止められるほどなのだ。連合軍は余程ハンス・ミュラーという新しい英雄のイメージを崩したくないらしい。
 そしてミュラーが『英雄』としての地位を確固たるものにされてから二週間後の今日。
 ミュラーは次の配属先を聞くために人事部のコートニー大佐の部屋に足を運んでいた。
 はっきりいって遅い対応だ。
 常ならばもっと早く新しい配属先が決まるものなのだが、大方自分達の作り上げた英雄をどうするかで上層部が揉めたのだろう。

「ハンス・ミュラー少佐、参りました」

 ミュラーの軍服にある少佐の階級章が光る。
 あの戦いの功績ということで大尉になったばかりだというのに、ミュラーは昇進を申し渡されていた。

「入れ」

 人事部にしては体格の良い男がミュラーを出迎える。
 まだ若い。年は二十か三十そこそこだろうか。

「ミュラー少佐、辞令を申し渡す。貴官は大西洋連邦デトロイド防衛部隊第七分室の所属となった。本日1345時の輸送船に乗りたまえ。連合屈指のエースをしっかりエスコートしてくれるだろう」

「デトロイドの……防衛隊でありますか?」

「そうだ。エースパイロットには退屈な仕事だろうが……不満かね」

「いえ。謹んでお受けいたします」

 心の中でガッツポーズをする。
 大西洋連邦の防衛隊といえばパイロットにとって憧れの赴任地だ、なにせ死ぬ可能性が低い。
 戦争のメインとなる舞台は宇宙であり必然的に宇宙所属のパイロットがもっとも死にやすいといえる。逆に一番死に難いのは国防軍などの本国で待機するパイロットだ。
 ザフトが地上に降下して大西洋連邦を制圧にかからない限りは戦闘になることもない。
 大佐は退屈だというが、命の危険と比べれば百倍マシだった。……もっとも表向きの理由以外にもあるのかもしれないが。

「失礼しました」

 喜びを表情に出さないよう抑えながら退室する。
 そして部屋に出て誰もいなくなったところでガッツポーズをした。
 自分一人だけ生き残ったという咎から背を向けて。その死だけを悼み、前に進む。



 プラントとの戦争が始まってそれなりの月日が経過したが、流石に地球連合の盟主ともいうべき大西洋連邦本国には戦争の傷跡なんてものはない。
 大西洋連邦がまだアメリカ合衆国という名前だった頃から世界屈指の超大国として君臨していたという事実は伊達ではないのだ。
 物量や兵器の質でも国力においても大西洋連邦は地球圏随一だった。ただしプラントを除けばだが。
 デトロイドにきて一日目は何もなかった。最初の一日は街を見ておけという指令があっただけで、基地に来いとも挨拶しろとも命じられなかった。
 そして翌日、ミュラーは黒服の運転手の運転する車にのって郊外にあるという研究施設へと向かっていた。

(鬼が出るか蛇が出るか……)

 ミュラーは自分のことを過大評価してはいないが、過小評価もしていない。
 第三者的な視線でみて今の自分が連合上層部にとって中々利用できる存在であることくらいは承知していた。
 だからこういう如何にもな怪しい男が案内すると言ってきた時にも驚きはなかった。

「つきました」

 車が止まる。
 ミュラーは自動車から降りて着た場所を確認してみると、そこは研究施設だった。
 研究施設といってもビル一つだとかそういう次元の施設ではない。まるで野球ドームが10個は収まりそうな広大な敷地に巨大な建築物が並んでいる。
 
(……あの社名は)

 研究施設の建物にあるロゴ。ブルーコスモスの紋章の横にある財閥を示すロゴが刻み付けられている。

「アズラエル財閥」

「そうです。ミュラー少佐、貴方にはこれから盟主と会って頂きます」

 黒服の男は無感情に言い放った。
 サングラスで隠された表情は読み取ることは難しい。

「悪いが俺は……私はブルーコスモスじゃない。勧誘なら他をあたってくれないか?」

「いえ少佐、貴方がブルーコスモスであろうとなかろうと関係はないのです。貴方は今日ここにくるよう正式に軍の命令が下されているのですから。そして盟主に合うことも」

 確かに、そうだった。事前に朝の段階でそういう命令がミュラーに下っていた。ただし行先がアズラエル財閥の施設であるとまでは知らなかったが。
 しかし商人が軍人を顎で使う時代になるとは……民主主義も腐敗したものだ。
 軍人が政治に口出しするのと、商人が軍事に口出しするのとどちらが性質が悪いのだろうか。
 
「分かった。行こう」

 文句を言っても始まらない。文句を堂々と口にするほどミュラーはもう子供ではなかった。
 ムルタ・アズラエルに逆らうということが自分の死刑執行命令書にサインするのと同じ意味であることくらいは理解している。
 愚痴というのは誰もいない場所でするものだ。
 施設の中を歩く。程よく効いた暖房は施設内を快適な温度に保っていた。
 やがて廊下に立っている男に目が留まる。
 青というよりは水色に近いスーツ。髪の色は薄い金。財閥の御曹司というイメージがピッタリと当て嵌まるが、悪の秘密結社の親玉という表現も当て嵌まりそうな男だった。

「良く来てくれましたねミュラー少佐。僕はムルタ・アズラエル、今更説明するまでもないですが国防産業理事とブルーコスモスの盟主を努めています」

 ミュラーは敬礼しようとして、アズラエルに止められた。

「いいですよ敬礼なんて。僕は軍人じゃないんですからね。一応はただの民間人ですよ」

――――貴方のような人間が民間人なら、さぞや大統領閣下は大変でしょうな。一人一人の意見に一々顔色を疑わなければならないのだから。

 と、言いたかったが言わなかった。
 ミュラーは真正面からアズラエル財閥批判をするほど命知らずではない。ミュラーとて多少の正義感くらいはあるが、それは自分の身の安全より遥か下にあるものだ。

「貴方を呼んだのは他でもありません」

「理事、申し訳ないのですがブルーコスモスに入れという要望ならお断わりさせて頂きます。私は派閥のようなものに属する気はありませんので」

「早合点しないで下さい。入ってくれるならこの上なく嬉しいですが、別にそんなことまで強要はしませんよ。一応は思想の自由というものがありますから。貴方に来て貰ったのはこれです」

 アズラエルの背後にあるシャッターが開く。
 その中に佇んでいたのは灰色の巨人だった。戦車も粉微塵にできそうなサブマシンガンと重斬刀、MSジン。

「貴方にとっては懐かしい再開ですか? ええこれは貴方が宇宙の化物を皆殺しにした際に搭乗したジンです。僕がいってこの研究施設まで持ってこさせました。やはり貴方も慣れたものの方がいいでしょう? 感謝して下さいよ。これを持ってくるのに結構お金を使ったんですから」

「待って下さい理事。それではまるで、私がこのジンに乗るようではありませんか」

「はい。そうですよ」

 ニヤリと爬虫類のようにアズラエルは笑った。

「貴方は今後メビウスではなくこのMSに乗って貰います。そのためにMSの操縦に慣れて貰わなくてはなりませんから」



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