心と別れた雪奈たちはホームルームが始まる三分前に辿りつき、なんとか間に合った。
ちなみに雪奈と恭也と赤星は一緒のクラスであった――美由希は新一年生であるので、途中で別れたが――ため、教室に入った瞬間、雪奈は舌打ちをした……。
どうやら、心底といって言いぐらい、恭也のことを嫌っているようだ……。
――体育館。
「――であるからして、あまり羽目を外さないように」
(長いわね……)
校長の演説はすでに二十分は超え、ほとんどの生徒が眠っている――無論立ってではなく、パイプ椅子に座って。
雪奈の左隣にいる一年の頃からの親友である彼女……
そんな様子を見て、思わずため息をつくと同時にこう思った。
(
失礼だと思われるかもしれないが、実は雪奈の思っていることは事実なのだ。
正直言って、恭也はあまり勉強は得意といえず、むしろ苦手の分類に入ってもいい――しかもそれは重度の。
ある事には凄まじい速度で頭の中を使うというのに、どうして勉強のことになると駄目駄目になるのかよく分からない……。
(まぁ、そんなことはどうでもいいわ……問題は、私のことよ)
先ほどまでの自分はどうしてたんだろう。
心と対面して、握手をしたり、話していただけ――それはほかの男性ともやってたことなのにも関わらずに。
これまで、自分から男性に話しかけたりしたりしなかった――隣にいる彼は除いて――のに彼と出会ったときは自分から声を掛けた。
心と握手をしたときは思い切り心臓を高鳴らせて、思わず逃げてしまいそうになった――こんなことは一度も無かったはずなのに。
(……いったい、どうしてなの?)
自分でも分からない……なにがどうしてああなったのかを。
それからというもの、校長の長話を右から左へと聞き流しながら、考え続けた。
しかし、結局は答えなんて出ず、考え続けることぐらいしかできなかった。
* * * * *
時はすでに十時半となり、場所が変わって、とある一軒家の一階建て。
その一軒家はそれなりに広く部屋数も四つほどあり、くすんでしまった橙色となっている外壁、二人なら遊べるぐらいの広さをもつ庭がある場所だった。
三、四人の家族構成だったらちょうどいいくらいの家で、庭もある、しかも駅から歩いて十分で着くという良い条件であった。
しかし、今までこの家を購入する人間などは皆無に等しかった……なぜならこの家は曰くつきなのだから。
今から五年前、この家に殺人事件が起こったのだ――しかも惨殺の仕方がむごいもので、住んでいた四人の両手両足を切り落とされ、胴体は庭先に埋めるという残酷なものだった。
それから数日後に犯人は捕まり、死罪判決を受けた。
しかし、犯人は捕まったといえど、この家に関する噂は尾びれ背びれがついて話が大きくなっていき、ついには『呪われた家』とつけられ、この五年間売れなくなってしまった。
だから、もうこの家を、『呪われた家』は買う者は皆無に等しかった――二週間前までは。
突如、この家を買いたいという一人の青年が現れ、一人暮らしをはじめたのだ。
その青年の名は――
「疲れた……」
本郷 心であった。
心自身、この家の噂は聞いたことがある、というか購入しようとしたとき、不動産のおばちゃんに教えてもらったのだ。
しかし、そんな噂よりももっと恐ろしいものがこの世にはあるのだ――心自身もそれを嫌が応にも味わったのだ。
たかが噂で怯えるつもりなど毛頭ないのだ。
閑話休題。
「う〜ん、今日の昼食どうしようかな。 冷蔵庫の中、空っぽだったことすっかり忘れてた……」
キッチンに設置してある冷蔵庫の中――調味料と卵ぐらいしか入っていないことに嘆き、心は頭を抱えて俯かせる。 そして、数秒もしないで、頭を上げ、冷蔵庫を見る。
だが、そんなことをしても、中身は変わるはずも無く、調味料と卵しかない。
「……仕方ないな、スーパーに行こう」
はぁっとため息をつきながら、テーブルの上に置いておいた財布とキーを手にとり、ポケットの中に突っ込んで、キッチンから歩みだす。
そして、玄関前でスリッパから靴に履き替えようとしたとき、ふと思いついた。
「あっ、そうだ。 人気の『翠屋』に行ってみようっと、コーヒーやシュークリームが美味しいっていうし」
買い物を終えた時間帯ならちょうど良いだろうと思い、ポケットから財布を取り出し、中を覗く――心配は無い、ちゃんとお金はある。
心は嬉しそうに頷き、靴に履き替えて、扉を開いて外へと駆け出した。