ミュラーの目の前には赤いゲイツが一機。先ほどまで交戦していたジャスティスが機体に不備でもあったのか謎の退却をしたため、それの援護のために残ったということだろうか。
それにしても疑問はある。
赤いMSということはパイロットは間違いなくデュランダル本人。つまりは敵軍の大将だ。人の命は平等であると多くの教えはといているが、こと戦争において大将の命は一兵卒100の命に勝る。
大将自ら部下を逃すため殿を務めるなど、それこそ負けが確定の戦のような例外中の例外くらいしかない。もしくは、
(余程自分の腕に自信をもっているのか、それほどジャスティスっていうMSが大切なのか。もしくはその両方だな)
なんにせよチャンスである。ナインとキャリーは損傷を受けたためアーク・エンジェルに戻っているが、フラガの105ダガーは五体満足で健在だ。
自分の乗るストライクもエネルギーは十分ある。
ここでデュランダルを倒しておけば、自分の安全にとって最大の障害である対ハンス・ミュラー部隊なんてものを解散に追い込むこともできるだろう。
「フラガ、機体は?」
「問題ないですよ。いけます」
「よし!」
フラガの105ダガーに装備されたガンバレルパックはめびうす・ゼロのガンバレルをストライカーパックに改造したものだ。
扱うには空間認識能力が不可欠となるがニュータイプのフラガならば全く問題なく操れる。だがガンバレルは有線式なので固まって動くとコードが絡まる危険性があるため集団行動には向かない。
105ダガーのガンバレルを活かすためにもミュラーは105ダガーと距離をとりつつ囲むようにゲイツへ近づく。そして、
「いくぞ!」
ミュラーの合図で攻撃が始まった。
105ダガーのガンバレルがゲイツを四方から攻撃する。ばら撒かれる銃弾。更に本体である105ダガー自身とストライクのアグニまでもが同時に発砲された。
常人ならばこの連続攻撃になすすべもなく機体を蜂の巣にされ、宇宙の暗闇にきれいな花火を打ち上げることになっていただろう。
だがデュランダルは、
『――やられんよ』
まともなエースなら四方から攻撃された時、どうにか逃げ場所を探し出してそこに飛び込もうとする。けれどそこがミュラーとフラガの悪辣なところだった。
二人はわざと安全に見える隙を作るように攻撃を仕掛けていた。だが安全に見える所こそが最大の危険地帯。デュランダルがもしその安全地帯に飛び込めば最後、網を張っていた二人によりゲイツは見るも無残なスクラップにされていただろう。
しかしデュランダルはそうしなかった。
デュランダルは被弾を覚悟でガンバレルの一つにシールドをもったまま突進する。他のガンバレルの銃弾がMSを掠めるのもお構いなしだ。
直撃を受け続けて傷ついていくシールド。それにも構わずゲイツはシールドからビームクローを出すとガンバレルを破壊してみせた。
更に振り返りざまゲイツのビームの銃口が新たなガンバレルを照準する。
「やべえ!」
フラガが慌ててガンバレルにビームを回避させようとするが、ビームの速度にガンバレルの動きが勝るはずもなく。
二つ目のガンバレルが宇宙の藻屑へと消えた。
「少しまずいな。だったら……」
この相手に消極的な戦術で倒しきれるなんて思ったのが甘かった。消極的で駄目なら積極的にその命を奪いにいくまでだ。
対艦刀を抜くとそのままゲイツに切りかかる。
その時だ。でゅらんだるからだろう、テレパシーのような思念がダイレクトに届く。
『――――――漸く、か。どうも能力のわりに君は人と繋がることに抵抗があるようだ』
ゆったりとした男性の声だった。
世界樹の戦いで聞いた声と同じもの。だとすればやはりこれはデュランダルのもので間違いない。
『君に声が届いたところでもう一度、何度目ぶりかな。ハンス・ミュラー、世界樹でも自己紹介したが改めて。私はギルバート・デュランダルと言う』
「これは……」
『誰かに通信を傍受されるなんてことで私のプランが頓挫するのもつまらないのでね。回りくどいが生まれ持った才能を十二分に発揮する方法で話させてもらおう。
アナログに自分の感情をそのまま相手に叩きつけるのも若さがあって好きなのだがね』
「まさか……本当にテレパシー?」
『私と同じ存在の癖に随分と無粋な言い方をするのだな。テレパシーなどとは。ジョージの出生を知ったのに、まだ君はニュータイプを便利な超能力程度にしか考えていないのかね?』
「その考え方で特に問題があるのかな?」
ニュータイプの力を自覚したことで、この能力の使い方についてもある程度は分かってきた。だからこそこの力の利便性についても承知している。
常人より遥かに優れた空間認識能力。並みの猛獣なんて及びもつかない程の危険察知能力と第六感。パイロットとしてこれほど心強い力はないだろう。
しかしミュラーの返答を聞いたデュランダルは深い――――そして不快な溜息をつく。
『やれやれ本当に残念だな。君のニュータイプ能力はA.D.時代より力に目覚めているフラガの血統よりも高いというのに、君自身の性根がそれを殺してしまっている』
見下したような言動だった。真っ向からそう言われると気は長い方のミュラーもカチンとくる。
対艦刀でゲイツに攻撃を続けるも、デュランダルの脳波にこちらのペースが崩されているのか上手く戦えない。
『ハンス・ミュラー、君があくまで無関心を通すというのであればもう一人の役者にも登場して貰おう。聞いているのだろう、ムウ・ラ・フラガ。ジョージと同じ血をその肉体に宿す者よ』
『……………………』
通信機と感応、両方からフラガの息をのむ音が響いてくる。
『あのコロニーで君達は見たはずだ。ジョージの出生を、ジョージの才能の秘密を! そしてジョージが目指した理想、その一端にも触れたはずだ! それを知った上で君達はどうする? 秘密に蓋をするかね? ジョージを生み出した愚かなるマロ・ル・フラガのように! 血は争えんな、ムウ・ラ・フラガ!』
『ふざけるなっ! 俺は爺さんとは違うっ!』
『そうかな? 君は知らぬままぬくぬくと過ごしていたのだろうが、君の父アル・ダ・フラガも立派に祖父のやり方を受け継いでいるのだぞ? 君がそうでない保証がどこにある!』
『……親父が?』
フラガが動揺しているのはミュラーからも明らかだった。デュランダルの言うことが皆目見当がつかず困惑しているというより、心当たりがあり過ぎて一体なんのことなのか分からないでいるようだった。
『ラウ・ル・クルーゼ、君と彼の間には奇妙な因縁があるそうだね。ラウは常に戦場で君の存在を感じ取れると言っていた。それは君にとってもそうなのだろう?』
『っ!』
ザフト屈指のエースとしてデュランダルに並ぶトップガンであるクルーゼ。
彼とフラガとの間にどのような関係があるというのか。ミュラーをもってしても耳を塞ぐことなどできなかった。
『彼のかわりに教えてあげよう。彼が君と因縁があるというのは当たり前だ。何故ならば彼は君の父アル・ダ・フラガが自分の後継者として用意した己のクローンなのだからな!』
『く、クローンだと!? ってことはあいつは!』
「…………………」
クローンということはクルーゼはフラガの父親の遺伝子を100%受け継いでいるということだ。
つまり倫理的問題や道徳観などをおいておいて、遺伝子上のみで考えるのならばクルーゼはフラガの父親ということになる。確かに『因縁』と呼ぶには十分すぎることだ。
そしてデュランダルが言っていた父のやり方を受け継ぐという言葉にも合点がいく。
フラガの祖父でありジョージ・グレンの父であるマロ・ル・フラガ。彼もまた遺伝子調整に目をつける前は自らのクローンを作るのに躍起になっていたと彼の手記に書かれていた。
手記を信じるのならマロ・ル・フラガの研究はフラガ家の親族の誰にも知られなかったことなのだが……奇しくも子供が父と同じことをするとは、部外者であるミュラーだからこそ血の因果というものを感じざるをえない。
『もっともテロメアの問題が解決できず、彼はアル・ダ・フラガによって捨てられたそうだがね。置き土産もしていったそうだが』
『置き土産ってまさか、屋敷が全焼して親父が死んだ火災……あいつが、やったってのか!?』
『そこまでは知らないさ。私は彼の過去を全て知っているわけでもなし、全ての過去を知らなければ友人として握手をできないというほど器の浅い男でもないつもりだ』
赤いゲイツが腰部から掌ほどの筒のような物体を取り出す。それを放り投げるとカチッという鈍い音とともに辺りに銃弾がばら撒かれた。
咄嗟にミュラーはシールドでそれを受ける。
『今日はこの辺りでお別れとしておこう。君達にも考えたい事は山ほどあるだろう。――――ただしこれだけは言おう。ジョージ・グレンはニュータイプとオールドタイプ、二つの架け橋となるべくコーディネーターを生み出した。これだけは忘れるな。愚かなるパトリックが忘却の彼方に葬ってしまった理想だ』
最後にそれだけ言い残しゲイツは背を向け退却していく。
ミュラーはビームの銃口を向けたが……撃つことは出来なかった。というより手が小刻みに震えた状態でトリガーを引いてもビームがあらぬところに飛んでいくだけだろう。
「ジョージの理想、そして……」
ミュラーは空を仰ぐように背中をシートに預けながら、ゆっくりとこちらに近付いてくるアーク・エンジェルを横目で眺めた。
同時刻。仮面の男の手によってニュートロンジャマーキャンセラーのデータがアズラエルに齎されていたことなどミュラーは知る由もなかった。
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