麻帆良学園、第0会議室。
ここは麻帆良七不思議の一つで語られる、『廊下の袋小路の先の、存在しないはずの会議室』でもある。曰く、誰かが廊下の袋小路に入っていくのを確かに見たのに、後を追うと誰も居ない。実は、そこでは夜な夜な亡くなった教師たちが会議を開いているとか―――
まぁ真相は何の事は無い、魔法使いたちが会議に使うための秘密の部屋である。一般人には決して見つからないように偽装してあるが。そして今日は緊急集会 として、麻帆良学園内に居るほぼ全ての魔法使いがここに集まっていた。
議題はもちろん、エヴァンジェリンが引き起こした『麻帆良学園都市大停電事件』である。
先日の変電所爆破による大停電の余波被害は尋常ではなく、変電所や校舎の再建費用を除いても、数千万は下らない。しかも、事態が大きくなりすぎたために警察の介入を招き、爆破テロ事件として全国に報道されてしまったのである。最早事態は揉み消し不可能なところまで来てしまっていた。間違いなく、関東魔法協会始まって以来、最悪の事件といえる。
その会議も中盤に差し掛かる中、近衛近右衛門は頭を抱えていた。
近右衛門個人としては、個人より対外的な事後処理を優先させて考えてほしいのだが、すでに会議の方向性は、「エヴァの処罰について」という一点に向かってしまっている。
「すぐにでも抹殺するべきだ!!生かしておいても碌なことにはならん!!」
「今エヴァンジェリンを欠けば、麻帆良の防衛機能は著しく低下します!!第一、彼女の計画は失敗して、再封印されたんですよ!?」
「また暴れだすに決まってる!!一刻も早い処分を!!」
近右衛門は溜め息をつく。これでは全く話が進まない。今話すべきは内部の問題よりも、外部に秘匿が漏れだす危険性についてであるべきなのだ。
すると、エヴァ非処罰派の一人の魔法教師が口を挟んだ。
「エヴァンジェリンのことより、彼女を打ち負かした謎の少女について考えるべきではないですか?あのエヴァンジェリンを倒せる人間がいたんですよ!?しかも噂だと、エヴァを止めようとしていたネギ君も巻き添えにしたとか…。」
すると、会議室を満たしていた怒声がぴたりと静まり、会議室の全ての瞳が近右衛門の方を向いた。
近右衛門は内心苦虫を噛み潰した思いで一杯だった。彼女―――長谷川千雨のこと、特に彼女がネギをも攻撃したことについては上層部の最大機密で、絶対にばれないようにしていたはずなのに、どこから情報が漏れたのか。
いずれにせよ、彼女のことを話すわけにはいかない。もし彼女が我々に対して宣戦布告したことがバレれば、逆上した魔法教師がどんな行動に出るか分 かったものではない。そうすれば泥沼の血みどろだ。こちらから手を出せば、確実に彼女は『殲滅』に打って出る。
「その件に関しては現在調査中じゃ。詳細は一切不明。また分かり次第知らせる。エヴァについては、すでに処罰は与えておるのじゃから、無駄な議論は要らん。それよりも、今後の魔法の秘匿体制の強化について話し合うことにする。異論は聞かん。」
若干強い口調で魔法教師たちに指示を下す。無論彼女のことを知らせるつもりは一切無い。このまま有耶無耶になってくれればいい。
しかし、すでに自分たちの英雄育成計画は大きく狂った。本来ならネギに、『闇の福音』に決闘で勝利した、という箔を付けさせるつもりだったのだが、当の本人は決闘直後に潰された。次のステップは修学旅行だが、例の彼女がネギの近くに居る限り、上手くは進ませる気はないだろう。
だが、近右衛門には策があった。上手くいけば、間違いなく彼女を排除出来る。
―――油断はせん。じゃが、尻の青い小娘に負けるつもりは無いわい。
妖しい光を瞳に宿し、宣戦布告を真っ向から受けた。
#13 Honey sweet tea time
「―――――京都だな。そこにやつが一時期住んでいた家があるはずだ。そこに何か手掛かりがあるかもしれん。」
麻帆良学園都市大規模停電より3日後の午後。超包子にて、エヴァはネギ・アスナと対談していた。
もともとネギとエヴァの決闘であったのが、想定外のトラブルによって決闘がご破算になったが、最終的にエヴァは麻帆良から脱出出来なかったため、結果としてはエヴァの負け、ということになった。ネギ自身はイマイチ納得が行かず、だいぶションボリしていたが。
兎にも角にも、ネギは現在エヴァから父親のナギのことを聞いているのである。ナギが生きていると聞いた時は、エヴァはかなり驚いていた。が、すぐに気を取り直して、約束通り、知っている限りの情報を伝える。
ちなみに今日は月曜だが、先日の大停電の際に起きた校舎の崩落事故で、学園全体が休校になっている。学級閉鎖ならぬ、学園閉鎖である。部活動も禁止なた め、現在超包子周辺には、ヒマを持て余した学生たちがわんさかいた。そんな中で魔法関係の話をするのは危険な気もするが、そこはちゃんと防音魔法を展開し ているので問題ない。しかし、そうであるにも関わらず、エヴァは周囲の注目をかなり集めていた。
その後も話は続き、修学旅行の行き先が京都であることが判明する。ネギは喜び跳びはね、アスナはそんなネギを微笑ましそうな顔で眺めていた。
「あ、ありがとうございました、エヴァンジェリンさん!」
「フン、礼がしたければ、私の無断欠席を認めろ。どのみち、こんな眼ではあいつ等に何て言われるか分からんからな。」
「あ…ご、ゴメンナサイ…。え、えと、クラスの皆には僕から…。」
「要らん。余計な手間がかかるだけだ。」
「そんな言い方ないでしょエヴァちゃん!…でも、本当に大丈夫なの…?」
「貴様も大概しつこいな。私自身が大丈夫だと言っているんだから、大丈夫に決まっているだろう。もう用事が無いなら帰れ。この後人と会う約束をしてるんだ。」
ネギとアスナはエヴァに礼を言いながらその場を去っていった。帰る際もチラチラとエヴァを見ていたが。
二人の姿が見えなくなり、エヴァが椅子に深く腰掛ける。すると、真後ろの席から声がかかった。
「修学旅行の行き先に、行方不明の父の手掛かり、ね。ハッ、随分と都合のいい展開だ。その後私たちが面倒事に巻き込まれるまでが目に浮かぶようだ。」
冷たく、嘲るような声。つい1カ月前までは、こんな声が出せるヤツだなんて、エヴァには思いもよらなかった女だ。さらに、もう一人の声。
「そういえばウチのクラスって、関西出身者多いですよね。木乃香、和泉さん、桜咲さん、それに長瀬さん…かな?しかも木乃香は学園長の孫、桜咲さんは麻帆良所属の魔法使い。二人とも京都出身で、幼馴染。何だか、キナ臭いですねぇ。」
これまた聞き慣れた、穏やかで落ち着いた声だった。すると驚いたことに、もう一人分声がした。
「はっはっは。拙者、関西出身ではござらんよ?」
誰かはすぐ分かったが。確かに関係者といえば関係者だ。溜め息一つ吐きながら、振り向いた。
「…邪推、と言い切れんのが腹立たしいがな。推測もそこまでにしておけ。ジジイが何か企んでいるのは確かだろうがな。」
一つの円形テーブルに、3人の少女が座っていた。長谷川千雨。宮崎のどか。長瀬楓。エヴァも立ち上がり、彼女たちの座るテーブルに移った。4人とも、昨日の大停電に深く関わった人間ばかりだ。
「エヴァさん、何か欲しいものあります?」
「飲茶セットB。釣りは取っとけ。」
「あ、のどかー。私、烏龍茶と小龍包2皿頼む。」
「拙者も烏龍茶。後、肉まんとあんまん2つずつ。」
「ハイ、分かりました!あと皆さん、お金は要らないですよ?」
「「「へ?」」」
渡そうとしていたお金を握りしめたまま、全員が呆気にとられ、のどかを見た。のどかはニッコリ笑って、千雨に右手を差し出した。千雨はその意味が分からず、戸惑うばかりである。
「千雨さん、さっき机の裏に貼ってあったアレ、貸してもらえますか?」
「あ゛。」
千雨の表情が硬直した。のどかは変わらずニコニコしている。千雨はのどかから目を逸らしつつ、その右手に小さくて黒い何かを手渡した。
のどかはそのまま店に走り寄っていった。後に残されたのは、項垂れた千雨だけである。
「…千雨、アレは何だ?」
「…ここにのどかと座った時に見つけた、盗聴器…。エヴァと先生の座ってた周囲一帯の机に仕掛けられてた…。多分店の中で聞いてる超の仕業だろうって、話したんだけど…。」
あぁー…アレをネタに、『お話』に行ったのね…、とは誰も言わなかった。なんとなーく重苦しい沈黙だけがその場を満たした。「どうしてこうなった…?」という千雨の呟きだけが聞こえる。それについて、残る二人は同じことを思う。
「お前のせいだろ」と。
side 千雨
私たちは今、両手いっぱいに料理を抱えて、エヴァの自宅へ向かっている。盗聴器が仕掛けられるような場所で話なんて出来ないですよねー、とはのどかの談。
のどかがどんな『お話』をしたのかは知らないが、店の敷地を出る直前、店の中からすすり泣く声が聞こえてきたのは、気のせいだと信じたい。超の心に傷が残らないことを祈るばかりだ。
あ、そうだ。傷といえば―――――
「エヴァさん、その目、大丈夫なんですか?」
聞こうとして、のどかが先に聞いた。確かに、会ってからずっと気になっていたのだ。エヴァの右目。戦闘中に私が爪で切り裂いたそれは、黒い眼帯に隠されていた。
「ああ、コレか?うん、タカミチが一時的に停電させて、再生能力を戻して怪我を回復させたんだが、その時に学園からの処罰ということで、失明したままにされた。もうすぐ学校再開だが、どう説明したものかな。坊やたちには、停電時に負傷したと言うに留めておいたが。」
そう事もなげに自身の失明を語るエヴァ。まぁ、再生しようと思えばいくらでも治るんだから、本人的には気にならないのかもしれんが。
「まぁ気にすることはない。ちゃんと取り返すさ―――――千雨、貴様を倒してな。ククク。」
…ああ、再戦を申し込んでるのか。
「…別にいいけど、サックス帰ってくるまで待っとけ。今私拳銃しか持ってないんだから。」
「…充分過ぎると思うのは拙者だけでござろうか?」
「金棒だけじゃ物足りないんですよ、きっと。」
「オイ、鬼扱いするなよ。」
のどかー。一応私女の子だぞー。鬼とか言われたら泣くぞー。
「まぁ今は再封印されてしまっているからな。だが、近いうちにまた封印を解いてみせる。その時に戦え。
…っと、それはおいといて―――――」
再戦が結構先延ばしになったことにホッとしていると、エヴァが近寄って耳打ちしてきた。
「…長瀬には全て伝えたのか?」
確かに、今日この場に居るということは、ある程度事情を知っていなきゃいけないからな。その疑問は当然だろう。耳打ちする必要は無いので、普通の声で。
「伝えるかどうか迷ったけどな。でもアイツは魔法の存在は知ってたみたいだし、何よりアイツ、バトルジャンキーだろ?放っといたら、自分から泥沼に入って行きそうだったんでな。とりあえず、馬鹿でも分かりやすいように、ざっくばらんに説明しておいた。」
「…聞こえてるでござるよ。」
まぁ本当は、私が居ない時にのどかや他のクラスメイトを守る人間が欲しかったっていうのが最大の理由なんだが。もちろんのどかには全幅の信頼を置いているが、いかんせん戦闘力が足りなさ過ぎる。
楓に大体の事情を話したところ、クラスメイトに危害が及んでいると知り、すぐさま協力を申し出てくれた。こちらは戦力に欠けるので、ありがたい限りだ。
「ざっくばらんというと、どのくらいだ?」
「『魔法使いが3−Aを巻き込んで、悪辣な計画を企んでいる。絶対に魔法に関わるな。』こんな感じ。」
「ふむ、馬鹿には分かりやすくてちょうど良いな。」
「…自覚はあるでござるが、そこまでハッキリ言われると、傷つくでござるよ…?」
後ろで長瀬が項垂れるのと、のどかが慰めているのが分かった。さっきの私の気持ちを味わうといい。
久しぶりのエヴァンジェリン邸。茶々丸が出迎えてくれた、のだが…。
「…茶々丸。お前いつからキャタピラ走行になったんだ。」
何か茶々丸が、一昔前のロボットみたいな胴体を付けてた。およそ三等身でキャタピラ走行。両手はマジックハンド状だ。顔立ちが整ってる分、アンバランスさが際立つ。豆タンク茶々丸。これが噂のキモ可愛いってヤツなのか。
「現在私のボディは超さんが製作中です。前のボディが使い物にならなくなり、一から作り直しているので、このボディはその間の繋ぎです。」
「…もうちょっと良い物無かったんですか?」
のどかがツッコむ。確かに見た目がどうしようもない。チラリとエヴァを見ると、「何も言わないでやってくれ」という目をされた。苦労してるなぁ、お前も。
すると傍らから声がかかる。私が破壊した殺人人形だ。
「ケケケケケ、久シブリダナ、怪我ハ治ッタカ?マタ戦エルカ?」
「ここにもバトルジャンキーがいたよ…。」
しかもまだ首と修復した胴体が繋がってないのに。長瀬といいコイツといい、前世の侍モドキといい、戦闘狂の思考だけは全く理解できん。
「…とりあえず椅子に座れ。茶々丸、チャチャゼロを机まで持って来い。」
エヴァの言葉で、全員が席に着き、向かい合った。全員着いたところで、茶々丸が次々と紅茶を置いていく。
もともと今回のこの会談は、私からエヴァ達に持ちかけたものだ。私はまだ魔法関係について知らないことが多すぎる。しかし、エヴァと戦い終わった今なら、聞きたいことを遠慮なく聞ける。前回みたいに、探り探り聞かなくてもいいのだ。もちろん、エヴァにも対価は用意してある。
ちなみに、今日のコレはエヴァと電話で約束したことであるが、その際エヴァと茶々丸に名前で呼ぶようにと言われた。エヴァ曰く、『私がお前のことを名前で呼んでいるのに、お前が私を名前で呼ばないのはおかしいじゃないか』とのこと。別にどっちでもいいんだけどな。
「今日は魔法関係のことで聞きたいことがあるんだったな?その代わりに、お前自身のことも教えるということだが、何でも聞いていいんだな?」
「ああ。いい加減そろそろ、私のこと話しておいたほうがいいと思ってな。だいぶ気になってるだろ?」
そう、私のこと。いい加減隠しておくのも限界だし、隠したままではエヴァ達の信用は得られない。ここから先は、エヴァ達の力が必ず必要になってくる。ただでさえ味方は少ないのだ。というか、あまりに荒唐無稽な話とはいえ、のどかにすら何も伝えていなかったっていうのは、さすがに問題あるよな。
「そうだな。色々聞きたいことはあるが…まずは確認からだな。
千雨…貴様が戦闘中に見せたあの詠唱封じ、詳しく解説しろ。」
ん?あの技について?戦闘中の反応から見る限り、てっきり予想がついてるものと思ってたが。
そんな私の不思議そうな表情を察してか、エヴァが口を挟んだ。
「…まぁ私は予想が付いてるよ。だが、茶々丸やチャチャゼロは分かってないだろうし、何より私も信じられないというか…。信じたくないというか…。」
「オレガ見タノハ、ゴ主人ノ腕ニ抱カレテタ時ノ一回キリダカラ、何ガ起コッタノカサエ理解出来テネェンダ。説明シテクレヨ。」
んー…手の内晒すのは嫌だけど、交渉材料だと思えば仕方ないか。何より、察してはいるだろうしな。現場を見てないのどかと長瀬は、茶々丸から説明を受けている。まぁそんな難しい話ではないから、例え話を使えば、長瀬の頭でも理解できるだろう。
「とりあえず、チャチャゼロだっけ?何が起こったか、覚えてるか?」
「アア、確カゴ主人ガ呪文ヲ唱エヨウトシタ時、突然ゴ主人ノ声ガ聞コエナクナッタンダヨナ。」
「うん。私はその声を消したんだ。」
エヴァ以外の全員が怪訝な顔をしている。
「だからさ、声とかの音って、基本は空気の振動―――『波』だろ?だから、全く逆の位相の波をぶつければ、相殺されてゼロになる。私はエヴァの詠唱を聞いて、それと全く逆の位相の音をサックスで発して、エヴァの詠唱を消したんだ。それだけ。」
言葉を切って全員の反応を見る。
全員が全員、「何を言ってるのか分かりません」という顔で私を見ていた。エヴァに至っては、両手で頭を抱えている。そんな難しい説明じゃなかったと思うけどな。
「あー…だからさ、綱引きみたいなもんだよ。いい綱引きの勝負ってさ、中心が動かないだろ?あれも、同じ力が釣り合ってるから―――」
そこまで言ったところで、エヴァが飛び蹴りをかましてきた。咄嗟に席を立って避ける。
「危ねぇな!!いきなり何しやがる!!」
「やかましいわこのドアホ!!どの口が常識だの一般人だの語るんだ貴様!!」
胸倉を掴まれて怒鳴られた。どう考えても逆ギレだと思ったが、周囲の私に対する目が、「お前が悪い」と語っている。何か悪いことしたか私!?
「サラッと非常識な技披露しておいて、言うに事欠いて『綱引きと同じ』だぁ!?常識外れも大概にしておけよ貴様!?」
「い…いや…みんな微妙な表情してたから、分かりにくかったかなと…。」
「全員呆れてたんでござるよ…。」
長瀬に馬鹿を見るような目で見られた。よく見たら茶々丸とチャチャゼロもだった。助けを求めてのどかを見るが、「さすがにフォローできません」という目をしていた。八方ふさがりか、チクショウ。
「…でも、単に音と言っても、ドレミとかたくさん種類があるでござるよ?それも分かるでござるか?」
「分からなきゃ消音なんて真似出来ないだろう。絶対音感、というヤツだな。実態はそんなチャチなもんじゃないが。
消音自体はいくらでも方法がある。魔法はもちろんのこと、別にその音を遥かに上回る大きな音を出すだけでも、音を出すのを妨害するのでも充分だ。だが、 コイツの行う消音はそれらとは次元が違う。反響、共鳴で雑音だらけの中、私自身が発する詠唱だけを聞き分けて、同位相の音をドップラー効果も含めた上でリ アルタイムに“演奏”してのけた。その結果もたらされるのは、完全なる“音の抹消”。絶技と言うのもおこがましい、人間の域を超えた魔技だ。
千雨、貴様の聞こえる範囲はどれぐらいだ?」
私が言いたかったことを大体エヴァが解説してくれたので、随分と楽になった。
「えーと…大体、直径2km圏内なら、誰が何してるか分かる。音の反響とかから地形や建築物の形も想定できるけど…。」
そこまで言うと、全員が溜め息をついた。そんなにあからさまに呆れられると傷つくんだが、おそらくそれを口に出したら、再度逆ギレしたエヴァにこのまま床に叩き――――
ふと、浮遊感が襲った。しかしそれも一瞬のこと。思いっきり床に尻もちを着いた。
「あ…あのな、エヴァ、手を離すなら、そう言って―――」
「五月蠅いこの人外。」
「化物ですね。」
「怪物ダナ。」
「人間兵器でござるな。」
「むしろ蝙蝠の改造人間じゃないですか?」
滅多打ちだった。酷すぎる。特に最後ののどか。親友だよな?親友だよな私たち?
「…まぁ、これで分かった。貴様の真の武器は、改造サックスでも衝撃波でもない、人間の数千倍を誇る、常軌を逸した聴力というわけか。なるほど、私たちの最大の敗因は、その場で作戦を考えてしまったこと、というわけだ。さぞ私たちは、愉快な道化だったことだろうな。」
否定はしない。エヴァたちが作戦を建て始めた時、我が耳を疑ったからな。正直、あの作戦を建ててくれなきゃ、ジリ貧になってた可能性が高い。私が勝てたのは、エヴァ達の建てた作戦を利用したところが大きい。言い方は悪いが、本当に良いように踊ってくれたと思う。
「だが、だからこそ、解せないことがある。」
エヴァの自嘲的な雰囲気が急に変わった。おそらく、これが本当に聞きたいこと。そして、私自身も説明しようと思っていたこと。
「千雨…貴様、それほどの力を、どこで身に付けた?聴覚だけじゃない、殺人技能、回避能力、戦闘意識。どれをとっても、戦闘者としては超一流だ。間違いなく、世界で十指に入る実力の持ち主だ。しかし少なくとも、15年程度の人生で身につく能力ではない。そしてお前が言っていた、故郷の話―――
千雨、貴様は何者だ?」
…そうだな、私の年齢と戦闘技術の矛盾には、エヴァでなくとも気付くだろう。説明しないわけにはいくまい。茶々丸も、チャチャゼロも、のどかも、長瀬も、聞きた気な顔をしている。私は机の上の紅茶を一口すすった。
「…魔法以上に荒唐無稽な話になるけどさ。」
前置きしておく。そうでも言わないととても信じてもらえない気がするし。
「―――――転生って、信じるか?」
一通り話し終え、紅茶をすすった。腕時計を見ると、話し始めてから2時間経っていた。
自分の生まれ、殺人者としての生涯、ミリオンズ・ナイブズとの遭 遇、GUNG−HO−GUNSでの活動、龍津城砦での戦い、レガート・ブルーサマーズによる粛清、そしてこの麻帆良学園都市への転生。話せることは全て話した。
ぬるくなった紅茶を飲み干し、顔を上げると、全員の茫然とした表情が目に映った。
「―――とまぁ、これが私の歩んできた人生なわけだが…信じてもらえたか?」
雰囲気から察するに、全員私の話は信じてくれているようだが、一応聞いておくべきだろう。
「…ああ、無論だ。一片たりとも疑ってはいない。むしろ心底納得したくらいだ。」
エヴァが真っ先に口を開いた。茶々丸、チャチャゼロ、長瀬の3人も頷いている。
「貴様の年齢と戦闘能力の食い違い―――なるほど、前世の経験か。それほどはっきり記憶があるのなら、その強さにも納得だ。しかも前世は遥か未来、常に死の危険がつきまとう日常を生き延びた、最強クラスの殺人者、か。それが、生き返ってこんなところで再び武器を手にしている―――全く、どこまでも非常識な 存在だよ、貴様は。」
悪かったな。とはいえ、予想以上にすんなり信じてくれたのは嬉しい。むしろエヴァの笑みを見る限り、評価が上がったようだ。茶々丸もチャチャゼロも、それでこそ倒すべき敵、という表情を浮かべ、ボルテージが上がっているようだ。そこら辺は下がっていてほしかった。
と、ここで私はのどかの方を振り向いた。正直、のどかの評価が一番怖い。
「あー…のどか…。…幻滅したか?」
「へ?何でですか?」
私が言葉をかけると、のどかは心底キョトンとした表情を浮かべた。その反応はちょっと予想外で、不意をつかれた。
「あ、いや…だから、私が見境なしの殺人鬼だったことについて…。」
戸惑ったように私が言うと、のどかは急にむっとむくれた顔になった。傍から見てるエヴァたちは愉快そうにしているが、そんな百面相を目の前で見せられる私の困惑も理解してくれ。
「そ・の・こ・と・は、もう話し終わってるはずですよ?千雨さんが人殺しであろうとなかろうと、私は千雨さんを信頼してます。第一、前世の千雨さんと今の千雨さん、全然別人じゃないですか。」
それについては多少自覚があったりする。もし昔のままの自分だったら、今回も真っ先にネギ先生を抹殺していたはずだ。その後は、立ち塞がる全てを殺し尽くしていたと思う。それを私自身の成長と言っていいのか分からないが、この平和な世界で暮らしてきた賜物と言えるだろう。
長谷川千雨。それが、今を生きる私の名であり、生まれ変わった私の名だ。
「千雨さんは千雨さんです。戦うことが嫌いで、人に音楽を聞かせることが好きで、平和と平穏を愛していて、それを踏みにじる人を決して許さない、誰よりも強くて優しい人。それが、私の大好きな、千雨さんです。違いますか?」
「…ああ、違わないさ。そしてこれからも、そう在り続けると誓うよ。」
のどかが太陽のような笑みを浮かべる。全く、さすがは私の親友にして盟友。絶大な信頼を私に寄せてくれているのが、本当に嬉しいしありがたい。だからこそ、私はのどかに安心して背中を任せられるんだ。
すると、私たちのやりとりをニヤニヤしながら見ていたエヴァが、笑みを顔に張り付けたまま言い放つ。
「さっさと結婚してしまえ、貴様ら。」
その一言でのどかは沸騰し、顔を真っ赤にしてあうあうと慌てている。その様子は小動物みたいで可愛かった。
と、いうわけで、私もエヴァに乗っかることにした。
「のどか。教会と神社、どっちがいい?」
ますます顔を赤くしたのどかに、ぽかぽかと叩かれた。全然痛くなかった。
しばらく全員でのどかを愛でた後、エヴァの方を見て、今日の本題を切りだした。。
「それで、これからのことなんだけど…。」
「ああ、手を組もう。」
驚いた。先読みされていたことじゃなく、すんなり同盟を承諾されたことに。今日一番の山だと思っていたのに、拍子抜けだ。
「何を驚いている?貴様が同盟を持ちかけてくることぐらい、長瀬でも気付く。私も、自分を利用しようとしていた組織にこれ以上協力してやる義理は無い。むしろぶっ潰してやりたいくらいだ。喜んで手を貸そう。」
これは素直に嬉しい。強力な後ろ盾が出来た。学園側にもかなりの圧力になるはずだ。この同盟の意義はかなり大きい。
「…ありがとう。封印を解く時には呼んでくれ。協力するよ。」
「ほう?それはありがたいな。早めに術を見つけることにしよう。」
まぁこいつらの封印を解いたら、その牙は真っ先に私に向くことになるんだけどな。けど、それぐらいの協力はしてしかるべきだろう。
私たちは互いに手を握り合う。ここに、麻帆良最強の同盟が成立した。
…後ろで長瀬が、「さっき何と書いてバカと読んだでござるか?」と呟きながら、苦無を握りしめているのは、気にしないことにしよう。
side out
「…はぁ〜〜〜…。」
「…超さん、そんなあからさまな溜め息つかないでくださいよ。こっちまでブルーになっちゃいます。」
「それだったら、ハカセも宮崎さんとお話してみるといいヨ…。心へし折られること請け合いネ…。」
そう言うと、超はもう一度深々と溜め息をつき、机に突っ伏した。
まさかたった5分ほどの『お話』で、あそこまで「生まれてきてゴメンナサイ」状態にされるとは。最初は盗聴に怒っていた五月も、最後は自分に同情していた。もちろんその後の仕事は全く手につかなかった。
「それにしても…。」
宮崎のどか。ネギ・スプリングフィールドに恋し、修学旅行で強力なアーティファクトを得て、その片腕として活躍する少女―――否、するはずだった少女。最早彼女がネギ先生と仮契約することはありえない。彼女は長谷川千雨の親友となり、学園と敵対する道を選んだ
そして、その当の本人、長谷川千雨。あの魔法界の生ける伝説、エヴァンジェリン・A・K・マグダウェルに真正面から立ち向かい、打ち破った少女。
また溜め息をつく。最早自分が知っている歴史など、微塵も残っていない。おそらくエヴァンジェリンは、学園と袂を分かち、長谷川千雨と同盟を組むだろう。そして長谷川千雨は、本格的に学園と敵対する。
すなわち、学園と自分たち一派に加えて、長谷川千雨を中心とした、第3勢力が生まれたことを意味する。
「勘弁してほしいヨ…学園相手でも結構手一杯なのニ、この上長谷川さんに敵対されたら、確実に作戦はメチャクチャネ…。」
事実上学園最強の人間を敵に回して、無事でいられるとは思えない。しかも長谷川千雨は殺人を厭わないのだ。敵対した場合、確実に全滅させに来る。ここはクラスメイトという立場を利用し、早めに接触するのが吉か。
しかし超には、確信めいた予感があった。麻帆良祭終了までに残っているのは、3つの組織の内、たった一つだけだと。
「決戦は麻帆良祭、カ。」
次の盤面は、修学旅行。ここまで歴史が変わってしまった以上、何が起こるか分からない。中心となるのは、ネギ・スプリングフィールドと長谷川千雨、そして近衛木乃香と、関西呪術協会。京都の地で、状況はどのように動くのか。
だが、例えどのような状況になろうと、誰にも負けるつもりはない。必ず最後に私が笑って見せる。
「来るなら来いネ。この身が砕けようと、絶対に勝ち残ってみせるヨ。」
大停電を越え、麻帆良学園は3つの派閥に分かれた。主勢力たる関東魔法協会、それに敵対する長谷川・エヴァンジェリン同盟、未だ沈黙を保つ超一派。
生き残るのは、たった一つ。
(後書き)
第13話。超一派以外平均年齢が高すぎる回。超ってホントに15歳なんですかね。
派閥別に見ると、千雨たちは戦闘能力で、関東魔法協会は政治能力、兵力で、超一派は技術・頭脳面で、それぞれ他の追随を許さないほどに秀でています。ですので、戦闘に持ち込ませさえしなければ、近右衛門が圧倒的に有利です。つまり現段階で千雨は不利。
次回より修学旅行編です。かなりのキャラが魔改造されます。具体的に言えば、千雨とタメ張れるぐらいに。ただし、他のTRIGUNキャラの憑依ということはありません。
なお、次章では原作キャラが死亡します。ご注意ください。
次回更新ですが、しばらくPC環境の無いところへ行きますので、しばらく更新出来ません。31日か1日までお待ちください。
それでは、また次回!
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