ジェネシスの第二射によって再び連合軍の半数部隊が宇宙の藻屑と消えた。
 それだけではない。ここにいる地球軍にとって帰るべき場所である月基地もまたジェネシスの攻撃によって消された。
 戦略のセオリーに従うなら、本拠地である月を失った以上まだ余力があるうちに撤退して戦力を整えるべきである。幸い連合はニュートロンジャマーキャンセラーを得て原発が復活したことでエネルギー問題は改善の兆しを見せている。戦力を整えるのは不可能ではないだろう。
 唯一つジェネシス≠ニいう兵器について考えなければ、であるが。
 地球をただの一発で滅ぼせてしまう兵器ジェネシスがあそこにある以上、どれだけ連合軍に犠牲者が出ようと例え基地へ戻ることが困難になろうと戦わなければならないのだ。
 そもそも地球が滅びてしまえば、人類は滅びる。退却するという選択肢は存在しない。

「…………デュランダル、これがお前の求めた理想か……」

 ミュラーは幾度となく戦場で刃を交え、言葉を交わした男の顔を思い浮かべる。
 デュランダルがニュータイプ≠ニいう概念とジョージ・グレン≠ノ関してなにかしらのプランをたてていることは知っていた。本人が自ら言った事だ。
 恐らくジェネシスのことすらデュランダルは織り込み済みだろう。連合とザフト、二つの勢力を手玉にとるほどの謀略を張り巡らせる頭脳には驚嘆するしある種の尊敬すらある。
 だからこそ一刻も早くデュランダルを倒さなければならない。このままデュランダルを生かしておけばプラン通り世界は滅ぼされてしまうかもしれないのだ。
 
(だが今はデュランダルだけに構ってもいられない)

 ジェネシスへの核攻撃を妨害した灰色のMS。あの恐るべき性能から察するにジャスティスと同種のMSだろう。
 しかも核ミサイルを一発すら外さずに叩き落とした技量。乗っているパイロットも一級品だ。

(ニュータイプ能力、このあやふなな力が確かなもので、私の力が正しく働いているならあの灰色のガンダムにのっているのはラウ・ル・クルーゼだ。他の者には手に余る)

 仮面の男ラウ・ル・クルーゼはザフトにおいてデュランダルと共に双璧≠ニすら謳われるほどのエースだ。その実力はザフト最強の称号すら与えていいほど飛び抜けている。
 連合にも切り裂きエドや月下の狂犬などの一線級のエースパイロットはいる。しかし彼等をもってしてもクルーゼには及ばないだろう。

(私が、いくしかない)

 謙遜は美徳だが、その美徳をこの時は捨て去る。ハンス・ミュラーは連合軍において最強のエース、その事実を事実として受け入れる。
 ラウ・ル・クルーゼ、アレに勝てるパイロットは自分だけだろう。自分だけしか連合で勝てる者がいないなら自分でやるしかない。
 
「他人に任せられない仕事ほど……自分にしか出来ない事ほど嫌な物はない」

 デュランダルを倒すのも大事だがクルーゼを倒すのも重要だ。クルーゼがあそこでジェネシスを守っている限り核攻撃部隊は一向にジェネシスを撃破することが出来ない。
 クルーゼを倒ししかる後にデュランダルを倒す。そしてジェネシスを破壊する。やることが山積みだがやるしかないのだ。

『――――ラウの下にはいかせんよ』

「……っ!」

 上から降り注いだビームを躱す。頭上にはストライクを一度戦闘不能にまで追い込んだ真紅のMSが浮かんでいた。
 緑色の単一眼がぎょろりとストライクを睨みつける。

「デュランダルか!」

『ご名答。ハンス・ミュラー、あの時は仕留め損ねたが今度こそやらせて貰おう。消えたまえ愚民!』

 途方もないプレッシャーが降りかかる。前まではこのプレッシャーを受け止めようとせず、逃げるように拒絶してしまっていた。
 だが今のミュラーはそうではない。プレッシャーを受け止め、逆に押し返そうとする。

『ほう?』

 デュランダルが少しだけ驚いたように鼻を鳴らす。ミュラーは渾身の力でプレッシャーをねじ伏せると、冷徹な殺意を込めてビームサーベルを振り下ろした。
 あまりにも素早く正確無比な斬撃。並みのパイロットなら為す術もなく切り刻まれただろうが、デュランダルという男に並みという概念は当て嵌まらない。あっさりとビームサーベルで受け止めてみせた。

『どうやら少しはやる気になったようだな。……いや、漸く本気≠ノなったといった方が正しいかな』

「減らず口を……。お前がどんなご大層な計画をたてているか知らないが、地球を滅ぼさせはしない! お前の思う通りになど、なるものか!」

『ふっ。有り触れた口説き文句だ。そんなものでは人を口説き落とすことはできない。もう少しボキャブラリーを増やすのだな!』

「それこそ余計なお世話だ!」

 宇宙空間で黒とトリコロールというちぐはぐなMSと真紅一色に染め上げられた二機のMSがぶつかり合う。
 二機の戦いは完全に互角だった。

『――――っ! ええぃ、ガンダムめ!』

 性能差においてストライクはシナンジュに劣っている。ストライクが最新鋭機だったのはもう一年近く前の話だ。
 もはやストライクの性能はザフトの量産機であるゲイツと同等、或いはそれ以下だろう。
 対してシナンジュはザフト軍がガンダムから吸い出した技術をも使って開発した最新鋭MSだ。核エネルギーを動力源としているため、パワーやスピードの全てがバッテリーで動く従来機を超えている。
 なのに二機が互角に戦えているのは至極単純。ミュラーが機体性能の差を強引に自らの力でねじ伏せているからだ。

『ミュラー、所詮は当事者ではなく傍観者に徹しようとした貴様がこれほどの素養をもつなど。つくづく世界は不平等だな』

「誰だって、地球滅亡の危機になれば本気にもなる! 私が本気出すのが嫌なら今すぐジェネシスを止めろ。そうすれば私も退却できる―――!」

『断るよ。ジェネシスにはまだやって貰わなければならないことが残っているからな。月基地は滅んだが、それだけ。地球は滅びてはいない。
 さすがのパトリックも目の前に地球軍がいるなら兎も角、地球軍が退却してしまえば地球へのジェネシス発射を取りやめしてしまうかもしれないのでね』

「なにを!」

『世界≠ヘ滅びなければならない! 私のプランにおいてこれは外す事の出来ないオープニングだ! 世界≠ェ滅びることによって、私の計画は始動するといっても過言ではないのだからな』

「そんなにまでして……地球を滅びしてまで、お前はザフトの勝利が欲しいのか!?」

『――――つまらない考えをするのだなミュラー。いつ誰が地球≠滅ぼすと言った。私は世界≠滅ぼすと言ったのだよ』

「世界……だって……」

 地球を滅ぼすと世界を滅ぼす。似たような意味だが人類の生活圏が宇宙にまで拡大したC.E.においてその意味は異なる。
 地球を滅ぼすというなら単に地球圏そのものをジェネシスで焼き払うという介錯でいい。だが世界を滅ぼすとなると、滅ぼす対象には地球だけではなくプラントすら含まれてしまうのだ。

「まさか地球とザフトを共倒れにするつもりなのか……?」

『地球が滅びれば怒り狂った連合軍はプラントをも道連れに滅ぼそうとするだろう。目には目を、というやつだ。そしてその段階になれば今まで核攻撃を防いでいたラウが今度は一転して君達の味方となる。
 ジェネシスによって地球は滅び、核攻撃によってプラントも滅ぶ。これが理想の第一歩なのだよ』

「なにが理想だ! 全部が滅んだら、理想もなにもないじゃないか!」

『無論全てを壊すのではない。ジェネシスが地球に焼き払ったとしても、地球の人間全員が死ぬわけではない。プラントとて完全に消すわけではないさ。
 だがジェネシスと核攻撃によって確実に世界≠ニいうシステムは滅びるのだ。あらゆる文化・国家・概念は消失しゼロとなる。その時こそが好機なのだよ。本来有るべき形に世界を戻す』

「本来の形?」

『ジョージ・グレンはニュータイプの誕生をプラントという枠組みが出来るその前から、宇宙鯨を見つけるそれ以前から確信していた! だが同時にジョージは生まれ出るニュータイプと、旧来のオールドタイプとの間で争いが起こるであろうことも予想していた。
 だからこそジョージはニュータイプとオールドタイプの仲を取り持つ調整者≠ニしてコーディネーターという概念を生み出したのだ。ニュータイプでもなくオールドタイプでもなく、宇宙に適合した人間として! だがジョージは優れているが故に愚かだった! 民衆というものが自身より劣る愚民であるとジョージは知らなかったのだ!
 愚民共はジョージの理想を曲解し、コーディネーターを調整者≠ナはなく単なる作られた天才≠竍新人類≠ネどと言い始めた。ムルタ・アズラエルもパトリック・ザラも所詮は同類。ジョージの理想を理解できぬ愚民でしかない。
 そして歴史は致命的に間違ってしまった。ナチュラルとコーディネーターという二つに分けられた人類はまったくの不毛な戦いを始めてしまった。
………間違ってしまったら、しっかり正解≠ノ直さなければならないだろう? だが間違った解答を消すには消しゴムで解答を消さねばならん。ジェネシスと核攻撃によって世界≠滅ぼす目的だよ、これが!』

「そんな理屈で、世界を滅ぼすなんて我慢できるか!」

『私、ギルバート・デュランダルが修正しようというのだ』

 シナンジュの放ったビームがストライクの右足を貫く。
 コックピットが揺れるがなんのことはない。足など無くてもストライクは戦える。

『ミュラー、誰よりもニュータイプとして高い力を目覚めさせたお前がどうして抗う? これから訪れるのはニュータイプの時代。君の時代だ。
 はっきり言ってこれでも私は君を買っているのだよ。君ほどの才覚、新たな時代の指導者として申し分ない。どうだね? 私と手を組め。そうすれば君に次の時代の支配者の椅子をあげよう』

「――――断る」

『残念だ。だがどうして断る? 君にとっても悪い話じゃないだろうに。それともそれ以上の目的があるというのかね』

「私の目的、そんなもの」

 軍隊に入ったのは単にマシな暮らしがしたかったからだ。
 ミュラーの生家は大西洋連邦の中にあって貧民≠ニいっていい階層に属していた。父親はそれなりに真面目だったが、頭の方は悪くよく騙されては借金を作っていた。母親はどこかしらに蒸発し生死不明。他に弟が一人と妹が一人いる。 
 金がなかったので幼いながらに弟と共に働いていた記憶がある。だが妹は病弱で寝たきり生活で役立たずだった。妹思いの弟と、そのことで言い争いになったこともある。
 食うものにすら困る極貧生活。人に使われるだけの人生。それが嫌であの手この手で奨学金を利用し士官学校に入学したのだ。士官学校を選んだのは誰かに使われるより誰かを使う側になりたいという利己的な考えからで特に理想があったわけでもない。
 士官学校を卒業して軍人になると、家族とも完全に縁を切った。もう家族がどこでなにをしているのかも知らないし、どうでもいいことである。
 軍人になってからは適当に勤め上げて、暫くしたら退官と思っていたが――――地球連合とザフト軍の戦争が起きて、あらゆるものが狂ってしまった。
 気付いてみればハンス・ミュラーは地球軍の英雄としてアズラエルに扱き使われる毎日。逆らえば死ぬので逆らうこともできない。
 そして最終的には地球滅亡の危機に立ち向かう地球連合の司令官だ。命を賭けるのも死ぬのもたまらなく嫌なのに、こうして命を賭けなければいけない状況に追い込まれている。
 ミュラーは自分の中に芽生えたシンプルな欲望をそのまま吐き出す。

「こんな軍隊は嫌だ」

『……は?』

「もう嫌なんだよ。こんな軍隊にいるのは。英雄? エース? ニュータイプ? どうでもいいね俺には。誰かにいいように使われるのが嫌で、貧乏が嫌で軍隊に入ったのにこうしてみればアズラエルにいいように扱われて、命を賭けて戦う毎日だ。御免だね、こんなものは。だから――――」

『こんなところで、下らないことを……』

「早く退役年金生活したい」

 年金がもらえる年になって退役すれば、それからは誰に使われることも命を賭けることもなく生きていくことができる。
 働かなくても金が入ってくる夢のような生活。最高という他ない。その最高の生活を得る為だけにハンス・ミュラーはこれまで混沌とした戦場を生き抜いてきたのだ。

「地球が滅んだら、そんな楽な暮らしが出来なくなるじゃないか。俺≠フ幸せな退役年金生活に、ジョージの理想やお前のプランはジャマなんだ! 失せろ!!」

 ジェネシスから光が爆ぜる。あらゆるものが一つの終わり≠迎える中で、二機のMSが交錯した。
 それは同時に一つの決着を意味していた。



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