(これは有名になるのも分かるな)
心は一欠けらとなったシュークリームを口の中に収める。
このシュークリームは、皮のカリカリ感と中の絶妙な甘さを誇るクリームが実に合っていて、とても美味しいものだ。
しかも、クリームの甘さは飽きることの無い……良い味だ。
なのはの言うとおりに、これを頼んで正解だったかもしれない――最もそのなのはは店の手伝いをしているが。
心は満足したように息を吐いて、シュークリームと一緒に頼んだコーヒーを飲もうと、カップに手を掛けると。
「最近物騒になったわよね」
「あぁ、惨殺事件だろ? 怖いよな」
「知ってる知ってる! 身体中全体が切り刻まれている事件でしょ?」
ピクッと心の耳が動き、顔を少しだけ動かし、目を聞こえた方向へ動かす。
その先にはテーブル席に三人の大学生たちが海鳴市に起こっている事件について話しあっている姿があった。
カウンター席にいる心に聞こえているのだから、声が大きいのだろうと思われそうだが、実は違う。
三人の大学生たちの声は三人にしか聞こえないもので、むしろ周りにいる客たちによって声をかき消されてる。
しかし、心はそれが聞こえる――否、
「狙われているのは女性ばっかで、しかも生きている人は皆無で、身体だけじゃなくって顔までなんだろ?」
「うん、しかも証拠となるものも無いんだって」
「でもでも、被害者のダイイングメッセージがあるじゃない」
(……)
ダイイングメッセージがあるのならば、後は警察によって事件は解決するだろう。
だが、心の培ってきたカンが告げている……『なにかある』と。
「ばーか、『カマキリ人間』のどこがダイイングメッセージになるんだよ」
(っ!)
『カマキリ人間』という言葉だったら、普通の人間ならば嘲笑やため息に呆れる等をするだろうが、心は違う。
なぜなら、心はそういう
(……ここに来たばっかりだけど、今日から行動しようかな)
そう決めて、心は買い物袋を片手に持ち、ゆっくりと席から立ち上がる。
「ごちそうまでした」
「ありがとうございましたー♪」
近寄ってきたなのはの頭をくしゃりと撫で、心は会計を済ます。
「はい、760円となります」
「それじゃあこれで」
千円札をレジ前に立っているフィアッセに渡し、お釣りをもらった後、心は近くに立っていたなのはと同じ上背となるように片膝をついた。
「今度会えたら、またバイクに乗せてあげるからね。 楽しみにしてて」
「本当ですか!?」
「うん、勿論」
心の言葉になのはは嬉しそうに笑い、心はそんななのはに優しく微笑んで軽く撫でる。
撫で終えた心は立ち上がり、ドアノブに手を掛け、もう片方は手を振るう。
「それじゃあね」
「はい、それじゃあ!」
心はガチャリとドアを開け、翠屋を出た。
自身のバイク……サイクロンに跨り、買い物袋をハンドル部分にぶら下げ、オフロードヘルメットのレッド色をかぶり、エンジンを始動し、走り去っていこうと、足を地面から離そうとしたら。
「あっ、ちょっと待って!」
「?」
声を掛けられ、心は顔だけを振り向かせると、そこには申し訳なさそうな顔をしたフィアッセとなのはの姿があった。
「お願いがあるんだけど、いいかな?」
恭也と雪奈は自分たちの家に帰るため、家路を歩んでいたのだが、その表情はどこか疲れていた……。
「……」
「……」
しかし、疲れていようとも雪奈はジロリッと隣にいる恭也をまるで親の敵のように睨みつけ、恭也は雪奈の視線から逃げるように顔を背ける。
ある意味で険悪な雰囲気を漂わせながらも二人は歩き、二人のほかにいる周りの人らは関わりを持たないように出来るだけ二人を避けながら歩いていた。
時刻はすでにお昼の12時を過ぎ、もうすぐ13時に変わりかけというのに、二人の服装はまだ学生服だ。
本来は入学式ということで、いつもより早く帰れるというのに、なぜ二人が学生服を着ているのかというと……。
「……なんで、わたしがあんたの宿題の手伝いをしなきゃならなかったのよ」
「……すまん」
この会話で分かるとおり、春休みに出された宿題の手伝いである……主に恭也の。
といっても、全部というわけではなく、宿題の一部に恭也がやり忘れた問題を担任が見つけたため、すぐさまやるように命じられたのだ。
しかし恭也の成績の悪さを知っている担任は、妹であるという理由で雪奈を指定した……恭也の宿題を手伝うようにと。
「信じられないわ、本当に。 宿題の一部を見落とすだなんて……それでよく進学テストに合格できたわね」
「あのときは本当にまずかったからな。 今でも必死にやってよかったと心の奥底で思っている」
雪奈は睨みつけるのをやめ、今度はあきれ果てた目で恭也を見る。
……睨まれるよりも、それはある意味きついと思った恭也はそっと雪奈より一歩前に出ると。
ブゥンと重々しいエンジン音が横から響き、恭也と後ろにいる雪奈は思わず振り向く。
そこにはヘルメットを被ったバイクの運転者と、その後ろには同じくヘルメットを被った一人の少女が乗っていた。
「? あの、なにか?」
恭也は自分たちをじっと見つめる二人に疑問を持ち、そう尋ねると、二人はなぜかハイタッチをする――まるで何かに成功したように。
その行為に更に疑問が深まり、再び恭也が尋ねる前に、少女はピョンっとバイクから飛び降りて、ヘルメットを外す。
そこから現れた顔に二人は目を見開いて、叫んだ。
『なのは!?』
「えへへへ〜」
少女、なのははいたずらが成功したようにブイサインを運転者に送る。
運転者もなのはにブイサインを返し、次に手を振るったあと、「バイバイ」と言って、ブゥンとアクセルを強く吹かして、そのまま走り去っていった。
「ありがとうございましたー!」
走り去っていく背中にそう呼びかけ、なのはは恭也と雪奈に振り返った。
「えへへ、家の中じゃないけど、ただいま」
「あ、あぁ、おかえり」
思いもよらないなのはの登場の仕方に面を食らった恭也は普段なら絶対に見せない呆然とした表情でなのはを見つめる。
雪奈もそれを隠せずにただただ呆然となのはを見つめると、ハッとすぐさま気を取り戻し、なのはに尋ねる。
「なのは、どうしてバイクで来たの、というかあの運転者と仲がいいけど、知り合いなの?」
「え、えっと、お姉ちゃん、落ち着いて……」
「そうだ、なのは! あの運転者はなんだ!?」
「にゃ、お、落ち着いて、二人とも〜!」
道路上に二人に説明を求められる――周りの人が見ているのも、気にせずに。
憐れな一人の少女の悲鳴が響いた……。
* * * * *
時刻はすでに深夜となり、場所は海鳴臨海公園へ変わる。
昼間は親子連れなどで賑わっているが夜間は照明でライトアップされて恋人たちが集う場所に変わる。
しかし深夜となったこの時間帯には後者の恋人たちなんているはずも無く、人気は皆無に等しい。
そんななか、フラフラと歩んでいる一人のOLがいた。
「ひっく、うぅ〜、飲みすぎた〜」
OLは足取りが危うくても、なんとか前へ前へと進む。
しかし、顔はすでに地面のほうを見ており、前方の方向を見てはいなかった。
「いっった!」
だからだろうか、前方の方向にあるものに気づかず、思いっきり頭が胸に当たってしまった。
OLは傷む部分を押さえながら、顔を上げると、そこには一人の優男が立っていた。
「ちょっとぉ! しゃんと前を見なさいよぉ!」
呂律が上手く回らないながらも、文句を言うOLに優男はなにも答えずに、ただ顔を俯けに不気味に笑うだけだ。
「にゃんとかいいなさ――」
「運がいい」
OLの文句を介せず、優男はポツリと言葉を呟いた。
「今日は浴びたかったんだ……」
「はぁ、にゃに――ひぃ!?」
優男が何かを被る仕草をしたあと、ゆっくりと顔を上げると、その瞬間にOLは悲鳴を上げた。
現れたのは蟷螂を模造しただろうメタリックグリーンの仮面――下を見ると、先ほどまでの白いシャツとズボンから、マスクと同じメタリックグリーンとメタリックブラックの色合いを分けられたスーツを身に纏っていた。
その姿を恐怖し、OLは一歩、二歩と後退りをする。
「女性の、血をさぁ!!」
「い、いやあああああぁあぁぁぁぁっぁぁぁあ!」
恐怖で酔いが覚めたのか、OLはすぐさま優男……いや異形となった彼――サイズマンティスから逃げ出した。
サイズマンティスは仮面の下で舌なめずりをし、右腕をはずす――そこから大鎌状の刃物が飛び出た。
「ひひひっ、追いかけっこか……僕も好きだよぉぉぉおぉおおお!!」
すでにここからだと豆粒状となっているOLの背中……しかし、例えどれほど遠くに行こうがサイズマンティスには関係ないのだ。
なぜならば……彼は改造人間。
「つぅ〜かま〜えた」
「ひっ……!?」
たかが人の身であるOLをたった8秒で追いつくことができ、捕まえることが出来るのだから。
OLは間近で見る改造人間に恐怖し、口から泡を吹き出しながら、白目をむいて気絶をした。
「ふふふふっ、それじゃあ、かい――」
――ブゥゥゥゥン!!――
「あ? ぐべぇ!?」
爆音と共に、背中からの衝撃とともに来る激痛にサイズマンティスは思わず悲鳴を上げる。
そして衝撃を耐えることが出来ず、地面から足を離し、吹き飛ばされてしまった。
OLは運がよく真横に吹き飛び、茂みのなかに入っていった……怪我はしなさそうなので大丈夫だろう。
「ぐぅ、だ、だれだい、人の楽しみを邪魔するのは……」
「……」
サイズマンティスはフラフラと立ち上がりながら、目を動かす。
そこにはバイクの持ち主であろう、一人の青年が立っていた。
「……ショッカーの生き残りか」
「っ、ど、どうしてそれを!?」
青年が紡いだ言葉のなかに、サイズマンティスは決して聞き逃すことが出来ない単語が聞こえた。
そう『ショッカー』という単語を。
「な、なぜ君が、ショッカーを知っているんだ!? も、もしかして、君もショッカーのいちい」
「違う」
サイズマンティスの言葉が紡ぎ終える前に、青年は否定し、腰元に右手を添える。
「俺は、貴様らに弓を引く存在の者だった男。 今では、その弓引く存在はいないけど……人を害するその存在を生き残りを倒す男」
「ま、まさか……」
右手を離すと、現れたのは銀色のベルト――その中心にある風車が急速に回転する。
「ホ、ホッパー、ほ、本郷、心っ!?」
「違うな」
あの戦いによって、落ち切れなかった血を残した黒いライダースーツを、ダークグリーンの色合いをしたコンバーターラング、ブーツを身に纏っていき、青年――心は最後に持っていた飛蝗を模した仮面とクラッシャーに装着した。
「俺は……仮面ライダーだ」
風が大きく吹くと、赤いマフラーが翻り、飛蝗を模した仮面の目の色が赤く輝いた。