Summon Night
-The Tutelary of Darkness-
第十話
『真実を求めて』
「…………まだ、囚われているのか」
此処は喚起の門。誰でもあっても決して入ることは許されないそこに、アキトは一人で立っていた。
普段は表に出すことのない憂いの感情を浮かべて。
「オオォォオオォ……」
そもそも、護人でさえ入ることの許されないこの地に、どうしてアキトがいるのか? その理由など此処の光景を見るだけでわかるほど実に単純明快。
アキトの周囲を取り囲むように有象無象の亡霊。苦しいのか、悲しいのか、辛いのか、どの亡霊も判別がよく出来ないがその声がそう言ってるように聞 こえる。
「すまない。俺ではお前たちを成仏させてやることは出来ない」
聞こえているはずもないが、彼らの中にもしかしたらアキトが原因でこうなった者がいるかもしれない、そう思うとどうしても懺悔の言葉を言わなけれ ば気がすまなかった。
「だから、せめて今回もまた静かに眠らせてやる」
霊界の護人の名の元に。
そう小さく言うと共にアルヴァを振るう。それだけで周囲にいた亡霊の数体が塵となって消える。
機械的に剣を振るい、機械のように無表情を貫いたまま亡霊たちを斬っては塵に還していく。
実に手慣れた作業。今回もそれの繰り返しになる――はずだった。
「黒百合さん!」
「アティ!?」
いつもの作業だからと油断していたのか、それとも作業に没頭しすぎていたのか、どちらにせよアキトらしくもなく近くに誰かがいても気付かず、ひど く驚いている。
そのせいで出来た油断。その隙を逃すまいと身体に染み込んだ剣士の業か、それとも本能の赴くままに動いたのか、手にしたぼろぼろの剣で亡霊たちが アキトに襲いかかる。
「ウオォォォォッ!!」
「グッ!」
例え油断や隙があろうとも、亡霊風情の剣をまともにくらうアキトではない。だが、彼はまともに受けてしまったのだ、亡霊たちの剣を。
躱そうとしたところにナノマシンの暴走が重なってしまったが故だった。
「あ……っ」
目の前で片膝をつき、斬られた胸を押さえるアキトの姿にアティは小さく悲鳴を上げた。
自分のせいで傷つけてしまった。自分が声をかけなければ傷を負うこともなかったのに。
そう思うや刹那、アティの手には『碧の賢帝シャルトス』が現れ、すぐさま覚醒状態に入ろうと力を込め――
「やめろ!!」
「え!?」
ようとしてアキトの怒声に止められる。
「こいつらはお前の持っているシャルトスに反応して力を増す! わかったなら離れていろ!!」
剣を受けただけでなくあまりにも珍しいアキトの憤りと怒りの言葉に、アティはすごすごと引き下がる。
だがアティは彼女たちのまだ知らない『何か』を知っているのだろうという確信をアティは得た。皮肉にもアキトの言葉によって。
(まだ、完全に信用されているというわけじゃないんですね……)
胸に去来する一縷の寂しさを決して口にはしなかった。
「ォ、ォ……」
「そうだ……ここはお前たちのいる世界じゃない……静かに、眠るんだ」
陽炎のように揺らめいて消えていく亡霊たちに別れを告げるアキト。
亡霊たちの顔なき顔が、どこか感謝しているようにもとれた。
「く……っ」
彼らを送り出した途端、アキトは苦痛に顔を歪めて堅い鉄製の床に崩れ落ちる。
その顔にはナノマシンが暴れている証とも呼べる光の軌跡が、日は高くまだ明るい昼間だというのにはっきりと見てとれた。
「だいじょうぶですか黒百合さん!?」
先の感情も今はどこ吹く風、倒れたアキトの元に駆け寄るアティ。
「何故ここに来た」
しかし心配するアティとは対照的にアキトの態度はひどく冷たく、言葉は節々に棘と怒りがあった。
ここだけは近づいてほしくなかった。あの亡霊たちの姿を、自分よりも他人を優先するようなお人好しには。
口にこそ出さないがアキトはアティを少なからず信頼していた。だからこそ、そういった想いから近づけたくはなかったのだった。
「それは……」
剣戟の音と悲鳴が聞こえ、誰かが戦っているかもしれないと思ったからと。
けれど言えなかった。自分のせいで傷つけてしまった後ろめたさと、護人たちとの約束を破ってしまった後悔の念がそれを口にすることを躊躇わせた。
「近づくなとあれほど……」
ゆらり、と身体が揺れたかと思った時には倒れていた。
必死に叫ぶアティの声を遠くに聞きながら、アキトの意識は完全に闇へと落ちて行った。
「これでしばらく安静にしていればマスターは起きてくると思います」
あの後、アキトはアティに背負われてサプレスの集落まで運ばれ、ファリエルとサレナの指示の元『水晶渓谷』へと寝かされていた。
そして、アキトの顔に浮かぶ軌跡がようやく静まったのを見たサレナの言葉が先のそれ。
固唾をのんで見守っていたファリエルとアティ、そして偶々遊びに来ていたアリーゼの三人は揃って安堵の溜め息を吐いた。
「アティ、ありがとうございました。貴女がいなければマスターは今頃、門の前で亡くなっていたかもしれません。
本当に、ありがとうございます」
「い、いえ! 当然のことをしただけですから! 顔を上げてください!」
あまりにも自然にサレナに頭を下げられ、顔を真っ赤にして大慌てで手を振るアティ。その姿があまりにも可笑しかったらしく、横にいるファリエルと アリーゼは声を殺して笑う。
「わ、笑わないでくださいよファリエル!! それにアリーゼも!!」
「ご、ごめんなさい……でも」
「せ、先生が可愛くて……」
羞恥で頬を真っ赤にして頬を膨らませるアティの抗議に、一応謝るファリエルと弁明するアリーゼ。
その光景が微笑ましくて今度はサレナが笑う。
「ああ!? サレナさんまで」
この後しばらくはアティの抗議の声と、三人の笑い声が続いたのだった。
「――さて、何か聞きたいことがあったのですよねアティ?」
「うぅ……」
急に真面目モードになったサレナとは対照的に、床に『の』の字を書いてしまいそうな勢いで影を背負っているアティ。
さっきまで二人にさんざんいじられていたのだ。アリーゼはその間ずっと笑っていた。
ちなみに、ファリエルはからかい終えると同時にアリーゼと一緒にアキトの傍へと戻っていったためこの場にはいない。キユピーは船にて待機中。
「アティ、子供ではないのですからいつまでも不貞腐れないでください。何より私はエスパーではありませんから黙ったままでは聞きたいことはわかりま せん」
「うぅ……わかりました。確かにサレナさんの言う通りですもんね」
ようやく機嫌を直し、真面目モードというか先生モードに入る。
瞬間、さっきまでの緩んでいた空気が一転して張りつめた糸のようになる。ここからはおふざけなど出来るわけがないのだから。
「聞きたいのは黒百合さんの身体のことです」
やはり、とサレナは思った。
まだここまで症状がひどくない頃にアティはアキトの身体のことを教えられた。その頃はまだ綺麗と形容できたのだが、今は綺麗というよりもどこか禍 々しくて儚い蝋燭の灯火、そんな印象を抱かせる。
加えてそれがアキトの身体そのものを蝕んでいることは、先の喚起の門の前での一件でわからないほどアティは馬鹿ではない。
ここまで知られたのなら隠す必要もない。サレナは初めからアキトの身体のことを言うつもりでもあったのでちょどよいと言えばそういうことになる。
「まず初めに言っておきます。マスターの身体のことは私とファリエル、そしてアルディラ以外の者には決して他言しないでください」
「余計な心配をかけたくないから、ですか?」
細部で異なってはいるが大筋であっているため、アティの問いにサレナは静かに頷き続きを言う。
「マスターの身体はナノマシンと呼ばれる非常に小さな機械に蝕まれています。マスターの皮膚が光っているのも、このナノマシンの影響です。
そしてマスターの人並みはずれたポテンシャルを作っているのもまた、ナノマシンでもあるんです」
「つまり、その……なのましんっていうのは黒百合さんから切っても切れないもの、ということですか?」
「そうです。この島に召喚される以前から……ずっと、マスターはあの身体でした」
もっとも、今よりはひどくなかったですけど、と悲しそうにサレナは笑い、アティは沈痛な面持ちでサレナを見る。
「そしてこの島での戦いがナノマシンの進行を早め……アティ、貴女の持っているシャルトスが引き出す魔力に呼応もしています」
「え……」
「信じられないのも無理はありません。ですが、貴女が聞いているのはシャルトスが強大な魔力を引き出すということだけでしょう。
では、その魔力は一体どこから引き出されていると思いますか?」
「それは剣から――」
本当にそうなのか、アティは己に問う。
仮に剣に魔力を込めたとしても、それは剣の材質や作られ方にもよるが限界というものが存在する。
しかしこのシャルトスは違う。限界というものが存在しない、あまりにも特異すぎる剣。そう、引き出す魔力がまるで無尽蔵であるかのように上限も限 界も存在しない。
それに思い起こせば喚起の門では亡霊たちの力を増す効力もあるとアキトが言っていた。
まるで、彼らを従える大きな何かから力を引き出しているかのように――
「まさか……」
「もうわかりましたよね? その剣はこの島全てを操る魔力を持った召喚師を封印しているもの。そして同時にその力を引き出すものでもあります。
そしてこの島を他者から封じるための結界、それもまたシャルトスが担っています」
そこでサレナは一旦言葉を切る。
今のアティはたださえ衝撃を受けて崩れしまそうなのに、ここから先はさらにきつい衝撃を与えることになってしまう。けれど、言わないわけにはいか なかった。
時には辛い真実も、必要なのだから。
「そしてその強大な力がナノマシンと連動し、マスターの身体を蝕む速度を上げているのです。
いいですかアティ? 貴女がシャルトスを振るうその度にマスターは死への階段をより早く昇ることになります。例え、貴女にその気がなくても発動さ せることがトリガーとなっている以上は」
顔には表情を灯さず声には抑揚をのせず――心の中で苦しんで届かない声に懺悔を込めて――言い切った。
アティの顔が蒼白に染まる。それを見ているだけでサレナの心はさらに深く傷ついていく。
アティは誰よりも優しい心を持っている。それは短いながらも親友と呼べるような付き合いをしているサレナにはよくわかっていた。
だからこの真実という重圧がどれほど重いものかもわかる。けれど、けれどこれだけはどうしても言っておきたかった。
戦えば戦う程に、力を振るえば振るうほどにナノマシンはアキトの身体を蝕み、いつか――それもそう遠くない日に終わりを迎えてしまうことを知って しまったから。
戦わないで、とサレナは何度も言った。けれどアキトは戦いを選んだ。前は護れなかったから、その一言だけでサレナは止めることを諦めた。
ならばとサレナは考えた。少しでもその障害を取り除いておこう、と。例え、皆から嫌われることになったとしても――
(本当に、嫌な女ですね)
アティに悟られないように内心で自身を皮肉る。
けれど、それが彼女の選んだ『私らしく』であり、誰にも言われても曲げられない生き方でもあった。
「――どうにも、ならないことなんですか?」
「どうにもなりません。アティにシャルトスを抜剣させないのもただの予防策でしかないんです。
マスターの身体が死を迎えることは……もう、誰にも止められません」
二人の間を流れる沈痛な時間。
話す方も、聞かされる方も、どちらにとってもあまりにも辛すぎる真実。
「あの、もう一つ聞いていいですか?」
「? 構いませんが」
その空気を払拭するために、アティはずっと心の中に秘めていたもう一つの疑問を口にする。
「サレナさんの右目ってずっと包帯してますよね? アルディラに治療してもらったりしてないんですか?」
「これですか?」
そう言ってサレナは何でもないように包帯をはずす。
その下にあったのはサレナの整った柳眉の下から目の下まで大きく刻み込まれた一本筋の傷。それにまぶたを通った傷の周囲には幾つもの小さな傷。
「あの……ごめんなさい! 何も考えずに聞いちゃって」
明らかに人為的につけられたそれにアティは深く考えもせずに聞いたことを恥じるが、当のサレナは笑っていた。
「気にしなくてもいいですよ。これは、マスターと共に戦っていた時にマスターを護るためについた、言わば名誉の負傷みたいなものです。
それにこの島に召喚される時よりも前につけられたものですから」
――――そう、ある、一人の男に――――
サレナから一瞬だけ全ての表情が消え去り、冷徹をそのままあてはめたような顔になる。
忘れられない――否、忘れられるはずもない男の顔を思い出してしまったからだった。
「そう――ですか」
これで聞くべきことはあらかた聞き終えたようで、アティは最後に礼を言ってサプレスの集落を後にする。
(……恐らく、喚起の門の近くにある遺跡を調べに行くのでしょうね。
すみませんアティ。貴女のためにも、島の皆のためにも、何よりマスターのためにも、貴女を遺跡に近づけさせはしません)
「ファリエル、アリーゼ、マスターをお願いします」
水晶渓谷にいる二人にそう言い残し、二人が理由を問うよりも先にサレナは目的の場に向けて飛んでいった。
これで間違いなく海賊の皆からは嫌われる、仮に嫌われずとも避けられることは目に見えている。それでもサレナは迷うことはなかった。
彼女の全ては主であるアキトのために。それが、彼女がこの世に生まれ落ちた理由であり生きる意味なのだから。
遠くから聞こえてくる五人の男女――アティ、カイル、ソノラ、スカーレル、ヤード――の声に、遺跡の前で静かに瞑目していたサレナは心に影を落と す。
(本当に、来てしまったんですね)
確信はあったとはいえそれが現実となるとやはり心苦しいものがある。まして相手が親しい者となれば尚の事。
けれど退けない。退くわけにはいかない。
既に覚悟も完了し終えている上に、今回は天秤にかける相手が悪すぎた。
「こりゃまた、随分とたいそうなモンだな」
「ずいぶん、ボロボロになっちゃってるけどやっぱこれ」
「そう、今より少し前に行われた戦争の跡です」
音も立てずに現れ、既にハンド・カノンを具現させているサレナの登場に驚く海賊一家。
ただ一人、アティだけはやっぱりという表情をしていた。
「此処は戦争の中心地とも呼べる場所。未だ解放されぬ死者たちが眠る地。だからこの場所には近づくな、と再三忠告したはずですが?」
どうしてここにいるのですか? と、口にはせずに普段は決して表にしない冷酷、冷淡な瞳で五人を見据えながらサレナは言う。
その様子にたじろぐ四人。だが、これもまた彼女の覚悟の現れがなせる業であった。
「ごめんなさい。私がどうしてもって皆をここに連れてきたんです」
「先生!?」
自分一人に責があることを示すように言うアティに驚き、少しだけ批難めいた口調で声を上げるソノラ。
こうすれば少なくともカイルたち海賊一家の面々にはこれで罪は及ばなくなる、そう考えた実にアティらしい言葉だった。
「だからどうしたというのです? 私は『誰一人としてこの遺跡には近づくな』と言っているんです。
貴女がそそのかしたことが事実であろうとそうでなかろうと、ここに近づいた時点で同罪です」
しかし、サレナの答えは非常に冷たかった。
これに黙っていられるようなら彼らは海賊などやっていない。現にカイルはすぐに不満を述べた。
「おいおい、いくらなんでもそりゃひどすぎやしないか? 確かにアンタらとの約束を破って俺らも悪かったよ。けどよ、何も知らないままでいろっての は都合が良すぎるんじゃねぇか?」
「そうそう。アタシたちはアナタたちが教えてくれないことを自分から知りに行くだけ。そっちが教えてくれるっていうのなら別だけどね」
「そうだよ。いつまでもあたしらだけ何も知らないなんでイヤだよ!」
「私も皆と同意見です」
四人の言ってる事は正論であり事実。
確かに、何も知らないままで――それも物語の中心的存在の者たちが――というのは無理とはいかなくとも無茶な話。
だがそれは真実を知っているサレナにしてみれば甘いとしか言いようが無かった。
力でねじ伏せるのは多少難しいかもしれないが、それでは事態は解決しない。
(ならばいっそのこと真実を……すみませんマスター。サレナは貴方との約束を、破ってしまいます。
そうすれば、もう二度とここには来なくなると思います。だからマスター、今だけは私の我が侭を許してください)
「そう……ですか。そんなにも真実を知りたいと?」
五人は力強く頷く。
「……わかりました。だったらお話します。ただし、一つだけ条件があります」
「条件?」
「はい。アティ、何があっても遺跡の中ではシャルトスは抜剣しないでください」
「? はあ、それぐらいなら」
もっと厳しいことを言われるかと思っていただけに、少し拍子抜けしたアティはあいまいに頷いた。
「よろしい。では、遺跡の扉にシャルトスをかざしてください」
「あ、はい」
シャルトスを喚びだして扉にかざす。すると、重厚な扉は意志を持っているかのように独りでに開いた。
だが、剣に反応を示したのは扉だけではなかった。
「ウオ、オオォ……」
ここは剣の魔力によって輪廻の輪から外された者たちの眠る地。ならば、その力に引き寄せられて死者が起きるのもまた道理。
「ほほっ、骨が動きだしてるっ!?」
この事態を想像していなかったソノラが悲鳴を上げる。他の面々も程度に差はあれど驚いていた。
だが彼らの驚きをさらに上回る出来事が次の瞬間に起こった。
「眠りなさい。今はまだ貴方たちの起きる時間ではありません」
サレナだった。
具現化していたハンド・カノンを、精密射撃と連続掃射という決してあり得ない組み合わせで撃っていたのだ。
亡霊に合わせた数だけを放ったのにも関わらず銃声はほぼ一発。さらには優に十体を超えていた亡霊たちの頭だけを貫き、
「アアアアぁぁァあああァァァァ……」
亡霊たちはまだ元の屍へと戻していた。
「うそ……」
「マジかよ……」
「あたしなんかじゃ足下にも及ばないよ……」
「すごいわね……」
「信じられない……」
「さあ行きますよ」
驚く五人を尻目にサレナ先に進む。
実は彼ら、護人の誰かと戦うことも止むなしと考えていたのだ。卑怯かもしれないが五人で戦えばいくら護人でも倒せるかもしれない、と。
けれどサレナの本気を目の前で見せられ、その圧倒的なまでにかけ離れた実力差にその考えは根底から覆された。
もっとも、サレナとアキトの実力が抜きん出ているだけで他の護人たちなら彼ら五人なら勝てるレベルなのだが。
「これが……この島の中枢……」
「見ているだけでなんだか、息苦しい感じが」
遺跡というだけにもっと古びた感じを想像していたアティはその機械的な構造に驚き、その内に秘められた禍々しさにあてられたソノラがたじろぐ。
「サプレスの魔方陣とメイトルパの呪法紋。それに、シルターンの呪符の組み合わせ。異なるそれらの力をロレイラルの技術で統合、制御しているという のか」
そんな二人とは対照的にそこに刻まれた術式に目を見張るのはヤード。 「で、そのココロは?」
「とてつもない魔力を引き出せるということです。しかも、目的に応じて魔力の属性を変換することさえも……」
「その力、至原より生じあまねく世界に向けて通ずるものなり。彼の者の声、すなわち四界の声なり……彼の者の力、すなわち四界の力なり……四界の意 志をたずさえ悠久に楽園の守護者となるべき者。
すなわち、誓約者エルゴの王。
この遺跡はその力を人の手で作ろうとした者たちが作り上げた、その成れの果てです」
壁に手をつき、どこか懐かしむように悲しむようにヤードの言葉に続くサレナに全員の視線が集中する。
その理由は至極明白。
「馬鹿な!? 人の力でエルゴの力を作り出そうなんて無謀にもほどがある!!」
ヤードの言うようにエルゴの王の力は人間が扱うにはあまりにも大きく、そして人間が扱うにはあまりにも強大すぎる。
「ええ、確かに愚かとしか言えません。ですがそれを実現出来ると夢見て――いえ、妄想して実際に行った者たちがいるのは事実です。
彼らはそのために喚起の門を作り、そして数多くの召喚獣を喚びだしては実験を繰り返しました」
「それじゃ……この島の人たちが人間を嫌うのって」
「其の通りですアティ。誰だって自分を実験動物だと思う者を好むはずがありません」
変わらずの冷淡な口調で告げられた真実に目に見えて落胆する五人。
「ですが、貴方たちがいたからこの島の住人は人間を受け入れるようになりました。貴方たちがこの島に来なければ今でも人間を憎んでいたはずですか ら」
先程の冷淡な口調ではなく、普段の穏やかで優しいサレナの口調だった。
そして、その顔は笑顔。本当に感謝しているからこその笑顔だった。
「でも、だからこそ、貴方たちにはここには来てほしくなかったんです。ここはさっきの亡霊たちのように未だに魂を縛られ、今なお苦しんでいる者たち が眠る場所。
言わば島の黒歴史。誰も触れてほしくない、誰も暴いてほしくない場所なんですよ」
思い出される地獄のような戦いの日々。サレナは、直接この場で戦いに赴いていたわけではないがアキトからこの場所で起こったことを全て聞いた。
そして護人を含めた主要な人物全員一致でここを封鎖することを決めたのだ。
あの悲劇を二度と生まないように、と。
「以上が、この遺跡の作られた理由ですが……納得していただけました?」
今までのを聞いて納得しないほうがおかしいだろう。彼らから否定の言葉は一切返ってこなかった。
その返答に満足いったサレナは彼らに早くここから出るようにと促す。その背後、
「ッァ!?」
「サレナさん!?」
突如現れた黒塗りの刃が一本、サレナの白い背に突き刺さった。
赤と黒が入り交じった液体が、少しだけ吹き出す。
「え? ちょ、何!?」
「わかりません! ですが敵がいるのは確かです!!」
「気配なんてしないわよ!?」
「敵がいるってのは確実だ!!」
傷ついたサレナを護るようにカイルたちは四方に立つ。その間にアティが聖母フラーマを喚びだしてサレナの治療に入った。
(敵……? そんなはずは……ありません。帝国軍がここに気付いたならすぐに占拠するはずですし、何よりここの扉はシャルトスを持つアティしか入れ ないはず)
思ったより傷が深いらしく徐々にしか治っていかない傷をそっちのけで思考にふけるサレナ。
(いくらなんでもこの遺跡の中に監視するものがないとはいえ、六人全員に気付かれないということは相当の手練。
それに投擲されたものは――)
思考にふけるサレナの視界の端。闇に紛れて動く異形の何か。
それを視認した瞬間、四本の苦無がカイル、ソノラ、スカーレル、ヤードの影に投擲された。
「なんだ!?」
「ちょっと!?」
「やられた!?」
「まさか!?」
驚愕の声と共に四人の身体は石になったかのように、どれだけ力をこめても動かない。
俗に影縫い、あるいは影縛りの術と呼ばれる忍術。そう、これは忍術なのだ。この島においてそれが使えるのはたった一人だけ。
そして先程見えた異形。そこから導きだされる答えは間違いなく異形の忍、鬼妖界の忍、マシラ衆の“忍法・不動陣”。
(――まさか犯人は――)
「みんな!?」
サレナの治療が終わって今度は四人の元にいくアティ。その背から迫るのは巨大な炎。
思考にふけってしまったことと答えに驚いたがために、サレナの反応は僅かに遅れてしまう。海賊たちは元より動けない。
それは咄嗟の判断。あまりにも短い出来事。
真紅の髪は白く、蒼い瞳は碧に、身体から溢れ出る膨大な魔力。
「はあ!!」
自身に迫る脅威を振り払うために、抜いてしまった。決してしてはならないと言われていたシャルトスを。
けれど誰もアティを責められない。彼女は、自然と、自身を護るために、そうしただけなのだから。
――つながった……――
――ようやく、完全な形でつながった……――
――長かった……――
――断たれた回路をつなぐための部品を、見つけ出すまでの時は……――
――同じカタチ……――
――同じ輝きの魂……――
――これこそまさに『適格者』なり――
――全てを『継承』し完全なる力の解放をもたらす……――
――封印を解き放つ鍵よ! 新たな『核識』となりて断たれし『共界線』を再 構築セヨォォッ!!――
異質な声がアティの中で木霊する。異質なものがアティの全てを蹂躙しだす。
「ア……!? あ、アア、ァ……ウ、アッ、あ……
や、メ……て……あああアアぁぁぁァァ0F1A01AFアアあ0あFァ01ァEァ0ぁFァ11ァ!?」
「いけない! 早く抜剣を解除してくださいアティ!!」
サレナが叫ぶがアティの瞳からは光が消えて両手はだらりと力なく垂れ下がる。
明らかに意識を失っている。
「どうしちゃったの!?」
「恐れていたことが起きてしまったんです! 早く、早くアティからシャルトスを引き剥がさないと彼女が彼女でなくなってしまいます!!」
サレナの叫びにカイルたちが驚き、そして今目の前で起こっていることが真実であることをすぐさま悟った。
シャルトスはこの遺跡を封印する役割を果たすと同時にこの遺跡を機能させる役割を持つ。使用者の意識を乗っ取って力を引き出すための部品として。
それを知っているからこそ、サレナはアティにシャルトスを抜くなとも何度も念を押したのだった。
「早く!!」
「なら、俺が」
一歩踏み出したカイルの足下に突き刺さる苦無。それはサレナの背に刺さったものと同じもの。
「余計な手出しをするのは、やめてもらいましょう」
「やはり貴方の仕業でしたか」
「こいつは、いったいなんの真似だ……ええ、キュウマっ!?」
怒りを露にして澄ました顔のキュウマを睨みつけるカイル。サレナは予想していたために顔には出ていないが、心の中では怒りの炎が静かに巻き起こっ ている。
彼の足下には、役目を終えたサモナイト石が一つ、転がっていたのだから。
「待ち続けたこの時を、貴方たちに邪魔されるわけにはいかないということです」
「あんた、先生のこと見捨てるつもり!?」
叫ぶソノラにキュウマは答えない。 「そのとおりよ。最初から彼は遺跡の力を復活させるためにずっと暗躍し続けてきたのよね?」
だが、背後から現れた別の人物が其の問いに答えた。
機界ロレイラルの護人、融機人、電影の貴婦人、アルディラだった。その横には呆然と立ち尽くすアリーゼとベルフラウ。
「話は後よ! 私も手伝うから早く剣をひきはがして! でないと、アティの魂はこの遺跡に食われてしまうわ!
きっと、貴女たちの声がアティを呼び覚ますきっかけになるわ。早くアティの元に言って呼びかけて」
未だ呆然としていた生徒たちに微笑みかけるアルディラ。二人はようやく我に返りすぐにアティの元に駆け寄って行く。
「戯れ言を抜かすなッ!」
それが認められないとばかりに剣を抜き、アルディラ目掛けて駆け出すキュウマ。
「真実でしょう!! 封印によって損傷した遺跡の中枢機能を移し替えて復活させる……そのための部品としてアティを利用して!!」
しかしその狂気の刃は具現化されたハンド・カノンに防がれる。金属同士のぶつかりあう音が遺跡に木霊する。
「キュウマはサレナに任せて貴方たちはアティから剣を! 書き込みが始まったら何かも手遅れになるわ!!」
アルディラの叫びに我に返った海賊たちもまた、アティの元へと走る。彼女が皆にどれだけ愛されているかがわかる瞬間でもあった。
「邪魔はさせぬと言ったはず!!」
サレナを無視してカイルたちの方へと向かおうとするキュウマだが、
「そうさせませんよ。今まで害はないと思って放置してきましたが……どうやら誤りだったようです」
サレナのハンド・カノン連射によって足止めを喰わされた。そしてサレナの言葉に驚く。
彼女の口ぶりはキュウマが行ってきたこと全てを知っているようだったから。事実、彼女は全てとはいかずとも大概のことは知っている。だが、彼もま た護るべき島の住人だったから放置していただけのこと。
それがアティを核識にしようとしたのだ。害となると判断されても仕方ないだろう。
「過去の真実を捨てた偽りに満ちた平穏に、いかほどの価値もあるものか!?」
「そのために今を生きる人を犠牲にして、いいわけないでしょう!!」
遺跡という密室空間で護人とそれに準ずる者の戦いが、幕を開けた。
「おりゃあぁぁっ!!」
耳障りな警報を気にせずカイルは心の中で謝罪しつつ、アティへと拳を振り下ろしにかかる。目を覚まさせるには殴るのが一番という、実に彼らしい理 由だった。
――オー、ト……ディフェン、さ、作動――
――魔障壁、展開……――
遺跡はアティを――というよりも己の“部品”を護るように光の障壁を展開。突然に現れた光の壁に勢いを完全に殺しきれなかったカイルは衝突。たた らを踏んでしまう。
「アニキ!?」
「光の壁……これじゃ、センセに近づけないわよ!」
「どいてください!!」
カイルを押しのけてヤードはサモナイト石に魔力を込める。
霊界サプレスの召喚獣、ホーンデッド船長の二刀流が光の障壁とぶつかるが障壁は一切傷つかず、逆にホーンデッド船長が送還されることとなった。
「びくとも、しやがらねえ」
――照合確認終了……継承行程、読み込みから、書き込みへと移行中……――
「させない! スクリプト・オン! 強制、接続」
外がダメなら内側と、遺跡の機械に“接続”してアティを遺跡から助けようと、最悪少しでも書き込みの速度を抑えようとするアルディラ。
――邪魔を、スるなあアあァァぁ……!!――
「……ッ! 負け……てたまるものですか!」
遺跡から逆流してくるバグを含んだ膨大な情報に、歯を食いしばってアルディラは耐える。身体が傷つき、所々で肌が裂けて血が流れるのも構わず。
もう大切な仲間を――誰かを目の前で失いたくはないという想い。それが彼女を突き動かしていた。
――大丈夫、僕も手伝うよ――
その彼女に届く暖かくて懐かしい声。そこにいて手を重ねているような錯覚さえある聞き慣れた声。
「!? 生きて……」
――今は彼女のことを優先させて。このままだと間に合わなくなる――
「……ええ!」
別れた時と変わっていない。常に他人を優先する優しい彼の言葉。
やはり遺跡の力は強いのだがアルディラに力強いサポートついた今、彼女の瞳に負けるという言葉は見当たらない。
(私が……消える)
まるで海の中にいるような、自分というものがそれに飲み込まれて消えそうになっていきそうな中にアティはいた。
何も考えれない。考えることが出来ない。もう、ここまでかと小さく覚悟した時に、それは聞こえてきた。
(自分を見失わないで!)
(アル……ディラ?)
――あきらめたら……いけない……――
(だ……れ?)
(貴方にはまだやることがあるでしょう!)
(やるべきこと……?)
――意識を強く……心を、すませて……――
(聞こえるはずよ貴女なら。あの子たちの呼ぶ声が)
(……あ)
「ほら、目を開けて私に……嘘つきに……ならないで……お願いだから……負けないで!!」
「貴方は私たちに雇われた使用人なんですから、勝手にいなくなられたら困るんですッ!」
「「先生えぇぇぇぇっ!!」」
生徒たちが涙を拭うことなく、心から叫んだ。
どうしてあんな馬鹿なことをしようとしたのか。彼女たちを放っておいて、自分は何をしようとしたんだとアティは力強く叫んだ――!
「う……っ……アアアァァァッ!!」
――回線、遮断……ば、バカ、な……――
――シス、テム……だ、ダ、ダウ……――
――ギ!? ア、アアァァァァ……――
力なく垂れ下がっていた両手がしっかりと拳を握り、光を失っていた瞳に意志の光が灯り、光の障壁を打ち破るほどの強い魔力を放ち、アティを蝕んで いた声も消え去った。
そして魔力が霧散すると共にアティは抜剣状態から解放され、ふらついて今にも倒れそうなほど弱りながらもいつもの笑みを浮かべていた。
「あ、ああ……」
「心配かけちゃってゴメンね、みんな」
「ば、バカ野郎……」
「「せんせえっ!!」
元の姿に戻ったアティに二人は走りよって、抱きついた。カイルたちも溢れ出る涙を拭こうとせずにその光景を見守っていた。
「アリーゼ、ベルフラウ。
ありがとう……貴女たちが呼んでくれたから、私、目を覚ませたんだよ」
「うう……うわあぁぁぁん!!」
「あり得ない……完全に、意識は支配されていたのに……」
「残念でしたね。貴方の目論見はこれで終焉です」
信じられない光景と認めたくない現実に打ち震えるキュウマに、サレナは氷の嘲笑を纏って笑っていた。
「貴方がこんな凶行に走った理由はある程度検討がつきますが……災いの種はここで断たせてもらいます」
キュウマに真っ直ぐ突きつけられたハンド・カノン。キュウマは抵抗するわけでもなく目を閉じて鉛弾を受け入れようとしていた。
「やめて!!」
「……アティ」
「アティ殿……」
殺意の塊からキュウマを護るように立ち塞がるアティに二人は驚く。まだふらふらして危なっかしい感じはあるものの、絶対に引かないと目が雄弁に 語っている。
「二人ともこの島を守っている仲間同士でしょ? なのに……殺しあうなんて絶対おかしいです!」
「確かにそうでしょう……ですが、私の生きる意味はこの島に住む人を護ること。その害となると判断したなら全力で排除するだけです」
「そうかもしれません。だけど現にこうやって私は無事ですよね?」
サレナの柳眉が跳ね上がった。
「情けなど無用……自分のしたことがどれだけのことか、覚悟の上で行動したこと。ひと思いにとどめをさせばよかろう!」
アティを押し退けてサレナの眼前で腰を落とした。
「イヤです! そんな身勝手な要求、絶対に聞いてなんかあげません! 覚悟の上? 失敗したら、死んで終わりにするなんてそんなの覚悟なんかじゃあ りません。勝手に完結させて現実から逃げるだけじゃないですか!!」
「……っ」
「私は認めません。他に解決する方法がある限り命を奪いあったり捨てたりするなんて、私は認めません!」
アティの言葉を静かに聞き入っていたサレナは昔を思い出してしまった。
復讐人となって火星の後継者を屠り続けて来たアキトの傍でずっと見守って――といえば聞こえがいいかもしれないが、着実に死の階段を昇っていくア キトを強制的に治療に連れていこうと思えば出来た。
しかしサレナはしなかった。アティの言ったことをわかっていながらも、ただ好きな人の願いだけは叶えてあげたい――そんな一途な想いを秘めて。
(……アティの言葉に一理ありますが、それでも私はマスターのために)
「――いいでしょう、今回はアティのためにも不問といたします」
これもまた別の答えか、と思ってサレナは許すことにした。
「サレナさん……ありがとう」
「ですが、次は一切容赦いたしません。また罪を犯した誰かを庇うというのなら貴女ごと殺します。そのおつもりで」
「はい!」
「……敵いませんね」
小声で呟かれた声はアティたちに届かない。ただ遠くで彼女の無事を喜ぶ声がサレナの耳にいつまでも残っていた。
舞台は変わる。遺跡と喚起の門の間にある大きな野原。そこにたった二人で大軍と戦っていた者がいた。
少女は所々傷ついて男の後ろで休んでいるが、男は平然とまだ立っている敵に剣を向けている。その男の前には打ちのめされて倒れふす兵士の山。
「……ふーん、やっぱりそうだ」
敵――すなわちイスラは半ば確信めいていたことを確認してつい声に出してしまった。
「何がやっぱりなんだ」
男――アキトは不機嫌混じりに問うた。
「君さ、怪我か病気かで身体の調子悪いんじゃない? 前に比べて動きが格段に鈍いよ」
イスラは自分の確信を言い放った。
その根拠となったのは彼の足下に死屍累々と積み上げられた兵士たちの姿。以前のアキトならば本当に死ぬ一歩手前まで痛めつけていたのだが、今回は 多少ふらつきながらも自力で立ち上がることが出来る兵士がほとんど。
彼らが戦いに慣れてきたのも理由の一つにあるが、それだけでは今の状況は片付けられなかった。
それに傍から見ているからこそ気付いたもう一つの違和感。それが時折、ほんの僅かに止まるアキトの手足であった。
「……」
「だんまり……か。まあいいや。今回はそれなりに収穫があったし、何より偵察の途中だから帰るとするよ」
イスラは兵士を引き連れて帰っていった。
アキトも、ファリエルを背負って己の住まう場所へと戻っていった。
あとがき〜
近頃サレナが主役じゃないかと思ってる煉獄です。
アキトのためを思い、アキトのためなら誰であっても敵に回す覚悟を持っているんですよサレナは。
……ええ子っす(涙)
まあそんなわけで今回はこのへんで失礼いたしやす。
あ、キャラヴィジュアル化企画でうちのサレナに投票してくださる、あるいはしてくださった皆様、本当に本当にありがとうございます。