来る日の数日前にサイト率いる別働隊はトリステイン軍本陣から姿を消す。
そしてトリステイン軍右翼塹壕線付近には助攻隊9万の兵力が集結。
対するガリア軍も予想されるトリステイン軍の反攻に対して防御陣を敷いた。
後方にはさらに本国からの増援も来る。
果たして3月31日、後に『パッシェールの戦い』と呼ばれる戦闘が開始される。
夜明け、鳥も鳴かぬ時間にトリステイン軍陣地から砲声が鳴り響いた。
それを合図に3隊にわかれたうちの2つ、中央、左翼助攻隊が敵陣に突撃を仕掛けた。
中央攻撃の指揮官、マッツ大佐の号令1つで歩兵隊が敵塹壕に肉薄する。
しかし、最初に突撃を仕掛けた者は皆銃弾に倒される。
続く小隊の一部が敵塹壕の一部を制圧し、そこに中央助攻隊の兵が殺到する。
敵の機関銃座に1人の兵が無謀にも飛び込み、自爆攻撃を仕掛けたのが功を奏したと言えるが、その様子を見た中央助攻隊第8連隊を率いるギムリ少佐は苦々しい表情をした。
「あいつはおそらく、うわっ……!」
付近に爆発が起き、咄嗟に身を地へ伏せる。幸い破片はギムリに当たらなかった。
自爆攻撃により生じた小さな占領地域から浸透し、第8連隊は攻撃を仕掛けようとするが、次なる塹壕からの強力な反撃により突撃が困難となった。
「ええい、司令はまだ健在だとしても、これでは攻撃どころではないじゃないか」
ギムリの考えたことは当然、指揮官のマッツにも分かっていた。
ゆえにマッツは兎にも角にも残った兵を占領した塹壕に入れるべく、横の制圧を開始する。
幸いにして、左翼助攻隊の働きもありマッツ大佐の思惑は成功した。
だが、それまでに損耗した中央助攻隊の兵力、既に1万6千。
サイトの同期生、ギムリも生きてはいたが、次に突撃命令が来たら全滅するのではないかと、思っていたが。
「まだ、塹壕を占拠できただけマシか。これで後2日は耐えられるぜ、ガリアさんよ」
そうギムリはひとりごちた。
逆を言えば中央助攻隊の援護をする羽目になってしまった左翼助攻隊は壊滅的な打撃を受けた。
左翼の指揮官は奇しくもサイトと同期の桜、ロレーヌ少佐である。
中央が下手に突出したせいで、その援護をせざるを得なくなったのだが、その点にロレーヌは文句を言わなかった。
ただし、やりたくもない軍団長をやらされたことにはサイトにたいして不平を言っていたが。
「よもや突破できぬと思っていたが……流石にサイトの軍と言うことか。総員、中央隊が塹壕を占拠するまで攻勢を緩めるな!」
塹壕を占拠さえすれば数日は時間が稼げる。
ロレーヌは味方を鼓舞しながら、自身も陣頭に立ち小銃を振るう。
時には風の魔法を使い、敵兵をなぎ倒すのだが、それでも数は一向に減らない。
その間にも味方は倒れていく。
それこそ、1人1殺では足りない。
だが、味方が多く死ぬ中もロレーヌは冷静であると言えた。
中央の兵がおよそ塹壕内に浸透したことを確認すると、すぐさま砲撃要請をし、自らも風極大魔法を使用して眼前の敵を殲滅、その場の塹壕を占拠した。
敵も中央に気を取られていたせいでロレーヌの攻撃は不意の一撃となった。
左翼もわずかながらに、敵を突破せんとしたが……
塹壕に入れたものはそうとう少ないとロレーヌは感じた。
すぐに損害報告を部下がする。
「総隊長、第2、4連隊長は戦死。第1、3、6、7、8、10連隊は壊滅しました」
「健在なのは第5連隊と第9連隊のみか……。よし、伝令だ。すぐに残兵を両連隊に振り分けろ。第2、4連隊はその場にて最も高位の者が指揮をかわる。用意ができ次第、突撃だ。敵は待ってくれないぞ、急げ」
「は!」
伝令兵が駆け去ると同時に、付近で爆発が起きる。
どうやら敵もただでは出してくれそうにない。
「くそ、兵力がもう1万も切ったなんて、洒落にならんぞ」
「そうぼやくなよ総隊長、これでもまだマシだ」
いつの間にか隣にはこれまた同期のレイナール少佐が来ていた。
本来輜重隊である彼も、今回は兵として加わり戦っている。
「お前、よく生きていたな」
「それが仮にも同じ釜の飯を食った奴にいう言葉か?」
レイナールはそう言ったが、その実気にしてもいなかった。
ロレーヌは昔から、皮肉屋なのだ。
「だがまあ、お前の言うことも最もだな。ケティが死んだ」
「何? 奴は確か……」
「そうだ、マリコルヌの。だからだろうな。敵陣に無謀にも突撃して蜂の巣だ」
「くそ、貴重な魔法使いが無駄死しやがって……!」
ロレーヌは内心で黙祷を捧げ、それでいて表面上は皮肉を言った。
「無駄死ではない。死ぬ間際に敵銃座の火薬に引火させて塹壕内で爆破をしたそうだ。結果としてはそれで中央隊は助かったな」
「け、死んでどうする。まあ、それはともかくだ。冗談抜きでこのままでは殲滅されるぞ。俺はケティの二の舞はごめんだ、何か方策はねえのか!」
付近でまた爆発が起き、ロレーヌはヘルメットを深くかぶりながら叫んだ。
あえて同期生であるギムリのことを言わないのは、2人とも彼を信頼している証左であろう。
「こんな時、サイトならどうするんだろうな」
「俺はお前に聞いているんだよ! いない奴のことなんか気にすんな! それに、もともとはお前だって近衛隊だろ、少しは頭を使えよ!」
「そうは言ってもな。私は輜重専門だ。軍務は門外漢だ」
レイナールは頬を掻いてた。
「俺は作戦どうこう考えるのは得意じゃない。むしろロレーヌ、お前の方が適任だろう」
「だから! 思いつかないから仕方なくお前に聞いているんだろうが! 座学だって俺よりよっぽど成績よかっただろ!」
不意に近づいてきた敵にロレーヌは魔法をかます。
敵は人形のように吹き飛ばされて、敵の陣地のほうへ転がった。
「座学の成績で勝てれば、王都の連中だって今頃高枕だろうよ……しかし、現状お前が突っ込んでいけば塹壕後一本は突破できるような」
「馬鹿野郎、それで即俺が死んだら文字通りの壊滅だろう!」
「しかしな。他に思いつかん」
2人がそうこう言っているうちに、また飛翔音が近づく。
中央、左翼助攻隊は攻撃開始してから、未だに敵を突破できずにいた。
マッツ、ロレーヌの奮戦をよそにトリステイン軍本隊は砲撃しかしていなかったのかと言えば、それは嘘になる。
彼等後詰30万も突撃をかけるべく、準備をしていた。
だが、敵の防備が思った以上に堅くて後続部隊が展開するスペースを開けられておらず、出られないと言うのが実際だった。
後詰が動けない状態にあり、前線がどうしようもない状況になりかけたその時だった。
突如として現れた、ニルス大佐率いる右翼助攻隊が塹壕を大きく迂回するような形で攻撃を開始した。
さながら、亡霊のようにいきなり現れたので流石に敵も驚きを隠せないようだ。
塹壕の指揮を執っていたガリア軍指揮官もそうだが、何よりも兵の衝撃が酷かった。
突然、横合いから射撃されたのだ、冷静でいろと言う方が酷だろう。
しかし、今まで居なかった敵がどうしていきなり現れたのか、ガリアの将官は一応に思ったが、流石にカナン元帥はそのカラクリを理解していた。
「左翼の敵に相当な技倆の魔法使いがいるな。そいつが軍勢を何らかの魔法で覆い隠したに違いない」
そう冷静に分析すると、すぐさま塹壕内の兵とは別に待機していた師団に攻撃を開始するよう告げた。
名将カナンの考えた通り、トリステイン右翼助攻隊が姿を消していたのは光の極大魔法のおかげであった。
極大魔法を使った張本人はベアトリス大尉。
サイトを兄と慕う、女性である。
彼女はもともと高貴なる血筋、それだけに魔法使いとしても相当に優秀なことを示す。
それ故に炎のさらに上位、光の魔法で行軍する兵3万を隠蔽し、攻撃に当てたのだが……
「これでも抜けませんの!?」
多くの兵を隠すために魔力を消耗しきったベアトリスの悲鳴もかき消されるほどの敵兵の怒号が聞こえてくる。
現状、中央、左翼ともに塹壕の第一線は突破したが、まだ2つも塹壕線は残っている。
その突破を容易にすべく、動いたのが右翼助攻隊、しかも奇襲であったのだが。
「敵のほうが2枚も3枚上手、と言うことか」
ニルス大佐はそうぼやいた。
まさか突如現出した部隊に対しても10万もの兵力を宛てられるとは、ニルス大佐も思っていなかった。
このままでは普通に3倍の戦力に押しつぶされるだけ、そう悟ることは誰にでもできよう。
しかし、それでもニルス大佐は冷静に指揮を執り、拮抗を発生させた。
「ここにおよそ10万、釘付けになっていると言うことはすなわち、別働隊が減っていると言うことだよ」
それはすなわち、これから来る真打のためにはなっているということだ。
「よし、このまま押し続けるぞ!」
ニルスの突撃命令により、右翼助攻隊はさらに動きを活発にさせる。
ベアトリスは突撃する兵の援護をすべく魔法を使う。
彼女は基本的に炎の魔法を使うので、陣地を攻めるには有用な能力と言える。
「燃えなさい!」
今も敵兵を灰燼に帰し、敵中突破を図る味方兵を援護する。
しかしベアトリス指揮下の中隊も容易に敵を屠ることはできない。
「く、もう少し戦力があれば……!」
ベアトリスは歯噛みした。
確かに敵の数は多いが、そこまでではない。
ただ、ベアトリスの能力の関係上、3万以上の兵となると隠しきれるか保障はない。
しかし、やはり無理をしてでも兵を多く率いるべきだったか。
脳裏に後悔が襲ったが、ベアトリスはすぐさま思考の隅に追いやり敵に集中する。
「中隊長、これ以上深追いするのは危険です!」
副官のヨハンナ少尉が注意を促すが、ベアトリスはそれを一蹴した。
「御黙りなさい! 今ここで引こうものなら私たちは全滅よ! それよりも前面の敵を相掃討しなさい!」
「ですが、すでに中隊の4割が倒されています! ニルス大佐も逐次部隊集結を呼びかけています、どうかご決断を!」
「ええい、使えない大佐殿ね!」
ベアトリスはすぐ近くの、敵の砲撃により空いた穴に飛び込んだ。
ヨハンナもならって入ったが、他の部下はその後すぐの砲撃によって吹き飛ばされる。
「どうしますか、このままではどうしようにも全滅です!」
「そんなことは分かっているわよ! でもどうしようもないでしょう、このままでは!」
即座に機転を利かせ、ベアトリスは魔法を使い飛び込んだ穴を拡大させ、掩体を作る。
ヨハンナふくめ、数名がその掩体に飛び込み、取り敢えずは安全を確保した。
これで少しは、時間が稼げるが、その間にどうにか策を考えなければならない。
「どうするのよ、本当に! 右翼は塹壕を迂回しているから身を隠すにも場所がないじゃない!」
ベアトリスの言うとおりで、確かに他の多くの兵は匍匐前進を余儀なくされている。
「まさか敵がこちら側に陣地構築をしているとは思いませんでした。しかも物量に物を言わせて大量に弾が飛んできますし」
「工兵はいないの?」
ヨハンナは首を横に振った。
「残念ながら、いません。何せ奇襲することしか考えていませんでしたから」
「ああ、もう……! 今ここで、敵の陣地がどうなっているか見た者はいないの!?」
「それならば、私が」
ベアトリスの叫びに応じるように、近くにいた曹長が声を上げる。
「敵の陣地は土嚢を積み上げ、そこに機関銃座を据え付けた典型的な陣地になっていました。正直、あの濃密な射撃の中をかい潜るのは困難かと。ただ……」
「ただ? 言うべきことははっきり言いなさい」
「は……。これは私の見間違いかもしれませんが、敵の防御線は一枚きり。つまり今射撃を繰返している兵を倒せば、崩せるのではないかと……」
「何ですって! ヨハンナ、双眼鏡は!」
「ここにあります」
ヨハンナから双眼鏡をひったくると、掩体のわきから敵陣地を覗きこむ。
確かに、一見すれば鉄壁の防御陣。
あの弾幕を抜けるのは無理かもしれないが……
それがたったひとつきりの防御線となれば話は別だ。
だが、確証がなければ突撃しても無駄死をするだけだ……
ベアトリスは迷った。
だが、その瞬間に至近弾が発生、爆発の後流で双眼鏡を吹き飛ばされる。
「く……! 駄目だわ、このままだと」
掩体に退き、何とか方策を考えるが、やはり陣地が一枚しかないとそれを鵜呑みにして、飛び込むわけにはいかない。
「中隊長。さっきの話を聞いて思ったのですが……」
おずおずと、ヨハンナが意見する。
「何よ!?」
「少なくとも、あの陣地を抑えてしまえば、我々も持久できる気が……」
「どういうこと?」
「いくら敵が優秀だとしても、そう簡単に10万の兵を隠す場所は無いと思うんです」
「要領を得ないわね、つまりどういうこと」
「これを見て下さい」
ヨハンナは懐から地図を出した。
「我々が敵の塹壕を迂回して攻撃することは、敵も予測していたんだと思います。だけど、そうだとすれば敵は事前に塹壕を延長しておいておかしくなんじゃないですか?」
その話で、ベアトリスの中で全てが繋がった。
「そうか……! でかしたわ、ヨハンナ! 確かにそうよ。私たちに遊撃兵がいたとして、その予測される進路に全ての兵を配置していれば流石に敵の線も伸び切る! つまりあの後ろにはまだ陣地が構築されていない可能性が大きいと言うことよ!」
「な、なるほど……では、そのように大佐にお伝えしましょう……?」
「そうね、早急に! そしたら私達は目の前の機銃座をぶっ潰すわよ!」
「えぇ……!?」
思わず強気になったベアトリスを見て、ヨハンナは自分の言ったことがやぶ蛇だったのではないかと後悔した。
ベアトリスの進言により、右翼助攻隊は一見無謀な突撃を仕掛けた。
しかし、これが図に当たった。
推測された通り、右翼助攻隊に当たったガリア軍は突撃を企図していた部隊の一部であり、作った陣地も急場のものだった。
それでも機関銃を多数据え付けたので対抗可能だと考えていたのだが、この点はあまりにも捨て身で来るものなので、ついに仮陣地の部隊は後退を余儀なくされた。
ここに右翼助攻隊はついに敵基地に対する橋頭堡を確保した。
この報に後詰部隊が飛びついた。
彼等にはベアトリスのような傑出した魔法使いが居なかったとはいえ、魔法部隊を有ししていることにはかわりない。
そこで一気に右翼助攻隊が進行した道、森林地帯を豪快に魔法で開削して進んだ。
一気に、側面攻撃をかける部隊は20万を越した。
残りの10万は中央助攻隊の後詰としていまだ待機している。
こうなるとやはり、一番の貧乏くじを引いたのがロレーヌ隊と言うのはよく分かる。
だが、それでもまだ、彼等の士気は衰えていなかった。
「お前ら、気合を入れろ! 右翼の連中は敵を撃破した! それなら奴らと同兵力の俺たちが前線を抜けないわけがない! 取り敢えず目の前の敵を撃って撃って撃ちまくれーっ!」
ロレーヌは結局のところ、自分の占拠した塹壕を中央隊までつなげ、点を線にした。
やむにやまれずと言うのが結局のところで突出して、敵の塹壕第二線に接敵しても死ぬだけだと判断したからだ。
当然、ロレーヌ自身は不満であった。
彼は積極攻勢が是だと信じてやまない男であった。
だが、それでも理性的に判断して突っ込まなかったことは評価されよう。
おかげで敵の塹壕第一線は完全にトリステイン軍のものとなったと言える。
「しかし、結局これでは場所が変わっただけで持久戦と同じじゃあないか。最悪な気分だ」
手持ちの残弾を確認しながら、ロレーヌはぼやく。
「まあ、最善の策だとは思うが。とにかく右翼が敵を撃退してくれて何より」
隣りにいるレイナールは安堵した様子である。
「は! 何でも先鋒を務めたのはあのクルデンホルフのいけすかねぇ餓鬼じゃねぇか。くそ、俺も右翼の方を志願すればよかったよ!」
「そう言うな。サイトだってお前を信頼しているからこそ、大部隊の1つを預けたんだ」
「気に入らない。俺は誰にも縛られず戦いたかったんだよ」
「はぁ、お前は本当に……まあこれで数日は持つからな。後はパッシェールを落とせるかどうか、か」
「ふん。どうせパッシェールを総攻撃するにも俺たちじゃ数は足らねえ。そもそも一番パッシェール要塞に遠いしな。本当に腹立たしい限りだ。むしろ損害のトータルで考えりゃ昇進もありえない」
ロレーヌは苛立たしげに襟章を握った。
確かに左翼助攻隊の被害を考えれば、ロレーヌの昇進が難しいのは自明の理だろう。
だが、それ以上に素行に問題があるとは思わんのか、とレイナールが内心で思ったのも事実である。
それでも、ロレーヌが人一倍部下思いであることは知っていたし、だからこそサイトもロレーヌを隊長に推挙したのだろうとも思っていた。
「ま、後は別働隊の動き次第か」
気分を変えるように、レイナールは話題をずらした。
「奴らも当てになるのかどうか、わかりゃしない。大方、敵には読まれているだろうしな。これでサイトの命運も尽きたかもしれん」
「サイトだって、分かっているだろうよ。それでも行った。何か秘策があるのやもしれない」
「それこそ当てにならん」
ロレーヌは一笑に付した。
だが、表情はそれでいて自身に満ち足りていた。
それは「サイトならやるさ」と言っているようにも、レイナールには見えた。
果たしてトリステイン軍が攻撃開始より1日が経過し、敵の塹壕第一線を破ることに成功した。
彼等の待ちわびる、別働隊はいつになったら現れるのか。
それは彼等だけでなく、もしかしたらこの戦場にいる誰もが知らんと欲すところなのかもしれない。
あとがき
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