第八艦隊とクルーゼ隊との交戦。キラ・ヤマトとラクス・クラインの脱走。そしてミュラーがローマに撃墜され、フラガが減棒三か月になるなど様々な事態が起きたが、漸くミュラー率いるアークエンジェルに新しい任務が与えられた。
その任務というのはアフリカ解放である。
地球圏に属する国家の全てが大西洋連邦やユーラシアのように地球連合に加盟しているわけではない。地球にも親プラント国もあれば、オーブや赤道連合のような中立国もある。
確かに地球連合が地球では最大勢力であるがそれだけではないのだ。
宇宙でこそザフト以外に『国家』がないが故に連合VSZAHTという単純な構図が成立しているが、地球圏では連合とZAFTの間に第三国が関わることもある。
そしてミュラーがこれから向かうアフリカ共同体は大洋州連合に並ぶ親プラント国の一つだ。
この戦争は世間一般ではナチュラルとコーディネーターの対立だと考えられているし、実際にその側面もあるのだが別の側面も持ち合わせている。その一つが過去の多くの戦争が起きた理由の根幹をなす『国益』があるといえるだろう。
ザフトの国土であるコロニー群『プラント』はファースト・コーディネーターたるジョージ・グレンが設計したものであるが、建造する為の費用を出資したのは大西洋連邦を始めとするプラント理事国だ。プラント理事国はプラントの建造する工業製品を安く買い叩き、かわりに地球の食料品を高額で売りさばくことにより莫大な利益を生み出してきた。
プラントがザフトという軍事力を背景として地球からの独立行動をとったのもこういった事情が関わっているのだ。
そして大洋州連合やアフリカ共同体などが地球連合に加盟せずに親プラント派となった大本の理由でもある。
これらの国はプラント建造に関わっていない非理事国だ。そのためプラントから莫大な利益を得ることができずに、理事国に経済面などで遅れをとっていた。
ただこれは逆に言えばプラント理事国と違い戦争に参加する理由がないということでもある。故に非理事国の多くは地球連合に加盟することはなく独自の道を歩んだ。その一つがオーブのような中立であり、大洋州連合のような親プラントに属すということなのだ。
コロニー国家であるプラントは地球圏の国家と比べて食料自給率で劣る。だが敵国である地球連合から食料を輸入することもできない。
ならばどうするか?
単純だ。地球連合に属していない国家から食料を輸入すればいい。
大洋州連合やアフリカ共同体が地球圏の国家でありながら親プラント派である理由がここにある。
親プラント国はプラントから工業製品を輸入し利益を得て、プラントはこれらの国から食料を輸入する。無論その値段は戦前の大西洋連邦やユーラシア連邦から輸入していた食料品よりも格段に安い。
戦争が勃発する前は自治権などが著しく制限されていてプラント理事国からしか食糧が輸入出来ないよう制限されていたが、地球連合に独立戦争を挑んだことによりそんな制限もなくなった。
そんなこともありプラントの経済は人材を戦争にとられていることを考慮しても戦前と比べ上昇傾向にある。
プラント最高評議会で強硬路線をとるザラ派の勢力が強まっているのも戦争をして生活が豊かになった、という一つの結果が効いているのだろう。
しかしザフト側からしたら縁の下の力持ちである親プラント国は地球連合からしたら目の上のたんこぶでしかない。連合のターゲットはザフト軍だけではなくこういった親プラント国も含まれるのだ。
ただ親プラント国が煩わしいからといって簡単に攻めることもできない。
親プラント国の国力が恐ろしいというわけではない。軍事力でいうなら親プラント国の全部を足しても、地球圏で最高の国力をもつ大西洋連邦どころかユーラシア一国にすら及ばないだろう。
相手が親プラント国だけなら簡単に倒すことはできる。事実真っ先に親プラントを宣言した南アメリカは即座に大西洋連邦に吸収された。
だがそれを許してくれないのがザフト軍である。ザフトとしては大切な自分達の味方。簡単に連合に倒されてもらうわけにはいかない。
大洋州連合やアフリカ共同体にはザフト軍が駐留しており、連合軍をもってもおいそれと手出しはできないのだ。
特に大洋州連合にはザフト最大の地上拠点であるカーペンタリアがある。更に大洋州連合に並ぶ親プラント国のアフリカ共同体の直ぐ北にはカーペンタリアではないにしろかなりの規模の地上基地であるジブラルタル基地がある。
MS開発を進め盛大な反攻作戦を計画する連合としては先ずジブラルタル基地を落として、次にカーペンタリアといきたいところなのだ。
「暇だねぇ」
連合の最新鋭戦艦アークエンジェルのブリッジで連合最強のパイロットまでザフト軍に畏怖される男、ハンス・ミュラーは何をしているかと言えば。ゆったりと艦長席に背中をもたれかかりながらぐーたらとしていた。
ミュラーに苦渋を味あわされたザフトのエースパイロットや将兵がこんな様子を見ればイメージと現実のギャップに唖然とするかもしれない。
「大佐、任務中です」
そんな大佐に白い眼をするのはアークエンジェルの副艦長として新たに配属されてきたイアン・リー大尉だ。
「なんだけど暇なんだよイアン。どこを見渡しても海ばっかり。まぁ平和なのはいいことだけどね。こうして楽ができる」
細かい指示などはイアンに丸投げしたミュラーは仕事中だというのに悠々自適なものだった。
戦争がここまで激化している中でここまで怠けている佐官というのも珍しい。ハンス・ミュラーが熱心なのはどう贔屓目に見ても有給休暇を消費することくらいだ。
「それに暇なのは今の内だ。目的地についたら目が回るような忙しさになるんだから、今の内になにもすることがない有難味を甘受しておこうとね」
連合がジブラルタル基地を攻略に動く際に邪魔となるのは南にあるアフリカ共同体だ。
親プラント国は自分で戦争に動くことには消極的だが軍事力が皆無なわけではない。下手をうてば連合がジブラルタル基地に攻撃した背後を襲われるということもあり得る。
なによりアフリカ共同体で一番厄介なのはそこに拠点を構えているザフト屈指の指揮官アンドリュー・バルトフェルドの存在といえるだろう。
異名もちは伊達ではなく、バルトフェルドはザフトでも知らない者はいないほどのエースだ。地上戦では月下の狂犬率いる戦車部隊を撃破したことでも知られる。
これはミュラーの主観だが、ザフトでバルトフェルドほど地上戦を知っている人間はいないだろう。
仮にザフトが独立を果たしたとして、バルトフェルドが生きているならばザフトを背負って立つ人間になるかもしれない。
ミュラーが率いるアークエンジェルに下された任務は『ザフトの支配下にあるアフリカ共同体を解放すること』だが、内実的には『北アフリカにいるバルトフェルド部隊を撃滅すること』といえる。
「にしても、解放か」
制圧ではなく解放という呼称を使うところに戦争で掲げられる大義の矛盾点があるような気がした。
「大佐。現地につく際に我々はギルデン准将の旗下につくことになります」
イアンは至極真面目そうにミュラーを見る。
場の空気を察してミュラーは真面目な顔つきをする。
「私は一度ギルデン准将の下で働いたことがありますが、恐れながらあの方は……あー、非常に軍人として真面目な方であらせられます。どうか注意されるよう」
「なるほど。融通が聞かないから適当な態度をとっていると目をつけられるか」
「……そう聞こえましたかな」
「ありがとう。気を付けるよ」
「それともう一つ、ギルデン准将閣下はブルーコスモスの思想に賛同されております。実に熱心に」
「――――――さようなら。私の素晴らしい上官ライフ」
嘆息する。融通がきかないだけならまだしも、重度のブルーコスモス信者ときた。キャリーとナインにはこのことで注意を払うように言っておかなければならないだろう。
ミュラーはアフリカでの戦いを想像しながら外の景色を眺める。やはり外は変わらずに一面の海が広がっていた。
ミュラーが北アフリカに向かおうとする一方でそれを許そうとしない者達もいる。大西洋の海底に潜む潜水艦で指揮をとるマルコ・モラシムもその一人だった。
モラシムは紅海の鯱の異名をとるザフトのエースでモラシム隊の指揮官である。
本来彼の部隊がいるのはインド洋周辺だ。その彼がわざわざジブラルタル基地を経由してこの大西洋までやってきたのは『ハンス・ミュラー』を倒す為ということに尽きる。
ハンス・ミュラーの活躍を危険視しているザフトはハンス・ミュラーがアークエンジェルと共に北アフリカに向かうという情報をキャッチすると、海での戦いならばザフトでも一二を争うモラシム隊にミュラー撃破を命じたのである。
あくまでハンス・ミュラーは宇宙と地上で活躍したエース。海での戦いならば勝てるかもしれない、という算段あっての決断だった。
モラシム隊はジブラルタル基地で人員と物資の補充を受けた為に嘗てない程の戦力となっている。この戦力ならば落とせぬ敵はないと思わせる程に。
「敵航空母艦尚も接近中!」
「よし! そのまま見張れ」
兵の一人が情報をモラシムに伝えてくる。
まだあちらはこちらの存在には気付いていないだろう。今頃呑気に海の景色でも楽しんでいるかもしれない。
だがそれもこれまでだ。
(ヤキンの悪魔、多くの同胞が貴様に殺された。仇を討たせて貰うぞ!)
荒ぶる戦意がモラシムの全身に行渡る。これほどの大軍だ。相手が悪魔だろうと負ける気はしなかった。
悪魔といえど海に落としてしまえばゾノやグーンの敵ではない。
宇宙の王者がジン・ハイマニューバーで、空の王者がディン、陸の王者がバクゥならば海の王者こそゾノなのだから。
それにヤキンの悪魔を倒せばモラシムは特務隊へ栄転だ。部下達にも多大な報償があるだろう。
部下の中には家庭をもつ者だっている。モラシムにはもう家族はいないが、彼等のためにも勝たなければならない。
プラントでこれ以上天涯孤独となる人間が出るのは忍びなかった。
「隊長! 足つきが予定していたラインに到達しました!」
「うむ。全軍、出撃! 悪魔を海に落としてやれ!」
大西洋の真ん中で戦いが始まる。
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