Summon Night
-The Tutelary of Darkness-
第九話
『それぞれの休日』
機界ラトリクスの者達の場合
「ふう、今日は平和ね」
リペアセンター60階。そこの主でもありこの小さな島の護人の一人でもあるアルディラは、いつものようにクノンのいれた紅茶の注がれたティーカップ を置いて一息いれる。
ここのところ帝国軍との小競り合いが続いていたため、こうやって日がな一日休憩をとれることは少なくなっていたのだ。
「ええ、本当に平和です」
同じようにクノンのいれた紅茶で一息いれているサレナ。
麗らかな陽光の下、二人の貴婦人が揃って優雅に紅茶を飲む姿はとても絵になるもの。
ただ、その背景がまともではなかった。
「ぬおおおぉぉぉぉぉ!! 自分は、自分はモーレツに感動しているであります!!」
「そうですか、わかってくれますか!!」
「いつまでもこんな時間が続いてほしいものよね」
「はい」
後ろから聞こえるクノンとは別の男型機械音声を、徹底的に意識の外に追い出しながら二人はまた紅茶を一口。
やっぱり優雅な午後の光景。
「海燕ジョー殿……男の生き様を見せてもらったであります!!」
ビシッと敬礼する男型の機械音声の主。横にいるクノンもしきりに頷いている。
ここまでくればもうお分かりだろう。誰が――いやどの機体がクノンと一緒にゲキ・ガンガーを見ているのか。
型式番号名VR731LD強攻突撃射撃機体VAR-Xe-LD。ヴァルゼルドのことである。
彼がここに住むようになったのはほんの数日前。
いつものようにリペアセンターへと向かっていたアティが、廃棄場を通りかかった時に偶然稼働していたヴァルゼルドが声をかけ、バッテリーをアティに 頼んだのがきっかけだった。
ヴァルゼルドの頼みを聞き入れ、リペアセンターにいるアルディラたちにバッテリーをもらいに行った――まではよかった。
そこにいたのはとある探偵ものにはまっていたクノンの姿。そのタイトルは『洗脳探偵メノウ』だとか。
どこから調達したのかいつもの看護士服からメイド服に変えて、あの手この手でアティに尋問――洗脳とかついてるけど決して洗脳とかしてません。あく まで尋問ですと本人、いや本機は語っていたそうな――を繰り返し、ついにはアティが崩れ落ちた。
教師という職業柄、口を使うことには長けているアティを打ち負かすクノン。洗脳探偵恐るべし。
ちなみにその光景を見ていたアルディラとサレナは、アティの魂が口から出て行くのが見えたり身体が真っ白に煤けていくのが見えたりしたとか。
んで、事の経緯を聞いた結果、リペアセンターで一から治したほうがいいかもしれないということでヴァルゼルドはリペアセンターへと連れてこられた。
最初は渋っていたアルディラだったが、彼は機械兵士の戦闘部分の回路が故障していたことやクノンの必死の頼み込みで渋々承諾。めでたくヴァルゼルド はラトリクスの住人になったのだった。
ヴァルゼルドは何故か元より感情表現が豊かであったため、すぐにアルディラとも打ち解けて、今ではクノンと一緒にアニメを見る仲。
そのおかげでクノンがさらに感情表現が豊かになり、ヴァルゼルドは色んな兵法を学んでいた。はた迷惑に叫ぶことに目をつむれば結構いいコンビなヴァ ルゼルドとクノン。
「ほらほらヴァルゼルドさん、可愛いネコさんですよー」
クリッとした愛くるしい瞳にふかふかの毛並み、苦手な人でなければ誰もがなでなでしたくなる愛くるしいその姿は小さな子猫。
先日、ユクレスの村で生まれたばかりの子猫で、何故かクノンとヴァルゼルドになついていてよくこっちまで親猫と共に遊びに来る。
「ね、ネコは苦手でありますーー!!」
ただ、機械兵士の彼にも苦手なものがあることが発覚。以来、こうしたクノンのヴァルゼルドいじりは今日も今日とて繰り返されていた。
というか、どうやって目から涙を流すなんて器用な真似をしているのだろうか? ヴァルゼルドは。
「あーもう! 少しは静かにしなさい!!」
「今日も平和なことで」
「にゃー」
「09OHE54GDNKREーーー!!」
今日も今日とて彼の叫び声は響くのだった。
霊界サプレスの者たちの場合
水晶渓谷、サプレスの住人たちが決して訪れない秘匿された場所。そしてアキトの寝床でもあるこの場所にいつものように彼はいた。
ただ今のアキトはどこか様子がおかしかった。
アキトは今の自分が置かれた状況に――もしそういった器官が残っていたら間違いなく冷や汗を流している現状に、痛むはずのない胃が痛んでいるような 錯覚を覚えていた。
(……何故だ、何故俺はこんなことをしている)
あぐらをかいた体勢のままひたすら現実逃避をしているアキト。
何故、アキトが現実逃避をしているのか、その原因はあぐらをかいた彼の足の間に腰を下ろし、そして彼の身体に自分のそれを預けている少女にあった。
幸せそうな――否、本当に幸せな笑顔を浮かべて愛する人の暖かな温もりを直接その肌で感じながら、静かな寝息を立てて眠る少女。
彼女の護衛獣はそんな二人をやれやれといった様子で見ているだけ。
決して邪魔をするような真似はしない。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてなんとやらだ。
だから彼は羽をはためかせてどこかへと飛んでいった。
「起こすか? いや、それだと余計にややこしくなるが……だがしかしいつまでもこのままだと俺の精神によろしくない……かといって」
思考の無限ループに陥るアキトのことなど気にせず、少女は幸せを噛み締めたまま眠り続ける。
「ファリエル……頼むから早く起きてくれ」
聞こえているはずのない少女――ファリエルに懇願するアキト。
普段の冷徹さなどまったく感じられないぐらい情けない声だが、いくら鎧を纏おうともその心の脆さまでは隠しきれないのだ!!
っていうか、単にこういった出来事に免疫が出来てないだけのことである。鎧が剥げたその心は未だに純情なあの頃のまま。
そもそも何故このような状況になっているのか。それは先日のイスラの一件が原因なのだった。
あのとき、アキトは自分がよほどのことがない限り死ぬことはないとわかっていたから甘んじてビジュのナイフを受けていた。
だが他の――サレナを除く――面々はそのことを知っているはずもない。それはファリエルとて例外ではなかった。
それで今から数十分程前、そのことについてあらゆる不満をぶちまけてきたファリエルに、
『本気で心配したんですから』
と、泣きつかれて、
『心配かけた罰です』
と、言われ、
『今回はこれで許してあげますけど、次からは私にもちゃんと教えてください』
と、釘を刺されたのだった。
ハイネルのこともあってファリエルは誰かを失う、それも親しい人を失うことをひどく恐れている節がある。
アキトもそのことを知っているからこそ、甘んじてファリエルの罰を受け入れたのだ。
もっとも、自分の身体をベッドにされるとは夢にも思わなかったが。
「やはり起こさないほうがいいか」
そして、これもいいかとアキトは思う。
ここのところ戦い続きで神経が高ぶっていたのもまた事実。それを静めるのに、こういった日常を感じるのは最適な療法。
復讐者の頃の自分にはまったく考えられなかったこんな日常――と呼べるのかは微妙だが――も、こうやって味わうことは悪くない。
忘れかけていた人の想い。それを背負って生きるのもまた人の業であり、それがあるから人はまた強くなれる。
そう長くは保たない平凡な日常――日常だからこそ生まれる確かな想い――今は少しでも長く続くことを願う。
ファリエルの銀色の髪を優しく撫でながらアキトはそう思うのだった。
鬼妖界シルターンの者達の場合
こちらもいつもと変わることはない、日常を満喫していた。
だが、
「う、むむむむ……」
冷や汗を滝のように流しつつ筆を持つミスミ。
「どうしたのさ母上?」
鬼の首とったどーー!! とばかりににんまりと笑うスバル。
「ミスミさま……」
なんでこんなことにと天を仰ぎ見るキュウマ。
この三人だけは違っていた。
事の発端はスバルがアティに出された宿題がわからず、ミスミに聞きにきたことに始まる。
「ねえねえ母上。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「わらわにか? 構わぬ、言ってみるがよい」
「あのさ、ここの問題の解き方がわからなくて。だから母上に教えてほしいんだよ」
スバルが指し示したそれは内容こそとても簡単な――それこそ小学校一年生が解くような――国語の宿題だった。
それなりに勉強の出来る者なら鼻で笑って解けるような問題なのだが、机の前に座って勉強するよりも外に出て思いっきり遊ぶほうが大好きだったミスミ にはまるで異界の文字の羅列に哲学書のようなもの。
本当ならば断らなければならなかったが、
「う……む。任しておけ」
子供や臣下の手前、そう言ってしまったのは母親としての意地というもの。
母親としての意地、なんだそれなどと決して馬鹿にしてはいけない。親とは総じて子供の前で恥をかくわけにいかないもの。
特にミスミはスバルにきつくあたることもあり、勉強が出来ないなどと知られればそれをネタにからかってくるのは火を見るより明らか。
そしていざ宿題に向かい合うこと早十分。話は冒頭に戻りミスミの想像通りの展開になりつつあった。
「ねーねー母上ー。まだ出来ないのー?」
明らかにからかい口調のスバル。ミスミの額に青筋が一本出来るがスバルは気付いた様子もなくさらにからかい続ける。
「それって先生が『すぐに出来る簡単な問題ですから、がんばってね』ってくれたやつだよー」
自分も出来なかったことを棚に上げるスバル。ミスミの青筋がさらに増える。
危険を察知して避難を始める侍従たち。
「スバル様……もうそのへんでよろしいではありませんか」
噴火一歩手前のミスミの様子に気付いたキュウマが、どうにか静めようとするが、
「やなこった」
一蹴された。
「ねーねーははうえー」
ブチン
ミスミの中で何かが切れた。
「よし、逃げるぞキュウマ!」
「は!?」
「早くしないと襲われるぞー」
そういうスバルは既に豆粒。恐るべし悪戯小僧の逃げ足。
そしてスバルの言わんとすることが、正面にいるミスミの噴火一秒前の様子でわかったキュウマ。
ここにいては生命の危険。シノビとしての直感と長年の経験がキュウマに告げ、彼はそれに従って逃げた。決してミスミが恐かったからとか命が惜しかっ たわけではない。断じてない。
そして、
「スゥバルウウウウウウウ!!」
天を引き裂き地を轟かせ、生物には恐怖を与えるミスミの雷鳴よりも大きく鋭い怒りの咆哮が屋敷全体に響き渡る。
目はつり上がり、彼女を中心に小型の台風が発生し、手にした槍は血に飢えているように低く戦慄き、踏みしめた一歩は城の土台すら揺るがす。
コノウラミハラサデオクベキカ。どこかからそんな言葉が聞こえたのはきっと幻聴。
「ひええぇぇぇ……こわ」
「ならば怒らせなければよかったのでは?」
逃亡中のスバルに追いついたキュウマが、彼の漏らした言葉をたしなめる。
「だってせっかく母上の弱点見つけたんだぜ? 今までのお礼ってやつ」
だがスバルは悪びれた様子はまったくない。さすがにこれはやりすぎだと、キュウマが怒ろうとするよりも先にスバルが言葉を続けた。
「それにさ、母上にも苦手なことがあるってわかってオイラ嬉しいんだ」
「嬉しい……ですか?」
予想外の言葉に自分の言いたい事を一旦止め、キュウマはスバルの話に耳を傾ける。
「そ。だって母上ってばオイラだけでなく皆の前でも完璧でいようとするだろ? それも父上が亡くなってからさ」
スバルの言葉に息を呑むキュウマ。確かに飄々としているけれど決して間違いは起こさないようにミスミは考えている。
例え、その道が彼女にとって一番苦しい道になろうとも。
それが風雷の郷を守る長としての――轟雷の将リクトの後を継ぐ者として当然のように。
「オイラ、そんな母上を見るのはイヤなんだ。だからオイラが母上よりも強くなって、郷の皆を護れるぐらいになってやるんだ!」
親は何も言わずとも子はその背を見て育つ。照れ笑いのスバルは正にその典型。
皆から慕われている二人の親、その大きな背中に少しでも追いつきたいがためにスバルは必死に頑張っている。
そして常に張りつめた糸のような母親の苦労を少しでも和らげるため、彼は今のようなイタズラを行ったのだと言う。
キュウマはひどく感銘を受けた。ただのイタズラ小僧でしかないと思っていたスバルが、まさかここまで考えているとは思わなかったのだ。
それに自分の目指すべき道をしっかりと見据えていることも。
「な、なんだよ! 笑うことないじゃんか!」
知らずキュウマは笑っていたようで、スバルはそれを馬鹿にされたと思い、恥ずかしさで顔を真っ赤にして抗議する。
「いや、これは失礼」
そうはいうものの、キュウマの顔から笑みは消えない。
ただ、その意味は嘲笑ではなく嬉笑。新たなる主君がこうもしっかりとしてくれているということに対しての。
「ちぇ、キュウマに話したオイラがバカだったよ」
「いえいえ。このキュウマ、スバル様の将来のためにも尽力することをここに誓いましょう。
リクト様よりも立派になられるそのためにも、日頃の訓練をさぼらないようにしてください」
「うえぇぇ」
小さな主君に臣下の礼をするキュウマ。ここに、将来を背追う小さな鬼子と鬼子を見守るシノビが誕生した。
まーそんなことよりも
「どこに行ったスバルウウゥゥゥ!!」
本物の鬼から逃げなければならない二人。捕まれば即、死につながる地獄の鬼ごっこが、ここに開幕。
「やれやれじゃな」
一人、縁側でのんびりとしているゲンジが茶をすすりつつ呟いた。
幻獣界メイトルパの者達の場合
「今日も絶好の畑日和じゃのぉ」
「そうですなぁ」
「「「「「「へい、船長」」」」」」
大の男がたくさん、鍬や鋤を手に額に浮かんだ汗を拭う。
どれも筋骨隆々で屈強な男たちで日に焼けて少しだけ黒くなっている姿は、正に畑の達人といったところか。
だがしかし、駄菓子菓子、悲しいかな彼らは陸での生活を主にしている者たちではない。
彼らは海賊。海の男なのだ。
「……なんでワシはこんなことをやっとるのかのぉ」
「「「「「「へい、船長」」」」」」
ふと、いつものように鍬を振り上げた体勢のままそんなことを思う男たちの頭。
口元のお髭がダンディーなこの方はジャキーニ。どこで覚えたのか、広島弁全開のジャキーニ海賊団の頭である。
畑の真ん中で海賊服というのはとても違和感があるのだが、
「これは海の男の証なんじゃああぁぁぁ!!」
とのことで、絶対に脱ごうとはしない。
「そらぁ、あの娘が見張っとるからでしょ」
ジャキーニのぼやきに律儀に突っ込み返すのは、彼と義兄弟の契りを交わした温和でジャキーニのストッパー役という名誉(あるいは不名誉?)な称号を 持ち主である。
その彼がちらりと見た先にいるのは小さな花の精霊。
「くぅぅぅ……これだから陸に上がるのはあだぁ!?」
「あ、あんさん!?」
「「「「「「せ、船長!?」」」」」」
ぷすっ、と小気味よい音と共に悲鳴を上げるジャキーニ。おまけに決め(?)セリフまで途中で中断されるという可愛そうな始末。
激痛のはしる場所を押さえて地面に転げ回るジャキーニ。それを心配するオウキーニと手下たち。
「し、シリがああああぁぁぁぁぁ!!」
見れば標準サイズより小さな矢が一本、ジャキーニの尻に刺さっていた。
的があれば百点ど真ん中である。
「はいはーい。叫んでる暇があったら手を動かすですよー」
で、矢を射った張本人、っていうか張精霊? は悪びれた様子もなくそんなことをのたまう。
「マ、マルルゥがこわいよ……」
「すまん。こればっかりは俺にも止められねえ」
マルルゥから少し離れた木陰。そこにいるパナシェがマルルゥから立ち上る黒いオーラに怯え、最早諦めの境地に達しているヤッファはジャキーニたちの 冥福を祈る。
そもそも、どうしてこんなことになってしまったのかというと、ジャキーニがマルルゥに禁句を言ってしまったのが原因だった。
いつものように畑仕事をしているジャキーニたちと、それを監視しているマルルゥ。
普段とまったく変わらないはずの日常だったのだが、突然ジャキーニたちが畑を耕す道具を捨てたのだ。
「だああぁぁぁッ!! なんでこのワシがこないなことをせねばならんのじゃあああ!!」
魂の絶叫と共に。
当然、監視役のマルルゥがそんなことを見逃すはずもなくジャキーニたちの行動を咎める。
「あーだめですよう。ちゃんと働かないと先生さんかくろくろさんに言いつけますよー?」
「むぐっ!?」
マルルゥの言葉に――特にくろくろさんのあたりで顔面蒼白になるジャキーニたち。
思いっきボコられた、あの苦い思い出が走馬灯のように蘇ってくる。
「「「「「「船長!!」」」」」」
だが、そんな辛いものも子分たちの声――彼を信じているといった響きの含まれた――には敵わない。
「じゃかあしんじゃ! お前のようにちびっこにワシの気持ちなんざわかるかァ!!」
「ち、ちびっこ……」
ガガーン! と背景に雷が奔り衝撃を受けてよろめくマルルゥ。
「フハハハハ! どうじゃ、ぐうの音も出まい!!」
対照的に勝ち誇った顔で笑うジャキーニ。完璧に自分を勝者と思っているため、小さく肩を震わせるマルルゥに気付かない。
「うるさいちびっこはこのワシが片付けた! 野郎ども、今までの屈辱を晴らすための戦争じゃああアア!!」
「「「「「「オォー!!」」」」」」
「え、ええんかなぁ?」
掃除の合間にかっぱらって――もとい、拝借してきたサモナイト石を持ち意気揚々と行動を起こそうとするジャキーニとその子分たち。唯一、オウキーニ だけがそうしていなかった。
「ま、またちびっこ……マ、マルルゥは……マルルゥは……ちびっこじゃありませぇん!!」
どこから取り出したのか、緑のサモナイト石を怒りの咆哮と共に天高く掲げるマルルゥ。
「フン。今までのワシらと思うなよちびっこ!!」
今までのジャキーニならば召喚術を使う相手は苦手だった。だがしかし、今の彼らは一味違う!
「出てくるんじゃあ! 化け物どもぉッ!!」
「ゲルゲルゲエェッ!!」
メイトルパ式の召喚術を行使し、ジャキーニは低級ながら召喚獣を喚びだした。その数、十といったところだろう。
一対多数。あまりにも戦力差がありすぎるこの現状。しかし、こと召喚術においてはマルルゥのほうがはるかに年期が長い。
昨日今日覚えたジャキーニには決して超えられない壁があるのだが……
「がっはっはっは! どうじゃ、謝るのなら今のうちじゃぞい!」
やっぱりジャキーニは気付いていない。
「来てくださーい!」
あっさりとジャキーニを無視して自身も召喚術を行使するマルルゥ。
ジャキーニとは比べられないほどの魔力が満ち、そして召喚獣がその姿を現した。
「な、なななななな」
人よりも遥か高みに身を置く気高き獣。猛る牙と荒ぶる爪を持つ獣王。
さあ、その身にとくと刻むがいい。彼の王の名を―――!
「我が名はアイギス。召喚に応じ、我、今此処に現れし獣なり」
低く、そして腹の底まで響いてくる遠雷の如き声。威圧感などという陳腐な言葉では片付けることの出来ない圧倒的な存在感。
「なんじゃこりゃああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
「「「「「「せ、船長ォ!?」」」」」」
まさか、マルルゥが牙王アイギスを召喚するなどとは思わなかったジャキーニとその子分たちの悲鳴。
ちなみに、アイギスが召喚された途端にジャキーニの召喚獣たちは逃げ去っている。知能はとても高いようだ。
「おひさしぶりですー」
「ほお、久方ぶりだなマルルゥよ。汝が我を召喚したのか?」
「はいです」
どうやらこの二人(?)知り合いらしい。ジャキーニたちは開いた口が塞がらない。
「そうか……では召喚者よ。汝が我を喚んだ目的を聞かせてもらおう」
「あの悪い子たちにお仕置きしてほしいです」
ズビシッ! とジャキーニとその子分を指差すマルルゥ。何故かオウキーニははずれている。
「ほう人間か……ふむ」
冷や汗だらだら、身体はかちこち、身動きが一歩も取れないジャキーニたちを一瞥してアイギスはしばし逡巡し、
「承知した」
牙を剥き出しにして笑った。
この後、何があったかは推して知るべし。ただ、マルルゥの魔力に反応して急いできたヤッファ、遊びに来たパナシェは後にこう語る。
『あれは……地獄だった』
と。
まあそんなわけで、ジャキーニたちはマルルゥに――というかアイギスに当然ながら完敗。泣きながら畑仕事に従事することになった。
決してマルルゥが恐いとか、何故かまだいるアイギスに怯えているとか、言ってはいけない。彼らのなけなしのプライドのために。
あとがき〜
今回はほのぼのに挑戦……むずかしいようorz
しかも後になればなるほど長いし、扱いが不憫でならない奴(ジャキーニとか)色々壊れちゃった人もちらほら。
やっぱり自分はシリアスしか出来ないんだなーと再確認した火焔煉獄です。
まあ、今回はちょっとした息抜きみたいなものなので、その辺は平にご容赦のほどよろしくです。
……なんか、ファリエルがメインヒロインになってきたけど……ま、いっか(爆)
では、また次回にお会いしましょう。
あ、アティたちがないのは単純に浮かばなかったんです(核爆)