第16話『崩壊の始まり〜第九管区防衛戦〜』


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  今や時空管理局が管理下に置く広大な次元空間だが、その中でも区切られた管理区域の1つである第九管区の活動拠点は、SUSの侵攻作戦における一番最初の生贄として捧げられようとしていた。無色の脅威色のスモッグを振り撒きながら突如として出現したSUS軍侵攻艦隊は、第九管区拠点の索敵網に堂々と捉えられていたのだ。
  第九管区拠点司令部は、SUS来襲の為に大騒動になっている。

「本局へ緊急通信、『第九管区、ポイント9A−0にてSUSと遭遇』と!」
「了解!」
「SUS艦隊、さらに接近。防衛ライン接触まで凡そ10分かと思われます!」

  司令室の大型スクリーンに投影されている戦況を示した簡略図。そこには、赤色のアイコンで表示されたSUS艦隊の布陣があり、それを迎え撃つべく布陣している次元航行部隊第九管区艦隊こと第九艦隊は、緑色のアイコンで表示されている。

「第九艦隊は陣形展開が完了次第、アルカンシェルの一斉射撃体勢に入れ。発射態勢を整えた後、敵艦隊を射程圏に捉え次第アルカンシェルを斉射せよ!」

  第九管区拠点司令室の一角にて、初の大規模艦隊戦による迎撃態勢の指揮を執っていたのは、第九管区司令官フェルリック・ノーラント中将で、52歳になる時空管理局の提督である。以前の次元航行艦撃沈事件に際して、第九艦隊司令ロベルト・ノルギンス少将の意見に添って、厳重警戒態勢を発令していたのだ。
  だが、予想通りと言うべきか、早期の内にSUS艦隊が第九管区拠点へと姿を現したのである。
  侵攻して来たSUS艦隊第四戦隊は、堂々と警戒網の中を驀進して来る。一直線に向かって来るのは、確認出来るだけで70隻だというのだが、普段は単艦行動の多い次元航行部隊にとっては大変驚異的な戦力数だった。
  SUS艦隊が射程圏内に入るまで多少の時間はあるものの、不安要素は消せないでいた。ノーラント中将もまた、次元航行部隊の驕りに溺れることなく、冷静に次元航行艦船とSUS艦の性能差を分析していたからだ。戦力数にして、航行部隊第九艦隊は凡そ205隻を保有していた。それでも、次元空間という途方もない空間を捜索するには足りないくらいであろうが。
  だが、今はそれどころではない。ノーラントは、管区拠点所属の艦船部隊全てに対し出撃命令を下した。SUS艦隊に到達される前に、何としても態勢を万全にさせておきたかったのだ。それでも、ノルギンス少将の進言あってこそ、迅速に展開出来たのである。

「提督、旗艦〈エピメテウス〉より入電、『第九艦隊全艦、陣形展開完了。迎撃戦に移る』以上!」
「よろしい。ノルギンス提督には、速やかに全艦を率いて奴らを食い止めるか、撃滅してもらわねば……」

  艦隊司令ノルギンス少将は、警戒態勢を上申していた者である故に、次元航行艦の出撃態勢は万全であった。それに、今回の戦いには少し余裕が見えていたに違いない。
  反対に、ノーラントはある不安を掻き立てられいた。

「SUSは70隻、対する我々は凡200隻弱。数なら勝っているが……」

  司令官の不安を他所に、オペレーター達が管区拠点事態の迎撃態勢が整ったことを知らせる。

「当拠点の防衛システム、オールグリーン。障壁及び各砲塔の展開も済んでおります」

  この管区拠点は、次元航行艦船を受け入れる港(修理を行うドック兼用)を完備するのは勿論のこと、直接の防衛機能も備えつけられていた。外部からの直接攻撃に対応が出来るようにした配慮として、強力な魔導砲塔が幾つも備え付けられている。かのアインヘリアルには及ばないが、次元航行艦相手なら十分に通用する。
  しかし、これがSUSに通用するかは未知数の世界であり、長期に渡る防衛戦は展開出来ないかもしれないという、不安の温床になっていたのだ。
  スクリーンに映されている航行部隊第九艦隊の姿を見つめるノーラント。次元航行部隊として見れば、それは堂々たる陣容であった筈だ。それが、地球防衛軍やSUSが現れてからは、一段と頼りなく感じてしまう節があったのは否めない。かといって、それを今言っても始まらないことは、十分に承知していた。まして、今まさに戦闘に突入しようとする局員に対して、士気を下げかねないものだ。

「全局員に避難準備を通告。転送ポートによる緊急避難を実施する」
「了解ですが……転送ポートでは、多量の人数は無理です。この拠点の全員を避難させるには1時間は要します」

  それでもやるんだ、とノーラントはオペレーターに命じて、転送ポートの緊急避難準備を急がせた。転送ポートとは、次元管理世界を行き来する時空管理局にとって需要な装置である。これがあれば、次元航行艦を使わずとも近辺の管理世界へと転送出来るのだ。
  ただし、それにも限度というものがあり、それ相応の距離ときちんとした座標がなければならない。
  不適当に転送してしまえば、宇宙空間や海の中、地中の中に転送されて窒息死する可能性もあり得る話だ。その為、予めから転送先にも同じような転送ポートを設けたりすることで、管理世界との行き来を正確にしているのだ。
  だが今回は、少数人数による転送ではなく、拠点内にいる局員全員を避難させる大量転送だ。転送ポートは貨物用としても利用出来るものの、ポートの転送能力に限度もあった。特に拠点内には非魔法所有者もおり、彼らはわざわざ転送ポートエリアまで足を運ばねばならないのだ。それを考慮すると、やはり避難完了まで小さく見積もっても1時間を要するものとなる。

(SUSに勝てば、そうする必要もないのだがな……)

  〈アムルタート〉の戦闘記録映像を見てからというもの、彼もまた管理局の艦船では力不足を自覚せざるえなかった。
 航行部隊第九艦隊旗艦〈エピメテウス〉艦橋には、苦い表情をしたノルギンス少将が、指揮官席に座り指揮を執っている。今まで小規模艦隊を率いる形で指揮をしてきた経験はあるが、この様な本格的艦隊戦というのは初めての経験だ。しかも、指揮する艦艇単位が200隻弱ともなれば、尚更のこと緊張感も増すというものであろう。これ程の艦隊を率いて戦うのに慣れている訳ではないが、自分も時空管理局の提督なのだ。無様に負ける訳にはいかないのである。
  それに、戦力ではこちら側が上回っているのだ。基礎的戦術の要素の1つは満たしているが、残念ながら質という点においては満たし得てはいなかった。優位の内に戦闘を終わらせるには、早期のアルカンシェルによる一斉掃射で撃滅させるしかないだろう。

「敵艦隊の進路と接触予想時間は?」
「ハッ、敵艦隊は進路変わらず。このまま行けば、あと6分後には射程内へと入ります!」
「早いな……全艦アルカンシェルの発射態勢に入れ。一斉掃射で、SUS艦隊を殲滅するぞ」

  アルカンシェルの発射には、多少のシークエンスが必要となる。SUS艦の有するビーム兵器の射程は、時空管理局の魔導砲よりもやや上回る程度だと推測されている。どのみち相手の射程外でスタンバイを終えていなくては、前回と同じ轍を踏むことになるだろう。
  XV級を始めとして、アルカンシェルを追加装備を施されたL級も発射準備に入る。これ程の艦船がアルカンシェルを一斉発射するなど、過去には類を見ない光景に違いない。あったとしても、JS事件においてクロノ・ハラオウンが敢行した艦隊によるアルカンシェル斉射くらいのもの。それも、砲撃対象が攻撃してこない丸裸状態であった。
  発射態勢を整えていく次元航行部隊の中には、先日だって損傷した〈アムルタート〉の姿も混ざっている。〈アムルタート〉の損傷は完全に癒えてはいないものの、戦闘は十分に可能であった。何よりも、1隻でも多くの艦艇を揃えたいノルギンスの意向も加わっていたが。
  先程までリンディ・ハラオウンと通信をしていたジェリク・ジャルク准将は、緊急警報により会話の中断を余儀なくされた。司令室へと赴く前に、全艦艇へ向けて出撃命令を受けたのだ。ジャルクは、どのような事態が生じたのか把握出来ぬままにして、自分の艦へと足を運び、早々に出撃していたのである。

「ノルギンス提督より、アルカンシェル発射態勢の命令です!」
「……アルカンシェル、スタンバイ出来るか?」

  先日の戦闘ではSUS戦艦の攻撃を喰らってしまい、アルカンシェルの発射口を破損させてしまった。その為、使用出来る武装はおのずと限られてしまい、あとは魔導砲による対艦砲撃しか手段はない。完全修理が間に合っていない今、アルカンシェルを発射できなければ単なる砲撃担当艦となるしかないのだが……。
  彼の不安を余所にして、オペレーターはアルカンシェル発射態勢のチェックを終える。

「点検完了、当艦のアルカンシェルは発射可能です」
「直ぐに発射態勢に入れ。奴らは直ぐに来るぞ」

  大丈夫だ、この艦はまだ戦える――自分にそう言い聞かせたジャルクは、闘志を燃やす。燃やす一方で、彼は言いようのない違和感を感じていた。SUSの戦力がこれで全部なのか、という違和感である。
先日の戦闘では、140隻という規模の艦隊を率いていたのだ。それが、今回はその半数の70隻程度。この他にも、まだ敵の伏兵が潜んでいるのではないか。彼の心中に妙な胸騒ぎが生じており、楽観視しかねるものだと危惧していた。
  本局の航行部隊司令部でも、第九管区拠点に現れたSUS艦隊の全体戦力数を、いまだに算定出来ずにいる。あれほどの物量を誇った相手なのだ。わざわざ少ない戦力で此処を襲撃しに来るというのは、どうにも解せない部分があった。それとも、本当に前回の戦闘によって、SUSは戦力を半減させられたのではないか。不安が苗床となり、さらなる不協和音を成長させ、高官達の思考に警報音を鳴り響かせていた。
  不安を抱えていては、真面な戦いも出来かねる。ジャルクは、艦隊司令ノルギンス少将へと通信を繋いで自分の予感を訴えた。

『成程……貴官の提言に見るべき部分がある。SUSが70隻の艦隊だけで終わることは、無いように思えるな』
「事態は一刻を争います。以前のように、側背から攻撃を受ける可能性も否定出来ません!」
『分かった。敵が戦力を半減させられたという可能性は、この際は低いと見る。我が部隊は前面の敵に集中しつつ、管区司令部に全方位からの奇襲に対応出来るように、直訴する』
「ハッ。ありがとうございます!」

  部下の提言を受け入れたノルギンスは、艦隊全体へ向けて奇襲攻撃に備えるよう言明した。それに続いて彼は、司令部である第九管区拠点にも、全体への監視の目を広げてほしい旨を伝え、司令部と艦隊の連携によって効率的な戦況情報を得られるようにした。
  5分もしない内に、これだけの指示を出せるノルギンス少将も、単なる魔導師としてではなく、部隊指揮官としての能力を如何なく発揮していたと言えるだろう。後は射程内へとSUS艦隊を引き込み、アルカンシェルの一斉掃射で殲滅するだけである……と思われた。



「司令、管理局艦隊が正面へ展開。真正面で迎え撃つ構えです」
「ふむ……目の前ので全部か?」
「ハッ、後続の艦が出て来ない所を見ると、目の前の展開する205隻が全部のようです!」

  第四戦隊の中央に一際にして目立つ大型戦艦――マヤ級指揮戦略母艦が確認できる。ただし、艦体の配色は白銀ではなく、従来のSUS艦に準じた黒系統で、薄い墨色の表面と赤いラインが入った外装が特徴的だ。
  旗艦マヤ級〈マニール〉艦橋では、オペレーターの報告を聞いた司令官コニール少将が腕を組んだまま前方を見つめている。正面に展開する航行部隊第九艦隊へ睨みを利かせつつ、この戦いに勝利を確信していた。相手の艦の性能は、大まかではあるものの熟知していたのだ。
  SUSの戦艦であれば、時空管理局の艦船など撃破は容易く、相手の使用する魔導砲なる兵器は、これといって臆するほどのものではない。時空管理局が魔法という文明を持つ組織だとして、何を恐れる必要があるだろうか。事実、魔法を主兵装とした時空管理局の攻撃は、こちらに損害を与えることさえ叶わなかったのだ。
  とは言いつつも不明な点があるのも事実である。時空管理局の保有する艦船の攻撃力は、たかが威力の低い火砲だけとも思えない。過去に調査したデータの中には、無視出来ぬものも含まれていたのがそうである。SUSは密かに時空管理局を始めとした次元管理世界の調査を徐々に進行させつつあった。その中で、時空管理局には広範囲の殲滅兵器アルカンシェルを確認していたのだ。

(……管理局に殲滅兵器があろうと、我が艦隊が屈することなどあり得ぬがな)
「間もなく、主砲射程内へ捕えます。あと1分!」
「全艦に通達する。30秒後に主砲を斉射、その後は予定通りに行動せよ。よいか、これはタイミングを間違えてはならんぞ!」

  彼には策があった。相手が単なる砲撃戦闘を挑んで来るのであれば、彼は艦隊を散開させずに一点に集中したうえで壮絶な火力を叩き込んだに違いない。それでも、例の殲滅兵器の情報もあった為、力押しの戦法は見送ったのだ。そして射程も判明してはいないものの、こちらと同程度の射程距離を輸しているのであれば、SUSもただでは済まされない筈である。
  先日の第二戦隊は、相手を騙したからこそ、時空管理局に殲滅兵器を使用させぬまま撃滅を可能にしたようなものだ。
  だが、今回は最初から相手に自分らの位置が知られている以上は、当然ながら不意打ちも出来ない。そこで、今回は相手の性能をさらに見極めるべきとしたのであった。故に、敢えて兵力を分散させておき、ある作戦通りに行動を開始しようとしている。その作戦とは、一体何であるかは、ノーラントやノルギンス、ジャルクが知りようもない。彼らは、コニールの力量をとくと見せられる事に、なってしまうのである。

「射程距離に入ります」
「……全艦開始」
「撃てぇ!」

  彼の号令のもと、第一分隊は旗艦〈マニール〉の斉射に続いて、全部隊も一斉に主砲を放った。赤い色のビーム砲がまるで血塗られた槍の如く、束になって航行部隊第九艦隊へと飛び込んでいく。
  その様子は、航行部隊旗艦〈エピメテウス〉からでも分かった。

「敵艦、発砲!」
「この距離で……! 全艦、障壁を全力展開。回避後にアルカンシェルを発射!」

  どうやら相手の方が射程が上らしいが、有効射程とも思えない。数百もの赤い光の束が、航行部隊第九艦隊の先頭集団へと突き刺さるものの、幸いにして損傷艦や離脱艦は全くいなかった。
  その代わりに障壁の出力が凡そ30%近くも激減した。これ以上、SUS艦隊からの砲撃を受けることになっては、障壁を突破されて被弾することを意味する。一度でも被弾を許せば、艦の機能は大幅に奪われること間違いない。戦線を持ち堪えるなど到底不可能だった。

「回避に成功しました。脱落艦はありません!」
「アルカンシェル、発射態勢整完了!」

  SUSの第一波と思える砲撃に耐えきれた航行部隊第九艦隊。各艦のオペレーター達が、自分の各艦の被害報告を済ませ、アルカンシェルの充填が完了した次第をノルギンスへと伝えると、彼はすかさず全艦へと命令を発したのである。

「全艦、アルカンシェル発射ッ!」

  号令と共に各艦の艦首が発光、その後は溜めを置いた光球が直線へと変わりSUS艦隊へと突き刺さる――筈だった。彼らが抱いていた想像に、SUSが従ってくれる筈もなく、予想とは全く違う展開が生じたのである。
  アルカンシェルの斉射を見計らったコニールは、高らかに命じたのだ。

次元転移(ジャンプ)!!」


  なんとも絶妙なタイミングであろうか。コニールはアルカンシェルから逃れる為に、一時的な次元転移を命じたのである。予めに予定されていた避難座標へ向けて、SUS艦隊第四戦隊は迅速に次元空間から別次元へと転移した。航行部隊第九艦隊の放ったアルカンシェルは、何もない空間を疾走しただけに終わったのだ。
  コニールは、アルカンシェルの威力を図る為に、自らの艦隊を囮として前進させておいた上で、隙を突いて次元転移を行い回避すると同時に、別働隊には観測任務を与えていたのである。
  思わず次元転移という斜め上のどんでん返しを面食らったのは、言うまでもない航行部隊の面々だった。艦隊司令ノルギンス少将など、SUSが取った対応を目の当たりにして、驚きのあまりに思わず指揮官席から立ち上がってしまう程で、声すら上げてしまった。

「なんだとッ!?」


  怒号に近い驚愕の声に続き、オペレーターから入る報告も、全てが最悪な事案ばかりであった。

「あ……アルカンシェル、全弾外れました!」
「敵艦隊、再転移。我が艦隊の目前です!」
(してやられた!)

  航行部隊205隻中、実際にアルカンシェルを放ったのは凡そ5割前後だ。にも関わらず、仕留められた艦艇はゼロという非効率極まりない結果に対し、何処に怒りをぶつけてやればいいのであろうか。これでは、敵に試し打ちをさせてやったようなものではないか。
  〈アムルタート〉で指揮を執っていたジャルクも、予想もしなかった回避行動の一部始終に唖然としていた。最初の一撃が無効となった事実を思い知らされたと同時に、言いようのない焦りが思考内を侵食しつつあった。同じ光景は司令部でも確認されている。その一部始終を見ていた局員の殆どもまた驚きを隠せず、管区司令官ノーラント中将も、思わずSUSの手腕に舌を巻いた程であった。

「次元転移で……回避、だと!」

  だが、そのような衝撃に打ちひしがれる暇はなかった。
  呆然と棒立ちになっていた航行部隊第九艦隊の目前に現れたSUS艦隊第四戦隊は、これ見よがしに突撃を開始したのだ。

「敵陣の中央を突破する。第一分隊、機関最大戦速。突撃せよ!」

  旗艦〈マニール〉艦橋で、戦況を見下ろしていたコニールが突撃命令を下す。この時、既に航行部隊はSUS艦隊の射程内にあった。彼の命令が飛んだ瞬間に、SUS艦隊第四戦隊第一分隊は楔形陣形を維持したまま加速を始め、一気に航行部隊第九艦隊に差し迫った。そして、血に染まった真っ赤な斧を、そのまま第九艦隊の先頭集団へ叩きつけたのである。
  数で言えばSUS第四戦隊第一分隊は、航行部隊第九艦隊200余隻の半数以下――たかだか70隻にすぎなかったのだが、その火力と加速力等における性能は、遥かにSUSが上回った。転移直後ということもあって、戦艦部隊は大口径砲が使えないかったものの、それでも通常砲撃のみでも余りあった。
  次元航行艦はビームによって障壁を叩き壊されてしまい、外壁に次々とビームが着弾する。ビーム数発で大破するか、または撃沈する有様で、第九艦隊は自軍よりも半数以下の敵艦隊によって撃ちのめされていった。航行部隊第九艦隊の陣形中央は、早い段階で崩れ去り、その崩壊は周囲の艦艇にも伝染し広がっていった。
  無論、航行部隊は反撃を開始したが、それは時既に遅く、そして虚しいものであった。

「提督、我が方の損害は2割に達します!」

  70隻程度とはいえど、その強力な火力の集中投入は航行部隊第九艦隊に大打撃を与え、先頭に位置していた艦船群は一挙に火達磨となって鉄屑に成り果てた。陣形中心に徐々に穴が空き、埋め合わせる暇もなく崩れていく。1隻沈む度に局員たちの精神に罅を入れ、勝ち目は無いのだとパニックに陥るなど、阿鼻叫喚の有様だった。



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「反撃だ、全艦で敵に集中砲撃を加えろ!」

  指揮官がパニックに陥る訳にはいかず、ノルギンスは必至に部隊の崩壊を止めることで手一杯だった。しかも初めて大部隊を指揮するだけに、事細やかな艦隊運用は望むべくもないのは、彼自身も分かりきっていたことであったが。

「くっ……敵艦隊を半包囲して叩くぞ、両翼は敵の左右に回り込め!」

  そこで、咄嗟に浮かんだ対応策は、精錬されはしないものの堅実な手段だった。つまり数に頼んだ包囲殲滅を目論むという方法だ。今の航行部隊には100隻単位による高い艦隊運用術は望むべくもなく、純粋に数の利を生かした包囲殲滅戦しか命じることができなかった。雑ではあろうものの、余計な混乱を招かずに、かつ敵を殲滅するにはこれしかない。それに、いくら威力が低い艦砲でも、全方位から攻撃すれば、SUS艦とて耐えきることは不可能な筈だ――彼はそう信じたかった。
  しかし、無情にも被害報告のみが、旗艦〈エピメテウス〉に入る。両翼に展開していた部隊が包囲を完成させるよりも遥かに早く、SUS艦隊が中央部隊に食い込んできたのだ。成す術もない艦船群は砲火の的となり、瞬く間に17隻もの次元航行艦が屠り去られた。

「〈ジーリア〉通信途絶! 〈マベリー〉も航行不能の模様!」
「第十八戦隊、全滅!」
「て、提督。敵艦隊が、真っ直ぐ突っ込んできます!」

  「まずい」と彼は直感した――それ以外に感じざるを得なかった。航行部隊は包囲するどころか、陣形中央が次第に引き千切られてしまい、分断されるもの問題だったのだ。既に旗艦〈エピメテウス〉の周辺には、赤いビームが飛び交っており、この旗艦も危険の渦中にあることを示していた。既に対処らしい対処を取れず、中央から文字通り蹂躙される航行部隊第九艦隊の姿が、そこにあった。
  SUS艦隊第四戦隊は、そんな彼らに欲しいままの猛威を振るう。SUS主力戦艦は、通常艦砲と大口径ビーム砲による重火力で、次元航行艦船を粉微塵にしてしまう。巡洋艦戦隊は、快速性と速射性で航行部隊に肉薄して暴れまわり、ひたすら圧倒し続けたのだ。
  航行部隊は好き放題に蹂躙され、遂には中央を切り崩された挙句に、突破を許す形となる。

「敵艦隊、我が艦隊の中央を突破!」

  オペレーターが告げるまでもなく、SUS艦隊は旗艦〈エピメテウス〉の至近をすれ違っていくことからも、突破されてしまったのは否応にも分かってしまう。

「提督、どうか御指示を!」
「くっ……」

  有効な対応策など無かった。しかも内部に潜り込んだSUSを迎撃せんとするが、味方同士で相討ちにを演じると言う失態を演じる始末だ。ノルギンスは思わず拳を握り締めるが、その悔しい想いで奇跡が起きる訳でもない。出来る命令はといえば、反転からの攻撃であったが、これもまた難易度の高い艦隊運用だった。

「全艦反転、敵を追撃する!」

  陣形は相も変わらず崩れたままで、しかも立て直す暇など無いし、SUSもそれを許す筈がない。兎に角は反撃を最優先として、不恰好ながらも航行部隊は回頭を始め、SUS艦隊の背後を突こうとしたのだ。



「敵艦隊、回頭中。されど、陣形は大きく乱れてます」
「思う壺だ。奴らの広範囲破壊兵器(アルカンシェル)の実証も出来た。作戦も第2段階に入る頃合いだ」
「――司令、第二分隊、第三分隊が到着しました」

  これが、司令官コニール少将の狙いであった。最初から配下の2個分隊を待機させておいて、時空管理局には直属の第一分隊のみの姿を確認させておく。そうする事で、他の2個分隊への注意力を散漫にさせ、全てを第一分隊へと目を向けさせるのが狙いだったのだ。当初の第1段階は見事に成功しており、アルカンシェルの射程距離と破壊力を、大まかに観測する事も出来た。

(当たらなければ、脅威などなり得ぬ。このまま航行部隊を包囲殲滅してやる)

  そして、彼の期待通り、SUS艦隊第二分隊と第三分隊は、航行部隊第九艦隊の背後を取っており、既に完全な包囲を作り上げいた。第一分隊は、突破したばかりの航行部隊後背で緊急反転する。第二分隊と第三分隊も、反転途中の航行部隊から見て、それぞれ左右斜め前方に現れた格好となる。
  この時、まさに包囲網は築かれたのである。コニールは、時空管理局を誰も逃さない為に、もう1つの手段を講じた。

「空間歪曲波、始動せよ」

  “空間歪曲波”とは如何なるものか。空間歪曲波発生装置によって生じる特殊な妨害波であり、これは転移することを妨害する為に開発された代物である。これを受けた転送ポートや次元艦船はその場からの緊急転送が不可能となってしまうのだ。正確に言えば、転送出来ないのではなく、正確な座標に転送させる事が出来ないと言った方が良いだろう。
  空間歪曲波によって、次元転送関係のシステムが算出する座標計算が狂わされ、想像もしない所へと飛ばされてしまうのだ。
  コニールの指示を受け、干渉装置を搭載した特別艦3隻は、それぞれ妨害を開始した。パラボラアンテナ或いはパンケーキ状の巨大構造物を、SUS戦艦の艦橋の真上に載った様な外見の空間歪曲波発生装置搭載艦。その艦から歪曲波を発っせられると、航行部隊第九艦隊は勿論のこと、時空管理局第九管区拠点にも影響を与えつつあった。

「これで、奴らの退路は完全に遮断した。これより包囲殲滅する。敵を完全に撃滅せよ!」

  方や包囲された航行部隊は、この増援の出現に対して蒼白になっていた。
  旗艦〈エピメテウス〉のオペレーター達は、誰しもが相手の作り上げた重厚な包囲網にあることを自覚させられたのだ。

「敵艦隊、さらに前方から出現、数……凡そ140!?」
「何だとっ! 奴ら、これが目的で……!」
「後方に回った敵艦隊、反転してきます!」

  ノルギンスも、自分ら次元航行部隊が重厚な包囲網の中へと閉じ込められてしまったことを悟った。後方には突破を許した艦隊が態勢を整え、正面からは別動隊が現れて退路を防いでしまった。その総数は、凡そ200隻にも昇ろうとする戦力数である。しかも、こちらは中途半端に回頭中だった。このままでは、相手に好き放題攻撃されるだけなのは目に見えている。
  そう思ったのも束の間、オペレーターが悲鳴交じりに声をあげた。

「前方の敵艦隊よりエネルギー反応多数、来ます!!」
「障壁、最大展開、急げ!」

  それが精一杯の命令だった。光速で飛んで来るビームの嵐の前に、ノルギンスは艦隊を崩壊に導かないように指示しなければならないと自覚しつつも、既にパニック状態だ。時空管理局は今までで、これ程の艦隊戦を演じたことがなく、局員達も戦闘によって身近に感じる“死”を初めて体感していた。魔法による非殺傷設定がない戦いで、混乱と恐怖が湧きあがっていたのだ。
  艦隊司令ノルギンス少将が、防御の為に命令を発した直後、第二分隊と第三分隊からの砲撃が、航行部隊第九艦隊へと着弾した。今までにないと思えるくらいの砲撃量を、展開した障壁で受け止めるが、先手を受けていたこともあり持続時間は長くは無かった。遂には耐え兼ねて障壁が破られ、SUS艦隊のビームが次々と命中し爆炎を上げる。

「提督、被害甚大です。このままでは――!」
「ッ……第三部隊から第五部隊は、反転を中断して正面の敵に専念。我が部隊と第二部隊、第四部隊は後背の敵に対峙せよ!」

  この中途半端な状態では駄目だ、と彼は艦隊に対して、前後にいるSUS艦隊に対応できるよう指示を下した。
  だが、刻々と続くSUS艦隊の砲撃の前に、沈みゆく艦船の数が増えていく。特に小型艦に類するLS級の被害は多いもので、障壁を数発で破られたうえに、1発のビームによって艦体構造を二つや三つにおられて轟沈していく。
  一方的に沈められていく艦船の中には、アウグストと称する高威力の対艦魔導砲を単艦で発射するLS級〈ルーフェン〉の姿もあった。放たれたアウグストは、SUSの巡洋艦に命中し、見事に轟沈せしめた……が、その直後に倍返しとも言える多量の赤いビームが、死神となって〈ルーフェン〉を爆炎に変えてしまったのである。
  航行部隊は、大きく陣形を崩したままではあったが、一応の形だけ整えたものの、事態の深刻さは増している。起死回生を図ろうにもアルカンシェルを撃てるだけの余裕もない。その為の充填時間さえ惜しいものと感じているのだ。
  戦闘開始から僅か20分余り……航行部隊第九艦隊は、SUS艦隊の包囲網に置かれ続け、戦力も205隻から139隻へと大きく撃ち減らされていた。
  同じく旗艦〈エピメテウス〉も、最新鋭艦というプライドによって、障壁を多少は長く展開し続けたが、既に満足に展開することすら出来ない状態に追い詰められており、これ以上の戦闘継続は不可能だと判断せざるを得なかった。

「我が艦隊の損耗率3割を超えました! 戦闘可能な艦も4割を切ります!」
「司令部の避難は、完了したのか?」
「い、いえ。あと30分は掛かるかと……」

  その30分後には、自分らも全滅しているだろうことは、想像に容易かった。こうなれば、戦闘不能な艦から先に、順次転移させて離脱させるほかない。ノルギンスは、すぐに離脱出来るように緊急転移を命じたのである。
  だが、オペレーターの報告により、状況はより絶望的なものへと移り変わった。

「なッ……座標が安定しないだと!」
「先ほどより、座標計算が狂わされております。これでは、どこへ出るかも分かりません!」
「計算を狂わせている干渉波は、敵艦隊の更に後方から来ている模様です!」
「なんてことだ!」

  SUSの用意周到さには、ノルギンスも唇を噛み締めつつ驚きを禁じ得ない。
  相手はここまでして時空管理局を完全に潰そうというのか。何か打開策を考えださねば、と思案を張り巡らしている最中のことであった――真っ赤な光をその目に確認したのは。



  幾人のオペレーターがコンソールに表示される障壁の維持率低下を見て、以前の恐怖を再体験させられていた。そして後、数分も持たないだろうということも分かっていた。それに加えて、干渉波による転移の不安定性が露わになると、艦橋内部にはさらなる恐怖感が充満する。

「艦長、障壁の維持率が43%まで低下!」
「転送ポートは完全に計算を狂わされています。艦のみならず、個人転送も不可能です!」
「奴らめ……。これでは、本局からの増援も間に合わん!」

  悔しがるようにして、彼はコンソールを拳で叩いた。以前は〈シヴァ〉に助けられたというものの、今回ばかりはその救援の手もない。全滅を待つだけなのだろうか?
  目の前には、次々と爆炎と変わり果ててゆく僚艦の姿が否応に見えてしまう。初めての艦隊戦で恐怖を味わい、初めての死を体験する局員達の姿が脳内に浮かんでしまうのだが、それを思考から振り払う。司令部からも、転送ポートの不確実性が露わになったと通信が入っているなど、逃げ道の無い絶望を味あわせられるジャルク。この空間にいる時空管理局全てが、逃れられないのだ。
  航行部隊第九艦隊は、もはや烏合の衆に近い惨状であった。対艦戦に不慣れな艦長達は、恐怖感に負けてしまう者が圧倒的に多く、敵の目の前で艦を反転させようとするものの、叶わず撃沈されてしまうのだ。それは、艦を反転させた瞬間にビームが突き立てられて、爆発四散する光景だった。
  さらに絶望的な報告が飛び込んできた。

「た、大変です! 〈エピメテウス〉が……ッ」
「なっ!?」

  第九艦隊旗艦〈エピメテウス〉は、障壁が弱った所にSUS戦艦のビームを5発も受けてしまい、その内の2発によって障壁を破られ外壁に突き立てられてしまった。装甲を纏っていないに等しい〈エピメテウス〉は、一瞬だけ苦悶したように艦を捻った挙句、次の瞬間にはデブリへと姿を変えてしまっていたのだ。
  XV級が3発のビームで破壊されたのである。オペレーターから報告を受けたジャルクは、司令官を失った損失感に加えて絶望の淵に叩き落された様に思えた。
  方やSUSには相当な余裕が出て来ていた。これ程までに脆い物なのかと、将兵達は呆れ顔だった。

「敵艦隊、さらに陣形を乱します」
「敵、残り50隻余りです」
「軟すぎるな……後は、第二分隊と第三分隊に任せる。本隊は180度反転、後方の敵拠点を襲撃するぞ」

  味気が無いと言わんばかりのコニールには、最初よりも大きな余裕の表情が出ている。時空管理局の艦隊には、広範囲破壊兵器を再度使用する気配がないのだ。いや、使用する暇がないと彼は見抜いていた。互いの距離は、それ相応に縮まっているのだが、撃ってくるのはビームらしき砲撃だけで、中には威力がそこそこある砲撃が、散発的に飛んでくる程度であったのだ。
  そして、半数以下に打ち減らしたコニールは余った余裕で第九拠点を攻撃すべく反転する。時空管理局には、それを止められるだけの余力はなかった。
  後は、第九管区拠点自体の防衛システムのみが頼りである。防衛システムとは言うものの、SUSから見れば玩具同然だ。所詮は艦船に搭載れている魔砲と同レベルに過ぎなかったのだ。これで止められよう筈もない。

「敵拠点より、発砲を確認しました」
「ふん、臆するほどではない。全艦、対要塞砲撃開始」

  SUS軍のカン・ペチュ級戦艦に標準装備されている五連装大口径ビーム砲2基10門が、一斉に発光した。総勢30隻強もの戦艦、そして40隻あまりの巡洋艦から放たれた通常砲撃は、全弾が命中した。
  まともな反撃もままならない第九管区拠点に対して、殺戮と破壊を思いのままにするSUS艦隊の姿を、〈アムルタート〉は眺めやっていた。〈アムルタート〉も既に損傷して、真面に戦える状態にはなく、艦体には4ヶ所の被弾箇所があり、被害は艦内部にも拡大しつつあった。出力も著しく低下、障壁も展開不能だったのだ。

「艦長、本艦は戦闘不能!」
「――敵弾、さらに来ます!」
「ッ!?」

  瞬間、艦橋内部は激しく揺れ、赤い警告灯が激しく明滅する。艦橋付近に命中した為に、その被弾した余波が艦内通路を駆け巡った挙句、艦橋へと飛び込んで来たのである。
  ジャルクを始めとしたクルーは、被弾時の衝撃に寄り一斉になぎ倒されてしまった。機材関係も破損して火花を散らし、操作していたオペレーターに破片と火花を見舞う。使っていた機材の思わぬ親不孝ぶりに、オペレーターは悲鳴を上げながらのた打ち回る。中には、画面に頭を打ち付けて感電死する者さえいた。他にもオペレーター席から投げ出されて転倒し、天井から落下してきたパネルに圧し潰されて即死する者もいる。
  その中で、ジャルクは辛うじて生きていたが、息も絶え絶えであった。

「……誰か……無事な、者は……?」

  返事はなかった。爆炎に吹き飛ばされたジャルクは、荒れ果てて破壊されつくした艦橋内部を見やるものの、動く者も確認出来ない。
オペレーター達は皆が席から飛ばされ、ある者は破片に貫かれ、あるものは天井からの鉄骨に下敷きにされていたりと、惨燦たる光景だったからだ。
  いまだに20代前半の若者達の亡骸を前にして、ジャルクは悔やんだが、外では戦闘が終焉を迎えつつある。

(くそっ……死んでたまるか)

  最後の抵抗と言わんばかりに怪我した足を引きずりコンソールへにじり寄る。そして、まだ生きているであろうコンソールに手をやり、自動航行プログラムを起動させた。共に、次元転移モードを起動させる。それは、SUSの干渉波により、不正確な座標しか出ない筈だったが、これにジャルクは全てを懸けたのだろう。
  ランダム状態で運行を任された〈アムルタート〉は、半死状態の艦体と艦長を伴ってその場から姿を消したのである。
  結果として、第九管区拠点及び次元航行部隊は壊滅に陥り、それは次元世界全体を恐怖のどん底に叩き落した証拠でもあった……。




〜〜あとがき〜〜
どうも、第3惑星人です。
そして毎度の事、当作品を読んで頂いている皆様、ありがとうございます!
今回に入りやっと戦闘編へと入り込むことに成功しましたが……如何でしたでしょうか?
私の文章力表現もまだまだ拙い所が多いかと思いますが、そこも徐々に克服出来ればと思っております。
では、今後もよろしくお願いいたします!


拍手リンクより〜

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[19]投稿日:2011年03月06日12:52:29 [拍手元リンク]
最初は異色な組み合わせに忌避してましたが、読んでみると良い意味で裏切られました。面白い!
これからも頑張ってください。
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>>面白いという1言、それだけでも大変うれしい限りでございます!
このまま良い意味で期待を裏切れるように頑張りますので、よろしくお願いします!



・2020年3月11日改訂



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