「なっ、なあ!千草姉ちゃん!何がどないなってんねん!?ワイの任務はどないなるんや!?」


 木乃香を入れたバッグを背負って必死で走る千草とフェイトの後を追いかけながら、小太郎は慌てた口調で問いかけた。彼はこの数分間の怒涛の展開に、理解が付いていけていないようだった。


「静かにしぃ、小太郎はん。任務はナシや。どうせこないな状況なら、栞はんの変装もバレとるやろ。今はこの旅館から脱出することが先決や。」

「…栞のことはどうでもいいのかい?」


 千草の言葉に反応したのは、傍らのフェイトであった。栞を見捨てるともとれるこの発言に、さすがに怒りを隠せないでいた。栞はあくまで、自分の部下であり、千草に使い捨てされるための駒ではない、と。

 そんな心情を察してか、千草が面倒くさそうに答えた。


「誰もそないなこと言うてへんやろ。というか、仮契約してるんやろ?宿出たら召喚すればええ話やろ。栞はんかて、ウチの改造身代わり符持っとるはずやし、その程度の時間稼ぎなら出来るやろ。」

「…そうだね。召喚があった。うっかりしてたよ。」


そんなことも気付かないとはね、とフェイトは自嘲気味に一人ごちた。彼には珍しく、気が動転していたようである。だが、次の瞬間、フェイトの表情が厳しいものに変わる。


「…チグサ。どうやら身代わりがやられたようだ。多分、こっちに向かってくる。」

「何やと…!?」


さすがの千草もこれには驚く。

 

 先ほど展開したフェイトの身代わり符は、通常の身代わり符に組み込まれている術式を千草が改造したもので、効力はせいぜい1分半と短いが、気や魔力の大きさをそのまま投影できるのである。

 すなわち、先ほど展開したフェイトの身代わりは、本気のフェイトと変わらない実力であったはずなのである。そしてフェイトは、これまで千草が見てきた魔法使いの中でも、間違いなく最強クラスの人間である。その彼の身代わりが、もう消滅したと いうのか。

 しかし、ここでパニックに陥るようなことはなかった。もともと2分と保たない身代わり、多少縮まったところで問題はない、そう割り切り、すぐに次の作戦を考える。そして、考えていた時間も、ほんの数秒だけであった。


「…しゃあない。アレ、使うで。」


そう言うが早いか、千草はすばやく両手で印を組む。そして小さな言葉で詞を紡ぐ。
そのまま走りながら角を曲がった瞬間、小さな人影が目に入った。


「そこまでです!茶々丸さんから話は聞きました。木乃香さんを返してください!」


そこにいたのはネギ・スプリングフィールド。杖をこちらに向け、臨戦態勢を取っている。

 この少年が、先ほどの強襲を指示したのか?と考えたが、すぐに思い直した。あの少年は、この場にいる誰よりも澄んだ目をしている。さっきの襲撃を指示するような感性は持ち合わせていないだろう。その勇ましさを褒めてあげたいところだが、生憎そんな心の余裕はない。後ろから追ってくる連中のほうがずっと厄介だ。


だが、道を塞ぐのならば排除せねば。フェイトに目で合図を送り、押し通ろうとした時、ネギの真後ろの通路から。新たな人影が現れた。


「―――どうかなさいましたか、お客様?」


仲居さんだった。

 千草はニヤリと笑った。






天ヶ崎千草は、策謀に長けたテロリストとして世界的に知られているが、実は術符の製作にも長けていることは、あまり知られていない。

 もともと関西屈指の術師の一家に生まれた彼女は、幼い頃から符に携わってきた。そしてその後世界中で暗躍しながら、西洋魔法やその他の概念を学び、既存のものにそれらを取り入れた符や術式を考案・製作してきていた。

 

 同時にインターネットを介して、それらの符の販売も行っている。彼女の作る符は、詠唱なしで発動できる魔術具としては、かなりの精度を誇っており、高値で取引されている。これも、彼女の大事な収入源の一つなのだ。

 そして今夜の誘拐においても、これらが使われている。

 改造身代わり符は、効果は短時間であるが、本人の100%の実力を出せる強力な符である。今回はこれにフェイトの魔力を込めて、フェイトと月詠以外の全員にお守り代わりにして渡している。

 そしてもう一つが、洗脳符である。

 使用者の魔力行使と共に自意識を失い、「主人」たる人間の命令に従順に従う「人形」となる。

 

 千草はこの洗脳符を水溶性の紙で作り、修学旅行で使われる宿の浄水槽に仕込んだ。

 これにより、宿の水道から出る水を摂取した人間は、自動的に洗脳符の効力下に置かれる。しかもこの仕掛けを施したのは、修学旅行の数日前である。

 その結果。


「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」


「―――どうかなさいましたか、お客様?」


「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」


「―――どうかなさいましたか、お客様?」

「―――どうかなさいましたか、お客様?」



千雨と真名の周りを取り囲み、壊れたカセットテープのように同じ言葉を吐き続ける、虚ろな目をした従業員たち。ゆっくり、ゆっくりと、焦点の合わない目 で包囲網を狭めていく。

 そして何より怖気を誘うのが、彼女たち全員の手に握られている、包丁やアイスピック、ビール瓶などの凶器の数々。

 

 まるで、出来の悪いホラー映画のようであった。


「くそっ、まさか宿の人間全員敵だったとは…!」


真名が悔しげに顔を歪ませる横で、千雨も厳しい表情を浮かばせていた。

 この宿に入った際に一通り耳を澄ませ、どうやら敵が潜んでいる、ということはなさ そうだと安心していたのだが、まさか洗脳されていたとは。

 しかも相手は一般人なのだ。下手に傷つけたり殺したりするわけにはいかない。その場合咎は全て自分に降りかかってくるのだから。

 

 かといって、手出ししなければやられるのは自分たちだし、こうしている間にも誘拐犯との距離は広がるばかりだ。外から楓が回っているが、楓一人ではあの少年に太刀打ち出来ないだろう。一刻も早く追いかけねばならない。


「―――どうかなさいましたか、お客様?」


仲居の一人が、空虚な言葉を吐き続けたまま、手に持ったビール瓶を振り下ろしてきた。

 千雨は背負っていたサックスケースでその一撃を防御し、そのまま蹴り飛ばした。真後ろで、包丁が床に落ちる音と、首筋に強烈な一撃を喰らい、仲居が床に倒れ込む音が聞こえた。

 そしてそれを合図にして、残る仲居が一斉に襲いかかってきた。千雨は舌打ちをしながら、覚悟を決める。

「…龍宮、力ずくで通るぞ。」

「―――それしか方法はないか。」

「オーケー、それじゃあ―――耳塞いでろ!」


え!?という真名の声を無視し、ケースから素早くサックスを取り出す。そして、大きく上体を反らし、サックスに息を吹き込んだ。

千雨たちの周りに、キィィィィィンという甲高い音が響いた。常人ならば誰もが思わず耳を塞いでしまうような、不快極まりない音。


そんな音色を無防備に聞いてしまった仲居たちは、そろって凶器を取り落とし、崩れ落ちる。立ち上がろうとしても、腕に力が入らず、視界がはっきり定まらない。

 言うまでもなく、千雨の十八番である超音波攻撃だ。三半規管をまともにやられた仲居たちは、立つことすらままならず、床に転がりもだえ苦しんでいる。

 しかしそれは、真後ろに居た真名も同じことだった。間一髪耳を塞ぐのは間に合ったものの、至近距離で超音波を聞いてしまい、吐き気をこらえるように、膝立ちで荒い息を吐いていた。


「そういう、こと、するならっ…、前もって、言え…!!」

「言ってたら間に合わなかっただろうが。悪かったよ。先行くぞ。」


あっさりとした口調で、別段悪びれもせずさっさと歩を進める千雨だったが、本心ではこれ以上真名に着いてきてほしくないと考えている。

 

 本音を言えば、誰にも着いてきてほしくないのだ。

 

 おそらくここから先は、正真正銘の殺し合いになる。そうなった時の自分の醜悪な姿は、誰にも見られたくなかった。今さら良い子ぶって、とエヴァ辺りには嘲笑われそうだが、楓の特訓に付き合っていた時も、楓に何度か怯えられていたし、桜咲刹那という被害者も出ているわけだから、あまり人に見てほしくないのだ。


「悪いとは、言わんが…、ダメだ、まだ立てない…。先に、行け。すぐに、追いつく。」


千雨はすぐに頷きを一つ返して立ち去った。真名ならおそらく、仲居たちより速く復帰できるだろう。まずは敵の現在地確認、と思い耳を澄ませて、すぐに発見できたものの、ついでに聞こえたもう一つの声に少し顔をしかめた。


「…ネギ先生もその場に居るのかよ…。手伝ってくれるのはありがたいが、あんまり顔見せはしたくないなぁ…。」


とは言うものの、そんな悠長なことを言っていられる状況で無いことも分かっている。最悪バレることも視野に入れつつ、木乃香救出を最優先に猛然と廊下をダッシュし始めた。






一方そのネギ先生は、千草たちの目の前で、洗脳された仲居に捕まっていた。


「はっ、離してください!あ、アナタもこの悪い人たちの仲間なんですかっ!?一体どうして、こんなことを…!」


自らを羽交い締めにする仲居から逃れようと必死でもがくネギだったが、いかんせん背丈も腕力も違いすぎた。その上、カモの言葉が知らず追いうちをかける。


「兄貴、ダメだ!その人は多分、そこの眼鏡女に操られてるんだ!何言ったって聞きやしねぇ!」

「そ、そんな…。」


途端に、ネギの体から力が抜けていく。敵ならともかく、操られているだけのこの仲居に罪は無い。そんな人を自分の魔法で傷つけるわけにはいかない、そう考えてしまったのである。


そしてそんな動揺を見逃す千草たちではなかった。一瞥すらせず、さっさとネギを抱えた仲居の横を通り抜けて去ろうとする。

 ネギは追いかけようと必死でもがき、カモもそれを手伝うが、彼の拘束は微塵も揺るがない。

 

 大切な生徒がみすみす誘拐されてしまう、その事実に涙がこみあげてくる。誰でもいい、誰か、木乃香さんを助けて。自分がすべきことが出来ないという悔しい想いが、目元から溢れだす。




そしてその想いは、予期せぬ方法で叶えられた。




例え奇襲を受けたとしても、それが気や魔力を纏う攻撃だったのなら、事前に容易く察知してカウンターを仕掛けていただろう。だが、だから大丈夫と思いこんでしまうのは、魔法という技術に毒された人間の驕りにすぎない。事実、千草はそうして幾人も葬ってきたのだから、その油断すらないはずだった。



だが、現実は彼女のほんのわずかな隙をついた。
突如、千草たちの真横の窓が弾け飛んだ。ガラス片が無防備な千草たちに降りかかる。



「がっ―――――!!」

「ぐぅっ―――――!!」

「わぁっ!!?」


あまりに突然の攻撃に、千草たちは防御が間に合わず、ガラスの破片の雨をまともに受けてしまう。鋭く降り注ぐ破片が、千草たちの体を切りつけていく。


同時に、ネギにとって幸運なことに、ガラス片の一部が仲居をも切りつけ、その体に張りつめていた力を奪った。その隙に、ネギは拘束を破り、すばやく千草たちに向き直って、杖を向けた。しかしいち早く立ち直ったフェイトが、同じように右手をネギに向ける。


魔法の射手・戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)!!」


障壁・最大(バリエース・マキシマム)!!」


ネギの魔法をフェイトの魔法が防ぐ。

 だが。


「木乃香を…返しなさぁぁぁぁーーーーいっっっ!!」


ネギの矮躯を飛び越え、神楽坂明日菜が飛び蹴りをかましてきた。

 普通なら障壁に遮られるはずのその蹴りは、見えない壁が砕ける音と共にフェイトの鼻っ面に炸裂した。フェイトは驚愕を顔に張り付けたまま、千草たちの後ろまで吹き飛んだ。


「あ、アスナさん、どうして!?」


綺麗な着地を決めた明日菜に、ネギが驚きの声をあげる。明日菜はネギの方を振り返り、サムズアップを返しながら笑顔で答えた。


「アンタ探し回ってたら、本屋ちゃんが『ロビーで見かけた』って言っててね!行ったら絡繰さんが変な白い子と戦ってたから、その子倒して事情を聞いたわ!アンタ達、よくも私のルームメイトを攫おうとしてくれたわね!」


千草たちにビシッと指を突き付ける明日菜だったが、鼻を押さえて立ち上がるフェイトを見て、怪訝な表情になる。


「…アレ?アンタさっき絡繰さんと戦ってて…、それで私が蹴ったら消えたわよね…?分身の術?」


明日菜がロビーで倒したフェイトは、正確には栞が繰り出した身代わり符である。時間稼ぎにと放ったそれは、茶々丸との戦闘中に割り込んできた明日菜の魔法無効化能力を伴った蹴りにより、一瞬で消滅した。無論明日菜は無意識にそれを発動させていたため、気付く由も無いが。


だが、フェイト本人はすぐに察した。彼女の能力の正体を。彼女が何者であるかを。


「なるほど――――どうやら、本物のようだ。この巡り合わせを、神様に感謝するべきなんだろうね。」


フェイトの体から、本気の魔力がにじみ出る。その、圧倒的な力の奔流に、ネギが、カモが尻もちをつく。そして、その激流を一身に浴びる明日菜は、ただただ立ち尽くすだけしか出来ないでいた。

 

 フェイトはじっと明日菜を見つめ、ゆっくりと手をかざし―――


「―――――コラ。何勝手な真似しくさっとんねん。」


真後ろから響く、凛とした中に静かな怒りを秘めた底冷えするような声に、フェイトの動きが止まった。

 振り返るまでもなく、天ヶ崎千草の声だ。声だけでなく、全身から静かな怒りを立ち昇らせつつ、絶対零度の視線でフェイトを見下ろしていた。


「今夜の仕事は近衛木乃香の誘拐。そこの女―――神楽坂明日菜に用は無い。今のアンタはウチの駒の一つや。従順に命令を聞けフェイト・アーウェルンクス。駒にもなりきれへんのやったら―――アンタを殺さへん理由なんて、一つもあらへんねやで?」


フェイトを除く全員が、戦慄した。その身より溢れだす、確かな怒り。自らの計画を内側から破ろうとする者に対する、無慈悲な殺意。

 ネギも、明日菜も、カモも、小太郎も、身動き一つ取れない。目の前の美女の冷徹な視線が、彼らをその場に縫い止めてしまっていた。まるで、動けば死ぬ、と信じ切ってしまったかの ように。


唯一動きが取れたのは、その視線を一身に浴びているフェイト本人だけだった。


「…駒扱いに関しては、僕自身が了承したことでもあるから、今さらどうとは言わないけどさ。殺す殺さないは別問題だよ?甘く見過ぎだよ天ヶ崎千草。君では僕を殺せない。」


千草の殺意に呼応するように、フェイトの体から溢れる魔力がさらに増した。

 すでに空気は軋み、物理的な圧力を伴ってき始めている。ネギや小太郎は、必死で歯を喰いしばって、体の震えを抑えつけていた。明日菜はすでに床にへたりこんでいる。


しかし、二人が睨みあっていたのは、ほんのわずかな時間であった。突如、重苦しい空気を打ち破る声が、ネギたちの後ろからあがった。


「…チェックメイトです。この方の命が惜しくば、木乃香さんを解放してください。」


千草とフェイトのプレッシャーという呪縛から解き放たれ、ネギと明日菜が、驚きと共に後ろを振り返る。

 

 そこに居たのは、絡繰茶々丸と、先ほど明日菜が身代わり符を一撃で消滅させたのを見て、一目散に逃げた少女―――栞だった。任務を遂行出来なかった悔しさと、首先1pに突き付けられた高電磁(ハチソン)ブレードから伝わる熱量に顔を歪ませながら、フェイトたちから視線を逸らしている。


「絡繰さん、遅いじゃないの!今まで何やってたの!?」


直視に耐えないおぞましい雰囲気を打破してくれたことに感謝しつつ安堵しつつ、それを隠すように明日菜は声をあげた。


「無論、この方を捕まえていました。少々手こずりましたが、再度変装される前に何とか捕縛できました。そちらも間に合ったようで何よりです―――長瀬さん。」


茶々丸が語りかけたのは、千草たちより後ろ。ネギ、カモ、明日菜の驚く声と、フェイトの舌打ち、そしてもう一人の笑い声が、同時に響いた。


「ハッハッハ。拙者、そこまで遅くないでござるよ?裏口に先回りしていたのでござるが、聞き慣れた楽器の音が聞こえたので、駆け付けたのでござる。兎にも角にも―――人質二人。逃げ道も無い。これこそ本当に、詰み、でござるなぁ?」


そう言いながら楓は、気絶した小太郎の首に苦無を当てつつ、ニヤリと微笑む。

 

 そんな楓に対し、千草は不審げな視線を向けていた。

 茶々丸に気を取られている隙に近寄り、呆然としたままだった小太郎を気絶させた、というのは分かる。だが、自分の目と鼻の先でそんなことが繰り広げられたにも関わらず、物音一つしなかったのだ。小太郎が呻く声くらい聞こえてもいいはずなのに、それも無かった。単に気配を消していただけ、と説明するには無理がある。

 それに、小太郎とて千草が計画に加わる価値がある、と認めたほどの実力者だ。確かに年相応の油断はあるものの、ここまであっさりやられるような人材ではない。

 と、ここまで考えて、千草は思考を打ち切った。考えてどうこうなるものでもない。ふと傍らに目を移すと、先ほどまで静かな戦いを繰り広げていたフェイトが、冷めた視線を送ってきていた。


「…僕を焚きつけて、栞が連れてこられるまで時間稼ぎをしたね?すでに栞が敵の手に落ちていることを察して。」


うまく乗せられたことにようやく気付いたフェイトが、苦々しげな声を出す。千草はそれを気にした素振りも見せず、ポケットをまさぐり始めた。その動きに全員が緊張するものの、取り出したのはただの煙草だった。


「半分正解やな。あの坊主がここに来た時点で、栞はんの変装が見抜かれたんは必然やろし。人質にせんアホはおれへんやろ。その状態で召喚なんてしたら、敵さんまで連れてきてまうからんぁ。

 けど、さっきウチが言うたことも、間違いなく本気やで?フェイトはんが勝手なことしようとしたんは事実やろ?」

「…否定はしないよ、すまなかったね。それで、この後はどうするの?」


千草は淡々と煙草に火を点け、口に咥える。ほぅ、と紫煙を吐き出す様子は、追い詰められているという現状を認識していないかのようであった。だが、当然そんなことはない。


「どうもこうもあらへん。詰み(チェックメイト)や。これ以上何も出来へん。素直に返すとしまひょ。…ま、向こうの戦力と一番の危険要素、これを把握できただけでも儲けもんや。」


そう言って千草は割れた窓から、庭を挟んだ向かいの2階の窓を見上げる。

 姿こそ見えないが、そこに居るのが誰であるか、大体予想はついていた。おそらく、最初に自分たちに奇襲を仕掛けてきた連中だろう。一人は龍宮真名であろうが、もう一人は知らない。だが、先ほど衝撃波を放ったのはおそらくソイツだろう、と千草は当たりをつけていた。


―――――そして同時に、おそらく彼女がそうなのだろう(・・・・・・・・・・・・・・)、という確信も。


「…儲けもの、でござるか。果たして、その儲けを使える機会が来ると思うでござるか?」


勝気な言葉を投げかける楓だったが、実際は千草の視線の先を見て、そちらに注意がいくと不味いと考えたが故の言動である。

 

 今一番注意すべきは、千草の傍らに立つ少年である。

 もし彼が本気で戦えば、木乃香も、人質二人も、問題なく連れ出せる。ついでに自分たちを再起不能にすることも容易いだろう。


―――対抗できる戦力がいないわけではない。しかし、フェイトと彼女が本気でぶつかり合えば、こんな旅館はあっという間に廃墟と化す。一般人への被害は倍増しになるだろう。

 ―――互いにチェックメイト。これ以上抵抗し合えば、間違いなく死人が出る。

 それを知ってか知らずか、千草はもう一度煙草に口をつけ、さもつまらなさそうに煙を吐き出した。


「…とりあえず、人質交換には応じたる。ウチらかて、後で依頼主にやいのやいの言われるんは嫌やしな。」

「依頼主…って、木乃香さんの誘拐を依頼した人がいるんですか!?」


千草がさらっと混ぜた重大な情報に、ネギが素早く反応した。

 なるほど、交渉材料としては最適だ。先んじてその依頼主とやらを捕まえてしまえば、千草たちも依頼を遂行する理由が無くなる。そう簡単に依頼主を売るのはどうなのか、と思わなくもないが、その辺は誇りの欠片もない天ヶ崎千草だからこその芸当だろ う。


「ああ、ソイツの名前は―――――」



 

 


その瞬間。空気が変わった。

 千草が、フェイトが、楓が、茶々丸が、一様に動きを止める。それが何かは形容しがたいが、まるでそよ風の中に腐臭が混じるような、不協和音の合奏(アンサンブル)のような、背筋をなぞるゾワリとした感覚。誰に向けたものでもない、でたらめに撒き散らされる毒気。


真っ先に窓の外を見上げたのは千草だった。しかしそれも一瞬のこと。薄暗い庭に大きな着地音が響く。

 

 両手には大振りの剣がそれぞれ握られ、所々切れ込みの入った浴衣を羽織っている。その正体を、危険性を知っているのは、この場では千草とフェイトだけだった。







月詠が、飢え渇く狂戦士が、歪な笑みを顔に張り付けて、そこに居た。

 

 

 

 


(後書き)

 第17話。実はネギま世界とTRIGUN世界は地続きだったんだよ!回。そういうの嫌いな方もいらっしゃるでしょうが、当作品内ではそういう設定で行きます。

 

 千刃黒曜陣をドアで防いでた辺りはツッコミ禁止で。コンマ数秒の攻防だったので、防ぐことが出来た、という感じで。それ以外は特筆する点は特に無い…かな?

 

 今回のサブタイはコードギアス2期ED。ま た ア リ プ ロ か。揩ェ変換で出にくいこと出にくいこと。

 

 次回は乱入クエストです。月詠さん超大暴れです。お楽しみに!


押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.