「大佐達は大丈夫でしょうか」

 自分の上官であり命の恩人ともいえるミュラーを心配して、ナインは声を漏らした。
 隣で自分が乗ることになる連合製MS『ストライク・ダガー』のデータに目を通しているキャリーは相槌をうちながら、

「私達と違って大佐もフラガ少佐も連合軍にとっては大事なエースパイロットだ。それに大佐とてアズラエル氏の邸宅に行ったことは一度や二度ではないのだろう。なら大丈夫だろう」

「………」

「それに私達が心配したところで出来ることはない。寧ろ私達が出しゃばらない方が好印象だろう」

 連合軍に所属され一定の地位は認められているもののキャリーとナインはコーディネーターだ。
 ハルバートン提督とミュラーが直々に選任したアークエンジェルクルーや旧ブリッジマンクルーなどは比較的ブルーコスモス思想を抱いていない人間が多かったのでそれ程でもないが、キャリーが前に所属していた部隊での環境は酷いの一言だった。
 正面から罵詈雑言を浴びせられることなど日常。少尉という階級についていたが部下から敬われることなど殆どなかった。上官からは汚れ仕事ばかりを押し付けられ、陰湿な嫌がれせは日常茶判事。中でも最悪だったのはコーディネーターに近しい人間を殺されたという人間から『悪魔』呼ばわりされたことだろうか。
 ムルタ・アズラエルはそんなブルーコスモスのトップに君臨する存在だ。そこにキャリーやナインのようなコーディネーターがノコノコと付いて行けば、それだけで上官であるミュラーの心象は最悪になる恐れがある。

「私達がやっておくべきことは、大佐が帰って来たときの為にストライクのOSを大佐用に調整しておくことと。私達に与えられた搭乗機を自分のものにすることだ」

「そうですね。了解です中尉」

 二人はアークエンジェルの格納庫に新たに編入された二機のMSを見上げる。
 見た目はモノアイで重装甲のザフト製MSよりもストライクを始めとしたガンダムタイプに近いだろう。ただガンダムタイプの頭部がデュアルアイなのに対してこのMSの頭部はカメラアイだ。
 他にもPS装甲が実装されておらず、出力もガンダム以下など大きな違いがある。
 このMSこそ連合軍がザフトのMSに対抗して開発した量産型MS『ストライク・ダガー』だ。
 ストライクといってもストライカーパックはない上、その機体性能はどちらかというとストライクというよりデュエルガンダムに近いのだが、奪われたMSの名前をつけたくないということで『ストライク・ダガー』となった経緯をもつ。このあたりは連合上層部の見栄だろう。
 ヘリオポリスで開発されたガンダムはPS装甲を始めとした最新鋭技術を詰め込んだ機体のため非常に値が張る。性能が高いことは高いのだが値段まで高いので大量生産には向かないのだ。
 そこでスペシャル機であるガンダムと平行して開発されていたのが、このストライク・ダガーなのである。
 ミュラーがアズラエル財閥と共同で開発したナチュラル用OSもインストールされてあるのでナチュラルでも簡単に操縦が可能だ。
 とはいえまだ正式な実戦配備はされていない。アークエンジェルに配備されてきたのは先行量産型の二機だ。

「ナチュラル用のOSは素晴らしい。ザフトのMSは操縦者の腕に丸投げしている箇所も多分にあったからな。このMSが連合軍全体に行渡れば戦局も変わるだろう」

 ダガーは確かにガンダムと比べれば劣るMSだ。しかしビームライフルとビームサーベルを標準装備としているため、ザフトが最も採用しているジンよりも性能において上回る。
 これに連合の物量が加わればザフトに押されっぱなしの情勢を押し戻すこともできるだろう。

「ただナチュラル用のOSは私達には無用のものだ。他のOSはインストールされていないようだから、自分で自分のOSをプログラミングしておかねば」

 誰にでも扱える所有者を選ばないMS。それは逆に言えばMSを選ぶほどの技量をもつパイロットには不相応な機体ともいえる。
 多くの動作をある程度オートでやってくれるOSでは、MSでより複雑かつ洗練された動きをするキャリーやナインの技量についてこれないのだ。

「分かりました、手伝います中尉。それと……」

「なにかな?」

「僕の機体、黒く染めることは出来るでしょうか?」

 ミュラーの部下になってからナインは、赤と黒のカスタム・ジンに合わせて黒く塗装されたジンで戦ってきた。
 機体を黒くすることはナインにとってハンス・ミュラーの下にいるという証のようなものでもあるのだ。

「掛け合ってみよう」

 そのことを察してかキャリーはふっと微笑んだ。



 ちょこんとソファに座るローマの視線を浴びながら、ミュラーは出された紅茶を飲む。
 流石はアズラエル邸の紅茶だ。良い葉を使っているのだろう。自動販売機で買うような紅茶とは泥とワインくらいの差があった。こんな美味しい紅茶を飲むともう普通の紅茶が呑めなくなりそうだ。
 ミュラーの懸念とは裏腹にお茶会のようなものは平和に進んだ。ローマは日々の暮らしや出来事について話しながら、ミュラーは軍でのことについて話す。お互いに無縁の世界についての話だ。話の種は尽きない。時々フラガにも話が振られ談笑は更に輪を広げていく。
 あくまでも平穏に、かつ静かに茶会は進む。このまま終わればいいな、と淡い期待を抱くが、そう簡単に終わってくれないのが世の常というもの。
 事態を急転直下で動かしたのはやはりローマだった。

「ところでハンス」

「なんでしょう?」

 本日三杯目となる紅茶を飲みながら答える。

「私と結婚しましょ」

「ぐっ、ごほっ! な、なにを、仰いましたか!?」

 油断していたところに突き刺さるボディーブローに思わずミュラーは紅茶を吹きだしそうになる。
 気管に紅茶が入ってしまい咳き込んだ。

「え? だから結婚しましょって言ったの。プロポーズよ。意味知らないの?」

「いえ。プロポーズの意味くらい知っていますが……」

 ローマにからかっている様子もふざけている様子もない。しかしプロポーズする男女特有の緊張感もないように見えた。

「そもそも、なんでいきなりそのようなことを?」

「だって波長が合うんですもの、私と貴方。これほど合う人は初めてよ。きっと私と貴方は運命の赤い糸で結ばれているに違いないわ。だから一緒になる。ほら、なにもおかしくないでしょ?」

「いえ、世間一般的にいえば、十分おかしいと愚考しますが」

 波長が合うというのはニュータイプ同士が感じ合うプレッシャーのようなもののことだろう。ニュータイプの実在や有無はさておき、ローマは自分やミュラー達がニュータイプだと確信しているのだ。そういうことと受け取るしかない。
 しかしローマがどういう思いでプロポーズなんて人生の墓場への切符を買おうとしているかは知らないが、ミュラーとしてはそう簡単に『はい、分かりました』などと答える事は出来ない。
 恋愛感情はおいておくにしても、ローマはアズラエル財閥総帥ムルタ・アズラエルの一人娘なのだ。その娘と結婚する。恐らく今世紀最大の逆玉だろう。
 だがただ逆玉だ、と大騒ぎするほどミュラーは能無しではない。ローマ・アズラエルと結婚、なんてことになれば確実にハンス・ミュラーは『ブルーコスモス』だと見られるだろう。どれだけミュラーが口で否定しようと、ローマと結婚というのはそういうことなのだ。
 それだけではない。ブルーコスモス盟主の娘の夫ともなれば十分にコーディネーター過激派のテロのターゲットにもなるし、ブルーコスモス同士の派閥争いにも巻き込まれる。
 退役して呑気な年金生活を送る事を夢見るミュラーとしてはなにかと面倒過ぎるのだ。
 故になんとしても断らなければならない。

「それに私はまだ22歳。当分結婚する予定などありませんし……ましてやミス・アズラエル。貴女は14歳ではありませんか」

「八歳の差で結婚する人達なんて一杯いるわ。年の差なんて関係ないんじゃなくて」

「年の差だけを言っているのではありません。そもそもミス・アズラエル」

「ローマって呼んで。さもないと話さない」

 こめかみを抑えながら咳払いをして気を落ち着ける。
 護衛のフラガはこの事態に対して笑いをこらえるのに必死なようでまるで役に立たない。

「では、ローマ嬢」

「ローマ、呼び捨てにして」

「…………ローマ、そもそも大西洋連邦の法律では14歳では結婚などできません。これは決して悪法ではなく……結婚というのは人生において今後の生涯を共に歩くパートナーを決めるとても大事なことです。
 恋愛と結婚は違います。結婚する年齢に制限がつけられているのは、社会的に自立し自分自身の未来を見据えるようになってからパートナーを選ぶべきだという考えがあるからなのですよ。なので……」

「ハンスったら奥手なのね。いきなり夫婦じゃ緊張するから、恋人同士から始めましょうなんて」

「え、いやそうではなく」

 駄目だ。遠まわしに断ったつもりだというのに、まるで話が通じていない。

「もしかして、ハンス。もう恋人がいるの?」

 目を潤ませながら子猫のように聞いてくるローマ。
 ミュラーとしては適当に『いる』と断言しておきたいが、生憎と現在付き合っている女性はいない。嘘など吐こうものなら、あの地球のような瞳に見透かされてしまうような気がする。

「軍隊というところは女性が少ない組織でして。生憎と今はそういった女性はいません」

 結局、真実を話してしまった。ローマの表情がパァッと輝く。

「なら私が今日から貴方の恋人ね。よろしく」

「ローマ、私は……」

「私が恋人じゃ嫌なの?」

「そういうことではないのですが」

 相手が相手だけに強く断る事が出来ない。
 それにハンス・ミュラーという人間はこういう押しには弱い性質だ。反骨精神はあっても、それを実行するだけの気概に欠けているとでもいうべきか。

「じゃあ私が恋人でいいのね。良かった」

「あ、はい」

 結局、ミュラー本人の意志などお構いなしに強引に押し切られてしまった。
 MS戦では屈指の撃墜王もこの方面では墜落王にしかなれなかったということだろう。

「それと大丈夫よ。私が大人になっても、私の感情は変わらないから。いつの時代だって私のパートナーはハンスを選ぶわ」

「……光栄です」

 自分とは関係ないなら素直に可愛いと思える笑顔でさらりと言ってのけた。恋の病に侵されている男なら見栄も外聞もなくニヤけたかもしれないが、ミュラーは胃のあたりに痛みを覚えただけだった。
 お茶会はそうして終わった。ハンス・ミュラーの胃を犠牲にして、フラガと二人邸宅を出る。

「いやぁー。流石はヤキンの悪魔だ。大佐はモテモテだね。まさかアズラエル財閥の御令嬢を撃墜とは。いやいやアレは撃墜されたって感じですな」

 面白いものを見れたようでホクホク顔のフラガ少佐は上機嫌だった。
 そんな彼にミュラーは今日最高の笑顔で言う。

「フラガ少佐、減俸三か月」

 少佐は騒いでいたが無視だ。役に立たなかった護衛にはミュラーが味わった地獄を少しは堪能して貰わなければならない。
 二人をのせた車はフラガ少佐の文句と共にアラスカ基地へ戻っていった。



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