その日の朝、学校に行く準備をしていた長瀬楓は、一本の電話に呼びとめられた。
時刻は8時。洗面台では、同室の鳴滝姉妹が騒いでいる。はて、こんな時間に誰から?と思い携帯を開くと、そこにはつい先日登録したばかりの名前が出ていた。
長谷川千雨。学園の陰謀を知り、立ち向かおうとしている、一人の少女。
一瞬で身構えた。こんな時間に彼女からの電話ということは、先日同様、また学園が何かアクションを起こしてきた可能性が高い。素早く意識を戦時に切り替え、通話ボタンを押した。
「もしもし、長瀬でござる。」
『…っ、ああ、長瀬、か…。私だ、うっ、ぐ、うぅっ…。』
「!!?長谷川殿!?しっかりするでござる!!何があったでござるか!?」
電話口から聞こえてきたのは、息も絶え絶えな長谷川千雨の声だった。楓は、顔が青ざめていくのを感じた。まさか、本当に襲撃されたのか。それも、彼女をここまで追い込むほどに苛烈な。
『長瀬…済まない、今から言う、場所、に、来て、くれるか…?』
「当然でござる!!今どこでござるか!?」
楓は力強く答える。
長谷川千雨は強い。そんなことは、実際に相対した自分がよく分かっている。だが今、その彼女が、自分に助けを求めているのだ。先日、共に戦うと誓ったばかりの彼女が。これを見捨てるようなら、自分はその時点で死んだも同然だ。
『エヴァの、家、だ…。早く、来て…ううっ!!』
「今行くでござる千雨殿!!今しばらく、辛抱するでござるよ!!」
すばやく戦装束―――服の中に鎖帷子や苦無、棒手裏剣などを仕込んだ、まさに忍者装束ともいうべき代物―――を着る。すると、洗面台から不安げな眼差しを送る二人の存在に気が付いた。
「楓姉、どうかしたの…?」
「楓姉、何だか怖いよ…?」
小さな声で不安げに自分を呼ぶ二人に対し、楓は真剣な声で語る。
「…風香、史伽。拙者はこれから、友の待つ
不安げな二人を尻目に、楓は颯爽と窓から飛び出し、跳びはねるようにエヴァの家へ一直線に向かった。楓自身、かつて出したことないほどのスピードで猛進していく。今、彼女の眼には、大切な友人のことしか映っていない。
「どうか無事で、千雨殿――――!!」
楓は走る。いつの間にか、長谷川千雨を下の名前で呼びながら。
#15 インモラリスト
side 千雨
話は昨日の夜、学園長との会談があった日の夜に遡る。
「「天ヶ崎千草ァ!?」」
会談の後エヴァの家に戻り、のどか達の帰りを待っていたのだが、帰ってきたのどかは明らかにションボリしていた。何かあったのかと心配したのだが、ショッピングモールであった出来事をチャチャゼロから聞き、一通りのどかを叱った。
しかし、話の流れからして、一番悪いのは、あの逃げ道のない状態でのどかを追い詰めたという、性格の悪い女であることは間違いない。そこで、のどかを誑かしたその女の名前を聞いたのだが、聞いた瞬間エヴァと二人で驚愕した。
「まさか敵の懐に単身潜り込んでくるとは…。大胆不敵なやつだ。これは一筋縄ではいかないな…。」
「間違いなくこっちの情報収集が目的だろうな…。だとしたら、こっちの情報は筒抜けだと考えたほうがいいかもしれないな。」
「そ、そんなに危ない人だったんですか…。」
のどかの声が震えている。しかし、今日のどかが声をかけていなかったら、天ヶ崎千草の潜入には気付いていなかったことは間違いない。その点はのどかの手柄だ。自分と勘違いされた点については腹立たしいが。
「ならば、こちらも最低限ヤツの情報を集めておくべきだろうな…。茶々丸!」
「ハイ、マスター。」
「超に電話して、天ヶ崎千草の情報を集めるように言ってくれ。国際指名手配のテロリストだ。おそらく探せばすぐに出てくるだろう。」
「承知しました。」
そう言って茶々丸は、いそいそと電話の方へ向かう。確かに、今は少しでも天ヶ崎千草の情報がほしい。単に狡知に長けているだけでなく、敵陣に単身潜入する度胸も兼ね備えている女だ。最大限警戒しておかねばなるまい。
…せっかくの修学旅行がどんどん血生臭くなっていくな…。
「とりあえず、戦闘力は確保しておくべきだよな…。エヴァ、茶々丸貸してくれないか?」
「うむ、まぁ…それは別に良いが…。」
何故かエヴァの歯切れが悪い。はて、何か問題があるのだろうか。
「あ、ひょっとして、茶々丸さんが千雨さんと敵対することを心配して―――」
「それは違う。私の許しが出るまで我慢しろと言い聞かせた。本人も、今のままでは敵わないと分かっているようだしな。」
のどかの考えた答えは一蹴された。私も茶々丸の件だとは思っていない。そこまで浅はかなヤツではないしな。
「そうじゃなくてだな、お前たちが修学旅行に行ってる間に、学園が何らかのアクションを起こしたらどうするんだ?私一人に、情報収集から報告、対策まで、全て任せる気か?」
「「…ああ、なるほど。」」
エヴァの言うとおり、そこは盲点だった。私たちが留守にしている隙を見計らって、学園が何か仕出かす可能性は充分過ぎるほどにある。学園への警戒を怠っては意味がない。
かといって、修学旅行先に危険なテロリストがいるのなら、それ相応の戦力で迎え撃たなければならない。
…あの狸ジジイ、まさかこれを狙ってやがったのか…?
「ともかく、学園を見張る人間が少なくなるのは避けたい。誰か麻帆良以外の魔法関係者で、ジジイ共の動向を見張ってくれるヤツはおらんものか…。」
…居ないだろうなぁ。私やのどかはもちろんだし、エヴァは彼女自身の悪名が足を引っ張る。そもそも学園内に15年も閉じ込められてたエヴァに、頼み事が出来る人間が居るとは思えない。
「あっ…。…いやでも、アイツは…」
「心当たりあるのかエヴァ!?」
エヴァの期待させるような言葉に、思わず反応する。エヴァは迷っているようだが、今は藁にもすがりたい気分なのだ。少しでも可能性があるなら、とりあえず教えてほしい。
「…うむ、そうだな。千雨にのどか、聞いたことはないか?3−Aの教室の―――」
「マスター、超さんに情報収集を依頼しました。それと、晩御飯が出来あがったのですが。」
エヴァが話そうとしたところで、茶々丸に遮られた。茶々丸も交えてこのまま話を進めようかと思ったが、キッチンの方から漂ってくる芳しい匂いに、ついつい胃が反応してしまう。見ると、のどかもエヴァも同じだった。
「…先に晩飯にするか。」
「賛成です。お腹空きましたしね。」
「茶々丸、今日の晩飯は何だ?」
「本日はパイシチュー、ローストビーフ、トマトとレタスのサラダとなっております。」
茶々丸の手料理は当然非常に美味しかった。が、問題は食後だった。
「マスター、食後のお酒は何にしましょうか?」
「そうだな、やはりブランデーを―――」
「ちょっと待ってくれ。」
聞き捨てならない言葉が二人から聞こえた。
ブランデー?ブランデーだと?それを飲むっていうのか?今から?
見ると、のどかもエヴァにちょっと怒ったような表情を浮かべている。さすが私の盟友。考えることは同じか。私のただならぬ雰囲気に、エヴァも気付いたようだ。しかし、ここで引いてはならない。そう、絶対に――――!
「私にも飲ませて下さいお願いします!!」
「えええええええ!?そっちなんですか!?」
後ろからのどかの驚いたような声が聞こえるが、何をそんなに驚くことがあっただろう。まさか未成年の飲酒がどうこうと言いたかったわけじゃあるまいし。だが、今はそれを気にしている場合ではない。
日本酒、酒、アルコール。なんと甘美な響きだろうか。前世では当然のように飲んでいた。しかしやはり砂の星。高級酒が手に入ることなど珍しく、大抵出来損ないみたいな不味い酒を飲む方がずっと多かった。
しかし、この地球では、酒の種類も豊富、高級酒も飲んだこと無いような酒も、手に入れようと思えば手に入れることが出来る。しかもプラント技術で作った物ではない、純粋に自然の恵みが産み出した酒。一体どれほど美味しいことだろうか。想像だけで生唾物だ。
だがしかし。だが、しかし、である。私の前に、唯一にして最大の障害が、目の前に立ち塞がっている。
あくまで未成年なのだ。私は。
私が自分の前世を自覚したのは7〜8歳の頃。つまりその時点で、私は禁酒12年の刑を言い渡されているも同然なのである。コンビニに行っても、スーパーに行っても、目の前の酒棚に並ぶ数々の
もちろん努力はした。晩酌中の親父にさりげなく飲ませてほしいなーと甘えてみたり、楽器屋の親父にお中元で酒をプレゼントする時、味見してみたいなーと言ってみたり。いずれの場合も、「まだ早い」の一点張りだった。分かってるんだよそんなことは。
…話が長くなってしまった。だからまぁ要約すれば、久しぶりに酒を飲みたい、それだけのことだ。
「15年振りのアルコールなんです、飲ませてくださいお願いします!」
体を90度に曲げて頭を下げる。場合によっては土下座も辞さないつもりだ。…だが、目の前のエヴァがドン引きしているのは分かった。
「……茶々丸、コイツにも私と同じものを用意してやれ。こんな惨めな姿、見るに耐えん…。」
「ハイ、マスター…。」
よっしゃあああああ!!酒が、酒が飲める!!15年ぶりに、酒が飲める!!未成年の飲酒はご法度?知るかそんなモン!いやしかしこの喜び、一人で味わうのは勿体ない。やはり、親友も誘うべきだろう!
「のどかも飲むよな!?こんな機会、滅多にないし!!」
「遠慮しておきます、長谷川さん。」
……………………………………アレ?
「どうしたんですか長谷川さん?変な顔してますよ長谷川さん?そんな顔してたら、せっかくのお酒の味が落ちちゃいますよ長谷川さん?」
「怒ってる!?物凄く怒ってる!?ゴメンナサイのどかさんお願いですから名字で呼ぶのは止めてください!!」
土下座した。許してもらえなかった。
結論から言えば、酒を飲むことは出来た。そして出されたブランデーは、前世でも飲んだことが無いほど極上の味だった。これを飲むことが出来ただけでも、 エヴァと同盟を結んだ甲斐があるというものだ。そしてのどかの好奇心を刺激してみたところ、やはり少し興味があったらしい。説得したら案外すぐ落ち、一緒に飲んだ。
その後エヴァが麻雀を持ちだしたため、ルールを教わりながら始めたところ、のどか共々その面白さの虜となってしまい、何ゲームも繰り返し、その間手元口 元が寂しいのを、エヴァがコレクションを自慢するかのように出す数々の酒を飲みつつ誤魔化し、日付が変わってからもなお牌を取り続けた結果―――――
「こ、こうして、お前に助けを、求めなきゃ、いけないぐらい、二日酔いに苦しむ、羽目に、なってるわけで…。」
「馬鹿でござるな。」
以上、私の電話で駆け付けた長瀬への状況説明である。
おそらく必死で駆け付けてきたのであろう、長瀬は額には大粒の汗が浮かんでいた。そして私のために 全力疾走してきた長瀬は、脱力感いっぱいの口調で私たちを馬鹿だと断定した。否定はしない、というか出来ない。女子中学生が深夜まで酒飲みながら徹マンし て、挙句二日酔いで助けを求めてきたら、誰だって馬鹿だと断言するだろう。
ちなみにのどか、エヴァ、茶々丸、チャチャゼロは完全にダウンしている。茶々丸は充電切れっぽいが。
「もうホントに…拙者の心配を、3倍増しで返してほしいでござるよ…。いっそ死んで償ってほしいでござる…。」
長瀬の声が若干泣きそうな声に変わる。その姿に心の底から罪悪感を覚えた。せめて電話口で事情を話してやれば良かった。
「とりあえず4人とも寝ておいた方が良かろう。寝室までお運びするでござる。学校には、拙者が連絡しておくでござるから。風香と史伽を心配させてもいけないし、拙者は学校に行くでござるが、枕元にバケツ用意しておくでござるから、戻したくなったらそこに頼むでござるよ?ま、昼になったら薬持ってくるでござるから、それまで辛抱するでござる。」
長瀬が私の体を抱き抱えてソファに横たえる。本当に申し訳ないと思うが、口がうまく開かない。そんな私の様子を、長瀬は察してくれたようだ。
「別に謝罪とかはいいでござるよ。友人でござるし。ついでに千雨殿、拙者のこと、下の名前で呼んでくれたら嬉しいでござる。」
そう言う長瀬―――じゃなくて、楓に、私は手を上げて応じるのが精一杯だった。不甲斐ない。
上げた手を戻した瞬間、強烈な眠気に襲われ、私の意識はブラックアウトした。
昼前には目が覚めた。結構酔いも覚めているようで、さほど苦しくない。とりあえず休み時間を見計らって楓におはようメールを入れる。すると、1分と経たずにメールが返ってきた。
『それはよかった。もし宮崎殿が目を覚ましたら、綾瀬殿が心配していたと伝えてくだされ。それと、超殿より伝言でござる。『天ヶ崎千草の情報のまとめを、 エヴァンジェリンさんの家のFAXに送っておいたネ。また目を通しておいてほしいヨ。』とのこと。また昼に顔を出すでござる。』
そう言われて探すと、昨夜自分たちが麻雀していた机の近くにFAX電話が見つかった。見ると、超の言っていた通り、FAXが数枚届いている。手に取り、その内容を読む。
「…オイオイ、何だこりゃ…!?」
そして絶句した。簡潔に言ってしまえば、天ヶ崎千草は悪党ではなかった。
それよりも遥かに醜悪な、外道であった。
side out
「ひっくしょぃ!!」
大きくくしゃみをする音が響く。その音に、傍らに居た少年が顔を上げる。
「…あなたでもくしゃみすることがあるんだね。正直意外だよ。」
「ウチを何やと思うとんねん。」
くしゃみした女性―――天ヶ崎千草は、軽口を叩いた少年―――フェイト・アーウェルンクスをジト目で睨みながら、ハンカチで口の周りを軽く拭いた。
「この国では、くしゃみは誰かがその人のことを噂している証拠だって言われてるけど。」
「ハッ、そんならウチは世界中からの恨み節で、息吸えんほどにくしゃみばっかりしとるはずやな。」
そう嘯く千草であったが、それがあながち冗談ではないのが、彼女の恐ろしいところである。しかしふと不機嫌そうな顔になって、腕時計と自分の真正面を交互に見だした。
「…それで、何で誰も来ぉへんねん。さっさと会議始めたいんやけどなぁ…。」
「あの子の食事に手間取ってるんじゃないかな。下手すれば美味しく頂かれちゃうわけだし。」
「…ああ、クッソ。協会の老害共が。何が『手伝いをよこす』や。小太郎はんはともかく、あないなぶっ壊れ、どない扱え言うねん。…ホンマ、済まへんなぁフェイトはん。アンタんとこの手練わざわざ連れてきてもろて…。」
「…いいよ別に。面白いものが見れそうだし。」
そう冷淡に返すフェイトだが、千草は不気味に口の端を歪め、フェイトを見据えた。
「面白いもの、ねぇ…。フェイトはんほどの実力者が、こんな極東の島国の覇権争いの、何に面白さを見出したんやろか。…けど、ウチもそれなりに世界中回らせてもらっとるからなぁ。色々噂話とかが耳に入って来るんですえ?例えば、魔法世界の秘密結社のこととか―――――」
「チグサ。」
千草の言葉を押しとどめたフェイトの一言には、ありありと敵意が浮かんでいた。
「釈迦に説法かもしれないけれど…余計な詮索は、身を滅ぼすよ?」
「お〜怖い怖い。虎の尾っぽ踏まへんよう、あんじょうしとかんといけまへんなぁ?」
常人ならば聞くだけで卒倒してしまいそうな、フェイトの静かな敵意に満ちた言葉を、千草は小馬鹿にしたような口調で受け流した。まるで毒蛇同士の喰らい合いのような応酬であったが、ふと自分たちの方に駆け寄ってくる気配を感じ、互いに気を収めた。すぐに、二人の居る部屋のドアが開け放たれる。
「あー疲れた…。何で飯あげに行くだけで、こんな疲れなアカンねん…。」
疲労の色濃く現れたのは、学ラン姿の少年だった。さらにその後ろから、3人の少女が付いてくる。彼女たちも一様に疲れた表情をしていた。
「環、栞、調。ご苦労だったね。」
フェイトが少女たちの労苦をねぎらう。少女たちは嬉しそうに微笑むも、やはり疲れは隠せない様子だった。
「ホラ、帰ってくるの遅いで。会議始めるから、そこに直り。」
が、そんな彼女たちの疲れた様子など意に介することなく、千草はさっさと資料を配り始めた。帰ってきたばかりの4人は、渋々と資料を読み始める。千草は煙草に火を点け、指で挟みながら解説を始めた。
「この娘が今回のターゲット、近衛木乃香。関西呪術協会の長、近衛詠春の一人娘や。ついでに、関東魔法協会会長近衛近右衛門の孫娘でもある。
次のページ。 今回の修学旅行に付いてくる、関東所属の魔法使いの名簿や。注意すべきは龍宮真名、ネギ・スプリングフィールド、桜咲刹那。次点で超鈴音、絡繰茶々丸、そ れと―――宮崎のどかやな。
龍宮、スプリングフィールドの両名は言わずもがな。桜咲は近衛本人の護衛。超は麻帆良の頭脳と呼ばれる天才児、絡繰はかの『闇の福音』の従者だそうや。ただし『闇の福音』本人の来訪はありえん。麻帆良に封印されとるはずやからな。それと宮崎やけど、これに関してはウチの独断や。」
「う〜ん…。魔法関係者には見えない、純朴そうな子ですけど、彼女を注意する理由は?」
その場に居た全員の疑問を代弁したのは、栞だった。写真にうつるのどかの顔は、荒事とは無縁であるというのが見てとれるものであった。
「この前麻帆良行った時に、話しかけられてん。向こうはウチのこと知らんかったみたいやけどな。そんで、ウチに助け求められてん。」
「助け…?何のや?」
学ラン姿の少年が問うと、千草は肩を震わせて笑い始めた。
「ああ、そうやった。実はな、ネギ・スプリングフィールド、おるやろ?そいつ今麻帆良の女子中で担任受け持っとるんやけど、どうもそのクラス、スプリングフィールドの仮契約の糧らしいねん。それを止めたかったらしいな。ウチには関係あらへんけど、えげつないことしとるやろ?」
どうやら関東魔法協会の企てる計画に対して笑っていたようだが、当然他の5人にとっては、とても面白い話だとは思えなかった。そもそもえげつなさでいえば、目の前の女性以上の逸材など居るわけがない。
「話戻しますえ?つまりこの小娘は、仮契約を阻止したいという状況下で、ウチに助けを求めた―――ウチのことを知らへんのにも関わらず、魔法関係者と見破って、や。戦闘能力は無さそうやけど、ひょっとしたらJOKERになりかねへん。一応、警戒しておくれやす。」
そう言いながら千草は煙草を咥え、大きく煙を吐き出す。5人は手元の資料を眺めていたが、不意に学ラン姿の少年が、獰猛な笑みを浮かべながら、千草の方に顔を向けた。
「それで千草姉ちゃん。この中で一番強いヤツは誰なんや?」
内心の昂揚を隠すことなく、千草に問いかける。しかし千草は、煙草の灰を灰皿に落としながら、少年の方に目を向けることなく返答した。
「小太郎はん。コイツは
冷淡に言い放たれた言葉に、小太郎と呼ばれた少年は笑みを消し口を閉ざす。さらに千草は言葉を続ける。
「それにな、今回の仕事の裏にあるんは、関西呪術協会のクーデターや。関西の狙いは、親書受理前に現長を排斥すること。近衛木乃香は人質で、身柄を盾に近衛詠春をどうにかするつもりなんやろ。排斥したら新体制に移行し、親書を棄却。使者を殺して関東に宣戦布告や。ウチらは尖兵やな。ウチらが失敗したら、何も上手くいかへんようになる。結構危険な仕事ですえ?」
淡々と千草は語るが、フェイトを除く4人は、自分たちがかなりの大事に巻き込まれていることを初めて実感し、背筋を震わせる。
「それって…私たち、使い捨ての駒ってことですよね!?最悪、計画が上手くいったとしても、口封じに殺されるんじゃ―――」
ないですか、と、環が続けるよりも早く、千草がケタケタと笑い始めた。そしてひとしきり笑い終わると、口の端を大きく歪めながら、5人を見据えた。
「そうしてウチを裏切った、自称雇い主共がどないな目に遭うてきたか―――知らんアンタ等やないやろ?」
その口調に、瞳に、笑顔に宿るどす黒い悪意に、さしものフェイトですら絶句する。そして5人は理解する。この醜悪としか言い様のない悪意こそが、彼女―――天ヶ崎千草を、『国喰い』とまで呼ばれる、邪知暴虐のテロリストたらしめる最大の所以なのだと。
すると、千草がふと何かを思い出したかのような表情になり、纏っていたおぞましい空気が一気に弛緩する。
「そや。今回の依頼に関して、もう一つ言うとかなあきまへんな。実は―――」
しかし、その瞬間。
彼らの居る部屋のドアが、ぎぃ、と開いた。
6人の視線がドアに集中する。一瞬全員戦闘態勢に入ろうとしたが、すぐに彼女に対してそうしてはいけないことを思い出す。
今自分たちがここに居る以上、ドアの外に居るのは、もう一人のメンバー。まともな意思疎通など不可能な、彼女たちの頭痛の種である7人目。
「………月詠はん。」
「………お腹空いたぁー……。」
月詠と呼ばれた少女は、悲しげな声で空腹を訴える。その左手には大振りな刀が2本、血でべっとりと濡れていた。刀身から滴る血が、部屋の床を汚していく。
「な、なあ…さっき、
「いただきますする前に、無くなってもうた。」
小太郎の問いに対する彼女の答えに、ぞわり、と、全員の背筋に悪寒が走る。彼女たちの視線は、血まみれの刀に固定された。しかし千草だけは刀ではなく、月詠の目を見ていた。汚れを知らぬ純粋な少女のような、綺麗な瞳を。
「…悪いけど、もうご飯はない。はよ寝とき。」
「えー…お腹空いたのに…ほんなら…。」
「
月詠が何か言おうとするよりも早くフェイトが呪文を唱え、彼女の身を白い霧が包みこんだ。月詠の瞳がとろんとなり、すぐに崩れ落ちる。
それを見た小太郎 が駆け寄り、抱き止めようとして―――踏みとどまった。月詠の体はそのまま、床に転がった。瞼は閉じられ、すぅすぅと寝息を立てている。その様子に、一同がほっと息をついた。
「…偉いで小太郎はん。よう踏みとどまった。」
「…怖かっただけや。抱きとめたら…触れたらどないなるか、分かったもんやないから…。」
小太郎が苦々しげな口調で話す。その項垂れる頭を、調が撫でていた。
「普通のご飯は食べないの?」
「食べるんやったら苦労してへん。この子が食うんは、自分に
フェイトの問いも千草の答えも、苦々しさに満ちていた。月詠と言う名の少女の異質さが、本人が眠った後のこの部屋を完全に支配し、沈黙を誘っていた。千草が溜め息交じりに口を開く。
「ホンマ、けったいな娘押しつけられたもんや…。こないなぶっ壊れ、売ることも出来へんやないか。
こんな―――――暴力と愛情と食欲を、一緒くたに考える怪物なんて。」
side 千雨
「…で、そろそろ落ち着いたか?相坂。」
「はっ…ハイッ…!ご、ごめんなさい、声、かけてもらったのが、う、嬉しくって、つい…。」
のどかが相坂の頭を撫で、相坂がしゃくり上げ続けるのを見ながら、エヴァと顔を見合わせる。エヴァは少しバツが悪そうな顔をしていた。
エヴァが頼ったのは相坂さよ。なんと幽霊である。非常識ここに極まれり。
以前から噂には聞いていた、「3−Aの座ると寒気のする席」。そこの主で出席番号1番、つまり私たちのクラスメイト…なわけだが、幽霊故に誰にも視認されず、これまで60年過ごしてきたそうな。想像するだに辛い。
…そしてそれに気付いていながら2年間放っていたエヴァには、私、茶々丸、のどかが一発ずつ相坂の目の前ではたいておいた。
かく言う私も、入学当初から相坂の席付近だけ音が変質して聞こえる違和感を感じていたのだが。その当時は万が一面倒事に関わることになったらヤダなぁ、と思っていたので、あえて避けていたのだ。
「それでだ、相坂。そろそろ本題に入ってもいいか?」
小さくしゃくり上げていた相坂が、真っ赤に泣き濡らした目をこちらに向ける。
エヴァも、茶々丸も、のどかも、そして私も、真剣な表情を浮かべていることに気付いたのだろう。相坂は瞼をこすり、凛とした表情を作った。
「友達の頼みとあれば、何なりと。」
「…ふぅ、これで一段落かな。」
相坂に事情を説明したところ、快く承諾してくれた。何だか利用したみたいで悪いな、と謝ったところ、「気にしないでください!むしろ見つけてもらって、こちらがお礼言わなきゃいけないくらいです!」と笑顔で返された。
…とはいえ、結構な対価を要求されてしまったが。
『もちろん引き受けますが…その代わり、一曲、私のために作ってくれませんか?』
『は?』
『ですから、一曲私のために作ってほしいんです。修学旅行をテーマにして、麻帆良に戻ってくるまでに一曲お願い出来ませんか?』
あまり作曲の経験は無いので、ちょっと悩んだけど、のどかとエヴァも聞きたいと言うので、了承するしかなかった。
さらに、『クラスメートに自分を紹介し てほしい』という条件も出された。こちらに関しては、まずは姿がちゃんと認識される必要がある、ということで、エヴァによる特訓が行われることになり、先ほど早速エヴァ宅へ連れられて行った。相坂は嬉しそうに去っていったが、エヴァってスパルタっぽい気がするから止めといたほうがいいんじゃないかなー、と 思った。後の祭りだけど。
だが、これで学園の方は大丈夫だろう。エヴァと相坂のコンビなら、数日程度なら何とかなるはずだ。これで自分は修学旅行の守りに集中できる。
先ほど見た天ヶ崎千草の資料。アレを見る限りでは、親書を奪う…というか破棄するために、ホテルに火を放つぐらいのことは容易くやってのけるだろう。こちらも常時警 戒しておかなければならない。
そんなことを考えながら、寮の自分の部屋まで辿り着いた。ちなみにのどかは酔い覚ましを買いに行くらしく、途中で別れた。のどかが目覚めた後、散々説教されたが、実はエヴァ宅の酒を数瓶こっそり持ち帰って来ていたりする。見つからないところに隠しておこう。
「…アレ、今日レイン帰って来てるのか。」
部屋に近づき、中から聞こえてくる音で分かる。ついでに良い匂いもする。お酒に合いそうだ。
「ただいまー。」
「お帰り。」
レインがリビングから返事をする。靴を脱いであがると、レインが近づいてきて、私の手を握った。
「え、ちょ、レイン?」
「目をつむって。」
何が何だか分からなかったが、とりあえず目を閉じる。それを確認したのか、レインが私を引っ張って歩いていく。すぐにリビングに入っていった。
「ここに座って。目は閉じたまま。」
言われて座ると、いつものカーペットの感触ではなかった。まるで大きな紙の上のような。そして、私が顔をあげた瞬間―――――
唇に、柔らかい感触。
驚いて目を開けると、瞼を閉じたレインの顔が目の前にあった。顔を離そうとしても、レインの手が私の後頭部をがっちりホールドしていて、動けない。そして視界の端に美しい黄金の光が渦巻いていた。そして同時に気付く。
私が乗っていた紙に、魔法陣が書かれていることを。
光はすぐに治まり、同時にレインも私から離れた。感情が表情に出ない彼女の顔が、ほんのり赤く染まっていた。
「…私に出来るのは、これぐらいだから。」
レインがそんなことを呟いたが、私は茫然自失としたままだ。唇にはまだ、触れた温かさが残っていた。
「…修学旅行、頑張ってね。」
そう言うやいなやレインは部屋から飛び出していった。止めることも出来ないまま、レインの暴挙を思い出す。自分の傍らに、小さなカードが落ちていた。
修学旅行数日前。
私はレインと、キスをした。ついでに仮契約した。
(後書き)
第15話。ヒャッハァーー!ちう×ザジだァーーーーっ!!回。百合物にするつもりはありませんのであしからず。
ちう×ザジはともかく、魔改造月詠さん。その名も月詠・ザ・カーニバル。Fate/EXTRAのランルー君を参考に、月詠さんを超強化&超狂化です。フェイトさんに加えてガールズ3名も参戦。修学旅行は難易度ルナティックです。フェイトガールズはこっちの世界来れんの?って疑問があると思いますが、まぁそこらへんは多めに見ていただければ。
なお修学旅行編は終始ドロドロの鬱展開が続きます。読んでて気分は良くないかもです。人も結構多めに死にますので、そういうの受け付けない方は気を付けてください。
サブタイはドラゴンクライシスのOP「インモラリスト」です。インモラルって響きだけでもエロイよね。
次回からようやく修学旅行です。一日目からど派手に動きます。…とはいえ次回は導入ですが。