「…凄まじい魔力の波動でござったな。」

 

 

 楓は夜の森を走っていた。

 先ほど感じた濃密かつ凶悪な魔力を思い出し、寒気を感じながらも、おそらく何かのっぴきならない事態になったのだと直感し、魔力の感じた方向へ駆け付けることにした。

 

 

「結局お主は、計画の詳細は知らされていなかったのだな、刹那殿?」

 

「……………。」

 

 

 その背に負った刹那は、顎が砕けて喋ることもままならないため、楓の問いに首を振るだけで答えた。

 楓があからさまに溜め息をつく。

 

 

「…よくそんな胡散臭い話に乗ったでござるな?裏があるとは考えなかったのか?」

 

「……………。」

 

 

 今度は首を振りすらしない。顎を砕いたのは失敗だったか、と楓が考えていると、刹那が空中に文字を書きだした。

 

 

「書く物?ああ、そういえば連絡用の携帯電話があるでござるよ。これで良いか?」

 

 

 刹那は取り出された携帯を手に取り、文字を打つ。何気に速かった。

 

 

『知らされてはいなかった。狙われ続ける境遇から救えると、それだけ聞かされていた。持ちかけられたのは停電事件直後。にべもなく乗ってしまった。』

 

「…本当に、馬鹿でござるな。」

 

 楓からの手厳しい叱責に、返す言葉も無いとばかりに俯く。

 携帯を持つ刹那の手が、震えながら懺悔の言葉を紡いでいく。

 

『宮崎を撃った後、体から魂が抜け落ちていくような気分だった。私は、お嬢様の傍に居たかった。けどそのために、私は、他の大切なものを汚してしまった。そしてお嬢様さえも捨てた。』

 

 楓の背ににじむ、湿った感触。あえて気付かない振りをしながら、楓は刹那が次の文字を打つのを待った。

 

『お前の言う通りだ。私は自分可愛さに、自分以外の全てを売った。刀も、魂も、思い出も、友達も、大切な人も。』

 

 刹那はそれっきり、身動き一つ取らなくなった。背中から漏れる嗚咽を堪える声だけが、楓の耳に小さく響く。

 

 千雨やエヴァなら徹底的に貶めるのだろうが、楓にそんな気は無い。無論同情してやる気は無いが、これ以上糾弾するつもりも無い。先ほど刹那に叩きつけた拳が、楓からの文句(すべて)であり、刹那にとっては百戒の一撃であった。

 

 だからこれが、最後の一撃だ。

 

 

「そうさな、刹那殿。拙者の言いたい事は伝え尽くしたが、もう一つだけ、お主に問うておきたいことがある。」

 

 

 刹那が顔をあげる。その両目は兎のように真っ赤だが、それに気付く人間は居ない。

 

 

 

「お主、自分が木乃香殿のことを『お嬢様』としか呼んでいないことに気付いているでござるか?」

 

 

 

「……………!!」

 

 

 ハッと息を呑む気配が伝わってくる。

 

 

「お主はそこから考え違えていたのだ。刹那殿、お主が本当に護りたかったのは『お嬢様』か?それとも、『近衛木乃香』か?」

 

 

 刹那からの返事はない。だがそれが、刹那の落胆を何よりも雄弁に物語っていた。

 言いたい事は言い尽した。これで自分の役割は終わり。後は他の仲間に任せよう。刹那だって、単なる気の迷いだったのだ。自分の愚かさを知って泣けるのならば、きっとまた立ち直れる。

 

 

「さ、木乃香殿の許へ行くでござるよ、刹那殿?」

 

 

 刹那が小さく鼻を啜りながら頷く。

 クスッと笑いながら、楓はそれに気付かなかった振りをして、魔力を感じた方角に向かった。

 

 

 

 

 

#29 The Cyberslayer

 

 

 

「お帰り、フェイトはん。」

 

「…ただいま。」

 

「何や、不満そうやなぁ?あの鬼神と闘り合えへんかったんが悔しいんどすか?」

 

「…別にそんなつもりじゃないよ。闘わなくて済むなら、それに越したことは無い。けれど…。」

 

「けど?」

 

「…自分が闘いたいならそう言ってくれれば、僕が殴られる必要は無かったんじゃないかな?」

 

「…長谷川はん。治癒符持っとるんなら、一枚フェイトはんにくれたりぃ。アンタの仲間の躾悪いせいで、フェイトはん奥歯2本失くしてもうたんやで?」

 

「…アイツのじゃじゃ馬っぷりも、私のせいになるのか…?」

 

「…それで?あの機械娘が勝てる公算はあるんか?あの『闇の福音』の従者なんやし、戦闘力はかなり高いんやろけど…。」

 

「その台詞は、2つの意味で否定出来るな。」

 

「?」

 

「一つに、アイツの強さはエヴァの従者っていう理由で出てる物じゃない。

 もう一つに、アイツが膝を折って負けを認めるのは、私の前でだけだよ。」

 

 

 

 

 

 

 ―――――――!!

 

「疾っ――――――――!!」

 

 

 鬼神の豪拳が唸る。

 掠っただけでも巨石を削り取る一撃。当たれば骨も残らず消し飛ぶであろう拳を、茶々丸は難なくいなす。

 

 すでに数十回と繰り返している光景。それが鬼神には腹立たしくて仕方ない。

 

 ―――――煩わしい!

 

 4本の腕を次から次へと振るう。しかし茶々丸は、それらを上手く避け、いなし、ブレードで首元を狙う。

 無論、鬼神にとってはちゃちな反撃でしかない。軽く頭を動かし、避ける。

 再度拳が迫る。避けながら、茶々丸はその腕を掴もうとするが、その勢いと別の腕がそれを阻む。

 

 

「…鬼神相手、しかも腕が4本もあるとなると、私の拙い合気では、受け流すのが精一杯ですか。」

 

 

 一度距離を置きながら、分析する。

 停電事件直前から、エヴァに習い始めた合気道は、小よく大を制すの言葉通り、鬼神の怒涛の攻撃を悉く受け流していた。

せいぜい数週間程の練習量で、しかも足場の安定しないこの空間において、鬼神相手にこれだけの戦果を挙げている辺り、茶々丸の力量の高さが伺える。

 

 しかし、そんな習いたての武術で勝てるほど甘い相手ではない。

 茶々丸の服は、鬼神の拳を避けた際の余波でボロボロだ。人間ならば服の下の皮膚まで裂け、血まみれになっていただろう。

 

 

(完全に躱して、これ…。となると、指一本でも触れたら終わり、ですか。)

 

 

 冷静な判断を交えつつも、鬼神から目を逸らさない。

 直後、鬼神の姿が消えた。

 

 

(っ―――――――――!!)

 

 

 即座に後ろを向く。

 すでに鬼神の正拳が、目の前まで迫ってきていた。

 

 

(避けてもまだ3本―――!!)

 

 

 茶々丸が注視したのは、正拳の後ろの、3本の拳。下手に避ければ、残る腕の餌食だ。

 

 殺った、と勝ちを確信する鬼神。

 だが茶々丸の取った行動に凍りついた。

 

「っ、と―――!」

 

 茶々丸の両手が、迫る腕を掴む。空気を裂いて進む拳の勢いで、茶々丸の掌が削れるも、苦悶の声など微塵もあげない。そのまま腕に力を込め、両足を高くあげる。

 

 

 

 鬼神の腕に逆立ちしているような姿勢。

 そのまま両足を鬼神の肩まで持っていく。2本の腕を抱え、大きく盛り上がった肩は、着地に最適だった。

 そして背中から立ち上がり、両足で(じめん)を蹴って、鬼神の背後に回る。

 

 同時に、鬼神の背中に向けた両腕が、ガトリングガンに変形し、火を吹いた。

 

 

 

 防御も間に合わない。

 鬼神の全身に銃弾の雨が降り注ぎ、傷つけていく。

 

 

 ―――――――――――――!!

 

 

 2本の腕で頭部を守りつつ、残る2本を振り翳し、ショベルカーのように突進する。

 しかし、茶々丸が上空に舞い上がる方が速かった。一瞬で鬼神の頭上数十メートルまで移動し、芥子粒程の大きさになった鬼神を、遥か高みから見下ろす。

 

 

「―――武装召喚(エウォコー・ウォース)、3番」

 

 

 麻帆良学園のとある場所にまとめ置きされている、茶々丸専用武装、兵器の数々を、手元に呼び寄せる呪文。購入したものや超や葉加瀬が作ったものなど様々だが、いずれも高い破壊力を持つものばかりだ。

 

 そして呼び寄せられたのは、ホーミング機能付き弾頭4発を搭載したミサイルランチャー。素早く両手で持ち、引き金を引いた。4発のミサイルが、鬼神に殺到する。

 

 ――――――小癪な!

 

 近くの浮遊石に掴まりながら、一瞬下に目をやり、飛来するミサイルに再度目を向ける。向けながら、石から手を離した。重力に従い落ちていくその体に、ミサイルが迫る。

 

 ―――が、腕が届く範囲まで近づいた瞬間、悉くキャッチされた。

 

 そのまま落下しながら、通り過ぎる巨石にミサイルを投げつける。

 いくらホーミング機能が付いていようと、鬼神の馬鹿力で投げられれば一たまりも無い。方向転換もままならぬまま巨石に激突し、爆砕していった。

 

 鬼神は落ちる直前に確認した浮遊石の上に着地し、見上げる。

 すでに茶々丸の姿はない。が、その代わりとばかりに、今度は違う武器―――数十発の小型ミサイルが襲いかかってきていた。

 

 舌打ちもそこそこに、周囲の石を力任せに削り取り、握ったまま、ミサイルの群れの中に跳び上がる。

 ミサイル群と交錯する直前、掌の中の石の欠片を投げつける。鬼の豪力で投擲された十数の石つぶては、弾丸顔負けのスピードでミサイルと衝突し、破壊していく。

 

 爆炎を突っ切り、浮遊石を足場にして、さらに高く跳ぶ。

 間違いなく、敵は自分の周囲に居る。付かず離れずの距離を保ちつつ、ちまちまと攻撃を繰り返しながら、こちらの疲弊と隙を狙っているのだ。

 

 ―――――舐めてくれる。木偶風情が!

 

 足場にした巨石を2本の腕で掴み、持ち上げながら、手近な浮遊石の上に立つ。

 そして、両腕で持つ巨石を、力の限り振り回した。

 

 巨石が砕け、崩れ、見るも無惨な瓦礫と化して、一面に降り注いだ。ただの残骸ではなく、一つ一つが一軒家並に大きい瓦礫であり、質量爆弾と何ら変わりない。残骸が新たな残骸を生み、荘厳に聳え立っていた浮遊石の光景は、最早見る影も無かった。

 

 

 ―――――何処だ。

 

 

 残骸の雹の中、茶々丸の姿を探すが、見当たらない。

 

 

 ―――――居ないはずがない。

 ―――――何処に消えた!?

 

 

 潰れた、という可能性もある。むしろこの落石で、巻き込まれない方がおかしい。

 だが、鬼神としての勘が、この程度で死ぬはずが無いと告げている。

 

 振り回した巨石の残りを彼方に放り投げ、待ち構える。

 岩石の雹が、他の浮遊石を壊していく音以外は聞こえない。また一つ、鬼神の左方に巨大な瓦礫が落ち、砕け散る。

 

 

 

 ―――砕けた瞬間。ロケット弾が飛んできた。

 

 

 

 ――――――――!!

 

 

 砕け落ちていく石の陰に身を潜め、落ちていく動きに合わせて見えないように接近し、地面に激突した瞬間―――すなわち、身を隠すものが無くなった瞬間に弾頭を撃ち込む。鬼神が姿を捉えた時にはすでに、弾頭の餌食だ。

 

 ―――超とハカセが改良に改良を重ね発明した、電磁ライフル。

 弾数は1発限りだが、溜め時間(タイムラグ)無しで撃てる、という点が最大の魅力だ。

 

 そして威力も、さすがに88mmには劣るとはいえど、馬鹿に出来たものではない。

 

 

「なっ――――――――!?」

 

 

 驚愕の声は木乃香(スクナ)の口から。

 それまで完全に閉ざしていた喉を初めて開き、その現実に歯噛みする。

 

 電磁ライフルの弾頭は、防御に回した手を吹き飛ばしていた。

 親指の付け根より上が月のような弧を描き、すっぽりと抜け落ちている。

 

 

(これで残り、3本――――!)

 

 

 これが短期決戦であることは、茶々丸も充分理解している。

 手の再生までどのくらい時間がかかるのか分からないが、そう長い時間は保たないだろう。ならば、一本でも腕が少ない内に、畳み掛けていかなければならない。

 今攻めの手を躊躇しては、勝ち目など無いのだ。

 

「ふっ――――――――――!!」

 

 電磁ライフルを捨て、脚部のスラスターを全開にして、最高速度で肉薄する。

 

「武装召喚、9番!」

 

 茶々丸の右腕がドリルに変わる。

 最高速で走り寄る勢いと、肘のブースターによる加速、そして高速回転が加わったドリルナックルと、鬼神の左拳がぶつかり合う。

 

 ミシリ、と軋む音がする。

 ドリルと鬼神の腕。双方の内側から。

 

「――――――!?」

 

 己の剛力と、木偶人形の力が、拮抗している。

 

 そんな有り得ない事実の前に、声こそ漏らさなかったものの、先ほど以上の驚愕に、腕に込めた力が一瞬緩む。

 茶々丸はそれを見逃さず、右腕を一気に外へ弾く。

 同時に、もう一振りの鬼の左腕にドリルを突き立て、動きを封じた。

 

「武装召喚、8番!!」

 

 これが本命。

 左手に召喚された杭打ち機(パイルバンカー)を、ガラ空きの腹に密着させる。

 

 金属製の杭が発射され、厚い肉壁を撃ち貫く。突き抜けるには至らなかったが、切先は完全に身体を貫通し、深々と刺さっていた。

 抜こうと思えば抜ける。ただしその場合は大出血だ。未だ完全に馴染み切っていないこの身体が、傷の再生より速く崩れてしまうかもしれない。

 

 故に、苦しいながらも、腹に杭を突き立てたまま戦うしかない。

 ハンデどころではない、腕を失う以上の足枷だ。

 

「ぐぅっ……!」

 

 己の苦悶の声など、鬼神本人ですら聞いたことが無かっただろう。それほどに鬼神は押されて―――否、気圧されていた。

 

「武装召喚、2番!」

 

 一歩だけ下がった茶々丸が、折れかけたドリルと役割を終えたパイルバンカーを投げ捨て、両手に小太刀程の大きさのビームサーベルを召喚し、再度詰め寄った。

 そこは鬼神の間合い。人体を容易く木っ端微塵にする鉄拳が、雨あられと襲いかかる魔の領域。

 茶々丸はそこに、何の躊躇いもなく踏み込んだ。

 何の逡巡もなく、何の後悔もなく、それが当然であるかのように。それを待ち望んでいたかのように。

 

 茶々丸の剣が振るわれる。拳でそれを弾く。振るう、弾く、振るう、弾く、振るう、弾く、振るう、弾く。互いに決定的な一打を確実に避けつつ、反撃を喰らわせていく。そんな剣と拳の乱舞の中で、鬼神の戸惑いはさらに大きな物になっていく。

 

(何故…此奴は―――――)

 

 茶々丸は次第に追い詰められていく。

 至近距離から迫る4つの拳、避ける度に確実に茶々丸の身を刻む余波、再生していく傷跡、どれも容赦なく精神を切り刻む荒行だ。すでに茶々丸の左頬や脇腹、両脚部には罅が入っており、正にジリ貧だ。

 

 だが、それでも茶々丸は一歩も退かず、一瞬も止まらない。その眼に宿る闘志は衰えることなく、剣を振るう速度も、拳を避けるタイミングも、次第に洗練されていく。

 

(何故―――――)

 

 鬼神は戸惑う。

 かつて多くの人間が、自分に挑んできた。名誉のため、仕事のため、復讐のため、理由は異なれど、皆自分の姿を目にした瞬間、少なからず恐怖していた。

逃げ出す者も居た。半狂乱になり突撃してくる者も居た。恐怖を乗り越え、立ち向かってくる者も居た。つい最近戦った赤髪の男の一団は、恐怖そのものを楽しんでいた。

 

 だが、コイツは、違う。

 

 気づけば、茶々丸の剣が鼻先に迫っていた。

 当然避けるが、茶々丸はその回避を見越し、剣の軌道を少しずらす。

 剣先が唇に触れる。そして離れるよりも速く、一閃した。

 

「っ、ひゅ―――――――!?」

 

 口が大きく裂け、奥歯まで剥き出しになった。風が口内を通り抜け、喉まで冷やす。

 

 

「――――――っ、舐める、なぁ!」

 

 

 感情を剥き出しにし、怒号とともに拳を振るう。

 それまでよりさらに速い豪拳が、茶々丸の側頭部を掠めていく。

 

 

「ぐっ―――――!」

 

 

 左耳周辺を大きく損傷。左頬の罅と繋がり、自分の口まで裂けそうになる。さらに、左肩も少し抉られている。これ以上長引けば、腕一本でこの鬼神と渡り合わなければいけなくなる。

 

「―――――それが」

 

 右腕で伸びきった鬼神の腕を掴む。

 左手の剣の出力(エネルギー)を最大級に。

 

「どうした―――――!!」

 

 鬼神の別の腕が、茶々丸の体を抉るより速く。

 日本刀並みの大きさになったビームサーベルが、鬼神の腕を断ち切った。

 

 

「がっ、ああぁ!?」

 

 

 鬼神の苦悶に満ちた呻きが響く。同時に、茶々丸に迫っていた別の腕の動きが鈍った。

 その隙を見逃さず、右腕を振るう。

 剣は鬼神の瞼の下を切り裂いていった。

 

「ぐっ、う、おおおおお…!」

 

 更なる傷に、鬼神の腕の力が抜ける。

 それでも動きを止めることなく、茶々丸の腹に吸い込まれた拳は、茶々丸を数メートル程吹き飛ばし、残骸に叩きつけた。

 

 両者の間に静寂が満ちる。

 

 茶々丸はズタボロで、着ていた制服はすでに原型を留めていない。左腕も、先ほどまでの剣舞のような激しい動きは出来ないだろう。何より顔の損壊が酷く、これが人間だったら二目と見れない惨状だ。

 一方の鬼神の怪我も酷い。左右一本ずつ手を失った上に、腹には巨大な金属杭が刺さったままだ。致命傷(そちら)の治癒に力を注いでいるため、手や顔の傷の治りは少し遅れている。

 

 だが、鬼神の傷はいずれ回復する。茶々丸には、今以上の手傷を負わせられる保証などない。次がラストチャンス。確実にダウンさせなければ、間違いなく茶々丸の負けだ。

 

 茶々丸は立ち上がり、構える。

 だが、思いも寄らぬ声が、茶々丸の気負いを解いた。

 

 

「……何故。」

 

 

 その響きに呆気に取られる。

 今の声は、間違いなく目の前の鬼神(このか)の声だ。だがその声は、どう考えても分からないと、何かを尋ねるような口調であり、大凡千年の昔より語り継がれる鬼神の物とは思えない、不思議な弱々しさに満ちた物だった。

 

 

「何故貴様は、それ程までに強く在れる?」

 

「は?」

 

 

 思わず聞き返してしまった。強さの象徴とも言える存在から、強さの理由について聞かれた、という事実が、俄かには信じがたかった。

 

 

「これまで私に挑んできた者は皆、少なからず恐怖を抱いていた。それを乗り越え、挑んできた者も、それに屈し、無様な姿を晒した者も居る。

 だが貴様は――――そもそも私に恐怖していない。」

 

 

 鬼神の強い眼差しが、茶々丸を刺す。

 納得がいかない、という様子ではなく、聞かせてほしい、という目だ。

 

 

「我が力を間近で浴びてなお、貴様は臆することなく斬り込んできた。しかし、貴様ほど精巧な人形ならば、恐怖を知らぬということもあるまい。

 故に聞かせてほしい。貴様は何故、それ程までに強く在れる?何が貴様をそうさせる?」

 

 

 鬼神は今、意図的に体の傷の再生を止めている。それは、自分から吹っ掛けた話の間に傷を再生することが、卑怯の誹りを免れぬ行いだと考えたからであり、すなわち、茶々丸を正々堂々と戦うべき相手と見なしたということに他ならない。

 

 鬼神は答えを待つ。彼女が、敵たるに相応しい者であるその証拠を、ただの人間のように待ち焦がれていた。

 

 

 そんな鬼神の心など、恐怖という言葉すら一か月程前に知ったばかりの茶々丸には読み切れない。

 

 

 茶々丸の心に在るのは、たった一つの思いだけなのだから。

 

 

 

 

「―――もう、負けたくない人が居る。それだけです。」

 

 

 

 

 茶々丸の脳裏(メモリ)には、常にあの日の記憶がある。

 一方的に嬲られ続け、五体を千切られ、残骸となった後も良いように使われ続けた、恐怖と屈辱の記憶。

 

 あの日の恐怖を拭うことなく。

 あの日の屈辱を忘れることなく。

 あの日の悔恨を己に刻み。

 あの日の雪辱を己に誓う。

 

 全ては長谷川千雨を超えるために。

 それこそが、絡繰茶々丸という少女の、心臓の鼓動に他ならない。

 

 

「……はは。」

 

 

 鬼神の口から、乾いた笑いが漏れ出る。

 ようやく理解出来た。そして、理解出来ないのも当然だったのだ。恐怖など、あるはずもない。そもそも彼女は、自分を敵として見ていなかったのだから(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「―――すなわち、私は前座に過ぎないと?」

 

 

 鬼神の問いかけは恫喝そのものだった。頷いた瞬間頭を潰される、そんな悪寒に囚われてしまいそうな冷徹さに満ちている。

 だがその冷やかな熱視線を受けているにも関わらず、茶々丸は表情一つ変えずに答える。

 

 

「―――彼女より弱い者に屈していては、話になりませんので。」

 

 

 皮肉を交えた肯定。

 嘲笑のような答えを受け、鬼神は―――大いに笑った。

 

 

「ハハハハハ!そうか、この私を歯牙にもかけないか!所詮格下と、否、格下になるべき存在と、そう見下すか!ハハハハハ!!」

 

 

 一しきり笑いながら、鬼神は目の前の少女の形をした何か(・・・・・・・・・)を見る。

 

 自分より遥か先を、雲上の楼閣を目指し、険しい道を征く。自分は彼女の道程において、踏破されるべき存在、目指す頂に至るまでの一里塚に過ぎないないのだ。

 

 目が濁っていたのは自分の方だ。

 コイツは木偶でもなく、ましてや人間でもない。

 

 コイツは―――紛うこと無き、修羅だ。

 

 

「最後の問いだ。汝、名を何という?」

 

「絡繰茶々丸です。」

 

 

 そうか、と一言返し、最初に茶々丸が撃ち抜いた自分の手を、握り潰した。

 目を見開く茶々丸にニヤリと微笑みかける。

 

 

「絡繰茶々丸。汝を木偶と侮ったこと、そして力加減をしたことを、ここに詫びよう。汝は真に、私が全力を尽くすに足る相手だ。」

 

 

 その言葉を受け、茶々丸は内心で舌打ちする。今までは相手の油断があったからこそ、ここまでの傷を負わすことが出来た。だが、最早一切の慢心も無いとなると、状況はますます厳しくなる一方だ。

 だが、続く鬼神の言葉は、思いも寄らぬ物だった。

 

 

「この両手が元に戻るまで、およそ2分。それまでに、私の心臓を潰してみよ。

 さすれば私は負けを認め、この体を譲り渡そう。」

 

 

 今度こそ呆気に取られた。鬼神ともあろう者が、自ら敗北条件を提案するなど、存在意義を揺るがしかねない暴挙だ。それが何の利も無いならなおさらだ。

 そんな茶々丸の内心の動揺を汲み取った鬼神は、酷薄な笑みを浮かべる。

 

 

「なに、ここまでの汝の健闘と、私の傲慢のつけと思えばよい。何より、汝をして鬼神(わたし)など足元にも及ばぬと評する輩が居るこの浮世に、興味が湧いた。人の身にやつし、見物するのも面白そうだ。

 それに―――本気を出したこの私が、簡単に負けるとでも?」

 

 

 途端に、先ほどまでとは比較にならない程の、圧倒的な気が放出される。

 月詠ですら天秤の対になり得ない、人の身では到底及ばぬ神域の力。さすがの茶々丸も表情を強張らせる。

 

 

「さあ、揉んでやるぞ小娘―――そして測るがいい。この私が本当に、汝の目指す頂に届かぬかどうか。」

 

 

 鬼神が邪悪に微笑みかけながら、その場で四股を踏む。

 足元の浮遊石が大きく揺れ、全体に亀裂が走った。

 

「―――武装召喚、5番。」

 

 呼び出されたのは巨大な金棒。子供の身長並の大きさに、柄を除く全体を覆う鋭い棘が凶悪さを醸し出す。

 

「測るまでもありません。貴方は彼女に及ばない。」

 

 そんな巨大な金棒を、まるで重さを感じさせずに右手だけで振り回す。

 そして予告HRのように、金棒の先端を鬼神に向けた。

 

 

 

 

「―――こんな所で、足踏みしているわけにはいきません。」

 

「―――よくぞ吼えた!」

 

 

 

 

 その言葉と同時に、二人の足元が崩れ落ち始めた。

 

 鬼神が一気に走り寄った。崩れゆく地面を物ともせず、一足飛びに茶々丸の元へ駆け寄る。両手を腰に構え、力を込める。

 

 ―――が、真の本命は足。

 茶々丸の両手を抑え、腹部への蹴りで仕留める。それが本当の狙いだ。

 

 ―――――だが、茶々丸はその場から微動だにしていなかった。

 

 突き付けたままの金棒が、突如異音と共に変形し始める。

 多角柱形を為していた一辺一辺が全て展開し、内部から機関銃が飛び出る。無論銃口は、迫り来る鬼神に向けられている。

 

 そして、銃口が火を吹くと同時に、高速回転を始めた。

 

 足を止めようとするが、もう遅い。超至近距離からの機関銃の一斉掃射が、木乃香の身体をズタズタに挽いていく。

 

「っ―――――この程度でっ!!」

 

 駆け寄る勢いのまま、左手を前に突き出す。

 左手の掌は一身に弾幕を浴びながらも、砲身に向かって進んで行く。その掌が届くのが速いか、砕けるのが速いか。

 

 それを決めたのは、崩れゆく浮遊石(あしもと)

 鬼神が最後の一歩を踏み出す。

 踏みしめた地面は崩れることなく、その踏み込みの力を十全に左手に伝えきった。

 

 

「雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄おおおおおっっ!!」

 

 

 砲身を掌で押し潰しながら掴む。回転する鉄棘と、行き場を失った銃弾が、掌を容赦なく痛めつけるも、決してその手を離すことはない。

 そしてそのまま右拳を茶々丸の胴体へ。惚れ惚れするような、綺麗なアッパー。

 

 ―――が、茶々丸が金棒型回転機関銃(ガトリングガン)から手を離す方が速かった。

 

「くっ―――――!武装召喚、3番!」

 

 渾身のアッパーが、茶々丸の鼻先を通過していく。顔の罅が、さらに大きくなった。

 

 後ろに下がると同時に、召喚されたミサイルランチャーの引き金を引く。

 4発中2発は鬼神の元へ。1発は鬼神の足元へ。そしてもう1発は、未だ内部に弾薬の残る金棒へ。

 

 空間全てを埋め尽くす程の、凄まじい爆発音と閃光が轟いた。

 浮遊石は完全に崩れ落ち、他の石を巻き込みながら、真下の虚空へと墜ちていく。

 

「くそっ…!やってくれる…!」

 

 爆炎と土煙の中から鬼神が飛び出してきた。左手は二の腕まで消し飛び、腰まで伸びていた黒髪は、肩より上まで焼け落ちていた。

 周りの瓦礫と共に、下へ墜ちていく。何とか体勢を立て直し、瓦礫の上を飛んで他の浮遊石に掴まろうと周りを見回した。

 

 

 

「――――――武装召喚、13番。」

 

 

 

 静謐な声が響く。

 崩れ落ちる幾多の瓦礫がひしめき合う騒音など、彼女の凛とした言葉の前には、遮る術を持たない。

 そして、彼女の姿を隠すことさえも敵わない。

 

 

「…何、だ。それは。」

 

 

 鬼神の視線の果て、およそ20メートル先。

 

 天使がそこに居た。

 

 頭部以外の全身を覆う白銀の甲冑。

 天使の翼のような飛行ユニット。

 それまでの武装を嘲笑うかのような、夥しい数の砲門。

 

 機械の少女が纏う、機械仕掛けの天使装束。

 そこに禍々しさは無く、満月のような鮮烈さで空に浮かんでいた。

 

 

 

 

「――――――殲滅兵装『死天使(ミカエル)』、装着完了。」

 

 

 

 

 ガトリングガン2門を含む、全36の砲門。

 両肩に16発入りのミサイルランチャー。

 亜音速機動すら可能なエネルギーウイング。

 茶々丸の周りを囲むように浮く6機のブラスタービット。

 極限まで詰め込まれた武装を感じさせない、洗練されたフォルム。

 

 茶々丸の想いと超の科学力が合わさり出来た最高傑作。

 たった一人の少女に対抗するために作られた最終兵器。

 

 それこそが、対長谷川千雨用殲滅兵装―――――『死天使(ミカエル)』。

 

 

「本日が実戦初お披露目です。その相手が貴方であったこと、心から嬉しく思います―――」

 

 

 全砲門が、自由落下していく鬼神を捉えた。

 さしもの鬼神も、背筋に冷たい物が走る。

 

 

「―――――心置きなく、全力で試せますから。」

 

 

 心なしか嬉しそうに語った直後。全砲門が一斉に開放された。

 神の裁きを体現するかのような、思わず目を逸らしてしまうほどの弾幕が、鬼神一人に向けて降り注いだ。

 

「う、おおおおおおおおおおお!?」

 

 あまりに絶望的な光景に絶句していたのも一瞬のこと。銃弾が、ミサイルが、自由落下を続ける鬼神に容赦なく降り注いだ。

 

「何を考えてるんだ、アレの開発者は!?」

 

 思わず鬼神らしからぬ悪態を付くが、まともに目など開けていられない。千切れた左腕で目元を庇い、残った右腕一本で弾幕を弾き、掴み続ける。それでもなお防ぎきれず、銃弾や爆炎がその身を焦がしていった。

 

 ―――――が、その瞬間に、その違和感に気付く。

 

 あの見るもおぞましい、一個師団を粉砕するに足る火力を受けて、この程度の負傷で済むはずがない。すでに影も形もなく消え去っていなければおかしい。

 

 せいぜい自分に向けられているのは、総火力の一割程度。

 だとしたら、残りは何処に――――

 

 

 突如、我が身を襲う豪雨が止んだ。

 そして、自分の周りの光景が露わになる。

 

 

「―――――――――――――――!!」

 

 

 それを見た瞬間に悟った。これが狙いだったのだ、と。

 

 遣る瀬無い表情で、自分の周りを見渡す。

 どこまでも広がる、無限の空。上も、下も、左右も、遮る物は何一つなく、壮大で雄大な世界の風を、一身に浴びる。

 

 

 

 

 ―――――そう、何一つ遮る物はない(・・・・・・・・・)

 浮遊石も、その瓦礫も、鬼神の周囲数十メートル圏内にあったはずの物は、全て真下の虚空へと消え落ちている。

 

 

 

 

 鬼神は空を飛べない。

 そして、遠距離攻撃の手段を持たない。

 

 だからこそ、この異空間(フィールド)は鬼神にとって不利であり、同時に有利でもあった。

 

 鬼神はこの異空間に紛れ込んだ直後からずっと、浮遊石にしがみついていた。

 その怪力を活かし、浮遊石を振り回し、瓦礫をぶん投げた。

 移動する時は、石から石へと飛び移っていた。

 

 要するに、この空間で鬼神と茶々丸が戦うにあたって、浮遊石は鬼神にとって命綱であったのだ。

 

 そして茶々丸はそれを看破していた。

 鬼神が空中に投げだされた瞬間、周りの石や瓦礫を取り除いてしまえば、鬼神は文字通り丸裸になる。

 

 だからこそ、最強の武装を投入した。鬼神にとっての勝ちの目を、完全に潰すために。

 鬼神の周囲の浮遊石を、瓦礫を、その圧倒的火力で完全に消しさるために。

 

 そしてそれは成った。ならば後は、仕上げ(トドメ)だけだ。

 

 

「魔力駆動式サテライトイオン(ブラスター)、起動」

 

 

 茶々丸が、一際大きい砲筒を構える。

 その砲口が自分に向けられるのを、遠目に確認し、鬼神は嘆息した。

 

「…未熟だな、私も。所詮は歴史の上に胡坐をかいた怠け者だったというわけか…。」

 

 自嘲しながらも、茶々丸から目は逸らさない。

 本気でなければ負けなかったなど、無様な言い訳をするつもりはない。それは自分を、そして本気で戦った茶々丸を貶めるものだ。

 

 自分が掴まれるような浮遊石は周りにない。おそらく、先ほどチラッと見えた、遥か下方の浮遊石に落下し、叩きつけられるだろう。そして、そこに辿り着くより速く、茶々丸の砲撃が自分の胸を穿つ。

 

 鬼神は穏やかな笑みを浮かべ、その砲撃を受け入れる覚悟を決めた。

 しかしそれは、敗北を受け入れたわけではない。

 

 

「…単なる一個として、強さを追い求めてみるのも、良いかもしれんな。」

 

 

 それは、これからの長きに渡る、ちょっとした人生設計。

 屈辱をバネに強くなる人間らしさを学んでみようという、鬼神なりの愉しみ。

 

 

「照準補正終了。コンディションオールグリーン。」

 

 

 茶々丸は淡々と、かつ素早く、発射準備を整える。

 千雨との戦いで壊された88mmレールガンを参考に、千雨が感知できない魔力によるエネルギー充填方式、2000メートル上空からでも誤差なく撃ち抜ける照準能力、超の未来科学によって作られたイオン砲。

 未だ試作品なれど、試し撃ちでエヴァの『別荘』を一つ使い物にならなくした、死天使(ミカエル)の誇る空前絶後の兵器。

 

 その牙が今、放たれる。

 

 

「―――――――発射!」

 

 

 それは、天からの祝福の光のようで。

 あるいは、罪人を弾劾する雷霆のようで。

 

 

 胸元を庇う形で差し出された右手を、あっさりと焼き落とされながら、鬼神はふっと笑い――――

 

 

「―――――貴様の勝ちだ、絡繰茶々丸。」

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 千雨

 

 

 

 茶々丸が近衛を抱えて帰ってきた。

 

「…大丈夫か?」

 

 思わず声をかけてしまうほど、茶々丸の姿は痛々しかった。

 左腕は力なく垂れ下がっており、顔の左半分には大きな罅が入っている。その上全身裂傷だ。人間なら出血多量になっているところだ。

 

「問題ありません。何処かの誰かに五体バラバラにされた時の痛みとは比較になりませんので。」

 

 が、茶々丸からは素気無い言葉…というか皮肉が返ってきた。本気でもう一度バラバラにしてやろうかこのアマ。

 

「ありがとうございました、環さん。空間の方、もう解いていただいても結構です。」

 

 そんな私の視線を無視し、無口娘に礼を伝える。

 無口娘も満更ではない様子で、口の端をわずかに歪めながら、小さく頷いた。が、そこに天ヶ崎が口を挟む。

 

 

「解くんはちょっと待ってもらえます?出来ればこの空間内で、簡易的な封印作業しておきたいんやけど。」

 

「ああ、その心配は―――――」

 

「それなら大丈夫やえ〜。」

 

 

 茶々丸の肩口から聞こえた声に、私を含めた全員がギョッとする。

 紛れもない、近衛の声だった。身体は大人になり、声変わりしていても、雰囲気はそのまま。ニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべている。

 とりあえず、全員がフリーズした。

 

 

「…えっと、近衛。色々問い質したいことはあるが、とりあえず、何で大丈夫って言いきれるんだ?」

 

 

 一番速く再起動出来たのは、意外にも私だった。おそらくこの中で、魔法の常識云々を一番知らない人間だからだと思う。現に天ヶ崎でさえ、口が開きっ放しになっているのだ。

 そんな私たちの驚きなど気付く様子もなく、あっけらかんと近衛は言い放った。

 

 

「鬼神はん…やなくて、スクナはんとさっきお話してな。ウチの身体の所有権、二人で分け合うことにしたんや。今はスクナはん、『話するならお前の方が信頼される』言うて、中に引きこもってるえ。ちょっと疲れて寝とるみたいやから、スクナはんに話あるんなら、また後にしてな〜。あ、絡繰さん、もう降ろしてええよ〜。」

 

 

「はぁ…。そうなのか…。」

 

 

 どう反応したらよいのか分からず、気の抜けた返事しか返せなかった。

 それでも私はまだマシな方で、天ヶ崎は困り果てたように髪を掻き、アーウェルンクスは頭痛を堪えるように片手で額を押さえていた。どうやら今の近衛はかなり非常識なことをしているらしい。

 

 やがて、もうどうにでもなれと言わんばかりの投げやりな口調で、天ヶ崎が口を開いた。

 

「…要するに、アレや、アンタはもう、危険性は無いっちゅうわけやな?」

 

 茶々丸の背中から降り立ち、元気よく頷く。身体は大人びたままで、胸には茶々丸が貫いたと思しき大穴が、腹部には金属製の杭が刺さったままになっている。

…とりあえず神楽坂にはどう言い訳したもんか。ルームメイトは半神になりましたとか、意味が分からなすぎる。

 

「…ま、本人がそう言うならええわ。環はん。解いてええよ。」

 

 こくんと頷いた途端、空が見慣れた暗闇に戻った。雨上がりの湿気を含んだ空気が、傷だらけの体には少し心地よかった。

 と、近衛がじっと私の方を見ていた。

 

 

「…何だよ。」

 

「いや、長谷川さん、そういう人やったんやなぁ、って。」

 

 

 確かに今の私は傷だらけの血まみれで、視線もかなりキツイ。これまでの私の姿からは、到底想像出来ない、醜悪な生物として映っていることだろう。

 

 

「あ、悪い意味で言ったんと違うよ?」

 

「あん?」

 

 

 が、続く言葉に意表を突かれ、戸惑った。軽蔑している様子でもない。誤魔化している様子でもない。だが、だとしたら、一体―――

 

 そんな私の思考を、一つの音が打ち切った。

 

 

 

 

「………近衛。もうすぐここに、桜咲が来る。」

 

 

 

 

 近衛の顔が一瞬で曇る。

 複雑な背後関係は分かっていなくとも、おそらく桜咲が何らかの形で関与していることを、直観的に察していたのだろう。もしくは、鬼神から何か教えられていたのかもしれない。

 

 だがこれは、近衛にとってあまりに残酷過ぎる真実だ。

 

 あまりに多くの血が、命が流れ、失われたこと。父がそれに巻き込まれ死んだこと。親友が自分を裏切ったこと。その全ての中心に、彼女が居たこと。

 

 沈黙が満ちる。見れば、茶々丸も、天ヶ崎一味も、俯く近衛に目を向けていた。

 

 やがて、意を決したように、近衛が私に視線を合わせる。

 

 

 

 

「―――――お願い。教えて。何があったかを。ウチが、何をしたのかを。」

 

 

 

 

 

 


(後書き)

 第29話。当作品の茶々丸は某堀越公方でも某キモウトでもありません回。タイトル付けてから気付いた、この無駄に高いシンクロ率。

 

 そんなわけで茶々丸・ザ・フリーダム。グーで勝てないなら、もっと強いグーで戦えばいいじゃない!そんな感じで軽く暴走してしまいました。今話はもうツッコミ所満載です。一応これでも自重しました。紫電掌使わせたり、電磁ライフルがポジトロンスナイパーライフルになりかけたり、ラストの心臓潰しがまほよの狼退治のアレだったり。他はご想像にお任せします(笑)

 

 で、読んだ瞬間皆様が突っ込まれたであろう『死天使(ミカエル)』。何でコレ閃いたのかは今でも分かりません。デザイン的にはIS+ガンダム、翼の部分はランスロット・アルビオンです。何故超はこんなのを作ったのか。というか作り過ぎですよ超さん。その製作費は一体何処から出てるんですか。

 

 木乃香と鬼神の身体所有権問題は、さくっと終わらせました。内外闘争とか書いてもあんまり面白くないと思ったので。結論、木乃香は強い子。

 

 今回のサブタイはニトロプラスのノベルゲーム「鬼哭街」のBGM「The Cyberslayer」です。「Supersonic Showdown」と迷ったんですが、茶々丸を表すならこっちの方が的確かなぁ、と思いました。白銀昂星とかでも良かったかも、と考えると、茶々丸絡みは妙にニトロとのシンクロ率が高い気が…。狙ってるつもりは全く無いんですが。自分は鬱ゲーあんまり好きじゃないですし。

 

 多分次回で修学旅行編は終了です。3章もまた大幅改編の嵐です。多分次話挙げた後で、短編「ニコ兄in IS」を投稿します。まぁ3章はそこまで長くならないと思います。

 

 あと最後に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 内定取ったどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!

 

 

 ではまた次回!

 

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